57 逆風と外れる枷
ノアの魔法はその見た目より威力がないことは周知の事実だ。
今、聖剣を手にした俺なら、その魔法を何の強化なしに叩き切ることは簡単だ。
俺は俺の方向に飛んできた火の玉を一つ一つ確実に迎撃していく。
距離をとられ、間髪入れずに飛んでくるそれらに俺は反撃できないでいるが、それでいい。
あの魔法がいくら消費MPが低いといっても、あれだけの数出し続けていたらそのうち彼女のMPはそこを尽きる。
そしてそうなってしまえば、もうノアはほとんど戦うことはできない。
俺は慌てずにその時を待ち続ける。
彼女は俺の方向に飛ばすだけでなく、俺が避けてしまわないようにその火の玉を散らすように飛ばしている。
俺が思っているより、MP消費は早いだろう。
「どうしたノア、俺すら倒すことができない魔法でリリスを倒せると思っているのか?」
いかにも自分に余裕があるという風に俺はそう言った。
言ってしまえば挑発だ。
彼女が自分のMPを鑑みずに攻撃を続けてくれるようにするために、彼女を熱くさせておく必要がある。
「さぁ、どうだろうね!!」
ノアは攻撃の手を緩めない。
俺の反撃をそこまで恐れているのだろうか?
それにしても自分の後方にまで火の玉を飛ばすのはやりすぎな気が・・・・・?
ん?なんであいつは自分の後方に向かって火の玉を飛ばしているんだ・・・?
火の玉が視界にかぶさってよく見えないが、確かにノアは後ろにも火の玉を飛ばしている。
そしておそらくその狙いは――――
俺は目の前に迫っている火の玉を無視してノアに向かって突進をした。
「ちっ、流石だねタクミ。もう気付くなんて。」
ノアは初めから、俺を見てなんかいなかった。
彼女はずっと、後ろでスライムたちと戦う、『白の翼』のほうに火の玉を飛ばしていたのだ。
一心不乱に俺のほうに火の玉を飛ばし続けて防御を許容したのも、その行為を隠すためだろう。
俺は迫りくる火の玉に真っすぐ突っ込んでいった。
―――ドン!!ドン!!ドン!!!
それが俺の体に触れる度、衝撃が体を駆け抜ける。
一撃一撃はさほど痛くはないが、それが重なれば馬鹿にできないダメージになってくる。
ノアとの距離はあと約10メートル。
俺のステータスならこの距離を詰めるのに、1秒もかからない。
その間、この爆発に耐え続けることができれば、俺の勝ちだ!!
俺はその心を胸に進む。
当然のことながら、ノアがこの魔法を放っているため、彼女に近づけば近づくほど、とんでくる火の玉の量は増えてくる。
しかし後ろに引こうとして一瞬でも足を止めてしまえば、集中砲火を受けてそれだけで試合終了だ。
どちらにしても、初めにノアの攻撃を無視し始めた後の俺には、進むしか選択肢が残っていなかったのだ。
そして―――――――
「ははっ、案外何とかなるものだよな。」
俺は無事、ノアの前にたどり着くことに成功する。
こうなってしまえばもうこちらのものだ。
剣を持つ手に力をこめる。
「そうだね。案外、何とかなるものだよ。」
俺は迷いなく、その剣をノアに向かって振るった。
流石に殺すつもりはない。そのため、剣の腹で殴打するようにだ。
俺の攻撃は間違いなく彼女の体をとらえる軌道を描く。
これで勝利は確定するだろう。残った冒険者はスライムに任せてしまえばいい。
彼女を倒した後のことを軽く考えながら剣を振る。
しかし俺のその考えは、残念ながら甘いものだったのだろう。
俺の剣は何者かに防がれてしまった。
いや、相手がだれかなんてわかっている。
当然『白の翼』の誰かだろう。
「ちっ、間に合わなかったか。」
「どうやら間に合ったみたいだね!!」
2人の声が重なるように響く。
そしてその場にいる戦えるものが、みな一度に動き出した。
ノアは再び火の玉を召喚し、『白の翼』は俺を仕留めようと武器を振る。
そして俺は一度この場から離脱するべく、大きく後ろに飛びのいた。
何とか間一髪、俺はそいつの凶刃を回避することには成功した。
だが――――
「油断している暇はないよ!!」
回避した先には、ノアの火の玉が待ち受けていた。
「くそっ!!厄介な!!」
火の玉は俺の足元で爆発を起こし、俺にダメージを蓄積させる。
彼女の火の玉はその見た目からは忘れられがちだが、まぎれもない召喚術だ。
