60 間違いとつながり
リリスの好感度によってスライムの挙動が若干変化する。
それは先ほどノアが証明してくれた。
では、どのように変化しているのか?それはひとえにヘイト値の上昇率の低下ということになるのではないか?
俺はそう考える。
ヘイト値というのはどれだけ魔物から嫌われているかの値だ。
それが高ければ高いほど、魔物に狙われやすくなる。
そしてこれは近くに行ったり攻撃を加えたりすることによって上昇するのだ。
今、俺はスライムに対するヘイト値上昇が極端に低くなっている。
そのおかげでこの部屋に入った時、どのスライムにも襲われることはなかったのだ。
そして次に俺のスキル、《挑発》についてだが、このスキルの効果はヘイト値に直接影響を与える効果だ。
その効果の特徴は、ヘイト値を攻撃するのではなく、範囲内の敵のヘイト値を上書きするというところにある。
数値そのものをいじっているため、リリスとの好感度による影響を無視してスライムたちのヘイト値を稼ぐことができる。
そして極めつけは俺のスキルステータス弄りだ。
これによって今、《挑発》を使った時に得られるヘイト値は元の数値の4倍になっている。
それを受けたスライムたちがとる行動は1つ、俺に向かうことだけだった。
◇
「これはどういうことだ!!?」
後ろから迫りくるスライムたちに驚きそれに対抗しようと構える『白の翼』の男。
そのスライムたちは本当は俺に向かってきているのだが、その進行方向にいるそいつは自分が狙われていると錯覚する。
そして『白の翼』の攻撃手段は武器による攻撃と加えて聖水による攻撃しか持っていないこと、そしてその聖水がもう残っていないことなどの情報はここまででそろっている。
その為、そいつに抵抗する力はないのだ。
現に、先ほどノアが助けるまで『白の翼』はスライムに対してかなりの苦戦を強いられていた。
「そこの人!!スライムはボクが何とかするから、君たちはあの女を何とかして!!」
遠方からノアの声が聞こえる。
彼女は『白の翼』の者たちと協力することを選んだみたいだ。
ノアの魔法が大量のスライムたちを端から削って俺たちのところに来ないようにしている。
―――あぁノア、俺に向かってくる脅威を排除してくれてありがとよ。
心の中で皮肉めいたことを呟き、少しだけましになった状況を見る。
「ふっ、少しだけ驚いたが、貴様の奥の手はこれで封じられた。もう観念するんだな。」
『白の翼』のこのような台詞を聞くのは何度目だろうか?
いい加減、その台詞を言ったらことがうまく運ばない、そのことを学習してほしいものだ。
いや、俺としては学習しないほうがいいのだろうが・・・・
「はっ!!ノアさえ、魔法使いさえ封じてしまえば対物理型包囲戦術が使える。まだ終わってねえぞ!!」
かっこよくいってみたが、要するに包囲されている時の戦い方だ。
今回使うのは、敵に後方支援、というか後詰めの役割のものがいない場合の戦い方だ。
「リリスちょっと頼みたいことがあるんだが―――――――――」
小声でサクッと作戦を伝える。
これは一度きりしか使えない、いわば奇襲作戦だ。聞かれるわけにはいかない。
例によって時間はないので、詳細を省いたやってほしいことだけを言う。
「本当にいいのね?どうなっても知らないわよ?」
俺の指示を聞き、確認するように効いてくるリリス。
「あぁ、大丈夫だ。どう転んでもこれ以上悪くなるとは思えないし、一思いになってくれ。」
それに対して、俺は何も問題は何と伝える。
「チッ、まだ何か企んでいるみたいだな。だが、貴様らの手の内はすべて見たも同然、あがいたとしても結果は変わらないと知れ!!」
今にも飛びかかってきそうな『白の翼』。
「じゃあ、いくわよ!!」
リリスはそのうちの一人、剣を持っている男に対して俺を担ぎ投げつけた。
「あああああああああああああああああああああああああ!!!」
大声を上げながら一直線にそいつに向かって体当たりをかますことになる俺。
リリスの力は弱体化中にもかかわらずすさまじく、俺は人形のように投げ飛ばされていた。
途中に火の玉に触れはするが、その速度の前に一瞬のラグがある爆発など無意味だ。
「―――!?ぎゃあ!!」
突然、俺が飛んできたことに対応できないその男は、リリスによる人間砲弾攻撃の直撃を受ける羽目になる。
当然、俺の体にも大きな衝撃が走りはするが、そこは準備ができている者とできてないものの差が顕著に現れる。
俺はまだ立ち上がることができ、その男は吹き飛ばされた先で倒れ、起き上がってくる様子はない。
これで残りは2人―――鉈持ちと槍持ちだけだ。
そいつらは今、リリスを取り囲むように立っている。
俺は一足先に包囲を抜け出してしまったため、彼女は今、1対2で戦うことを強いられている。
「リリス!!槍だ!!槍から倒せ!!」
敵が困惑している間に、どちらかは倒すことができる。
それならば槍持ちを先に始末してほしい。その旨をふらふら立ち上がりながら伝える。
「槍ね!?分かったわ!!」
俺の言葉を聞いたリリスは一目散に槍持ちの懐に潜り込む。
槍は長物、懐に入らせてしまえば、有効な対処は難しい。
