61 嫌いなものと目覚め
「どうしてだエリック、勝負は俺たちの勝ちのはずだろう?」
別に俺たちが『白の翼』に勝利することができたらおとなしく引くというルールは一切ないのだが、とりあえず俺はそう言って彼に引いてくれないか聞いてみる。
「あぁ、それはいい。ここで君と戦ってもけが人をいたずらに増やすだけだろう。倒れている『白の翼』なんかは放置すると危険かもしれないしな。だが、ひとつだけ、聞いておきたいことがある。」
あ、いいんだ。
それにしても聞きたいこと?
「聞きたいことって何だ?」
「君の後ろにいるのは強力な悪魔、それはわかっているだろう?」
まあ、それは今回俺が彼らと戦う理由になった1つだからな。
それくらいはわかっているさ。
俺はその意をエリックに伝える。
「あぁ、それがどうした?言っておくけど悪魔だから―――ていうのはもう聞き飽きたからな?」
「そのつもりはない。ただ一つ、君は本当に悪魔が悪い存在ではないと、そう言い切るつもりなのか?」
悪魔―――字面だけ見れば悪魔が悪くない、そう言ってはいけないような気はするだろう。
だが、
「ああ、とうなづくつもりはないさ。ただ、少なくともここに立っている悪魔はお前たちが知っているような悪い奴ではない。それだけははっきりしておきたい。」
悪魔というだけで一概に悪いと断言してしまうのはどうだろうか?
それはさすがに違う気がする。
「して、その証拠は?」
「証拠なんてねえよ。ただ俺がここ最近、一緒に過ごしてみて思ったことだ。」
「君はそれだけの理由で僕たち冒険者をすべて敵に回したのか?」
エリックは俺の戦った理由を、それだけと断言する。
それには少し、俺も言いたいことがある。
「エリック、俺には一つ、これだけは絶対に許せないと思うことがあるんだよ。」
「許せないこと?」
「あぁ、許せないことだ。そしてそれはたった一言の言葉で表すことができることだ。」
俺の言葉にエリックは少しだけ考えるような動作をとる。
こういうキャラは普段はどこか抜けているのだが、シリアス面に入ると途端に賢く見えたりすることがあるから不思議だよな。
「すまない。見当がつかないが、答えを教えてくれるか?」
少しの思考の後にエリックは俺のほうを向きそう言ってくる。
「それは理不尽だ。」
俺はその質問に簡潔に一言だけ答える。
そうだ、俺はこの理不尽なものが大嫌いだ。
俺がもといた世界でも、生まれながらに人間は平等であるという考え方が蔓延している。
それにもかかわらず、差別やいじめがなくならないのはどうしてだろうか?
不良が立場が弱いものを捕まえ、暴行に走るのはどうしてだろうか?
親の借金を子供が背負わされ、身を売る羽目になったりするのはどうしてだろうか?
そして、—――――――――――――悪魔というだけで、悪いことをしていないのにリリスがこうして討伐されそうになっているのはどうしてだろうか?
