41 貪欲と共喰い
悪魔を食べるゾンビ、その表情は人間には読み取ることはできないが、どこか楽しそうなものに見えた。
―――ぐちゃ・・・ぐちゃ・・・ぶち・・・・
肉を喰いちぎる音が、あたりにこだまする。
「う・・ぁ、・・えへっ、えへへ・・・」
嬉しそうな声を上げながら、ゾンビは悪魔をむさぼり続ける。
そこに――――
「気持ち悪いから、燃えちゃって!!フレイムピラー!!!」
ノアの持つ、一番高火力な魔法が撃ち込まれる。
ゾンビの足元から、火柱が上がる。
「ゔぁ・・・ぁぁ・・・」
火柱の中、そこからそんな声が聞こえる。
あの火力の中、あのゾンビはまだ生きているのだろう。
そして炎が次第に勢いを弱めていく。
やはりというべきか、ゾンビは健在だった。
奴はその身を焼かれながらも、食事は続けていたのだろうか?先ほどまで抱えていた、黒い悪魔の姿はもうどこにも残っていなかった。
「ちょっと!?本気で撃ったのに聞いてる様子がないんだけど!?」
食事を終え、こちらに向かってくるゾンビを見ながらノアがそう叫ぶ。
「ノア、お前はリアーゼを守っててくれ!!あれは俺がやる!!」
彼女の最大火力が、簡単に受け流されたのだ。これ以上の攻撃は無駄になるだろう。
俺の攻撃が効く保証はないが、まだそちらのほうがいいような気がした。
ゾンビが目の前まで迫る。
「えへ、えっ、えっ、・・・」
笑うような声、そんな声を上げながら、そいつは俺のほうに口を大きく広げ顔を突き出してくる。
先ほどの悪魔同様、俺の喰らうつもりなのだろう。
その攻撃を、俺は少し横にずれることで回避する。
―――ガチン!!
耳元で、歯がかち合う音が聞こえる。
音を聞いた限りだと、あれにはさまれればその部位は容易に喰いちぎられてしまうだろう。
そんなものは御免だ。
俺はゾンビの噛みつきを回避した直後、光属性を付与したままの剣で、その体を思いっきり叩き切った。
それだけではどう考えても威力が足りないだろうので、《斬鉄》もおまけだ。
俺の腕に大きな衝撃が帰ってくる。
今までのような、敵を切り裂くような感覚ではなく、固いものを思いっきり叩いたときのような感覚だ。
俺の攻撃を受けたはずなのに、さほど気にしていない様子のゾンビは、今度は爪を立てて振り下ろしの体勢をとった。
俺はその腕を、スピードが乗り切る前に叩き切る。
しかし、その攻撃は勢いを衰えさせるようなことはなかった。
俺は大きく後ろに飛ぶことで、なんとか爪による振り下ろしを回避する。
ゾンビの爪は、俺のもといた床に大きな爪痕を残す。
「あれは、結構厄介そうだな・・・・」
俺は爪を振り下ろした体勢のまま、ゆっくりとこちらに頭を向けるゾンビを見ながらそう呟いた。
「何か手伝えることはありそう?」
心配してくれているのだろうか?ノアがそう声をかけてくる。
「いや、もう少しだけここで待っていてくれ。あ、念のため火の玉だけはスタンバイだ。」
「うん、了解!!」
「後リアーゼは一応後方から何か来ていないか見張っててくれ。」
「わかったよ。」
これで俺の勝負を邪魔されることはない。
俺は木の剣を両手で握り、いましがた体勢を整え終えたゾンビに向かって突貫する。
あのゾンビは力は強く頑丈だが、なぜか動きの速さだけはそれほどでもない。
今回は、その弱点を突くことにするとしよう。
俺は走っている途中で《純闘気》を発動させ、木の剣を強化する。
《斬鉄》を使った攻撃でだめならば、そこにさらに《純闘気》を重ね掛けする。
《純闘気》の効果は装備品に使えばその効果の値を+5してくれる。
