276 時間稼ぎと逃亡者
俺たちが『世界』ことエンドルシアの聞きにいち早く駆けつけることができたのは本能具前の出来事だった。
俺たちはノアの能力を使った俺の大幅レベル上げ祭りは一度終わりを迎え、そのあと処理であるドロップ品の回収をしていたのだ。
いつもはリアーゼが1人でやっていたことだ。
あ、一応言っておくが強要していたわけではないぞ。むしろ手伝おうとして泣かれそうになったことがあったから放置しているのだ。
だが今はリアーゼはいない。だから俺たちは久しぶりのドロップ品回収を楽しんでいた。
落ちているものを一気に拾うのは気持ちがいいものだなと思った。
そしてふとその表紙に森のある方向が近づいた時、俺の耳が何かの破壊音が発せられたのだ。
爆音の中の小さな音すら聞き逃さない匠イヤーは当然のようにその音を拾う。
微かながらに聞こえてくる何かを打ち付けるような音と骨が折れるような音。
もしや俺たちが呼び寄せた魔物が群れを離れて森の中にいた人を襲ったのかと思いそっちの方向に向かった。
すると俺が森に近づくよりも早くボロボロかつ血塗れのエンドルシアが森から飛び出してきて、後を追うように見覚えのある白い悪い奴がとどめを刺しにやってきていたのだ。
あとは知っての通り、全速力で割り込んでから怪我人をノアに運んでもらうように預けて俺は白い魔王の足止め。
おきまりのセリフも言ったし心残りなしだな。
「何あんた、ここは俺に任せて先に行けーなんて言っちゃってさ。ぷーくすくす、自分の身を犠牲にして仲間を逃す英雄気取りなの?笑っちゃうわ。」
確かにあのセリフは死亡フラグとして有名だな。それを知って言っているのかはわからないが。
「俺の仕事はノアが街に着くまでお前を足止めすることだからな。そう難しい仕事じゃないさ。」
「はあ?そもそも私があんたに構ってあげると思っているの?私はね、あんたみたいな小物にいちいち付き合ってあげるほど暇じゃないの!あのクソ忌々しい女の息の根を止めるっていう大事な仕事があるのよ!!」
白の魔王は憤慨している。そうか、俺には目もかけてくれないか。
まぁ、元気な俺より死にかけの『世界』を狙いたい気持ちはわかる。
白の魔王は俺を無視してエンドルシアを追いかけようとする。
俺の横をすり抜けようとするその動きは素早い。
大抵の人間は反応すらすることができないだろう。
「まぁ、最速状態の俺の方がちょっと速いんだけどな。」
俺は魔王が通り抜けようとする瞬間、剣を横に振って牽制する。
ただ、威力が低いと牽制にすらならない可能性があるので迷いなく『斬鉄』も発動だ。
「っ!!?チッ、邪魔を・・・雑魚は雑魚らしく立ち尽くしてればいいものを。」
先ほどまでは歯牙にも掛けなかった俺のことを少しだけ苛立ちの目で睨みつけてくる。
酷い言い様だな。確かに俺は魔王連中と比べると総合力は低い。
俺たちはかつて魔王ベルフェゴールを打ち倒すことに成功してはいるが、それは多くの冒険者の助けがありかつベルフェゴールが召喚士型だったことに起因している。
タイマンで勝ったわけではないし、今でもタイマンでは勝てないと思う。
いや、俺には毒が聞かないし対策をすればなんとか勝機はあると思うんだけどね。
そしてこの前の前の白い魔王があのベルフェゴールと同じレベルの強さを持っているなら、つまるところ俺は勝てないのだ。
「だからといって、背中を向けた腰抜け相手なら俺でも斬れるけどな。」
「何ですってっ!!」
「得意技が敵前逃亡の腰抜け相手になら俺でも勝てそうだなって言っただけだ。」
「むきいいいぃぃぃ!!」
あ、怒った。これはちゃんと俺の方に攻撃が向いてくれる奴だな。
『挑発』というスキルは知性がある程度ある相手には通用しないという弱点がある。