勿論、今あげたことではなくそれこそ星の数のようなことが世界では起こり続けているだろう。
俺はそう言った理不尽な展開が大っ嫌いだ。
それこそ、それだけの理由で今回命を懸けて立ち向かうことを決めたくらいに・・・・
俺の言葉は、この世界の人間には理解されない考え方なのかもしれない。
だが、俺はこの世界でもこれだけは貫いていきたいと思っている。そのことを、俺はエリックに伝える。
「なあ、エリック、逆に聞くが天使や神様といった存在に対してどう思う?」
悪魔とよく比較される存在を挙げて話を始める。
「天使や神様?人を助け、導いてくれる素晴らしい存在ではないか。」
俺の質問に、エリックはさも当然のような顔をして答える。
いや、彼らにとってはそれが常識、生まれた時から刷り込まれてきたまぎれもない事実なのだろう。
だが、生まれた世界も育った環境も違う俺は、そんな存在に対してそこまで信じ切ることはできない。
「本当に、そう思うか?天使や神は基本的には人を助けない。それをあいつらは乗り越えるべき試練というが、それが怠慢を正当化するためだったらどうする?」
「な!!?さすがにそれは・・・」
「まあ、これはさすがに冗談だったりするんだけど・・・でも見方を変えたらそうも見えてくるだろう?悪魔だって同じだ。」
俺は天使より悪魔のほうが好きだ。
天使は何もしてくれないが、悪魔は一瞬だけかもしれないが幸福な夢を見させてくれる。
人の望みを、一部だけだが確かにかなえてくれるものが多いのだ。
幾つもの物語を見るうえで、そんな印象が俺の心に住み着いてしまっている。
だから、俺は悪魔といわれる存在が嫌いではないし、今回もリリスの良さに気づいてああやって戦ったのかもしれない。
「だからな・・・・・・—————あ・・」
そこで俺の意識は途切れた。
そういえば、今の俺、満身創痍だったな。倒れる途中、何かに支えられるような感覚に安堵を覚えながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
◇
―――――――子供が欲しかった。
無理矢理作らされるのではない、悪意を振りまき続けるのでもない。
ただ、単純に一緒に穏やかに暮らすことのできる。
私はそんな普通の子供が欲しかった。
タクミを見つけたのは本当に偶然で、偶然以上で、必然だったのかもしれない。
私の居場所、邪悪の樹を攻撃を始めた冒険者たち。
スライム―――――無理矢理生み出された私の子供たちが必死に抵抗するがどうにかなるような様子はない。
これは私自らどうにかしに行かなければならないかしら?
そう思い外を見続けていた時に、彼は現れた。
彼は他のものと同じく人間の冒険者だった。
ただ、ひとつだけ違うところがあるとするならば、彼は他の冒険者を止めるように動いていたことだ。
おそらく、私みたいな存在がこの中にいることを確信しているのだろう。
それほど迷いのない行動だったからだ。
その行動に私は心底びっくりした。
しかし、冒険者たちに対して戦力が少ない。
スライムは足止め程度にしかなっていないし、その者の仲間は2人いるようだったが1人は非戦闘員だ。
突破は難しそうだ。
そう思った時、男は笑った。
人間でありながらも、悪魔の居住を守るために、悪魔のような笑みを浮かべて人間と戦うその男に、私は心底興味を持った。
だから私は、入り口が完全に破壊される前に、自らの手で部屋の壁をぶち抜いて出入り口を作り外に出た。
私の部屋に攻撃を加えた愚か者に鉄槌を下すため、そしてその男のことを知るために・・・・・
そして私は幸運なことにタクミ、という名前の男をこの場に拘束することに成功した。
彼は私には勝てないと踏んでいるようで、下手に逃げだしたりする気配がないのが助かった。
もし逃げられてしまったら追いかけるのに手間がかかっただろうから。
そして私はこの階層の特性である、『不安定』を利用して彼の心に取り入った。
彼の心が、私の方向に向くように。
そして私は手に入れた。
一緒に普通の暮らしをしてくれる、今までとは違った子供
そこからの彼と過ごした2週間は、生まれてから初めて経験するような、煌びやかなものだった。
◇
「うっ・・・・」
目が覚めた。
俺はゆっくりと目を開ける。
こうして生きているということは、あれから冒険者たちからのタコ殴りにあったとかはなかったみたいだな。
「あ!!目が覚めたのね!!?よかったわ!!」
突如、横から声が聞こえる。
そうか、リリスも無事か。
それに安堵した俺はゆっくりと体を起こす。
驚いたことに体のどこにも気怠さや痛みなどは残っていなかった。
体を起こし周りに目を向けてみる。
ここはリリスの部屋だった。
その一角に横たえられていたようだ。
「おはようリリス、お前が介抱してくれていたのか?ありがとう」
この部屋に、他のものはいない。
状況的に考えて、彼女がやってくれたはずだ。
その為、俺はリリスに感謝の言葉を述べる。
「いいわよそんなこと。だってタクミも私のことを助けてくれたでしょう?家族はお互い、助け合うものよ。」
明るい顔で、リリスはそう言った。
家族・・・・前に彼女自身が言っていた設定の話だろうか?
