49 その後とリリスとの生活
俺がリリスとの交渉材料として彼女に差し出されたから、2週間が経過した。
その間俺は、、、
「ねえタクミ、私お腹が空いたわ。」
「今作ってる最中だからもう少し待てって。」
「あー、もう私お腹がペコペコだよー」
、、結構、楽しく暮らしていた。
リリスに引き取られた後、俺が殺されたりする様なことはなく、むしろ彼女は俺に好意的に接してくれたのだ。
俺は今しがた作り終えた鳥の唐揚げと米をテーブルの上に並べていく。
「はい、出来たぞ。」
「わー、今日も美味しそうね。いただきまーす。」
リリスが胸の前で手を合わせる。
それに合わせて俺も、
「いただきます。」
軽く食前の挨拶を口にした。
「わぁ、今日のも美味しいわね。」
「そりゃどうも。」
「やっぱり、あなたを貰っておいて正解だったわ。だって、毎日美味しい物が食べられるんですもの。」
「そう言うけど、俺はあんまり料理はうまい方じゃないんだけどな、、」
会話に花を咲かせながら、俺たちはテーブルの上に守られている鶏肉を頬張る。
最近知ったことなのだが、リリスの素はこの態度の時らしい。
怖くなったり冷たくなったりするのは、敵対行動をとっている時になるらしい。
その為、俺はあの日以来、怖い顔のリリスを見ていない。
だからかは知らないが、俺はこの場所から逃げる気なんて、とうの昔に消え失せていた。
ここには安全な場所、食事、話し相手、この全てが揃っているのだ。
逃げる必要なんて、どこにもなかった。
「ごちそうさまでしたー」
「ごちそうさまでした。」
食事を終え、俺はテーブルの上の食器を片付ける。
『クリフォト』内部は不思議なもので、水道やシンクなど、生活に必要なものは一通り揃っているのだ。
「そう言えば、1つ思ったんだけどさ。」
食器を洗いがてら、なんとなく聞きたいことを聞いてみることにする。
「ん?なにかしら?」
「リリスはずっとここにいたんだよな?退屈とかしなかったのか?」
「そりゃあ退屈も退屈よ。来る日も来る日もスライムを産み出し続けて、、本当、たまに生まれる悪霊が唯一の刺激だったわ。」
だよな。
この部屋は確かに快適だが、ここにずっと1人であったからと言われると流石に苦痛でしかない。
「と言うことは、まさか俺をここに捕らえたのも、案外暇だったからだとか?」
「そうよ、、、何か問題でも?」
ああ、さいですか。
と言うか、そこそこ大事な交渉の場で、この女は条件として玩具を提示していたのか。
「でもそれって、俺である必要はあったのか?別に今まででも、ダンジョンに人は来てただろ?そこら辺を捕まえればよかったんじゃないか?」
玩具として捕まえておくなら、俺なんかよりもっといい奴は今までいくらでもいたはずだ。
なんでわざわざ俺?
「タクミは馬鹿ねえ。今までで貴方ほど面白い人なんて、どこにもいなかったわよ。」
俺の胸が、トクン、とはねる。
彼女の言葉に、反応したかの様に、、
「そうか?俺は結構、つまらない人間だと思うけどな。」
俺はそれを悟られない様に平静を装いながらそう言った。
「ふふ、居ないわよ。私の居住区を荒らす冒険者を、全力で止めようとする人なんて。」
そう言えば、そんなこともあったな。
でもあれはーーーー
「あれはどっかで言うと普通の反応じゃないか?あの木の中に存在するもの達の危険性と、今の自分の力を考えれば、誰だってそうするだろう?」
「それよそれ!その知識よ。」
リリスは手を叩いてそう言った。
そして俺の言葉を待つより早く、続ける。
「あなた、私のこととか知ってたし、その口調だとこの場所にいる存在も知っているんでしょう?」
「ん?まあ、一応は、、」
「それがとっても気になったのよ。人間達はおろか、悪魔や天使ですら極一部しか知り得ないことを、どうしてあなたが知っているのかしら?」
興味深いものを見る様な目で、リリスがこちらを見てくる。
「それはーーーー」
正直に言ってしまった方が良いのだろうか?
