54 不安定な心と安定での答え
戦闘は数が全て。
そこまでいうつもりはないが、数が多いに越したことはない。
それだけ手数が増えるのだから。
俺は今、そんな数の暴力を目の前に1人奮闘していた。
幸いなことに冒険者達は連携もクソもない烏合の衆。
目に見えている数ほどの脅威がないのが救いだ。
それでも基本的なことはきちんとしている。
前衛が攻撃を受け止め、魔法使いが後ろから攻撃する。
ただそれだけだが、それだけで俺は苦戦を強いられていた。
「くっそ面倒くさいなこれ。」
敵の攻撃を間一髪のところでかわしながら俺は悪態をついた。
実際のところかなり状況は悪いのだ。
後ろの魔法使い達が攻撃をしてくる。
そのため先にそいつらを倒してしまいたいが、それは立ちふさがる前衛職のせいで出来ない。
そして前衛職相手には足踏みをしている間に、また魔法が飛んでくるのだ。
俺は《魔力切り》のスキルを取っているため、魔法攻撃も物理攻撃同様に捌くことができるのだが、さすがに数が多すぎる。
1人1人は大したことがなく、連携出来てないにしても、俺には彼らが突破できないのだ。
まあ、だがそれならそれでいい。
俺の目的はこいつら、ひいてはエリックの足止めだ。
それ以上のことを望むのは間違っている。
「くそっ、ちょこまかと」
聖剣を持つエリックがリリスの方に走ろうとするのだけを、全力で止め、俺は回避に専念する。
相手は俺が人間で、操られているという情報を入れてあるので、躊躇いが生じているのだろう。
その動きは鈍く、予測が立てやすい。
そんな殺意のない刃は、俺の元へと届くはずがない。
あとはこのまま、リリスがあの『白の翼』を倒すまで待っているだけでいい。
俺は勝利を確信して、敵の攻撃を捌き続けた。
そしてその時ーーーー俺の真後ろで爆発が起こった。
「がっ!?なんだ!?」
反射的にそう口に出してしまったが、原因はわかりきっている。
この規模の割には単発威力の全くない爆発、そう、ノアの魔法だ。
確かに、後ろの方には意識を向けていなかったからな。
「ノア、何するんだよ。」
視線は前に、俺は彼女に問いかける。
すると後ろから、声が返ってくる。
「タクミ、やっぱりおかしいよ。だってあれは悪魔なんだよ?」
震えたような声だ。冒険者側につくと決断したはいいが、まだ整理しきれていない様子だ。
「ああ、悪魔だな。だけど、それがどうかしたのか?」
「ーー!?どうかって、、あれは悪魔で悪いやつ、人間の敵なんだよ!?それをわかってるの?」
ノアの言葉に、その場にいる冒険者は頷くような動作を見せる。
悪魔は人類の敵、それは共通の認識みたいだ。
「ああ、よく分かっているよ。その認識が、大きな間違いだってことを!!」
俺はその言葉から耳を背けるように、全力で駆けた。
目標はエリックの元だ。
「なっ!?君はどこまでも、、」
突然自分の方向へ走ってくる俺に驚いたのだろうか?
エリックは慌てて剣を自分の前に翳す。
剣を盾として俺を受け止めるつもりなのだろう。
だが、その判断は間違っている。
そもそもの俺の狙いが、その剣なのだから。
俺は剣を振りかぶり、そこで《純闘気》を発動。
そのまま剣を振り、2つの剣が重なる一瞬前に《斬鉄》を発動させた。
後ろから攻撃が飛んでくるとなれば、俺も持たないだろう。
それならば捨て身の覚悟で、リリスの脅威となりあるこの剣だけでも、破壊しておくべきだ。
2つの剣が重なり、甲高い音を辺りに響かせた。
そして1つの剣先が宙を舞っている。
これで俺の仕事はーーーー!?
確認するようにエリックの持っている剣を見た時、俺に衝撃が走った。
彼の持つ剣が、無傷のままそこにあったからだ。
なら、宙を舞っている剣は何なのだろうか?
