56 常識と意識
「戦う理由?そんなの、タクミがボクの仲間で、そいつが悪魔でって、それだけで十分でしょ?」
なにを分かりきったことを、そう言いたげな顔をしたノアがそう言った。
まるでそうする事が当たり前、そうしないのは不自然だという風に。
だが、そのあり方は俺から見たら逆に歪だ。
歪んでいる。
歪みきった考えだ。
「はあ?なんで悪魔って理由だけで敵対しなきゃなんねえんだよ。」
「だって悪魔は悪い種族なんだよ?悪魔なんだよ?」
できの悪いNPCの様に同じことを繰り返すノア。
悪魔という存在だけで悪、そう擦り込まれているのだろう。
「そうはいうがノア、リリスが何か、悪いことをしたのか?」
少なくとも、俺が知っている限りでは彼女はただ普通に生活していただけだ。
なにも悪いことなんてしてはいない。
「何を言うか!!そいつはアレンをスライムに変えた!!それに冒険者を襲った!!十分悪事を働いているではないか!!」
俺の言葉に、ノアではなくエリックが答えた。
彼は懸命に迫り来るスライムの攻撃を耐えながらも、俺たちの会話に参加してくる。
リリスは悪、その事を俺に教えるために、、、
「それもこれも全部お前らのせいだろ?お前らが勝手に竜の尾を踏んで返り討ちにあっただけじゃねえか。その責任を他人に押し付けるんじゃねえ!!」
そもそもの話、エリック達がリリスの部屋に強襲を仕掛けたのが原因なのだ。
彼女はただ、そこで暮らしていただけ。
そしてそこに危険が迫ったから排除しただけなのだ。
それを責めるのは明らかに虫のいい話だと言える。
「くっ、それは、、」
少しは思い当たる節があるのだろうか?
エリックは苦虫を噛み潰したような表情をして押し黙る。
「ノア、もう一度考えてみろ。今回の話、どっちが悪いのかって言う話を、」
考えるまでもなく、悪いのは俺たちだ。
そして強大な存在を前にする覚悟が足りなかった俺たち冒険者が、有る事無い事言っているだけだ。
「タクミ、、、タクミは、そんなにその悪魔の事が好きなの?」
その時、いつものノアからは考えられない様なか細い声が聞こえてきた。
小さく、怒りに震えている様な声。
その声に俺は堂々と答える。
「ああ、少なくとも、自分の事しか考えられない、自分のやったことに責任を取らない人間よりはずっと好きだ。」
俺自身常に他の人の事を考えて行動している。
なんて言うつもりはない。
俺だって1人の人だ。
その心の中には何処か自分の利益になる、自分の為になる事しか考えていないのだろう。
だからここで言う『人間』と言う言葉には、もちろん自分自身も含まれていた。
「ーーーっ!?、ありがとう。」
後ろから、そんな呟きが聞こえてくる。
だがよして欲しい。
俺のこの言葉も、何処か利己的なものであるはずなのだから。
「そう、タクミはそんなにその女のことが好きなんだね。そうなんだ。」
何処か静かな声が辺りに響いた。
その声はすぐに周りの戦闘音でかき消されてしまったが、確かにその言葉は俺の耳に届いていた。
「落ち着けよノア。悪魔が好きな人間がいるくらいで一々怒ってたらこの先苦労するかもしれないぞ?」
「そう、そうかもしれない。」
「だろ?世の中広いんだ。俺みたいな人も、探せば結構いるはずだ。」
「でも、タクミはいいの?」
「いいのって、何の話だ?」
「だって、このままだと、ボク達の冒険はどうするの?」
俺たちの冒険?
それが今、何か関係があるのだろうか?
「何のことだよノア。分からないからはっきり言ってくれ。」
「簡単なことだよ!!悪魔なんか連れてたら、どこに行ってもこうやって追い回されるんだよ!!そうしたらボク達は冒険なんてやってる場合じゃないんだよ!!」
成る程、つまりはリリスを連れていることで同業者から攻撃を受けると言いたいんだな?
「でもーー
俺が反論を言いかけた時、ノアが俺の言葉に被せる様に荒げた声をあげた。
「だからボクが、ボク達の冒険を終わらせない為に、その悪魔を倒すよ!!」
そう言って彼女は大量の火の玉を出現させた。
1つ1つが意思を持っている炎の爆弾。
ノアの最近お気に入りの召喚魔法だ。
「さて、いっけーーー!!!」
そしてそれは、ノアの掛け声とともに四方八方に発射された。
どうやら、彼女との戦闘は避けて通れないイベントだったのかもしれないな。
そう思いながら、俺は剣を構えて攻撃に備えた。