275 世界は狭い
【エンドルシア視点】
私は息を殺して身を潜めている。
視線の先には真っ白な姿をした女が1人。その腕の片方は全身の白を裏切るかのような黒色。
別に黒という色が穢れた色というわけではないけれど、あの腕を見ているとどうにも穢れているという感情が拭えない。
「全く、チョロチョロと隠れちゃって、おーい、どこいったのかな〜?」
白い魔王がキョロキョロと周りを見ながら呼びかける。
あれが探しているのは私だ。
なんとか視線を切って隠れることには成功したけどここが見つかるのも時間の問題かも。
私は自分の体に目を落とした。
ボロボロだ。
数々の擦り傷、切り傷、火傷跡。
今でこそなんとか動けているけど一度気を抜いてしまうとそれ以上動けなくなってしまいそうだ。
どうしてここまで追い詰められているのか?
それは闘技場を突如として襲った転移が原因だった。
あれはおそらく『愚者』の使う『愚者の旅先』だ。
能力は範囲内の生き物のランダム転移。
それで私は1人この場所に飛ばされた。
知らない場所だ。でもそれだけならよかった。
現実はもうちょっとだけ厳しかった。
私がこの場所に転移してきてからほんの少しあとにあの白の魔王が私のすぐそばに転移してきた。
そして続くように先に離脱したはずの獣の魔王もだ。
あいつらはどういうわけか私の転移先を割り出して追いかけてきたのだ。
闘技場での戦いの目的は人族の戦力を大幅に削ぐこと。
そこに逃走能力が高い『愚者』がいるのをちょっとだけ不思議に思っていたのだけど、あいつらの本当の狙いは私だったらしい。
人が多くいる場所におびき出し、私が全力で力を振るえない状態で疲弊させて、最後はこうやって1人になったところを確実に仕留める。
そういう作戦だったのだ。
他の人たちが狙われたのはそのついでだった。
「はぁ、このままじゃ、まずい。」
あいつらは私を追ってきた後有無を言わさず攻撃を開始した。
流石に私でもあのクラスの相手を二対一で武器も持たない上に能力も使わずに勝てるわけはない。
だからさっき、残っている力全てを使って今日最後の能力行使で『煉獄世界』を使って攻撃したんだけど、その行動は相手の予想の範囲内だったんだろう。
私の世界は獣の魔王がその体を犠牲にぶち壊してくれやがった。
結果、力の残っていない私は白の魔王に対抗する力が残らず逃げるしかできない有様だ。
笑えてくる。
人類最強とまで言われた私がこうもあっさり追い詰められているのだから。
「あの魔物の流れがなかったら、今頃私はやられてるかな?」
私が今こうしてなんとか助かっているのはさっき近くの魔物が暴走を起こしたからだ。
魔王連中はあの魔物達に命令を出して私にぶつけようとしていたみたいだけど、魔物達は何かに惹かれるようにどこか別の場所に向けて走り出してしまった。
その隙をついて私は身を隠すことに成功したのだ。
何が起こっているかはわからないけど、あの魔物達には感謝だ。
「おーい、出ておいでー!!って、やーっぱ出てくるわけないよねー。じゃあ、隠れ場所をなくしちゃおう。」
むっ、白の魔王が動いた。
白の魔王の体から何かドロドロと白いものが流れ出ている。
そしてそれはどんどんと形を変え、やがて一つの人形になった。
成る程、闘技場にいた人形達はこうやって作られてたの。
「あれで、虱潰しに探すつもり?」
それはやばい。
私がここから動けば相手に見つかる。見つからない可能性があるとするならばあいつが他の場所を探しに行った時にこっそり抜け出すくらいだったんだけど、あいつはあの場所から動かずに索敵をしようとしている。
ここままではどっちにしても見つかるのは時間の問題。
距離はそこまで離れていない。すぐにでも見つけられるだろう。
ここは見つかってもいいからすぐに出て一度逃げるべき?
