7 宿代とベッド
「はい、ではこれが報酬の1000Gですね。またお願いします。」
そう言って受付嬢が俺に一枚の硬貨を渡してくる。大きさは500円玉程度だ。
ちなみに、聞いた話によれば10000Gからは紙幣になるらしい。
まあ、硬貨を大量に持ち運ぶのも骨なので、そこら辺の配慮はありがたい。
報酬を受け取った俺はそのままギルドを後にしようとする。しかし、
「あ、報酬が入ったんだね。じゃあ、それを今日だけでいいから貸してくれないかな?」
先ほどから俺に付きまとってくる女性がそれを許さない。
俺は貸すつもりはないといったのだが、ずっとこの調子だ。
この分だと、宿までついてくる可能性があるな。まあ、部屋をとってしまえばこちらのものだから、あんまり気にすることはないのだが・・・・
俺は後ろからついてくる奴を半ば無視しながら、宿まで歩いた。
「いらっしゃいませ。宿泊なされますか?」
俺が宿に入ったとたんに、そんな声が聞こえてくる。若い女性の声だ。おそらく店員だろう。
防具屋の時もそうだったが、この世界では店に入ったとたんに話しかけられるのは普通のことみたいだな。
「あ、はい。とりあえず一部屋お願いできますか?」
「それでは、1000Gになります。」
俺は迷いなく自分の分だけの部屋代を払う。後ろのやつが何か言いたげな顔をしているが、そんなことは気にしない。
そして少しすると、店員が部屋の鍵を持ってくる。
何の変哲もない、普通の鍵だ。少し普通と違うところがあるとするならば、少しだけ型が古いというところだが、そこはこの世界の時代感に合わせているのだろう。
俺は鍵を受け取り、「ありがとう」と一言だけ告げて、言われた部屋に向かった。
今日はいろいろなことがあったから、ぐっすりと眠れそうだな。
◇
「いやー、助かったよ。まさか本当に助けてくれるなんてね!!」
目の前にいる女性がそんなことを言っている。ちなみに、ここは先ほど俺がとった宿の一室だ。
こいつはこともあろうことかあのまま部屋までついてきやがった。
それにはさすがの俺も予想外だ。
「いや、勝手に入ってきた奴が何を言っているんだよ・・・」
俺の心の内が小さなつぶやきとなって部屋に響く。小さな声だった為、彼女には聞こえていなかったらしい。
「そうだ、助けてもらったんだし、お礼をしなくちゃね!!え~と・・・」
お礼をするという彼女は何か悩むような動作をする。
大方、払える報酬がないことに気が付いてどうすればごまかせるかを考えているのだろう。俺はそう思いながら、何を言われてもいいように待ち構えていた。
そして彼女が言ったのは、
「えっと、そういえば君、名前なんて言うの?」
俺の予想とは大きく離れた発言だ。そういえば名乗っていなかった。
さすがに聞かれて答えないのも失礼だし、こっちも向こうの名前を聞いとかないと、色々不便な気がしたため、
「ああ、まだ名乗っていなかったな。俺は天川 匠という。匠と呼んでくれ。そちらは?」
と返答する。すると彼女は。
「ふ~ん、変わった名前だね。ボクはエイリノアっていうんだ。気軽にノアって呼んでくれていいよ。」
「わかった。そうさせてもらうよ。」
互いに自己紹介を終えたところで、ノアが本題に話を戻す。
「あ、そうだ。それでタクミにしてあげるお礼なんだけどね、ボクがパーティに加わってあげるよ。」
ノアが提示してきたお礼は自身のパーティ加入だった。
ゲームとしてはありふれた展開だ。問題はこの申し出を受けるかどうかというところだが、
「わかった。これからよろしくな。」
俺は迷いなくそれを受け取る。パーティメンバーが増えるのは俺にちゃんと得があるからだ。
これを断って別のしょっぱいお礼を受け取るよりはいいだろう。
「そう、妙にあっさりと受け入れるんだね。君のことだからどうせ拒否すると思ってたよ。」
ノアは俺が断ると予想してみたいだな。
さっきから予想外の行動をとるノアにやり返せたような気がした俺は満足する。
「じゃあ、明日からよろしくな。おやすみ」
とりあえずの要件が済んだであろうので、俺は一人ベッドに入る。
ちなみに、この部屋はもともと1人部屋のため、ベッドは一つだけだ。それに不満を抱いたのだろう。
ノアが抗議するような声を上げる。
「ちょっとタクミ!?ベッドはボクのものでしょ!?」
「え~、金払ったのは俺なんだし・・・そもそもお前は勝手に入ってきたんだろう?」
「そ、それはそうだけど可愛い子を床に放っておいて君は良心が痛まないというの!?」
「かなり譲渡して部屋の中にまで入れてやってんだぞ。それで我慢しろ!」
「え~、」
それから、ずいぶん長い間この言い争いが続いたが、結局先に折れたのは俺のほうだった。
こいつは自分を曲げると言ことを知らないらしい。
「いや~、宿代を出してくれただけでなくベッドまで譲ってくれるなんて、タクミは優しいね!」
あー、はいはい、そうですねー
俺からベッドを巻き上げたノアが満面の笑みでこちらに向かって何か言ってくるが、俺はもう気にすることはやめた。
ノアはまだ、起きて話をしていたかったみたいだが、疲れ切った俺は、そんな彼女を無視して泥のように眠りについた。
今日中にもう一話投稿する予定で書いていきます。