36仮説と茶番
「ちょっと次の階層に行ってみてもいいか?」
ウッドゴーレムをある程度倒した後、その戦闘中に感じていた違和感の正体に、ひとつの仮説を立て終えた俺は2人にそう問いかける。
「ん?なになに?タクミったらやっとやる気が出てきたの?全く、しょうがないなぁ。」
「私は別に構わないけど・・・」
よし、反対意見はないらしいな。
俺たちは下の階層に続く階段を目指すことにする。
この階層では、中央の木の幹からは、散発的にゴーレムが出てくる。
出てくるゴーレムは、ウッドゴーレムやストーンゴーレム、アイアンゴーレムなど多種にわたる。
流石に木の剣では、アイアンゴーレムは倒せないので、見かけたらどこかへ行くまで待機する。
それ以外は、俺が叩き切る。
そうしながら、俺たちはダンジョン第一階層を進む。
入り口から木の幹を挟んだ真反対、その場所に、次の階層に続く階段が存在した。
その階段は特段変わったところはなく、階段というのにふさわしいものだった。
その先からは、冷たい風が流れてくる。
「じゃあ、あらかじめ言っておくけど、どんな敵が出るか確認したらすぐに帰るからそのつもりでな。」
「え!?てっきりやる気を出してくれたのかと・・・」
彼女は何を勘違いしていたのだろうか?そんなことを口にしながら、ゆっくりと後ろをついてくる。
そもそも、俺たちが受けた依頼はゴーレム種の討伐だったので、違う魔物が出るといわれている第二階層でやる気を出してもあまり意味はない。
「まあまあ、明日から頑張るから、今日は我慢してな。」
「むぅ~、本当だろうね?まあ、信じてるよ。」
俺の言葉に、ジト目を向けてくるノア。
不覚にも、少しだけかわいいと思ってしまったのは秘密にしておく。
「おねえちゃん・・・・それ、多分頑張らない人の台詞だよぉ・・・」
こら、せっかく納得してくれたんだから、これ以上掘り返さない!!
◇
下の階の景観は、大して第一階層と変わらなかった。
違う点を挙げるとするならば、上の階層よりはるかに複雑そうな構造をとっていることだろう。
先ほどの階層がまるでチュートリアルだったといわれても不思議ではないほど、第二階層の探索は骨が折れそうだった。
今回は別にここを攻略するつもりはないが、俺の立てた仮説を立証するために、この階層に出現する魔物だけは調べておくべきなのだ。
俺は意を決して足を踏み出す。
辺りに、俺たちの足音だけが響く。
「うぅ・・・、なんだか、お化けが出そうだよぉ・・・」
リアーゼがそんな呟きをこぼす。
その言葉を聞き、何気なく後ろを振り返って彼女のほうを見てみると、獣人の象徴ともいえる尻尾と耳が小刻みに震えていた。
「大丈夫だよリアーゼちゃん!!もしお化けが出てきても、ボクが何とかしてあげるから!!」
ノアが初めてお姉さんらしき行動をとっている。
「そうだな。それにリアーゼは気づいていないかもしれないけど、最近ノアが使っている火の玉もお化けの一種だぞ?」
「ええ!?そうなの?おねえちゃん!!?」
「え?なんでタクミそれ知ってるの?ボク、まだ誰にも話してなかった気がするんだけど・・・」
「さぁ?なんでだろうな。まあ、そんなことどうでもいいじゃないか。ほら、リアーゼがおびえているぞ。」
「あ!!そうだった!!ほら、リアーゼちゃん、怖くなーい怖くなーい。」
小さい子をあやすような声で、ノアがリアーゼをなだめる。
背中をさすりながら歌うように声をかけ続けるノア、その姿は、まさしく姉と妹のものだった。
「まぁ、多分だけど、この階層に出るのは幽霊とかではないと思うぞ?」
俺も一応、彼女を安心させておいたほうがいいだろうとそんな言葉を投げかける。
「本当?嘘じゃないよね?」
上目遣いに聞いてくるリアーゼ、久しぶりにこの少女の年相応のしぐさを見たような気がした。
「あぁ、この階層に出てくるのは多分―――――
「うわああああああああ!!みんな!!ここはいったん引くんだ!!これは逃亡ではない!!戦略的撤退だーー!!」
俺たちの耳は、大声を上げながらこちらに近づいてくる者たちの声を拾う。
どこか聞き覚えのある声だ。
最近、あれと同じ声を聴いたような気がする・・・・
その者たちは、俺たちがいる通路に角を曲がってあらわれた。
―――――スライムみたいな不定形だと思うから・・・」
エリックとその仲間たちが、スライムに追われながら全力でこっちに走ってきていた。
「あ、そこの君!!君も早く逃げるんだ!!こいつらは階層を跨げば追ってくることはない!!」
お!?こいつは一緒に逃げる選択をするんだな。
エリックみたいなキャラは、こういう状況では近くのものを囮にするケースがあるので、今回はそっちかなとおもっていたのだが、彼は意外にも、人に迷惑をかけるような男ではなかったみたいだ。
俺は彼にそう言われながらも、その場から離れない。
一応、あれの戦闘能力も知っておきたいしな。
