66 食への意識と人形の意識
道具としての終わりとは、どこにあるのだろうか?
機能の停止?
否、道具として終わるのは、それが必要とされなくなった時である。
その人形が終わりを迎えたのは壊れてしまった時ではなく、創世者に見放された時だった。
ーーー待って!!まだ、まだ役に立って見せるから、だから、見捨てないで、、
森に投棄された時、その機械でできた人形は、作られた心の中で必死に叫び続けていた。
しかしその悲痛な叫びは、誰にも認識させることはなく、ただただ人形の中に篭り続けていた。
◇
「起きて、タクミ!!起きて!!」
ん?ああ、俺は眠っていたみたいだ。
聞こえてくるノアの声を聞き、俺は目を覚ました。
「どうしたんだノア、そんなに急いだような声をあげて。」
「どうしたもこうしたも、夕飯、もう出来てるらしいから早く下に食べに行くよ!!」
ああ、すっかり忘れていた。それは急がないと。
俺は体を起こす。
隣を見てみると俺以外のやつはみんな準備を終えていた。
「もうそんな時間か。起こしてくれてありがとな。」
そう言って俺は立ち上がり行動を開始する。
夕食は下のフロアで食べるとか聞こえたな。
今日は何が食べられるんだろうか?
少しだけ期待に胸を膨らませながら、俺は階段を下る。
そして階段を下り切るくらいになって、いい香りがしてきていることに気がついた。
「ふむ、この匂いは生姜焼きかな?」
「よくわかったね!!タクミって結構鼻がいいんだ。」
小さなつぶやきだったが、ノアには聞こえていたらしい。
投げかけられる言葉に少しの恥ずかしさを覚えながらも、俺たちは宿の1階にある食堂にと足を踏みいれた。
そこには同業者と思しき人が沢山いた。
いかにも冒険帰りといった様子の人達が楽しそうに食事をしている。
言って仕舞えば酒場のような空間だった。
「タクミ様ですね?今日の夕食はこちらになります。」
俺たちが適当な机について座った少し後、ウェイトレスさんが食事を運んできた。
先程の予想通り豚の生姜焼きだ。キャベツの千切りとライスまで付いている。
「あら?これは見たことあるやつね。」
それを見たリリスがそう言った。
そういえば依然作ったことがあったっけか?
一月近く前の話なので記憶が曖昧だ。
「まあそう言うなよ。俺が作ったやつよりは美味いはずだから。」
俺は料理が出来ないわけではないが、特別うまいという訳でもない。
所詮は素人、プロの作るものには敵わないのだ。
「もう食べてもいいんだよね!!?いっただっきまーす!!」
元気な挨拶とともにノアが飯を頬張り始めた。
ノアは肉にフォークを豪快に突き刺してそれを口に運んでいる。
なんというか、女性としてそれはどうなのだろうか?
そう思いはしたが、これも彼女の特徴ーーーキャラなのだろうと思い気にしないことにする。
別に俺はマナーに厳しい人間って訳ではないしな。
俺もノアにつられるように食事を始める。
まずは肉を一口、
お!!結構美味いなこれ。
これだけでリリスが食べ物が美味しいと言った理由がわかりそうだ。
あれ?この情報も人伝だっけ?
まあいいや。
次にライスに手を伸ばす。
これも美味い。
やはりタンパク質×炭水化物の組み合わせは最高だな。
ライス自体は普通のもののはずだが、普通より美味く感じる。
ちなみにキャベツも普通のものだ。
俺は次々とそれらを口に運んでいく。
冒険者をターゲットにしているのだろうその料理はかなり肉と米が多い。
その為かなり満足のいく食事となっている。
ノアは一心不乱に、リアーゼは仕切りに「美味しいね!!」と言いながら、リリスは上品に食べている。
その表情はどれも満足のいっているものだった。
これだけでここまできた甲斐があったってもんだな。
そう思いながら俺が次の肉を口に運ぼうとした時、
ーーーーガシャン!!
何かが割れるような音が辺りに響いた。
俺は反射的にそちらに目を向ける。
「おいおいなんだよこのクソまずい飯はよ!!こんなんで金取ろうとすんのかこの店は!!」
そこではいかにもチンピラという男が喚き立てていた。
その足元には割れた皿の破片とその皿に乗っていたであろう肉やキャベツが落ちている。
「おらあ!!早く責任者出てこいよ!!こんな不味い飯食わせやがって!!」
あえて周りに聞こえるように言っているのだろう。
男はそう喚き散らす。
「なにあれ、感じ悪いの。」
不満げな声がノアから聞こえてくる。
「そうだねお姉ちゃん。どうしてああいう人はいなくならないんでしょうか?」
続いてリアーゼの少し棘のある言葉が、、、
リリスは我関せず、という風に食事を続けていた。
目の前の食べ物に気を取られ、あれに気づいていないまである。
そして俺はと言うと即座に席を立ち既に男の方へと歩き始めていた。
「ほら!!早くしろよ!!責任取りやがれ!!」
男はそう言って床に落ちてしまった料理に向かって足を落とし、それを踏みにじった。
と、同時に俺に殴り飛ばされた。
「「何やってんだてめえ!!!」」
怒りに身を任せたような声が2つ重なって聞こえる。
ん?2つ?
