29 少女の影とその中身
「あの、待ってください・・・」
目的の人物は思ったより早く現れた。私は早くも街の外に出ようとする彼らに、慌てて話しかける。
女性のほうが私を覚えていないような反応を示していたため、少し焦ったが、男性の方は覚えていてくれたみたいだ。
彼は私の頼みを快く聞いてくれる。
ただ一つ気になったのが、彼がすべてを見透かしている、そんな感じがしたことだった。
彼は木の剣で戦う。
最弱と名高いその武器だったが、使い手によってここまで変わるのかと思えるほどの戦いぶりだった。
彼の剣は斬撃が効きにくいはずのスケルトン系の魔物であっても問題なく切り裂く。
彼の戦いは圧巻の一言だった。
そんな彼は、森のダンジョン第一階層のボスを難なく撃破することに成功した。そこで彼らは満足したのだろう。もう帰ろうという話になる。
それはいけない。私は目的があってここにいるのだ。それを達成できないまま、この場から立ち去るわけにはいかない。
もしそんなことをしてしまえば、あとでなんてどやされるか分かったものじゃない。
私は彼らを引き留めようとして――――やめる。
なんて言えばいいかわからなかったからだ。
私たちはそのままダンジョンの入り口まで戻ってきてしまう。そこで、座り込んでいる男たちを目にした。
どうやら、間に合ったみたいだ。そのことに私は内心ほっとする。
「万が一のことがあったら、使うといい。」
そこで、男のほうが私に耳打ちをして、いつの間にか腰に下げていた剣を渡してくる。
その剣を手にしたとき、視界が暗くなったような気がしたが、気のせいだろう。
彼はダンジョン入り口に座っている男たちを不意打ちによって撃破していく。もしかすると、もしかするのではないか?
そう思う気持ちが私の中に芽生える。
なにか・・・・大切なことを思い出せそうな気がする・・・・
「おい!!こっちにこい!!」
そんな希望を抱いた私を、リーダーの男が私につかみかかってくる。
そして無理矢理、私を引っ張ってみんなに見える位置に移動する。そして彼は一言大声で、
「おまえらああああああああああああああああああああ!!こいつがどうなってもいいのかあああああああああああああああ!?」
と叫ぶ。それを聞いたものはみんな、一様に動きを止めた。
私は人質として使われていた。少しでもおかしな動きをとれば、私はすぐに使い捨てられるだろう。
私の代わりなんていくらでもいるのだ。
そんなこと、ここにいるほとんどの者が理解しているはずだ。それは、私が今日ここまで連れてきた彼も、同様だろう。
彼はよくわからないことを口にしながら、こちらに向かって歩いてきた。
私の命など、彼にはどうだっていいものなのかもしれない。いや、実際そうなのだろう。私が人質に取られても、全く動じていない。
私の首に、強く剣が突きつけられる。このまま彼が近づいてくれば、これが私に突き刺さるのだろう。
それは嫌だ。ここまで辛いことに耐え続けてきた。それもこれも、いつか私にこんな境遇を強いた者に、報いを受けさせるため、それまでは何としても生き続けなければならない。
そしてその報いを受けるべき、最初の人物は・・・・・
心の奥の何かが抜けていくような気がした。
気づいたら、私の手は赤く染まっていた。それと同時に、心の中が黒く染まっていく。
いや、これは気のせいだ。黒く染まっていっているのではなく、もともと私の心はこれくらい黒かった。視界が真っ暗になる。
もう、私の目には光は映らない。
だが、そのおかげか私の心は澄み渡っているように思えた。
今なら、自分に正直に生きられそうな気がする。
私は、目の前で苦しそうにしている男たちに手を触れる。やり方は、本能で理解できた。
それは私の中に入ってくる。その瞬間、私の中で渦巻いているだけだったものが外にあふれ出てきた。
あぁ、これが本当の自分なのだ。
禍々しくも、綺麗に見えるその黒いうねりを眺めながら、私はそう確信する。
私は笑う。ただただ、笑う。
理由は楽しいから、それ以外はない。私をここまで導いてくれたお兄ちゃんやお姉ちゃんには感謝をしないといけないね。
だけど、邪魔だけはしないでほしい。
私は彼らに少しの間待っててもらうようにたのんだんだけど・・・・
お兄ちゃんもお姉ちゃんも、私の言うことを聞いてくれない。もう、なんでなの!?
私はお兄ちゃんたちと戦うことになった。
本当はそんなこと、やりたくないのに・・・
長い間私たちは戦い続けていた。
なんで!?どうしてお兄ちゃんは抵抗するの!?
だんだんと、イライラしてくる。
さっきから、お兄ちゃんは剣一本一本使い捨てながら戦っているんだけど・・・そのせいで戦いが長引いている。
だけど、もう終わりみたい。
お兄ちゃんの手には一本の剣、それ以外の予備のものはもう残っていない。
これでやっと終わりみたい!!これが終わったらすぐにでも復讐を再開しないとね!!
私はこちらに向かっているお兄ちゃんに対して、剣を突き出した。
これがはじかれてしまったとしても、お兄ちゃんの攻撃は最後、関係ない!!
そう思っての行動だった。どう転んでも、自分に負けはない。その確信とともに突き出した剣を、彼は自分の体で受けて、攻撃を仕掛けてきた。
ええ!?何やってるの!?お兄ちゃん、死んじゃうよ!?
そう思っても、私は攻撃をやめることができない。
お兄ちゃんの攻撃が、私の体に直撃する。だけど、効かない。
これで私の勝ちは確定だね!!私の頬が緩む。予想外のことが起こったけど、関係なかったね!!
そこで、お兄ちゃんは剣を手放し、その手を私のもとに回してくる。
――――え!?何やってるの!?
体が熱くなる。私の中の、何かが晴れていくような感覚が・・・・そこで私は意識を失った。