その答えは俺の手の中にあった。
俺の剣が中程から真っ二つになっていたのだ。
スキルによって攻撃力を最大まで引き出したにも関わらず、壊れたのは俺の剣の方だった。
「ふぅ、少し驚いたが、君の剣は聖剣の前には通用しなかったみたいだな。」
勝ち誇ったようなエリックの声が俺の耳に届いた。
確かに、俺の剣はその聖剣の前に敗北した。
だが、まだ俺が負けたわけではない。
俺は即座に気持ちを切り替え、その場における最善手を探し出す。
目の前にはエリック、その少し後ろには俺の攻撃を受け止めるために存在する前衛職、そしてそのさらに後ろには魔法使い。
また、俺の後方にノア、たとえこのまま離脱したところで、すぐに押し切られてしまう。
リアーゼによる補給もあてに出来ない。
それならばーーーーーー
俺はさらにエリックの方へと近づく。
「残念だが、武器を失った君はもう怖くない。」
彼の冷静な声が聞こえてくる。
そして同時に振り下ろされる剣の音も、、、
だが、こいつは何か勘違いをしているみたいだ。
剣を失った俺は怖くない?
「残念ながら、俺は素手でもそこそこ戦えるんだよ!!」
ゲーマーにとって素手縛り、裸縛りは日常茶飯事だ。
武器がないことなど、さしてハンデにならない。
振り下ろされる剣を、身をよじってかわしそのまま懐に入る。
そしてその身を屈めエリックの視界から外れる。
「何!?どこにーーーあっ」
俺はエリックの足を払う。
視界から急に俺がいなくなったことに戸惑ったエリックに、それを防ぐ手はなかった。
彼は無様にも、仰向けに倒れる。
「エリックさん!!」
そこで俺たちのやりとりを見ていた冒険者が、援護に入ろうとする。
急な出来事だった為、魔法はまだ飛んできそうにないな。
「じゃあ、これ借りていくな。」
俺は倒れているエリックの手から、その剣を強引に奪い、大きく後ろに飛んだ。
そしてそのまま、距離を取り体勢を立て直した。
「これで、形成は少し早くなったか?」
なにせ一番どうにかしないといけない物を奪うことに成功したのだ。
これで悪くなっているはずが、、、、、?
何か、違和感を感じる。
「ふっ、どうやら、悪魔に操られていたのは本当だったみたいだな。」
起き上がったエリックから、そんな言葉が投げかけられる。
どういうことだ?
「何、簡単なことだ。その剣には魅了耐性がついている。そしてそれは、後からも適用可能だ!!」
魅了耐性?あとから?
俺は半信半疑で、リリスの方を見る。
彼女はあの5人を同時に相手取っている最中だった。
だが、こちらの様子に気づいたのだろう。
一度攻撃をやめ、こちらに目を向けてくる。
「ああ、タクミ、戻ってしまったか。」
「戻って?って、どういうことだ?まさか、本当に何かしていたのか?」
何かされた、という感覚はなかったのだが、もしかして俺の知らない間に何かあったのだろうか?
「いや、私自身は何もしていない。そこは安心してほしい。だが、君はずっとあの中で生活していただろう?」
「まあ、そうだな。」
「あの場所は私の悪徳そのものなのだ。あの場所に長居すれば、君の心も不安定になってしまう。」
心が不安定?
それがどうしたというのか?
俺の疑問を読み取ってくれたのか、リリスはそのまま説明を続ける。
「つまりだ。私はそこにつけ込んだのだ。君の心が、私に向くように不安定な君に優しくすることで、、」
「?それは分かったけど、、どうして?」
彼女がそんなことをする意味が果たしてあったのだろうか?