「くそっ!!離れろ!!」
必死に引きはがそうとするが、そもそも対応が遅れてしまっているため対処のしようがない。
結果、リリスの暴力を無抵抗で受けてしまう。
槍持ちの男は、持っていた槍を取り落とし後方に吹き飛ばされた。
その先には、ノアが食い止めているスライムたち。
男はスライムの海に飲み込まれてしまう。あれでは例えまだ立ち上がれる状態であったとしても、この戦闘に参加することは無理そうだ。
そして残りは鉈の男。
正直、何故そいつが鉈なんかを武器に選んだかは謎である。
あれはリーチも短いし威力も出ないしで武器としての性能はかなり低いんだが・・・・
ともあれそんなこんなで、5人グループが1人になったところで勝負は決したといってよかった。
リリスは先ほど地面に落ちた槍を拾い上げ、それをうまく使い鉈の射程外から一方的に攻撃を加える。
鉈の男は、必死に抵抗したが、その不利を覆すことはできなかった。
◇
『白の翼』をすべて倒し終わった後、俺は必死にスライムを処理しているノアに話しかける。
「さて、俺たちの勝利だな。」
そう勝ち誇って入るが、結構な辛勝だったため俺の体はボロボロだ。
ノアの爆発は見た目ほどのダメージは入っていないのだが、最後のリリスの投擲がかなり効いている。
体感で言えばあの一撃でHPを3割近く減らされたような気さえする。
流石にそれほど減ってはいないだろうが、それほどの衝撃が体を襲ったのだ。
そこで初めて、ノアがもうすでに戦闘が終わっていることに気づいた。
驚いたような顔で俺のほうを見つめてくる。
「えっ――!?なんで!!?なんで!?」
どうして自分たちが負けたのか、それがいまいちわかっていない様子だ。
自分がスライムの進行を止めることさえできていれば、あの状況からの負けはない。そう思っていたみたいだ。
「ふふ、それは私たちの絆の強さの勝利よ。」
あの、リリスさん?絆の勝利とか恥ずかしいこと言わないでもらえます?
「絆の・・・・」
ノアが俯きそう呟く。
「いや?違うからな?単純にお前らの連携がとれてなかったり判断を誤ることが多かったりしただけだからな?」
俺はすかさず修正を入れる。
あまり勘違いさせているままだとかわいそうだしな。
「確かに、連携が取れていなかったことは認めるけど・・・判断ミス?」
「ああそうだ。例えば、最後にスライムが迫ってきた時、どう思った?」
あそこでノアがスライムの処理に向かわなければ『白の翼』、ノアに加えて俺はそのスライムたちもどうにかしなければならなかったかもしれない。
まあ、あそこでノアが処理に回らなくても一応は『白の翼』のいた場所も通るから痛み分けの結果にはなっただろうが・・・
「スライム?単純にあれを止めないとボクたちが攻撃されて負けるとしか・・・」
「どうして?無視してもよかったんじゃないのか?」
「どうしてって、魔物が迫ってきてるんだよ?むしろどうして無視するっていう発想になるの!?」
強く、自分の主張を変えないノア。
その様子を見たリリスは呆れたように答えを口にする。
「はぁ、呆れた。あなた仲間が使うスキルも知らないのかしら?」
「スキル・・・あ!!」
そこで俺がやったことを理解したようだ。
そう、俺は自分に向かってあのスライムたちを集めただけ。
それを勝手に危機と勘違いしたノアたちが騒ぎ立て、そして対処する結果になってしまった。
「結局はあなたは自分の仲間を信じることができていなかったってわけよ。はぁ、まったく、聞いてあきれるわ。」
少し疲れたように毒を吐くリリス。
今回は完全に正論のため、俺がそれに口出しするつもりはないのだが・・・
「うぅ・・・・」
リリスの言葉を聞き、下を向いてしまうノア。
まるで自分がやったことが恥ずかしい。そんな様子だ。
スライムを処理する手は止まってしまっていた。
しかし、スライムが俺に襲い掛かってくることはなかった。
おそらく、リリスが何かしてくれたのだろう。
「ま、そういうことだ。他にも色々要因はあるが、総合的にみて今回はお前らのミスだな。」
対応のされ方によっては詰んでいた可能性だってあった。
そこまで追い詰められていたことは認識しておかなければならない。
今回は偶然勝ちを拾うことができたが、次もそう行くとは限らない。
次あった時はもっと前の段階で対処するように心がけておかなければならないな。
「さて、そろそろ帰るか。」
疲れのためか、体が重い。これ以上の戦闘はできそうになかった。
今日はもうリリスの部屋にかえって体を休めたほうがいいだろう。
そう言って俺たちは帰ろうとしたが・・・・
「まて、ここから先にはいかせるわけにはいかない!!」
まさかのここでエリックが俺たちの前に立ちふさがった。
そういえば、スライムが冒険者たちの足止めをしていたんだったな。
それを強引に引っ張ってきたから、彼らも今、自由になってここまでこれたと言ことか。
なるほどなるほど――――――これ、また戦闘に入るとさすがにまずいかも?
この戦いで泥だらけになりながらも、凛とした表情でこちらを見据えるエリックを前に俺はそう思った。