67 役立つスライムと名づけ
その森は街と街の間にあるということで、稀にではあるが人が通ることがあった。
だが、さほど強くはないといっても魔物が出てくるこの森の中で、壊れている機械であるそいつのことを気に掛けるものなんてほとんどいなかった。
それでもほんの一握りの人間はそいつのことを興味深そうに見た。
だが、そんな人たちも魔物から襲われる危険を抱えたまま、見た目より大質量であるそいつのことをその場から動かそうというようなことは決してしなかった。
いつからだろうか?
そいつが目の前に現れる人間に対して一切の希望を抱くことがなくなったのは・・・
ここに棄てられてから数年の月日が経過していた。
もう、いつそうなってしまったのかは思い出せない。
いや、違う。
そうだ、そうだった。
ここに棄てられたその日にはもうすでにそんな希望、どこにも残っていなかった。
それを思い出したそいつは、今、自分の前に現れた気配を感じ取りながらそう思うのだった。
◇
「えっと、?これは起きたっていうことでいいのかな?」
俺は目を開いてこちらを見ている機械人形を見ながらそんな声を上げる。
しかしその人形からは視線以外の反応が得られない。
「あれ、もしかして動けないんじゃないかしら?結構壊れちゃってるし・・・」
まあ、そうだよな。
目を開くことくらいは辛うじてできる。そんな感じか。
「よし、それなら俺が今からいくつか質問するからYESなら1回、NOなら2回瞬きを返してくれ。いいか?」
俺の言葉に、その人形は1回の瞬きを返す。
「ならまず初めの質問、お前は喋れるのか?」
この質問に対しては2回の瞬きが返ってきた。
どうやら喋ることはできないらしい。
「それは損傷によるものか?」
こちらの質問に対しては1度だけだ。
やはりかなりの機能が停止していると見たほうがよさそうだな。
今だって当然のように瞬きを返してくれているが、そもそも動いているほうが不思議と思えるような損傷具合だ。
腰から下は存在しておらず、右腕も肘辺りから先がない。
顔に当たる部分はひび割れがひどい。
しかしその状態で長期間森の中にあったのだろうが驚いたことに植物などは絡まったりしていない。
「う~ん、顔のヒビを埋めたりすることくらいなら簡単だけど、流石に内部構造をいじったりはできないしなあ。」
そもそもその傷の修復だってうまくできるとは思えないしな。
これはどうしたものか・・・・
これは精密機械っぽいし叩いて治るわけでもないだろうし・・・
「あ、私のスライムちゃんを使えば何とかなるかもしれないわよ?」
悩む俺にリリスがそう提案してくる。
「スライム?」
「えぇ、スライムよ。」
彼女がそう言って前方に向かって手をかざす。
するとその手の先の空中から小さなスライムがあらわれた。
大きさは大体卓球に使うあの玉くらいの大きさだ。
ノアの召喚魔法に似た光景だが、呼び出したというよりは生み出した。そんな感じがした。
「さあ、行きなさい!!」
リリスは現れたスライムに向かって早速指示を出す。
するとそのスライムは腰の断面からするするとその機械人形の内部に入っていった。
「おい、あれは大丈夫なのか?」
「えぇ、多分大丈夫よ。少なくとも、中を傷つけたりはしないから安心して。」
そうか、それなら最悪の状況には陥らないかもしれないな。
俺はリリスが放ったスライムがどのような変化を及ぼすかを少しだけ期待して待つ。
すると少しした後に、
「・・・・・ぁ・・」
声が聞こえた。
聞こえてきたのは先ほどから一言も言葉を発しなかったその人形からだ。
「どうやらうまくいったみたいね。」
満足したような表情でリリスがそう言った。
「何をしたんだ?」
あのスライムには到底機械の修理なんてことはできそうになかったように見えたのだが、あいつは中で何をやっていたのだろうか?
「なに、簡単な話よ。壊れて喋れなくなったらしいから、新しい発声器官を作ってあげたの。」
新しい発声器官――――ということはあのスライムは中で声帯の役割を果たしているということか?