あの火の玉は生きているのだ。
その為、彼女の指示――――この場合は俺の至近距離に迫ること以外では爆発しないし、自由に動き回ることができる。
先ほど俺はノアに近づくために一直線上の火の玉はあらかた爆発させた。
だが、その他のものはそのままだ。
考えもなしに動き回ったりするのは愚策になってしまう。
「ほら、どうしたのタクミ。そんなんじゃあ、その女を助けることなんてできないよ!!」
あぁ、もっともだな。
俺の目の前には、『白の翼』を盾にして立つノアの姿。
『白の翼』だけでも俺の手には負えそうにない。その上、そいつらには今ノアの援護射撃がついているのだ。
さらには、俺はさっきの突進で大きくHPを削られている。
確認している暇はないが、多分3割は持っていかれているはずだ。
俺がいくら全力で戦ったところで、この状況を打開する手段はない。
そのことはだれが見ても明白だった。
そう、俺がこのまま一人で戦っていても勝てないのだ。
ならば、
「リリス、少しだけ手を貸してもらっていいか?」
誰かの助けを宛にしても文句は言われないだろう。
「えぇ、私も一緒に戦うわ。正直、あまり気は進まないのだけれどね」
リリスは俺の申し出を快く受けてくれた。
だが、その表情はどこか険しい。
おそらくまだ、聖水の効果が残っているのだろう。
先ほど、聖水を受ける前、あまり時間はなかったとはいえリリスは『白の翼』を一人も倒せないでいた。
そして今、彼女はその時より弱体化している。
戦力が増えたといってもそのまま普通に戦っても勝てるとは思えない。
ならばどうするのか、それを俺たち2人は小さな視線のやり取りで決める。
逃げるか?――――――不可、俺たちは今、部屋の中で部屋の出口側に敵がいる。また、冒険者やスライムもその奥にいるため、逃亡は無理だろう。
なら、説得する?—————――――――不可、それは先ほど試した通り無理だろう。俺の言い方が悪かった可能性もあるが、少なくとも『白の翼』のやつらは聞き耳をもってくれるはずがない。
それなら命乞いでもするか?――――――――不可、俺はともかく、リリスは確実に助からない。
ならば――――死を覚悟して戦うのか?
結局は、それしかないのだろうか?
戦っても勝てない。そう思ったから何かないか考えているのではなかったのか?
その疑問は確かにあった。
だが、どこにも答えは見つからなかった。
俺たちの思っている以上に今の状況は悪く、いわば八方ふさがりの状況にあるのだろう。
だがそれも、目の前に立つ敵を何とかできればすべて解消される。
正直、俺たちの勝率はかなり低い。
向こうは6人でこちらは2人、数の上では3倍、仮に俺たち個人の戦力がみな同等のものと考えた場合、その戦力差はランチェスターの法則に乗っ取って考えると9倍差にもなる。
もはや絶望的な戦力差だな。
俺は心の中でそう呟く。
ふふっ
「タクミ?何をこの状況で笑っているのかしら?」
俺の横に立ったリリスが俺の顔を見てそう言う。
笑っている?俺が?
まあ、確かにそうかもな。
「だって考えてもみろよ。この戦力差をひっくり返した時のことを・・・ワクワクするだろう?」
あぁ、そうだ。
俺は少しだけ、この状況を楽しんでいるんだ。
ここは現実。
俺がこの世界に来て、ずっと自分に言い聞かせてきたことだ。
それは間違えた選択をとらない為に言い聞かせてきたこと。
人の道を外れないように、自分を抑えていたことだ。
だが、俺はもうすでに踏み外してしまった。
この世界の常識が気に入らなくて、悪魔という理由だけで虐げられるリリスを見捨てることができなくて、踏み外してしまった。
だからもう、自分を抑える必要はなくなった。
この世界は――――ゲームの世界、俺の愛した、人の作り出した世界。俺が選ぶことのできる物語だ。
だから、何が正しいかは俺が決める。
「なあ、知っているかリリス・・・・・立ちふさがった壁が大きいほど、それを乗り越えた時に見られる景色は綺麗なんだぜ?」
この話を書き終わった後に見返してみて思ったんだけど・・・文章構成めちゃくだ。
まあ、それは今に始まったことではなかったようには思えますが・・・
読みにくかったらごめんなさい。