53 悪魔殺しと存在しない傀儡の糸
エリックの後ろには、数多くの冒険者が控えていた。
その正確な数は分からないが、少なくとも4、50人はいるだろう。
「さあ、君たちの出番だぞ。やってくれ。」
怒り狂うリリスを前に、エリックは引くことなくそう指示を出す。
そしてその言葉と共に現れたのは、5人の武装集団だった。
皆一様に白色を基調としたコートを着ている。
エリックの言葉を考えると、彼らが対リリス用の武器なのだろう。
「ふっ、流石に我らが駆り出されるほどだな。普通の悪魔とは桁違いだ。」
「だが、所詮は悪魔、」
「我々、『白の翼』の敵ではない。」
そういう分担でもあるのだろうか?彼らは台詞を区切り区切り口にしている。
そして少しずつ、リリスに近づいていく。
彼らがリリスの元へたどり着く前に、リリスの方が先に動いた。
圧倒的な身体能力を用いて高速で近づいてからの蹴りだ。
確かあの動きはエリックを蹴飛ばした時と同じものだな。
「ここに来たってことは、最低でも死ぬ覚悟は出来ているだろうな?」
リリスがその5人のうちの1人に向かって思いっきり足を振り抜いた。
だが、その攻撃は見事に空を切る。
「覚悟?悪魔相手に我々がする事ではないな、、、放て。」
リリスの攻撃を見事に回避した男が何か指示を出す。
それと同時に、リリスに向かって何かが投擲された。
見た目は完全に爆弾だ。
「この程度、殴り壊してやる。」
だが、相手は悪魔、味方が近く、その状況で投げるものではない。
あの中身はおそらく、、、
「リリス!!避けろ!!」
俺は彼女にそう叫んだ。
俺としては、リリスが討伐されれば自由の身、彼女の手助けをする意味はない。
だが、俺は彼女を助けるべく叫んだのだ。
「タクミ?、、、、わかった。」
彼女は一瞬だけ迷うようなそぶりを見せ、それでも俺の言葉に従ってくれた。
リリスは一足で俺たちのいる方へと戻って来る。
そして投げられたそれが、対象を失った事で地面に叩きつけられた。
ーーーーーーパシャ
見た目に似合わない音が鳴り響く。
先程までリリスが立っていた場所は水浸しになっていた。
それはただの水ではない。
この状況、悪魔相手に使う水と言えば聖水以外にはありえない。
「お前?人ではないのか?」
驚いたような顔で、男が俺に尋ねる。
俺の行動が理解できない。その感情が滲み出る表情だ。
「いいえ、彼は確実に人のはず。それは間違いない。」
俺の答えより先に、別のものが答える。
そして、
「気をつけろ!!彼はあの悪魔に操られているのだ!!」
と、後ろからエリックが声を掛けた。
彼曰く、2週間前のあの日から俺の様子がおかしい、それはリリスに会ってからさらに顕著なものになったとのことだ。
なんの話だよ。
素直にそう思った。
俺が彼らを攻撃したのは、彼らの愚行を止めるためで、リリスに会ってからは勝てないと思ったから何もしなかった。
これは俺の選択であって、誰かに指示された訳ではない。
そもそも、出会って間もないエリックに、何がわかるというのだろう。
俺はリリスの方を見てみる。
彼女もまた、俺の方を見ていた。
雰囲気は怒ったままの状態だ。
リリスは俺に向けた視線を、すぐにエリック達に戻した。
「私が彼を操っている?はっ、だからどうした?」
ーー!?彼女は何を言っているんだ?
俺は別に操られてなんか、、
ああ、まさか庇ってくれているのだろうか?
「ならば貴様を打ち倒し、我が友を返してもらうぞ!!」
エリックが腰に下げられていた剣を引き抜き、リリスに向けた。
彼のレイピアは俺が折ってしまったので、新しい武器だろう。
その剣からは、光が放たれていた。
いつの日か見た光景、ああ、骨の魔剣と同じ光だ。
それならばあの剣も光属性の物なのだろう。
そしてその光は骨の魔剣より強い光、かなりの属性値を誇っているはずだ。
リリスは悪魔であるため、当然あれもくらうと不味いだろう。
俺は念のため、あの道具を注視してアイテム詳細を開く。
名前 聖剣シャムシール
効果 武器攻撃力+30 光属性(強)
魅了耐性付与
説明 悪魔を殺すことのできる剣。
「リリス、一応問題ないとは思うがあの剣には気をつけた方がいい。」
単純な武器の性能としてはリリス相手には心許ないだろう。
しかし、あの武器の名称が気になる。
確かシャムシールという剣はソロモン王が所有したと言われる、悪魔を唯一殺すことのできる剣だったはずだ。
あれが本物なら説明文の文字も本当のもののはずだ。
注意しておくに越したことはない。
「分かった。先のこともそうだ。タクミ、お前がいうならあれは危険なのだろう。」
よかった。
リリスは素直に俺の言葉を聞き入れてくれた。
彼女の能力があればエリックの攻撃などまず当たらない。
そう、それこそあれを取るに足らないと判断してわざと受けたりしなければ。
それともう1つ、
「あと、俺も戦闘に参加しようと思うんだけど、何かできることはあるか?」
「相手は人間だぞ?いいのか?」
「ああ、俺はリリスに操られているんだろう?誰も不思議に思わないさ。」
「いや、そういうことではないのだが、、まあいい。じゃあ私は『白の翼』とか言う奴らをなんとかするから、タクミは後ろの冒険者を足止めしていてくれ。」
「分かった。でも足止めだけでいいのか?」
「それだけで十分だ。あの剣は危険なんだろう?それならタクミがなんとかしてくれ。」
「了解、、、お前らはどうする?」
軽く話し合い、そして今まで後ろで黙って見ていたノア達に声をかける。
彼女達は今の状況、どうしていいかわからない様子だ。
「えっと、、ボクはどうするべきなのかな?タクミを取り返すために戦った方がいい気がするけど、、」
「リリスさんが悪いとも思えません。」
2人は昨日、リリスと一緒に食卓を囲み、そして寝床を共にした仲だ。
それ故に彼女が危険な存在、と言われてもあまりピンと来ないのだろう。
だからと言って、冒険者と戦うわけにもいかない。
文字通り、やることがわからないというわけだ。
「それならそれでいい。お前達はそこで見ているだけで、、」
俺はそれだけ言ってエリック達、冒険者の元へと駆け出した。
ノア達が邪魔しに入らないだけで、それだけで向こうの戦力は低下する。
少しの差かもしれないが、今はその少しだけでも大切にしていきたい。
何せ、俺があの数の冒険者と戦って勝てる保証はどこにもないからだ。
「おお、我が友よ。君と戦わなければならないのは非常に心苦しい。」
目の前に立つ俺に、エリックが仰々しくそう言った。
俺は何も答えない。
ここで変なボロを出して仕舞えば、リリスに操られているわけではないことがバレる。
そうなれば、彼女の心遣いを無駄にすることになるだろう。
「何も答えず、、か。ならば少しの間、大人しくしているがいい。その間に、僕達があの悪魔を打ち滅ぼし、君を解放してやろう。」
エリックが剣を構える。
俺は何も言わないまま、剣を構えたエリックを倒すべく、足を前に出した。