あの小さな体に、そんな機能があったとは驚きだ。
リリスが生み出すスライムは結構種類が多いとは思っていたのだが、あんな奴までいるんだな。
「そうか、これで少しは意思の疎通がはかれそうだ。ありがとうリリス。」
「礼には及ばないわよ。少なくとも、あなたから貰ったものを考えるとまだまだつり合いが取れないわ。」
彼女はそういうが、俺としてもたいして彼女に何かを与えたような気はしてないので、一応はおあいこというやつだ。
「・・・ぁ、あの、ありがとう、ございます。」
丁寧に、確かめるような話し方でその人形は口を開いた。
声は中性的な感じだ。
それがスライムの声があの人形の声かはよくわからないが、とにかく性別を判別できそうにない声であった。
「まあ、喋れるようにはなったけどまだ動けないだろうし、そこもおいおい何とかするしかないだろうな。」
「ん?スライムで筋肉とかを作ってあげれば、動くことくらいはできると思うわよ?」
「マジで!!?」
喋れるようにはなった。
そして次はどうしようか。そう思って呟いた声はリリスに届き、それに対する解答をさも当然のような声で告げるリリス。
先ほどと同じようなスライムを使い、手足を作ってあげれば何とか動かせないこともないとのことだった。
RPGなどでは最弱の代名詞にされがちなスライムだが、この世界のスライムは結構便利な存在らしい。
しかしそれもリリスの協力あってとのことなので、そこら辺のスライムを捕まえても同じことはできないのだそうだ。
「じゃあ、一応やっておくわね。」
リリスは先ほどと同じようにスライムを生み出す。
今度は1匹だけではなく、数匹いっぺんにだ。
リリスによって生み出されたスライムたちはそれぞれ別の場所に向かう。
スライムたちに群がられる人形の体は、見る見るうちに人の形をとっていく。
存在しなかった下半身は大きめのスライムが代用する。
もう存在しなくなった腕も同様に修復されていく。
元の素材がまったくもって違うため、新しく作った部位はかなり違った雰囲気を醸し出しているのだが、背に腹は代えられないだろう。
「どうだ?動けるか?」
体が完全に作られ終わったところで俺はそう聞いてみる。
「はい、問題なさそうです。」
体を動かしながらその人形はそう言った。
「そうか、それはよかった。お前をそこまで動けるようになったのは彼女のおかげだ。礼なら彼女に言ってくれ。」
「そうでしたね。ありがとうございます。」
そう言ってその人形はリリスに向かって頭を下げた。
「べ、別にいいわよ。タクミが治したそうにしてたから協力してあげただけだし。」
リリスはそっぽを向いてしまった。
どうやら感謝の眼差しは受けなれていないらしいな。
人形はゆっくりと頭を上げる。
「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったな。俺の名前は天川 匠という。そしてこっちはリリス、怒らせると怖いから気を付けてな。で、そっちは?」
「ちょっと!?」
俺は自分たちの紹介を軽く済ませる。
そして次はその人形に自分のことについて何か覚えていることはないかを聞いてみた。
「えっと・・・・」
「ああ、勿論話したくなかったら話さなくてもいいから、差し障りのないことだけ話してくれ。」
「えっとお・・・・・・」
話すか話さないか、そんなことで悩んでいるわけではない。
そう思うようなしぐさだ。
あんな場所に投棄されていたことを考えると、何かあったと考えるのが普通だろう。
そんな奴に、話すことを強要させるのはさすがに酷なところがあるな。
「あぁ、そうだ!!名前、まだ名前を聞いていなかったな!!」
俺は別のところに飛びかけた話を、無理矢理引き戻して自己紹介に戻す。
「すみません、名前はありません。」
申し訳なさそうにその人形はそう言った。
「ならまずはお前の呼び名を考えなきゃいけないのか・・・・」
「いいえ、そのようなものは道具には必要ありませんので・・・」
「そうはいっても俺たちが呼びにくいからつけないわけにはいかないんだよ。」
何がいいかな?
ダメだ、何のアイディアも出ない。
いや、出ないこともないのだが、いまいちイメージに合わないものばかりだ。
「ちなみにリリスは何かいい名前を思いついたりしたか?」
「いや、私は特に思いつかないわね。というか、タクミはそういうの得意なんじゃないの?リアーゼの名前はあなたが決めたって聞いたんだけど」
確かにそうだけど、リアーゼの名前は元ネタがあってそれにちなんだ名前を付けただけだからなぁ・・・
こうやって何もないところから名前を考えるのはあまり得意ではない。
「ちなみに、お前って何か特技とかあるのか?」
「えっと、分かりません。何ができるのかも・・・」
記録が抜け落ちているのだろうか?
何も覚えていない、そんな様子だ。
先ほどのは話すかどうかを悩んでいたのではなく、単純に思い出せなかっただけなのか。
「まあ、思いつかないからとりあえずシュラウドって呼ばせてもらってもいいか?」
こいつを見た時に思いついた名前の候補のひとつでいまいちピンとこなかったものだが、仕方ないだろう。
「はい、問題はありません。」
「そうか、じゃあ呼び名も決まったことだし今日はもう休もう。」
スライムの体作りは思ったよりは時間がかかるので、部屋に戻ってきてから結構時間が経っている。
もうみんな寝ていても不思議ではない時間だ。
「そうね。私も少し眠くなってきたし、そうしましょう。」
「シュラウドもゆっくり休むといいよ。機械に休息が必要かはわからないけど、ないよりはいいだろ?」
「はい、そうさせてもらいます。」