この体じゃ戦っても勝ち目がなさそうだ。
見た目大きな傷はないけど、限界までの力の行使とそれを無理やり壊されたダメージが蓄積して両腕がうまく上がらない。
幸いにも足がまだ動くうちに逃げたほうがいい。
私は逃走を決意した。
「ああ、そこにいたの。気づかなかったね。」
私が動いた一瞬後、白の魔王も私に気づいて追いかけ始めた。
悔しいけど怪我人である私よりほぼ万全の状態の相手の方が足は早い。
どこまで逃げれば安全かわかっていない状態でこれは絶望的だった。
森の中の木々を避けながら私は全力で走る。
時折後ろから飛んでくる白い杭のようなものはなんとか体をひねるなどをして回避する。
「あーはっはっは!!惨めねぇ。でも同情はしないわよ。なんてったてあんたは今まで私たちの同胞をを数え切れないほど殺したんだからねぇ!!」
私を追いかける白の魔王は頗る楽しそうだった。
まるで今までの鬱憤を晴らすかのように、これまでの不満を叩きつけるかのように笑いながら私を追いかける。
お前らの同胞をいっぱい殺した?
人間と魔族は争ってるんだから当然でしょ!
私は心の中でだけ言い返した。
残念だけど口に出す余裕はない。私のお口は今空気を吸うのに精一杯だ。
「あなたさえ、あなたさえ殺せれば魔族の勝利よ。うふふっ、、、」
私さえ殺せれば勝利?
そんなはずない。確かに私は他の人よりは強いという自負がある。
でも私1人で人間を守っているわけではない。
私が1人抜けたところで、人族は負けたりしない。
私は相手の動きを確認しがてら後ろにいるそいつを睨みつけた。
「あら?まだ反抗的な目をしているのね。でも無駄よ。もうあなたに抵抗の力は残されていない。それはわかっているもの。」
どんどんと2人の距離が縮まってくる。
それはもう既に手を思いっきり伸ばせば届きそうなほどであった。
「さて、捕まえた!!うふふっ、、、」
捕まった。
あと少しで森を出る。そんな場所で私は白の魔王の腕に捕まってしまった。
私の体を拘束するその腕には温かみはなく、どこまでも無機質な感覚が襲ってくる。
「くっ、、離せ。」
「だぁめ。あなたは命乞いをする敵を助けてあげないでしょ?」
白の魔王は白い方の腕、左腕を変形させる。
変形させた後のそれはまるで甲殻類のハサミのようだった。
そのハサミで私の両腕を挟む。
私はそのまま持ち上げられ、宙ぶらりんの状態になった。
「すぐには殺してあげない。今まで殺したみんなの数万分の一の苦しみでも味わってから死になさい。」
白の魔王は伸ばされ、ぶら下げられている私の腹部を思いっきり蹴った。
「げほっ、、」
真っ白な爪先が私の腹に突き刺さり、私の口から真っ赤な液体が飛び出してくる。
それは真っ白な魔王の体を赤く塗っていく。
だがそれを見ても白の魔王は容赦をする様子はない。
次々と私の体を蹴りまくる。
私は長く生きているだけあって、数々の命を奪っているだけあって高いステータスを持っている。
そしてそれは物理防御力も例外ではない。
だが、魔王の蹴りはその防御を突破して確実に私にダメージを入れる。
「きゃはははは!苦しい?痛い?それなら私は楽しいし嬉しいんだけど!!」
蹴られるとともに、体の中の何かが折れる音が聞こえる。
あぁ、、私はこのまま死ぬんだろうな。
蹴られ続ける中私の頭は思っているより冷静だった。
かつて、自分が死に瀕した時、どんなことを考えるのかを考えたことがあったっけ?
あの時、どんなことを考えたんだっけ?