いや、流石にそれはないだろう。
「たまたま、何かの本で読んだんだよ。」
俺はそう言って、手の中でびしょ濡れになっている皿を一枚一枚丁寧に吹き始める。
「んー?怪しいなあ、、」
めちゃくちゃ怪しまれている。
この分だと、この場に居続ければ間違いなく無理やり喋らされそうだ。
俺は素早く皿を拭き終えると直ぐに、
「あ、もう食材が無くなってるから、今から地上に出て買ってくるよ。」
と提案した。
実はこの俺タクミは、彼女、リリスに完全に拘束されているわけではない。
ある程度なら自由に外出もさせてもらえるのだ。
まあ、あまり長い間戻ってこなかったりするとリリス直々に連れに来たり、街を攻撃したりするらしいので、あくまでも少しなのだが。
それに、彼女が外出を認めてくれた日に、長時間第三階層で狩をしながら暇つぶしをした事があったのだが、帰って来たとき、本当にひどい目にあった。
彼女は涙目で入口をじっと見つめており、俺が戻って来ると同時に
「ひっく、ひっく、もう、帰ってこないかと思ったわ。」
と泣き出してしまった。
流石にこれは申し訳ないことをしたと反省したものだ。
「そう、分かったわ。今日の夕飯は何かしらね?」
今昼食を食べたばかりだと言うのに、もう夕食の話か。
食い意地の張った奴だな。
「それは戻ってからのお楽しみだな。じゃあ、行ってくる。」
「行ってらっしゃい。あ、いや、今日は私も一緒に行くわ。」
「ん?一緒にって、ここは大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。なんせ、冒険者はこの階層に入ることすら禁じられているから。」
ああ、そうだったな。
そもそも、俺がこの場所にいる原因がそれだものな。
「そうだな。たまには一緒に外出するのも、悪くないかもしれないよな。」
「でしょう!?私はちょっとだけ準備をしてくるから、タクミは木の外で待っててね。」
「?わかった。」
俺は言われた通りにその部屋から外に出て、そこで待ち続けることにする。
すると少し後に、リリスも外に出てくる。
ーーーーーーーーー!?
「どう?」
リリスは木の外に出て、開口一番そう聞いてくる。
そしてその身を1回転させ、全体がよく見える様にした。
リリスが身に纏っていたのは、黒を基調とした珍しいワンピース型の服だった。
それは彼女が1回転することによって、全貌があらわになる。
服のひらけた部分、黒の中に見いだせる白い肌。それがまた、美しさをより一層際立たせていた。
それは先程まで着用していた部屋着の様な格好とは違う。
そう、彼女は着替え、おめかしをして出て来たのだ。
予想外の出来事に、一瞬脳が思考を停止する。
「あ、あの?何か反応がないと不安なんだけど、、」
「あ、ああ、言い表せないくらいには綺麗だよ。」
自分でも、何を言っているのか分からない。
俺の頭はさらに混乱する。もうまともな思考は出来そうにない。
「そう!?よかったわ!!さて、行きましょう!!」
「あっ」
リリスは俺の手を取り、そしてそれを引き歩き出す。
ひんやりと冷たい感触が、手から伝わってくる。
ああ、、、楽しいなあ、、
俺たちは2人、夕飯の買い物のため街に繰り出していった。
◇
「よし、これで大体必要な食材は揃ったな。」
「肉、野菜、シメジ、こんにゃく、豆腐とか結構色々買ってたけど、、これで何を作るつもりなの?」
俺たちは他愛のない話をしながら、夕飯の食材を手分けして持ち、歩く。
「さて?何だろうな?」
リリスは今まで食に対し無頓着だったのか、食材を見ただけでは分からない様だな。
俺は少し、勝ち誇った気になりながらそう言った。
だが、それに少しムッと来たのだろう。
彼女は口を膨らませながら、俺を軽く小突いた。
地味に痛い。
「ほらほら、やめて欲しかったら早く白状するのよ。」
2発、3発と次々と飛んでくる地味な攻撃。
俺はそれから逃げる様に、早足になる。
「ちょっ、やめろって。」
「逃がさないわよー」
「うん、逃がさないよ!!」
「はい!逃がしません!!」
ーーーーん?
何か聞き覚えのある声が聞こえた様な、、、
そう思って足を止めた瞬間、俺の肩が何者かによって掴まれた。
リリスではない。
彼女は今も、掴まれた肩とは逆方向で絶賛嫌がらせ中だ。
では一体誰が?
俺はゆっくりと振り向く。
そしてその先には、
「ほら、タクミ、こんな所で油を売ってないでボク達と一緒に行くよ!!」
2週間前以来、一度も会うことがなかったノアとリアーゼの姿があった。
ほらそこ、リリスがノアよりヒロインをしているとか言わない!!