30 罪と名前
「う、、、うん?」
少女の目が覚めた。彼女は憑き物が落ちたような、穏やかな表情で目覚めを迎える。
「お、起きたか。調子はどうだ?どこかおかしいところはないか?」
「え、、っと?なにが・・・・・、あ・・・・」
状況を整理している間に、自分がしたことを思い出したのだろうか?先ほどまで、穏やかな表情だった少女の顔に影が落ちる。
「色々わからないことがあると思うから、あれから何があったのかくらいは話そうと思う。気持ちの整理は、その間につけてくれ。」
そう言って俺は少女が気絶したその後の話を始める。
彼女が気絶した後、俺達はその場に倒れている者たちを運ぼうという話になった。荒くれ者たちを運ぶ必要はないと気もしたが、一応彼らも人間であることには変わりない。
いくら彼らに恨みがあったとしても、この場に放置してしまって魔物にでも食われてしまっては、目覚めが悪い。
その為、俺たちは彼らを街まで運ぶことにする。
少女が2人吸収したおかげで、運ぶ人数は4人だけだ。それでも2人で運ぶにはかなりの数であるような気はするが、この世界は現実とは違う。
肉体能力がかなりステータスに依存しているこの世界では、人間の2人や3人運ぶことは訳がない。荒くれ3人組は俺が運び、最重要である少女は同性ということもあってノアが運ぶことにする。
流石に男3人担いで、森の中を進軍するのは骨が折れた。
武器も何もないから魔物とであったら逃げるしかない。だが、俺たちはその時、人を担いでいたためそれすらままならない。
その為、森を出るまであった魔物を全部引き連れて逃げ続けるしかないのだ。
エリア区分けがしてあるのか、森を抜けたら途端に襲ってこなくなったのが唯一の救いだったということだろう。
そして街についてすぐに俺は荷物と化している男たちを、衛兵の詰めどころにつれていく。
先日はすぐに解放されたのだが、今回は俺が事情を説明しておいたので少しの間は拘束されているだろう
。すこし、誇張して話しておいたからな・・・・
そして少女のほうだ。
彼女は眠っているだけらしく、ノアが宿に連れていこうという提案をした。俺としてはどこかに任せるよりそっちのほうが確実だと思い、その案を受諾する。
少女を宿に連れてきて、宿のベッドに横たえていたというわけだ。
少女の容体は特には問題はないが、あんなことが起こった後ということで交代制で監視することになる。ちなみに、今は俺の時間で、ノアは今回の冒険の報告に行っている。ハイスケルトンの大多数は俺が倒してしまったため、彼女の報酬はたかが知れていると思うが・・・・
◇
俺は以上の内容を、ざっくりと説明した。
別に濃い内容ではなかったため、すぐに話し終える。その短時間では、気持ちの整理など、できるはずはなかった。
「あの、、、わたし、、、ごめんなさい、、、」
少女はうつむきながら、言葉を漏らす。
普通はこんな時、主人公キャラなら「君のせいじゃないよ。悪いのは○○だ。」とか口にして少女を安心させるのだろうが、俺はそんなことは言わない。
「ああ、そうだな。今回のはお前が悪いな。」
むしろ少女のほうを責めるようなことを口にした。あの剣を渡した俺のせいということもあったが、骨の魔剣は光を奪う効果だ。
人の中の心の光を奪う効果であって、人を悪くさせる効果はない。極端な話、聖人等に使っても、悪事を働いたりはしない。
あの剣を持った時に現れたあの影は、少女の心の中元々存在していたものになる。骨の魔剣はそれを引き出すきっかけになったに過ぎない。そんなものなくても、そのうちああなっていただろう。
「はい、あの、どうすればいいのでしょうか?」
「どうすれば?何の話だ?」
「どうすれば、私は許されるのでしょうか?どうすれば、私は自分の過ちを償うことができるのでしょうか?」
少女の声は消え入るようだ。話している間に、自分のしたことが再び脳裏をよぎったのであろうか?
全身に罪の意識を感じている。そんな様子だ。
「知るかよそんなこと。そんなもの、自分が満足すれば何でもいいんだよ。」
俺は投げやりにそう言った。どうやって罪を償えばいいかなんて俺に聞かれてもわかるわけがない。俺は一大学生でしかないのだ。
「そんなの、、、わかりません、、、」
少女はうつむいたままそう言った。
俺の言葉が理解できていないという意味ではない、彼女は自分が何をすれば満足いく結果になるかわからないそう言っているのだ。
そして、思い出したかのように顔を上げて俺のほうに、
「あ、まだ、お礼を言っていませんでした。助けてくれてありがとうございます。ですが・・・・」
少女はその言葉の先を言うがどうか迷ったような顔をしている。
「ん?言ってみ。何を聞かれても、何を言われても俺は気にしないから。」
俺は少女の背中をひと押しする言葉をかける。
「ですが・・・どうして助けてくださったんですか?タクミさんにとって、私は赤の他人、危険を犯してまで助ける理由なんてないはずです!!」
彼女の今までの人生が、そうさせるのだろう。その口調は強く、その意見を譲るつもりはない。自分を助けてくれる奴なんて・・・そんな意識が、彼女に刷り込まれているような感じがした。
「いや、特に理由なんてないんだ。ただ、俺があの展開が嫌いで、君は俺たちが丁度欲しかった人材で、それだけの話だ・・・失望したか?」
俺は少女を助けた理由を、簡潔に述べる。言葉の通り、大した理由なんてものはない。俺は誰かが奴隷のごとくこき使われているシナリオが嫌い、それだけの理由だった。
だが、俺にとってはそれだけで行動するに足りる理由だ。
それに、このイベントを超えた先に、俺たちがその日望んだものが手に入る。そう、確信していたからだ。
「そんな、失望なんて・・・」
少女は再び顔を下に向けて黙り込んでしまう。何か思うことがあったのだろうか?
