45 逃亡不可能とYESしか無い選択肢
「さて、あなたにぴったりの褒美をあげるから一度私の家まで来なさい。」
そいつは男を引きずりながら、そのまま木の内部に戻ろうとしている。
「ま、待ってくれ!!彼を、アレンをどこへ連れていくつもりなのだ?」
引き止める様に言葉を発するのはエリックだ。
1人連れられる男を見て、流石に危機感を覚えたのかもしれない。
「別に、何もしないさ。ただ単に彼にはいいものをくれてやろうと言うだけだ。」
また、そいつの雰囲気が変化し、木の中から出て来た直後の様な話し方に戻る。
「そうか、僕も付いて行っていいか?色々、聞きたいことがあるんだ。」
聞く者に恐怖すら与えるその声を聞きながらなお、エリックはそう言った。
それは好奇心からか、はたまた使命感からかは誰にもわからない。
アレンと呼ばれた男を掴んだまま、そいつはエリックの方を見て品定めをする様な目で彼をジロジロ見た。
「ふむ、いいだろう。そこにいる3人も一緒に来るがいい。」
3人、と言うのはおそらくエリックのパーティメンバーの残りのことだ。
彼らに付いて来る様に促すその言葉は、どこか逆らうことができない様な印象がある。
「は、、はい、」
始めに動いたのはローブの女性だ。
彼女はエリックの後ろに着く様に、そいつの目の前までやって来る。
そしてそれを追う様に軽装の男が、、
そして法衣の女性は、
「あの、私は遠慮しておくわ。」
目をそらしながら後ずさりを始めた。その表情は怯えの感情に染まっている。
本能で、あれは危険な存在だとわかっているのだろう。
「……………あ?」
ドスの聞いた声が、後ろに下がる女性に対して叩きつけられる。
「ひっ、、!!」
そしてそれだけで、彼女は腰を抜かして座り込んでしまう。
無理もない、直接それを受けていない、近くにいただけの俺も、恐怖を感じてしまったのだから。
頰を冷たいものが伝わる感触がある。
「私が善意で招待してやっているんだ。それをお前は、、」
腰を抜かした女性にゆっくりと近づきながら、そいつは喋り掛ける。
その声に込められる怒りは次第に強くなっていく様に感じられる。
「あ、、、ぁぁ、、うぅ、、」
それを直接受けているせいだろう。
まともな言葉を返すことができない様子でいる。
口をパクパクと開きながら、少しずつ顔を青ざめさせていく。
「なあ、何とか言ったらどうだ?」
そんな彼女に。少し呆れた様な言葉が投げかけられた。
だが、それに答えられる様子ではない。
「はあ、、で?来るのか来ないのかどっちだ?」
ここで一度、始めの問題に立ち返る。
それを聞いた女性は、ただただ首を縦に振ることしかできなかった。
そしてそれを見たそいつは、
「そう、それは良かった。」
といい、木がある方向を向くべく、体の向きを変えた。
しかし俺には見えてしまう。
体の向きを変える直前の一瞬、そいつの顔が満面の笑みに変わっていたことを。
ーーーー彼らはもう、助からない。
俺はそう思い、一度目を伏せ気持ちの整理をした。
ここで変な情に流されることによって、俺があそこに飛び込んで言ってしまわない様に、、
そして気持ちの整理をつけ、ゆっくりと顔を上にあげる。
「ああ、あと、君も参加だ。」
顔を上にあげた瞬間、俺の視界に入って来たのは今、この場で一番危険な存在だった。
そいつは俺の目の前で仁王立ちし、俺に向かってそう告げる。
「え?っと、なんで、、?」
声に出すつもりはなかった。だが、自然と口から漏れ出てしまった。
俺は少しだけ身構える。
先程、そいつの言葉を否定した女性がどうなったのかを知っているからだ。
「君の顔、だよ」
予想に反して、そいつから攻撃的な態度は取られなかった。
そいつは日常会話をするかの様な気楽さで俺のつぶやきに答えた。
「顔?」
「ああ顔だ。先に言っておくが、容姿が良いという訳ではない。君の先程見せた表情が少し気になったのだ。」
先程見せた表情、、、、?
心当たりがない。
「まあ兎に角、君も来てくれ。お茶会でも開こうじゃないか。」
「、、、はい」
『YES』以外の選択肢は、その質問には用意されていなかった。
俺はそいつについていく様に歩く。
そして、そいつが自分の棲家と言った、壊された木の幹までたどり着いた。
そこには俺を含め、6人の人がいる。
メンバーは言うまでもなく、エリック達+俺だ。
6人とも、今から同じ場所に入る。
だが、その表情は皆、別々のものだ。
あるものはこれから起こることへの期待を膨らませ。
あるものは恐怖に支配され今にも逃げ出したそうだ。
そんな状況を前に、俺がどんな表情をしているのかは自分でもわからない。
だが少なくとも、良い顔だけはしていないはずだ。
「じゃあ、早速その亀裂から中に入ってくれ」
よく通る声でそう言ったそいつは、俺たちの後ろに着く様に立っている。
逃がすつもりはないのだろう。
「じゃあ、俺が一番乗りだな。」
始めに中に入っていったのは重装の男だった。
彼はなんのためらいもなく、木の内部へと侵入する。
そしてからの仲間も次々と、、、
俺はなんとなく、後ろでその様子を見守るそいつを見て、そして凍りつく。
エリックのパーティが、木の内部へと入っていく様を眺めているそいつの表情は、先程一瞬だけ見えた笑みにそっくりだったのだ。
「ほら、何をしている。君も早く入るんだ。」
1人まだ木の中に入っていない俺に、そいつはその笑みを隠すことなくそう言うのだった。
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