《斬鉄》の攻撃力上昇は倍率のため、この5はかなり大きい。
木の剣のもとの攻撃力は3のため、《斬鉄》を使っても30までしか攻撃力が上がらなかったが、《純闘気》を加えればここに+50、80まで攻撃力を伸ばすことができる。
いつの日か街で見た鋼鉄の鎧の物理防御力が25だったことを考えると、これはかなりの攻撃力だといえる。
「これで、どうだ!!?」
俺はこちらに向かって歯をむき出しにしているゾンビの頭に向かって、その剣を突き出した。
俺の剣はまっすぐと、ゾンビの頭に突き立ち・・・そして折れた。
「え!?何が・・・、」
急な出来事に呆気にとられてしまう。
見てみると、俺の剣は確かにゾンビの頭に当たってはいた。だが、その刃から先はどこにも見当たらない。
いや、それは正確ではないな。
見当たらないのではなく、残っていないといったほうが正しいだろう。
なにせ
俺の剣はゾンビの顎によってかみ砕かれ、その体の中に入って行ってしまったのだから・・・
「リアーゼ!!剣の補充を頼む!!」
俺は再び後ろに飛びながら、後方確認をしているリアーゼに向かってそう叫ぶ。
「はい!!これを!!」
後ろから俺の足元に向かって、剣が放り投げられる。
そして俺は足でそれを拾い上げる。別に手で拾ってもよかったのだが、あのゾンビは何か不気味だ。
目を離すのは危険な気がする。
あのゾンビは現在、木の剣を食べた後から身を震わせるような動作をしている。
初めて見る動き、それ故にそこに一抹の不安を覚える。
「ノア、あれに向かって火の玉を飛ばしてみてくれ。」
俺はゆっくりと火の玉を複数用意して待機しているノアにそう指示を出した。
「わかったよ。よし、いって。」
彼女が火の玉に向かってそう言うと、そのうちの一体が身を震わせているゾンビに向かって飛んで行った。
そしてその火の玉はゾンビのもとに接近して爆発する――――ことは一切なく、空中で掻き消えてしまった。
「え!?何が起こったの!?」
ノアの驚きの声が聞こえてくる。
そしてその答えは、ゾンビの手元に存在していた。
ゾンビの腕には、先ほどまでなかった刃物のようなものが生えていた。
それは俺の喰われた木の剣のように見える。
「なるほどな。くらったものの力を取り込む魔物っていうわけか・・・まさしく、貪欲だな。」
この階層は9iのクリファ、リリスのひとつ下の8iのアドラメレクに当たる。
アドラメレクの悪徳は貪欲、何物をも手に入れたいという飽くなき欲求、それがあのゾンビ、ひいてはこの階層の魔物の特徴なのだろう。
言ってしまえば、この階層の魔物は自己進化を繰り返し続けるのだ。
上の階層は湧き出るスライムを永遠とため続ける部屋を作ることでダンジョンの制約を回避した。
そしてこの階層は、その制約を突破はしないものの、それ以上に凶悪なものになっている。
この階層の魔物は、時間が経つにつれて少しずつだが強くなっているのだ。
それも共喰いなどの方法によって。
思えば、初めに2体の魔物がそろっていたのは、お互いがお互いを食い合おうとしていたのかもしれない。
この階層は、魔物の絶対量には限界があるものの、その総合力は増え続けるというわけか・・・
おそらく、限界はあるのだろう、だが、それは今現在のことを言っているわけではない。
それ故に、今、一度でいいから8iの魔物を倒して回らなければ、いつか必ず困る日が来る。そう予測を立てるのは容易だった。
「これは・・・骨の折れる作業になりそうだな・・・」
俺は新しくなった木の剣を構え、再びゾンビに向かって突貫した。
ブックマークとpt評価をよろしくお願いします。