51 明日の予定と今日の戦い
タクミたちが1つの鍋を囲んで具材の取り合いをしている間、冒険者ギルドには多くの人が集まっていた。
その理由は単純、あの悪魔―――リリスをどうするかについての話し合いだ。
「さて、諸君!!今日は集まってくれてありがとう。まずは礼を言わせてほしい。」
その話を取り仕切るのは、やはりこの男エリックだ。
彼はダンジョンから逃げかえった後、ずっとリリスを倒すために走り回っていた。
「で、今日はあの悪魔の対抗策を話し合うっていうことでいいんだよな?」
「うむ、あれをあのままにして置いたら皆が安心できない上に、ダンジョンからの収入がないから困るものも出てくるしな。」
実際、第二階層に入ってはいけないだけで、そのほかの階層は別に入場禁止というわけではないのだが、第二階層を越えなければその次の階層はない。
第一階層だけでは大量の冒険者をさばききれない。
その為、この問題は結構重大といえた。
それは彼ら自身が一番よくわかっているだろう。
冒険者たちはその話を真剣に聞いている。
「でも、エリックさんよ。あんたが手も足も出ないってことはかなりやばい相手じゃないのか?」
その中の一人が、そう声を上げる。
実はタクミたちが勘違いしているだけで、このエリックという冒険者は結構優秀な部類に入る。
それなりに武勲も立てており、みんなからの信頼もそこそこ熱い。
そんな彼が、戦いのステージに立つことすら許されなかったという話を聞いたのだ。
その疑問はもっともなものだろう。
実際、あの場でリリスの姿を見ていたものは、勝てるはずはない、そう思っている者も多い。
「確かに!!敵は強大だ!!だが、まったくもって対抗手段がないわけではない!!」
彼がそう宣言すると同時に、オリビアが近くにいた人を5名を連れてきた。
みな、同じような格好をしている。
「えっと、彼らは?」
「彼らは神殿に頼んで派遣してもらった悪魔払いの専門家たちだ。いかに敵が強大だろうと、弱点を突けば戦えないことはない。」
紹介された人たちは一度、軽くお辞儀をする。
下手に出るような態度だが、その顔は自信に満ちている。
まるで自分たちの敗北など、まったく考えていないかのような表情だ。
「おぉ!!もしや『白の翼』の方々ですかな!?」
彼らを見たベテラン冒険者の一人が、心当たりのある名前を口にした。
「あぁ、知っているのだな。そうだ!!彼らが『白の翼』、祓えなかった悪魔はいないといわれているチームだ!!」
エリックはそれを即座に肯定する。
『白の翼』とは、エリックの紹介通り悪魔祓いのスペシャリストで、その仕事に失敗はないとされているチームの名前だ。
実物は見たことはなくても、その名前を知っている者は多い。
特に、冒険者なら知らないものはいないだろうというほどまで知れ渡っている名前だ。
「まじかよ!!これはもう買ったも同然だな!!」
「あぁ!!これであの悪魔に一泡吹かせてやることができるっていうわけだ!!」
「「うおおおおおおおおお!!」」
ギルドの中が大きく湧き上がる。
もうお祭り騒ぎだ。
「それにまだある!!これを見てくれ!!」
ここでエリックはもう一押しという風に大きな声を張り上げた。
その手には一本の剣が掲げられていた。
「それは?」
「これは我が家に代々伝わる光の力を秘めた剣だ。いわゆる聖剣というものだ。」
悪魔は光に弱い。
それを知ってのことか彼は聖剣を使うことにしたのだ。
彼はその剣を掲げたまま、大声で宣言する。
「さあ、作戦開始は明日だ、明日、あの悪魔を私たちの手で退治するのだ!!」
「「「うおおおおおおおおおおお!!!」」」
悪魔を倒すということは決まった。
だが、具体的な作戦などは、その場では一切話し合われなかった。
◇
いや、それはもうすごかったよ。
食べ物を出せば彼女たちの戦いがおさまると思った俺が馬鹿だったと思うくらいに・・・
俺は使い終わった食器を洗いながら先ほどまで繰り広げられた戦争を脳内で思い出す。
「よし、出来たぞ。みんな、遠慮せずにどんどん食べるといい。」
俺がそういうと同時に、まずノアが動いた。
一瞬遅れてリリスも動く。
彼女たちの狙いはやはりというべきか、肉だった。
あのさぁ、、女性ってそんなにがっついて肉を食べるものだったっけ?