だが、スキルとしての『挑発』ではなく技量としての挑発なら何の問題もない。
目の前の女は頭に血が上りやすいタイプみたいだ。軽くいいように言われたくらいで面白いくらい食いついてくる。
「いいわ。あなたみたいなありんこに時間を割くのは面倒だけど、そこまでいうならやってやろうじゃない。今更泣いて謝っても知らないから!!」
完全に俺を攻撃する気満々だ。これならノアが街に着くまでの間くらいなら簡単に時間が稼げそうだ。
俺は思考はそのくらいに剣を構える。
今からくるのは魔王の一撃、生半可な気持ちじゃ吹き飛ばされそうな気がしたからだ。
「くらいなさい、虫けらが!」
魔王はカニのハサミのような左腕を俺に向けて叩きつけてくる。
、、、何で蟹挟み?打撃武器にするにしてもまだ何かあったと思うんだけど、、、
大質量の攻撃をわざわざ真正面から受けてやる必要もない。
横っ飛びで回避する。
だがそれを予想していたかのように今度は綺麗な回し蹴りが俺の進路に回り込むように近づいてきた。
これはやむおえず剣を盾がわりにして防ぐ。
あわよくばこれで相手の足が切れてくれないかな?なんて思っていたが、流石にそんなことは起こらなかった。
蹴りを受け止めた剣からとてつもない衝撃が伝わってくる。
その衝撃を少しでも逃すべく俺は逆方向に軽く飛ぶ。
だがそれも予想済みなのだろう。
先ほど叩き降ろされた蟹挟みが今度は跳ね上がってきた。
とっさにガードしようとしたけど間に合わない。
俺は胸部を強く蟹挟みで強打された。
「ふん、止めよ!!」
痛みに俺が怯んだ瞬間を見計らって魔王は真っ黒な右腕を突き出してくる。
その手には何も握られていないが、どんな武器を前にした時よりも危険に感じた。
あれだけは避けないと、俺の勘がそう警報を鳴らす。
俺は大きくバックステップをした。右へ左へ後ろへと足にばかり負担をかけるもんだから、痛めてなければいいけど。
特に最後のは無理に飛んだから心配だ。
伸ばされた手は虚しく空を裂いていた。
俺はその無防備になった手に向かい剣を振るった。
魔王は素早く手を引っ込める。だがなんとかかすらせることはできたみたいだ。
魔王が少し怒りの表情を浮かべる。
「チッ、今ので死んでればよかったものを。」
「胸強打されといて与えたのはほんのかすり傷、か。辛い戦いになりそうだな。」
そう口に出してみるが、まだ余裕はある。ちらりと目の端に設置したままのステータスウィンドウには俺の残りHPが記されている。
それによると蟹挟みハンマーはあと20発は受けられれそうだ。
『自動HP回復』のスキルによって今受けたダメージもみるみる回復しているからもうすこし受けられるだろう。
こうやってステータスの数値を見ながら戦えば確実な情報が手に入るから俺は冷静でいられる。
「どう?今ので力の差は痛感できたでしょう?なんならここで泣いて謝って命乞いして私の足を舐めながら私を褒め称えることを言えば少しでも生き残る確率が上がるかもよ?」
「そうだな。今のでお前だけならなんとか食い止められそうってのがわかったからもうちょっと頑張ってみることにするよ。」
「へぇ、随分な自信だこと。でも、これでどうかしら?」
次の瞬間、白の魔王の体がドロドロと溶け出した。
そしてその液体は1人でに動き出してやがてマネキンのような人形になった。
「これは、、闘技場にいた白い人形。」
「こんなの使わなくたってあんた程度余裕なんだけど、面倒だから数の暴力でパパッとやっちゃうわ。悪く思わないでよ?」
言葉の間にもドロドロと人形が増えていく。見ていても白い魔王の体積などは減っている様子はない。
つまりあれは魔力か何かを消費して生み出しているのだろう。
律識の鎖と同じパターンだ。
どんどんと増えていく人形はある時を境に増殖をやめた。
