55 一つの策と一人の敵
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
俺は今、ダンジョン内を全力で走っていた。
そして肩の上にはリリスの姿。
後ろには大量の冒険者、状況は最悪だ。
実をいうと、普通の冒険者はあまり怖くない。
だが、問題はやはりあの『白の翼』のやつらだ。
「タクミ、左後ろから炎魔法が飛んできてるよ!!」
「了解!!」
リリスの指示を聞いて、俺は右方向に避ける。
すると少し後に、俺の隣を炎の弾丸が通り過ぎた。
「全く、危ないなぁ・・・」
「タクミ、油断しない!!すぐあとに雷、進路はさっきと同じだから避けなくていいけど、一応、留意しておいて!!」
「わかった。」
リリスの言葉の通り、先ほどと同じ軌道を描いて雷が通り抜ける。
先ほどから逃げている俺たちに向かって魔法を飛ばしている奴ら、それはみな、『白の翼』のメンバーだった。
彼らは他の魔法使いとは違い、走りながら詠唱を行うのだ。
いや、俺としては詠唱のたびに足を止めるほかの冒険者のほうが違和感があったりするのだが、あれはあれで慣れないと難しいところもあるしな。
そう思いながら俺はダンジョン内を帆走する。
『白の翼』の者たちは、俺たちの後ろにぴったりとついて走っている。
このままがむしゃらに走っていても、いつかは捕まってしまうだけだろう。
それは俺たちが一番よくわかっている。
「タクミ、このままだと捕まってしまう。それなら折を見て私を置いて逃げたらいい!!」
だから万が一の時はそうしろ、とリリスが言う。
「阿呆かお前は!!もうすでに俺自身も追われる対象になってるよ!!ここでお前を捨てても意味はない!!」
そう、そうだ。
俺はもう引くことはできない。こうやって逃げ続けるしか道はないのだ。
「ならどうするんだ!?このまま逃げててもらちが明かないぞ!?」
「あぁ、俺だってただ無策に走り回っているわけじゃないさ!!だからリリス・・・」
俺はこれからの作戦を後ろのやつらに聞かれないように、リリスに耳打ちをする。
時間はないので詳細は省き、やってほしいことを最低限伝える程度だ。
その為、俺の意図を読むことはできなかったのだろう。
リリスは不安そうだ。
「本当にそれで何とかなるの?言っちゃあ悪いけど私、この階層については熟知しているからそんなことしても意味はないと思うよ?あ、タクミ、左に避けて」
「いいからやるんだよ!!俺たちがこの状況を切り抜けられる方法はそれかもう一つしか残っていない!!」
ついでという風に言われた指示を聞きながら俺は走る。
ちなみに、もう一つというのはリリスへの聖水の効果が切れるまで逃げ続けることだ。
しかしそれは、いつになるかわからない為、あまり現実的ではない。
それならば、すぐにでも実行に移せるこの作戦のほうが・・・・
「あっ!!」
そこで俺は地面の出っ張りに躓き、前のめりに倒れる。
俺の肩に担がれていたリリスは、その勢いのまま大きく前に投げ出された。
「どうやらここ迄みたいだな。」
「ふむ、この男の予想外の行動にてこずらされたが、これで仕事完了だな。」
俺は即座に体を引き起こし、ここで何とかするべく剣を構える。
先ほどエリックから拝借した聖剣シャムシールだ。
「ほう、まだ戦うつもりか?」
「わかっていると思うが、貴様では我らに勝てない。」
「早急にあきらめるがいい。」
薄い笑みを浮かべながらそいつらはそういう。
なら、彼らの期待に応えてやることにしよう。
「あぁ、諦めるよ!!もう逃げたりはしない。逃げても意味はないからな。」
「そうか、まあ貴様は一応は人間だ。とらえた後も、悪いようにはしないさ。」
「あぁ、諦める。そう、・・・・逃げることからな!!リリス!!やれ!!!」
先ほど、放り投げておいたため彼女は今フリーだ。
リリスはこぶしを握り締める。
「ん?奴は何をしている?」
『白の翼』の者たちは、リリスが何をやっているのかまだわかっていないみたいだ。
まぁ、それも当然だろう。
あれは知っている人のほうが希少なのだ。
リリスは、そのままその拳を壁に向かって思いっきり叩きつけた。
―――――ドン、
爆音が鳴り、彼女に殴られた壁はガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
そしてその先には、通路のようなものが・・・・
「リリス!!そこに逃げ込め!!」
「!?これは!?わかった!!」