俺はゆっくりと剣を構える。
「君!!だめだ!!そんな武器では有効な攻撃なんてできるはずがない!!早く僕たちと一緒に逃げるぞ!!」
俺はその言葉を無視する。そして今から戦う敵の特徴を頭に入れ始める。
エリックのパーティを追いかけているスライムの色は緑色だ。大きさは大体上の階層のウッドゴーレムと同じくらい。
彼らのパーティの装備を見ると、ところどころが酸で空いたような穴が見られる。
おそらく、あのスライムはオーソドックスなスライムだ。
毒などは特に持っていない、消化液だけで戦うタイプと見た。
それだけ確認して、俺はあれなら勝てそうだと確信する。
エリックたちが俺の横を通り過ぎたら、攻撃を開始することにしよう。
彼らが逃げる順番は、まずはローブを羽織っている女性、その次は法衣と思しきものを身に着けた女性、次は軽装の男性、重装の男性、そして最後にエリックだ。
次々と俺の隣をすり抜けていくその者たち。
重装の男が、俺の隣をすり抜け最後はエリックだ。
彼が逃げ、スライムとの距離が一番近くなったら直ちに攻撃を開始することにしよう。
俺の隣をエリックがすり抜け――――ない
「君!!聞こえていないのか!?くっ、やはり僕がやるしかないのか・・・」
彼はそう吐き出すように口にして、俺の隣で立ち止まり、腰に下げていたレイピアを構えてスライムに向ける。
「エリック!!1人で戦おうなんて、無謀だわ!!」
後ろから、そんな声が聞こえる。俺とすれ違った2人の女性のうちのどちらかだろう。
「何を言う!!僕がここで踏みとどまらなければ、ここで立ち尽くすしかないこの者はどうするというのだ!!彼は確実にやられてしまうのだぞ!!」
「でも、あなたまで一緒に死ぬ必要はないじゃない!!」
「いいさ・・・弱きものを護り、それで死ぬのなら本望だ・・・行くぞ!!」
エリックが特攻するように前に進む。
・・・・・なんだこれ。
いきなり質の低いヒューマンドラマ的な展開が始まったんだけど・・・
ちらっと俺は後ろを見た。
すると、悲壮感を感じさせる表情をしているエリックのパーティメンバー、そしてあきれ顔でそれを見るノアの姿があった。
「うわあああああああああああああ!!」
その悲鳴に慌てて視線を戻すと、俺から少し離れた場所でスライムに攻撃を受けるエリックの姿、あいつはなにをやっているんだか・・・
「エリック!!」
「もう我慢できねえ。俺達も行くぞ・・・・ぐあああああああああ」
「うわああああああああああ」
「フリッシュ、アレンまで!!」
俺の横を通り過ぎた男性2人がエリック同様に特攻し、そしてスライムの猛攻を受ける結果に終わる。
本当に・・・・こいつらはなにをやっているんだ・・・
ノアはその光景を見ながら恥ずかしそうに目を伏せている。
あぁ、わかるよ。
こういう展開、見ているだけで恥ずかしいよね・・・
「うぅ・・・みんな・・・」
あ、やばい。ローブ姿の女性が泣き出しそうだ、早く助けてあげないと彼女がかわいそうだ。
まだ、エリック達には余裕がありそうだけど・・・
「ノア、やるぞ!!」
「あー、そうだねー。やろうか。」
やる気のなさそうな返事が聞こえる。
俺は手に持った木の剣に、《純闘気》を纏わせる。
そしてそのまま突貫。
近づいてきた俺に対し、そのスライムは体の一部を触手として伸ばしてくる。
その一撃を、俺は木の剣で払うように斬る。
スライムは物理攻撃が効きにくいことが多いが、俺にはハイスケルトン狩りの時にとっておいた《魔力切り》のスキルがある。
スライムは漢字で書くと魔性粘菌と書くことが多い。
つまりスケルトン同様魔力で動いているのだ。
俺の一撃は、難なくスライムの一部を切り飛ばした。
斬り飛ばされたスライムの一部は、本体から離れたからかただの粘液としてその場に落ちる。
スライムの体は大きく、こうして一部分だけ斬り飛ばしてもあまり効果はない。
だから、
「いけー、吹き飛ばせー」
爆発を利用して一気に吹き飛ばすことにする。
ノアによって火の玉が放たれ、それはスライムにぶつかり爆発を巻き起こす。
スライムの体が、1割程度吹き飛んだ。
辺りにその体が飛び散る。
「あ、これは触れても大丈夫なんだな・・・」
飛び散った粘液が俺に触れたが、ダメージを受けた様子はない。
おそらく、体から切り離されたそれにもう攻撃力は残っていないのだろう。
次々と飛来する火の玉。
その各々がスライムの体をえぐり取っていく。
俺はその間、エリック達を救出して後ろに運ぶ作業をやっていた。
途中から静かだと思っていたのだが、彼らは気絶している。
いくらダメージがないといっても、ぬめぬめしたものが体につくのは嫌だからな。
俺が3人とも救出し終えた時、ちょうどノアの火の玉がスライムの体をすべて吹き飛ばし終わった。
そして消えゆくスライムを見ながら俺は頭の中で呟く。
あぁ、やっぱり俺の立てた仮説は正しかったんだな・・・