「さて、今思い出したんだけど私あなたに構っている暇ないわ。っていうことで、元の目的、『世界』を殺すことを再開しちゃいまーす!!」
人形たちは同時に動き出した。
こちらに向かってそれぞれが同じような動きで走ってくる。
そいつらは俺を攻撃するような行動は取らず、ただただ真っ直ぐに俺の後方を目指していた。
多分、この人形たちの半分でも抜けられれば目的は達成できると思っているのだろう。
心なしか闘技場で見たものより動きが機敏な気がした。
俺は横を通り過ぎる人形たちを見逃した。
というか、攻撃してこないならそうせざるを得なかった。
何せ目の前には人形なんかよりもっと怖い魔王がいるんだからな。
「きゃはははは!!さっきちらっとだけ見たんだけど、街まで結構かかるみたいじゃない。それを怪我人1人背負って行くにはまだ時間がかかりそうね?果たして、あの人形たちより先に街に着くことができるかな?あ、人形たちを止めに行きたいなら早く行ったほうがいいよ?まぁ、その場合あんたは敵前逃亡する腰抜けさん、私が背中からバッサリ行っちゃうんだけどねー。」
水を得た魚ばりにテンション上がっているな。
そんな魔王に俺が言えることは少ない。
ただ、一つだけ言えるのが、
「はっ、バカだな。あの程度の数で足りると思っているのか?倍でも少ないくらいだ。」
俺はここぞとばかりにニヤリと笑ってやった。勝ったと思って調子に乗っているみたいだったから。
「はっ?あぁ、あの連れて行った子のことを信じているのね?でも残念ね、あの人形たちには『世界』の抹殺以外何も命じていない。それが88体もいる。そしてあの子は召喚士でしょ?あの子には最優先で狙われる赤の他人の足手まといを守る気なんてあるかしらね?」
ふ〜ん
「88体ねぇ。」
「そうよ。いくら私の人形の個の力が弱くとも、その数相手に1人で守りきれるかしら?」
「確かに、ノア1人じゃ無理かもしれないなぁ。」
ノアの能力は守られながらの後方支援に特化していて防衛という面では結構貧弱だ。
やるとしたら近づけさせないほどの大量の仲間を呼び出すことだけど、召喚一回一回に詠唱の必要な召喚魔法はそれに向かない。
一応、彼女は指輪の効果でその弱点を軽減できているのだが、その場合大量のMP消費で継戦できないだろう。
「ふん、今更仲間のピンチに気づいてももう遅いわ!そこで絶望しながら私に嬲り殺されなさい!」
「まあでも、今日に限って言えば400人くらいは兵士がいたからなぁ、、、個体が弱い人形が100もいないなら楽勝だろうよ。」
帰り道の途中には魔物の大量発生のレベル上げに便乗してきた街の兵士4、500人がいるのだ。
ノアはリリスのお陰でステータスがかなり高くなっており、ある程度時間を稼げばそこまではすぐに戻れるはずだ。
それに、最悪エンドルシアしか狙われないというのならイドルにでも担いでもらって空に逃せばいい。
どう見てもあれ、飛べそうになかったからな。
それよりもやばいのはさっきの大量の戦力を俺に全部ぶつけてくることだったのだけど、それをやるそぶりすら見せなかった。
「なんというか、この魔王は頭の出来はそこまでよくないのかもしれないな。」
「何ですってえええ!!」
ほら、こうやって簡単に挑発に乗って目的を見失うところとかな。
魔物?紹介
『白い人形』
魔王『????』の固有スキル『禁忌に至る翼』によって生み出される人工生命体。
作成時の命令を忠実に遂行するべくどんなところにも飛び込む忠義に厚いやつ(自由意志がないとも言える)。
ステータス的にはそこまで強くはない。
奇怪な見た目に惑わされずに戦えるなら、『ホフゴブリン(少し賢く強いゴブリン)』同等程度の相手。
自分で考えて行動する分、『ホフゴブリン』の方が強い。