そう思わずにはいられなかった。
「どうして、だったかな。やっぱり私も少し、寂しかったんだと思う。」
少しだけ、寂しげな感情を表すリリス。
ここ2週間、一緒に暮らしてきて初めて見る顔だった。
「ふん、悪魔が寂しいなどと、虫唾が走るな。」
その時、1人の男がリリスに向かって聖水を投げつけた。
当たるはずはない。
俺はそう思い見ていたのだが、何故かリリスは動かない。
彼女はまだうつむいたまだ。
そしてーーーー
バシャ、
という音とともに、リリスの体は聖水によって水浸しになった。
彼女はその瞬間、自分が何をされたのか気づいたみたいだ。
慌てたように顔を上げる。
「いかなる悪魔であろうとも、聖なる力の前には抵抗できまい。」
「貴様は確かに強かった。」
「高い身体能力、、魔力そして知力も中々のものだ。」
「並みのものではまず、傷をつけることすら不可能だっただろう。」
「だが、1つだけ、1つだけ致命的な弱点がある。」
「それは悪魔であるということ。」
「いかに強大であっても、我らの前に悪魔は等しく討ち滅ぼされるだけである。」
勝ち誇ったような声が、リリスに向かって投げかけられる。
悪魔に対する聖水。
それがこの世界でどれだけの効果を持っているかは分からないが、彼らの勝ちを確信した顔を見ているとかなりなものだろうと推察できる。
だが、
「この程度で、勝ったと思うなよ?」
リリスはまだ戦う意思を捨ててはいない。
彼女は力を込めた腕を大きくふるった。
それだけで衝撃がはしる。
「ーーッチ、かなり高位の悪魔だと思ったが、聖水を喰らって消滅しないどころか、まだあれだけ動くとはな。」
近づいていた『白の翼』の面々は一度リリスから距離をとった。
「さて、聖水のストックが切れそうだがどうする?」
彼らの聖水が底をつきかけているようだ。
このまま下手に投げて全て外してしまってはまずいと思ったの作戦会議だろうか?
「なに、先ほど、聖水より効きそうなものを見つけた。」
「流石だな。して、どんなものだ?」
「お前たちも見えているだろう?あの小僧だ。」
そう言って1人が俺の方を指差した。
「ふむ、成る程。彼はあの悪魔にとって大切な存在だというのだな?まあ、違っていても相手の戦力を下げることには変わらない。」
「ああ、だから彼にあの悪魔を攻撃してもらおうではないか。丁度、聖剣を手にしているみたいだしな。」
隠すつもりはないのか、その会話はここまで聞こえてきていた。
そして、
「そこの君、君は今、そこの悪魔の呪縛を解かれたところだろう?そのため、この悪魔には色々思うところもある、違うか?」
俺の方に話しかけてくる。
リリスを恨んでいるのだろう?そういう内容だ。
「いいや、違わない。」
俺は彼の言葉を肯定する。
「そうか、それならば君があの悪魔を討ち滅ぼすがいい。君の持っている剣なら、それは容易だろう。」
「そうか、ありがとう。」
俺はそいつの指示通りにリリスを倒すべく近づく。
彼女は何故か俺に攻撃するそぶりを見せない。
俺はそのまま、手に持っている剣がリリスに届く位置まで近づいた。
「なあリリス、聖水をかけられてどんな気分だ?」
「ええ、もう最悪の気分よ。力は制限されて、魔法に至っては使えすらしない。」
「そうか。要するに辛いんだな?」
「そうね。辛いわね。あなたに切られるという事が、、、」
俺たちのやりとりをニヤニヤしながら『白の翼』の奴らが観察している。
早く殺せ。
そう言っているような視線だ。
「そうか、なら直ぐに楽にしてやるよ。」
「そう、なら私も、少しは抵抗させてもらうわね。」
リリスはそう言うが、抵抗の意思はあまり見られない。
そして俺は手に持っている剣を、
腰の剣帯に差した。
そして俺はそのまま、リリスの腰に手を回して担ぎ上げた。
「なっ!?あいつはなにをやっている!?」
俺のことを観察していた『白の翼』の1人がそう叫ぶ。
「えっ!?えぇ?」
俺の肩の上でリリスが驚いたような声を出している。
「よし、ここは一旦逃げるぞリリス!!流石に分が悪い。」
俺は彼女を担いだまま、全速力で逃げ出した。
「あいつ、正気に戻ったふりをしていたのか!?」
正気に戻ったふり?
いいや、ちゃんと戻ったさ。
そしてこれは、正気の頭で考えた上での行動だ!!
俺は心の中でそう言い捨て、ダンジョンの奥へと逃げていった。