「そうだ、ひとつ頼みがある。別に悪い話じゃないから、聞くだけ聞いてほしい。」
俺の言葉に、少女の体がビクッと反応する。そのしぐさから読み取れるのは、恐怖の感情だった。
俺が何か無理難題を投げかけると思っているのか?それとも、今までの境遇がそうさせるのか?
誰もその問いに答えてはくれないが、おそらく後者であると俺は思う。
「なに、そう難しいことじゃないさ。もし、よかったら、俺たちのパーティに入ってくれないか?もちろん、境遇は保証する。何か要望があれば、良識の範囲なら聞いてやる。何か気に入らないことがあるなら、遠慮せずに言うといい。」
俺の言葉に、少女が顔をゆっくりと上げてこちらに目を向ける。
その目には涙が溜まっていた。彼女はそれが零れ落ちてしまわないように、必死にこらえながら俺に聞いてくる。
「いいんですか?私なんかが、悪い子が、そこまで、してもらって・・・」
少女がしゃくりあげるように息をしながらそう言う。
「ああ、むしろ、こっちからお願いしたい。頼む、俺たちについてきてくれないか?」
俺は笑う。
少女が影にとらわれている間に、そうしていたように、微笑むように、笑う。
「あ、あの・・・私、いままで、、うぅ、、、ありがとう、ございます・・・」
少女の声が嗚咽交じりになる。
見れば先ほどまで必死にこらえていた涙は、堰を切ったようにあふれている。
「そういえば、君、名前は?」
俺は優しく、そう問いかける。
「私は、奴隷です。奴隷に、名前なんてありません・・・」
その顔を涙で汚しながら、彼女はそう言った。
「そうか、俺たちのパーティに入ったら、奴隷じゃなくなるんだから、名前は必要だな・・・・俺がつけていいか?」
俺はポケットからハンカチを取り出し少女の顔の汚れを落としながらそう言った。
「え、は、はい!!」
少女は少し嬉しそうに、綺麗になった顔を花開かせる。
明るくなった表情であったが、その顔には申し訳なさそうな感情も見え隠れしている。
俺は少しの間、考える。
彼女に、どんな名前がふさわしいか、自分の知識の中でより彼女に似合うものを選び出す。
「う~ん、、、よし!!決めた!!君の名前は今日からフェプリアーゼ、愛称はりアーゼだ!!文句はないか!?」
「は、はい!!ありがとうございます!!」
「ちなみに、名前の意味は贖罪と豊穣の神から来ている。大事にしてくれ。」
贖罪を司るといわれている神、フェブルウスとそれと同一視されている神と同名の神のプルートーから来ている。
己の罪を乗り越え、幸せになってほしいという意味を付けた、我ながらいい名前だと思う。
「さて、今日はもう休むといい。まだ、からだがだるいだろうからな。」
俺は立ち上がり、部屋を後にしようと後ろを向いた。
「はい、わかりました。そうさせていただきますね。」
「あ、そういえば、」
俺は部屋の扉の前まで来て止まり、首を回して顔だけを少女のほうに向けて言い放つ。
「話し方、好きにしてくれて構わないからな?リアーゼのお兄ちゃん呼び、結構よかったぞ。」
俺はつけたばかりの名前を呼びながら、思い出したことを言い部屋を後にする。
部屋を出た時、丁度戻ってきたノアの姿が視界に入る。
「あ、もしかして目が覚めたの!?」
俺が部屋から出ているからそう思ったのだろう。
「ああ、ノアも挨拶に行ってやるといい。彼女も喜ぶだろう。」
俺はそれだけを言って、ノアとすれ違う。彼女はすぐさま、俺の後ろにあった扉から、部屋の中に貼っていく。
俺はこれから依頼の達成報告がある。そう思いながら、その扉を背にして、宿を出ようと歩く。
そして宿から出る直前、
「うん!!いいよ!!このままお姉ちゃんって呼んで!!」
聞き覚えのある、半ば興奮したかのような声が、俺の耳に響いてくるのであった。
これで第1章がとりあえずは終了となります。若干説明していないところとかは、次の話で触れる予定です。
これからも物語は続きますので、よろしかったらブックマークをお願いします。