「ちょっ!?それボクがとろうとした奴!!」
「あら?悪いわね。何物も早い者勝ちよ。それは人間相手でもそう・・・」
「あー!!もうタクミ!!あの女を何とかしてよ!!これじゃあゆっくり食事もできない。」
「それはお前が張り合うからだろう?ほら、リアーゼを見てみろ。完全にマイペースで食ってるぞ。」
「はぁ、白菜・・・おいしい・・・」
一緒に食卓を囲めば、争いはなくなる。という俺の完全な理論は、ノアたちの前にいともたやすく崩れ去った。
ノアが手を伸ばし、それを見てからリリスが同じものに手を伸ばす。
本来なら先に手を出したノアがその具材を手に入れるはずだが、リリスの身体能力がそれを許さない。
見てからでも先手をとれる。
その能力が彼女にはあるのだ。
そして具材をとられたノアが文句を言って、リリスがそれを軽く受け流す。
今夜の食事は、それの繰り返しだった。
俺は次々と減っていく具材の補充をするのに忙しく、思うように食べることができない。
この場で一番満足に食事ができているのは、もしかしなくてもリアーゼだろう。
彼女は何にも縛られることなく、自分の食べたいものを次々と食べていく。
「へへーん。今回はボクの勝ちみたいだね!!」
お、ノアがついにリリスのガードをすり抜けることに成功したみたいだ。
「まぐれで一回食べ物を得たくらいで、ずいぶんと得意げなのね。」
あ、ガードが失敗しても口撃は入るのな。
そんなこんなで、俺たちの食事は今日買った食材が底を尽きるまで、続けられたのだった。
◇
「それで?タクミはこれからどうするつもりなの?」
皿洗いも終わり、ようやくゆっくりできると思っていると突然、ノアがその話題を掘り返す。
俺としてはその話は明日くらいにしたほうが楽でいいと思うのだが・・・・
「どうするってなんだよ。」
「だーかーらー、ボクとの冒険はどうするつもりなのッて言ってんの!!」
ノアとの冒険ねえ・・・
といっても俺はここから動けないし・・・
「あら?冒険に行きたいくらいなら彼を貸してあげるくらいはしてあげてもいいわよ?」
意外なところから、手が差し伸べられる。
「あれ?てっきり君は、絶対タクミのことは放さないーっていうかと思ってたのに、いいの?」
「えぇ、このダンジョンの下層とかなら、どこかに行っちゃう心配もないし、それくらいならいいわよ?」
あぁ、確かにこれならだれも文句は言わなそうだな。
リリスにしてはいい考えだ。というか、俺も彼女が妥協するとは思っていなかった。
「だってよノア、それでいいんじゃないか?それならみんな納得するだろ?」
「えぇ~、ずっと同じところは冒険とは言わないだよ!!ボクがしたいのはまだ誰も見ぬ場所とかを探すことで・・・」
俺はいい意見だと思ったのだが、ノアは納得しないらしい。
まあ確かに、ずっと同じダンジョンじゃ飽きるだろうしな。それに、この街から出ないのも不満があるのだろう。
だが、
「それ以上はだめよ?だってタクミは、私のものなのだから・・・」
頬を赤らめながら、リリスがそう言う。
勝手に譲渡された所有権ということには触れるつもりはないらしい。
「えー、でも・・・・・」
「————————————―――――」
「—————!―――――!!!」
彼女たちの論争は続く。
途中から何を言っているのか、俺にはもう理解できなかったりもしたのだが、とにかく続いたのだ。
そして気づけば、もう眠るべき時間になっていた。
「はぁ、はぁ、今日はこのくらいにしてあげるよ・・・」
「そう、今日とは言わずにもうやめてもいいのよ?」
「誰が――!!」
「あー、ノア、リリス、そろそろ夜も遅くなってきたことだしもう寝るぞ。ノアも遅いし今日はここに泊まっていくといい・・・いいよな?リリス。」
「えぇ、いいわよ。ここで追い出したりするほど、私はひどい女じゃないもの。」
「くっ・・・どこまでも上からだなぁ・・・」
「おねえちゃん、ここはお言葉に甘えておこうよー」
リアーゼが煮えたぎっているノアをなだめてくれたおかげか、その日は何とかそれでおさめることができた。
そしてそのままその日は何もせずに、眠りの世界へと落ちていった。