俺はリリスに指示を出し、そして俺自身も即座にその通路に逃げ込んだ。
「ッチ、隠し通路があったのか。」
「だが、そんなところに逃げたところで意味はない。」
俺の後を追うようにして、『白の翼』もついてくる。
そして――――
「———!?これは、なんだ!?」
そいつらの姿を見てしまった。
彼ら、そして俺の目には大量のスライムの姿が映っていた。
そう、ここはあの日除いた壁にあった隙間の奥、スライム隔離部屋だ。
この部屋にいるスライムの数は、この部屋の外とは比べ物にならない。
ダンジョン内にいるスライムの数を1だとすると、ここは100は優に超えている。
そんな数のスライムを今、俺たちは解き放ったのだ。
スライムが濁流のように通路の中から押し寄せる。
その光景はまるで放水するダムのようだ。
普通なら、これに巻き込まれて無事であるわけはないだろう。
だが、俺たちは違う。
リリスはこのスライムたちの主であるし、俺も彼女が配慮してくれているのかスライムに攻撃されることはなくなっている。
その為、スライムたちが襲うのは、俺たちを追いかけてきている冒険者たちに限るのだ。
「いやぁ、こんな部屋があったとは、私のダンジョン内のことなのになぜか知らなかったよ。」
スライムに乗ってするするとこちらに移動してくるリリスがそう言った。
そりゃあここは厳密にいえば外だからな。
というか、それちょっと楽しそうだな。
俺もできるだろうか?
ちょっとだけ試すようにそこに至スライムに腰を下ろしてみる。
お!!乗せてくれた。
で―――動いてもらうためには・・・・
「あの、今は遊んでいる状況ではないのだが・・・」
スライムに乗って遊び始める俺に対し、リリスが呆れたように話しかけてくる。
いかんいかんそうだった。
「でも、さすがにあれは突破できないんじゃないのか?」
冒険者たち―――『白の翼』を含める――――はみな一様に、スライムたちの攻撃を防ぐのに手いっぱいだ。
というか、むしろあのままだったら全滅してしまうだろう。
エリック達なんかは、巨大なスライム一体に苦戦を強いられていた。
あの数のスライムを相手にするのは無理だといえる。
そして加えて言うなら、『白の翼』の聖水も切れているという情報が入っている。
俺たちはここにいる限り、一応は安全なのだ。
「それはそうだが、安心しきるのもだめだと思うぞ?」
「それもそうだな。」
どれだけ優位を誇っていようと、一瞬の油断のために足元をすくわれる。
そんな光景は幾度となく見てきた。
俺は注意深く、その光景を見続ける。
「そういえば、あの冒険者たちって放っておいたらやっぱり死ぬのか?」
それはそれでなんかいやだな。
俺のせいで大量の人が死んだとあっては寝覚めが悪いどころの話ではない。
罪の意識でどうにかしてしまうかもしれない。
「あぁ、それなら問題はない。私が殺さないギリギリのところで止めるように、指示を出しておくよ。」
「ありがとうリリス。」
これなら後に控える不安もない。
安心してこの戦いの勝利を収めることができる。
まあ、俺は少なくともこの街にいられなくはなるだろうが、その時はその時だ。
俺が勝利を確信してその光景を見ていた時、、
「うわああーーーー!!グネグネして気持ち悪いよ!!」
ノアの声が聞こえた。
そしてすぐに
「あ!!タクミ、見つけた!!もう逃がさないからね!!」
俺の目の前に姿を現した。
彼女にも、スライムはほとんど襲い掛かっていなかった。
一応、数匹飛びかかってはいるが、ノアがそれを躱しそのスライムが彼女から離れてしまうと別の目標に狙いを定めてしまう。
おそらくリリスとの好感度的な数値で、スライムのヘイト値の溜まり方が変わったりするのだろう。
ノアは昨日一日、リリスと共に過ごした為、比較的スライムたちに狙われにくい。
俺はスライムの挙動に関してそう結論付ける。
そして目の前のノアを真っすぐにとらえる。
「あぁ、ここが終点だからもう逃げねえよ。だがノア、お前は何をしに来たんだ?」
「決まってる、タクミを連れ戻しに来たんだよ!!!」
はぁ、ほかの冒険者はともかく、こいつとはあまり戦いたくないな。
今こうやって敵対するような関係になってしまっていても、彼女は俺の冒険者仲間、短い期間だがともに戦ってきた仲なのだ。
「それならそれでいい。だが、ひとつだけ聞かせてくれ。何故、お前は俺と戦うんだ?」
できるだけ彼女と戦わずにこの戦いの勝利を手にすることができるように、俺は言葉を投げかけた。