俺はもう一方の声が聞こえてきた方向を見る。
するとそこには先程受付をやっていた男が額に青筋を浮かべて立っていた。
厨房の方から出てきたことを考えると、彼がこの料理を作ったのだろう。
「おいお前、俺の前で食べ物をぞんざいに扱うとは、随分と舐めた真似してくれるな。」
俺は殴り飛ばされ、見上げるようにこちらを見ている男に向かってそう言った。
そして時を同じくして、
「おい貴様、この俺の料理がなんだって?」
少しだけ笑顔になった男が腕を組みそう言った。
その笑顔には若干の影が落ちており、逆に怖いと思わせる。
「ああ!?なんだよてめえら!!なんか文句あんのかよ!!?」
俺たちの心の中なんてものは知らない。
そう言う風な態度をとるクレーマーの男。
その態度は俺たちの怒りをさらに大きなものにする。
「いや、文句はないな。だってお前は今からあれを美味しく食べるんだから。ですよね?」
俺は笑顔でそう言った。
「そうだな。その通りだ。」
俺はゆっくりと倒れたままの姿でいるそいつに近づいた。
「なんだよ!!?近づくんじゃねえ!!」
男はナイフを取り出し、俺の接近を拒む。
しかし、その程度の武器を振り回したところで、俺の障害にはなり得ない。
俺は男が必死にナイフを持って振り回している腕を思いっきり蹴り飛ばした。
たったそれだけでそのナイフは床にとり落とされてしまう。
俺はそのまま男の首根っこを掴む。
「おい!!何するつもりだ!!離せ!!」
必死に抵抗しているが、ステータスが低いのかほとんど効果がない。
少し持ちにくくなるくらいだ。
俺は掴んだ男を床に落ちた料理の前に立っているナイスガイに向かって投げた。
彼は俺の投げた男を空中で掴み、そのまま頭を床に叩きつけた。
うむ、見事な連携だ。
「ほら、早く食えよ。」
静かだが、確かな怒りを感じられる声が辺りに響く。
気づけば、喧騒なこの食堂は、いつの間にか静かになっていた。
「ひ、ひぃ、、」
一瞬、恐怖に怯えたような声が聞こえ、そしてすぐその後男は床に落ちていた肉に食いついた。
「どうだ?美味いだろ?」
問いかけるような台詞だが、そこにはYES以外の答えは用意されていない。
「は、はい!!美味しいです。美味しいですから許してください!!」
男の中で完全に何かが折れたみたいだ。
初めの高圧的な態度などもうどこにも残っていなかった。
俺はその場に歩み寄る。
「おう、確かタクミとか言ったよな?ありがとな、俺の料理のために怒ってくれて。」
そう言って手を差し伸べてくる料理人の男、俺はその手をとる。
「別に、あんたの料理の為じゃないさ。単に食べ物をあんな風に扱うのが許せなかっただけで、」
俺は食大国である日本出身の人間だ。
たとえ隣国にミサイルを飛ばされても、ルール違反ギリギリのことをされても大して怒らないが、食べ物の異物混入などには大激怒する種族だ。
それだけ食に対する思いは強い人間は多く、俺もその例にもれないどころかむしろ人一倍その思いは強い。
俺の前で食べ物を足蹴にすることなど、あってはいけないことなのだ。
「そうなのか?でも一応、礼は言わせて貰う。ありがとう。」
握った手を上下に振りながら、彼は自分のことをイアカムと名乗った。
これから少なくとも一月はお世話になる男の名前だ。
覚えておいて損はないだろう。
「それで?これからこいつをどうするつもりだ?」
俺は足元で涙を流しながら必死に落ちている肉を頬張る男を見ながらそう聞いた。
「一応、どうしてこんな行動を取ったのかを聞いてから外に出してやろうかと思っている。」
「そうなのか。じゃあ、あとは頼みますね。」
俺はそう言って自分の席に戻って食事を再開する。
楽しい食事に水を差されて飯が不味くなるかも、と思ったが、少し冷めてしまった料理はまだなお美味しかった。
そして食事を終えた俺たちは部屋に戻る。
「じゃあ、また明日な。」
「うん!朝起きてこなかったら起こしに行くからそのつもりでね!!」
「お兄ちゃん、リリスさん、おやすみー」
「ええ、2人ともおやすみなさい。」
それぞれ部屋の前で別れる前に一言づつ挨拶を述べる。
俺たち2人はそのやりとりが終わった後、鍵を使い部屋の扉を開け中に入る。
そしてそれを見た俺は目を丸くして驚いた。
リリスも少しだけびっくりしたような顔をしている。
俺たちが部屋に入って見たもの、それは部屋の壁に横たえられた機械人形。
そこにあって当然なものではあったが、それを見た俺たちは驚きを隠せなかった。
部屋に出る前、確かに俯くようにそこにあるだけだったその人形が、目を開いて部屋に入ってくる俺たちの方を見つめていたのだった。
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