それを容認したつもりはないが、今、彼女はとても幸せそうなので水を差すのは悪い。
最悪、怖いリリスになってしまいそうだ。
「そうだ。俺はどのくらい寝ていたんだ?というか、あの後どうなったんだ?」
「そうねえ。まず日にちだけど、冒険者たちが攻めてきた日から3日が経っているわ。」
あぁ、結構寝ていたみたいだな。
寝ている時間の長さは体感ではわからないし、教えてくれて本当に助かった。
「そしてその後だけど、冒険者たちは特に何もなく帰っていったわ。その後私があなたを担いでここまで連れてきた感じね。」
てっきり俺が気絶した後ひと悶着くらいあったと思ったのだが、何もなかったのか。
ある意味意外だな。
「そういえば、ノアとリアーゼはどうしたんだ?あいつらは一応俺の仲間なんだけど・・・」
「あの二人なら問題ないわ。今日もそろそろ来る時間じゃないかしら?」
リリスがそう言って少しした後、タイミングを見計らったかのようにその声が聞こえてきた。
「タクミ―――!!早く起きろ――!!」
「ノアおねえちゃん、寝ている人がいるときに大きな声はどうかと思うよ。」
いつもの調子を取り戻したノアの声と、それを抑えるように言うリアーゼの声が聞こえる。
「彼女たち、毎日このくらいにあなたのことを心配してここまで来ているのよ?」
「そうか、それは悪いことをしたな。」
「タクミー!!あ、起きてる!!リアーゼちゃん、タクミが起きてるよー!!」
「タクミお兄ちゃん、おはよう!!」
「ああおはよう。」
今は朝、というわけではないだろうが、「おはよう」その挨拶が一番しっくりきた。
そしてその少し後に――――
「おぉ!!目を覚ましたか!!」
まさかのエリックまで入ってきた。
「リリス、あれはいいのか?」
確か俺の記憶が正しければそもそもこの階層は冒険者立ち入り禁止になっていたはずだ。
俺が眠っている間に、それが解除されたのだろうか?
「ええ、この際だからもういいわ。といっても、ほかの人たちには入らないようにしてもらっているのだけれど、彼がどうしても言いたいことがあるようだったから」
俺が気絶する前に、散々会話はしたと思ったのだが、あれでは不十分だったのだろうか?
まあ、こいつはおしゃべりキャラでもありそうだからな。
「タクミ君、まずは謝らせてほしい。僕たちの勝手な価値観のせいで、君の命を脅かしてしまった。これではオベールの名折れだ。」
エリックはそう言って俺の前で膝をついた。
その動きはどこか様になっている。
「そうか、リリスのこと、認めてくれるんだな。」
この行動が差す意味、それはリリスが悪魔でありながらも、悪ではないことを認めてくれたのだろう。
それだけで、今回の戦いは大勝利だ。
「ああ、必死に君を介護するリリス君の姿を見たら、彼女が悪だと断言できなくなった。あれはまさしく母親の姿だ!!」
エリックは立ち上がりこぶしを握り締め大声を上げる。
何を馬鹿なことを、そう思ったが考えてみればこいつはこれが平常運転のはずなんだよな。
今までが少しだけおかしかっただけで・・・・
「それで?ノア達のほうはどうなんだ?」
問題はここだ。
ノアがリリスのことを認めないなら、ある意味振りだした。
「ボクは――――悪魔のことは認めない!!」
少しだけ溜を作りノアがそう宣言した。
えー、俺の努力は何だったんだよ。
というか、戦って負けたんだから素直に認めろよー
結論を急ぎ、俺は心の中でそうヤジを飛ばす。
「でも!!、タクミが信じたその女のことだけは例外にしといてあげる。」
こちらを見るノアがそう言った。
俺はリアーゼの方にも視線を送る。
「うん、私もだよ。」
リアーゼもいいみたいだ。
いや、彼女はそもそも戦闘に参加していなかったしどちらでもよかったのかもしれないな。
「・・・・そうか。みんな、ありがとう」
俺はリリスを認めてくれた仲間たちに心の底からの感謝の言葉をつげる。
今回の戦いが意味のあるもので、そしてそれが俺たちの大勝利に終わったことを実感し、俺の心は踊るのであった。
第二章はここで終了となります。
区切りが悪いように見えますが、ここで切らないとまた微妙な終わり方をしそうだったので二章の終わりの場所としてはここになっています。




