48 解放と条件
リリス、という名前は神話の世界ではよく目にする名前だ。
曰く、そのものは男児を害する女性の悪霊。
曰く、夜の妖怪。
曰く、不安定を悪徳を司る悪魔。
曰く、最初の女。
伝承によってその意味は違えど、リリスという名前はよく聞く名前なのだ。
だが、彼女のどの伝承を辿っても、行き着く場所は大抵は子供を成す存在という所になる。
アダムとイブ。
神話の世界において、神がアダムを作り、そしてアダムと共に生きる存在としてイブを作った。
これが一般的に周知されている人間の誕生だったりするが、実はアダムとイブが誕生するのには、少しのタイムラグがある。
一説によれば、アダムと最初に交わった女性はイブではなく、リリスとされているのだ。
彼女とアダムとの交わりで、悪霊が生まれたとされている。
その後男女平等を訴え、神とアダムに従うことを拒否したリリスは、楽園を追われることになる。
そこでリリスを連れ戻そうとした神が言ったのだ。
「楽園に戻れ、さもなければ1日100人の子供を産ませる苦痛を与える。」、、と
それでもリリスは神を突っぱねた。
リリスがアダムの元に帰ることはない。
そこで神はさらに脅迫をする。
「今すぐ戻らなければ、1日100人の子供を殺す。」
、、と
◇
俺の言葉がその場にこだましたと同時、その場の雰囲気が変わった。
「お前、どこでそれを?」
彼女ーーリリスの雰囲気がコロコロと変わることは今に始まったことではなかったが、今回ばかしはそれとは違う気がした。
「さあ?どこだろうか?どこでもいい気がしないか?」
とぼける様にそう言う。
「じゃあ質問を変えよう。お前に何ができると言うのだ?」
リリスは俺が全てを知っている。
それを前提とした質問を投げかけてくる。
仮に彼女が、現実の伝承を元にデザインされているなら、彼女は子供を産み続け、そして殺され続けているはずだ。
それを俺に、どうにかできるのか?
そう聞いているのだろう。
「このダンジョンの封鎖、少なくとも、この階層くらいなら誰も入らせなくするくらいは出来るけど?」
この場合、リリスの子供はダンジョンを徘徊するスライムで、殺す者は俺たち冒険者だ。
この事はエリック達が問題を起こしてくれた事ですぐに理解できた。
ここを封鎖して仕舞えば、この問題は解決する。
だから俺はそう提案した。
「ふーん、つまりはもう手を出さないから、許して下さい。そう言いたいわけだな?」
少しだけ、納得した様な表情でリリスが、そう口にする。
「はい、、出来れば、そうして頂けたらと、、」
俺は重々しく、要求を要約したものに頷く。
そして、、、、
「いいだろう。」
軽く、俺の願いが受け入れられる。
「ありがとう、ございます。」
これで自分の身の安全は保障された。
そう確信し、俺は感謝の言葉を述べる。
「ただし、条件はまだある。」
ーーん?条件?
「条件って、、」
「なぁに、簡単な事だ。お前だけは、ここに残れ。先の条件に加え、それだけでそこのやつらを無事に返してやると約束してやろう。」
「え?」
呆けた様な声が、自分の口から出ていた事に、俺は気づかなかった。
「ん?どうした?いい条件だろう?」
「な、なんで、、、?」
少し頭が混乱しているためか、口に出してみても答えは浮かんでこない。
「なんでも、だ。どうした?条件を飲むのか?飲まないのか?」
「じょ、条件を、、「飲みます!!」」
俺の答えよりも早く、リリスの質問に答える者がいた。
俺は声が発せられた先を見る。
「彼1人を、この場所に残し、私達冒険者は金輪際、この場所には関わりません。」
きっぱりとした物言いでそう言うのは、まさかと言うかやはりと言うか、オリビアだった。
彼女はエリックをかばう様な体勢のまま、声を大きくしてそう言い切ったのだ。
見ると近くに座り込んでいるビカイアも、コクコクと頷いていた。
「ふふ、これで交渉成立だな。では、続いてこれからの話に移るとしよう。」
「はい。ありがとうございます。」
「お前達は金輪際ここには来ない、そう言っているが具体的にはどうするつもりだ?」
「それはーーー」
当人である俺を置き去りに、話が進んでいく。
オリビアとビカイアは、もう俺の事など忘れているかの様だ。
彼女達の中では、俺はすでにリリスに捧げられるべき生贄として決定しているのだろう。
その考え方は、始め俺がエリック達に向けていたものと全く同じものだった。
「よし、じゃあお前達はこの階層にいるもの達を全員外に出し次第、階層をつなぐ階段を封鎖する。そうする事でここに入り込むものをいなくする。それでいいな?」
「はい、それくらいの事なら、エリックの名前を出せば簡単にできると思います。」
「よし、話も終わった事だしお前らは早急に帰るといい。」
「あ、そう言えば私達もスライムになるんですよね?なんとかなりませんか?」
「おお、忘れておった。ちょっと待っておれ。」
リリスはまだスライムになっていない4人に向け、手をかざして何かを始める。
そしてその効果はすぐに現れた。
エリック、オリビア、フリッシュ、ビカイアの4人の体を、一瞬だけ黒い何かが押さえつける様に現れ、そして消えた。
「これで勝手に霧散してしまう様なことはないはずだ。では、帰りの道中、気をつけて。」
リリスはそれだけ言うと、もう彼らからは興味を無くしたかの様に視線を別のところへ向ける。
その先にはスライム化したアレンの姿。
リリスはそれを掴むと、部屋の壁に向かって叩きつけた。
スライムは壁にぶつかることはなく、そのまま壁をすり抜ける。
おそらく、ダンジョンの魔物の一部として外に放してやったのだろう。
「はい、では、これで失礼します。」
オリビアとビカイアは、そう言って一礼し、エリックとフリッシュをそれぞれ担いで出て行ってしまった。
そのため、この場にいるのは俺とリリスだけだ。
リリスは彼らが出たことを確認してから、一言、
「じゃあ、これからよろしくね?」
優しげな声で俺に話しかけるのであった。
このままリリスをどうにかして第2章終幕ーーと思っていた方はすみません。
ハズレです。