「あらぁ?反応が薄いわね?これじゃあ全く面白くないじゃないの!!あんたはいっぱい殺したんだから、だから最後くらいみっともなく死になさいよ!!」
一際大きな声が聞こえる。それと同時に、さっきまでとは二段階くらい強い蹴りが私の体を打った。
ーーーーーブチン、、、
何かが切れる音がした。
そう思った時には私の体はかなりの速度で後ろの方に飛ばされていた。
私は受け身をとれずに勢いのまま地面に転がされた。
ゴロゴロと私は転がり、そして仰向けで止まる。
「・・・まぶし、、」
勢い余って森を突き抜けてしまったみたいだ。
あぁ、太陽が眩しい。
そして太陽の下に出たはずなのに、私の体はあったかくならない。
いつもならポカポカあったかくなるはずなのに。
何かが抜けていくかのようにちょっとずつ寒くなる。
「あーやだやだ。こんな嬲りがいのないやつ初めてだわ。何かの手違いで生きててもらっても困るし、もう殺しちゃおう。」
ざっざ、っと足音が聞こえる。
飛んだ私を追っかけてきたみたいだ。
・・・・どうやら、私の命はここで終わるみたい。
白の魔王が血まみれのハサミになっている腕を振り上げるのが見えた。
私はそっと目を閉じた。
「さぁって、さようなら人類の守護者さん。」
これで私の命は終わりーーーーーー
「なっ!!?」
と思ったけど、違った。
落ちてくる衝撃に身構えていたけどそれはいつまでたっても落ちてこなかった。
「大丈夫か?しっかりしろ!!」
代わりに落ちてきたのは知らない男の人の声だった。
私は恐る恐る目を開ける。
「ちょっとぉ?邪魔しないでくれるかしら!!」
「それは断る!!魔王が率先して殺そうとする人間は生きていると爆アドって、父さん言ってたから!!」
そこにはつい最近見たような男が白の魔王の攻撃を防いでいる姿があった。
その背中がそこにあるだけで何故か城壁があるのと同じくらい安心できた。
男は剣を大きく力任せに横に振った。
そこには見た目にそぐわない圧倒的な力が込められているような感じがした。
あれに切られたらどんな生物でも一撃で死んでしまう。そんな圧倒的な力が。
「チッ、、、『世界』だけだと思ったら面倒な奴までここに飛んできてたなんてね。あんたみたいな人の邪魔をする人間は嫌われるよ。」
白の魔王もそれを感じ取ったのか少し大きめに回避をした。
「そりゃどうも、ただ俺的にはノアに嫌われなかったらなんとかたっていられそうだからね。一般的にどう思われようとも構わないさ。」
白の魔王との距離が開いたのを見計らった男は私を肩に担ぎ上げた。
「助けて、くれる?」
我ながらか細い声だったが、幸いにも耳に近かったことで聞こえたらしい。
男は笑って「できそうならな。」と言った。
ここで「絶対」なんて言わないあたり、ちょっとだけ好感が持てた。
「あら?そんなお荷物抱えてどうするの?」
「そりゃあ、街まで持って帰るに決まってるだろう。そしてからの治療だ。両腕がなくなってるから早く治さないとやばそうだしな。」
そんな会話を聞いて私は自分の肘から先がなくなっていることに気がついた。
気づいてしまったからか、私の腕から思い出したかのように痛みが登ってくる。
私はそれに耐えるように体を強張らせた。
「はっ、魔族を大量虐殺した『世界』がいざ自分が守られる立場になったらヒロイン気取りで王子様に抱きつくなんてね。ヘドが出るわ。」
その行為の結果私は男に強く抱きつくような形になったみたいだ。
痛みに耐えるのに必死でそこまで考えていなかった。
「じゃあ、そういうわけなんで俺はこの辺で戻らせてもらうな。できれば追いかけてこないでもらえると嬉しい。」
「あら?逃すと思っているの?その女を殺せば人族は詰むの。易々と見逃すわけないじゃない。」
「なら逃げるしかないか。このまま戦っても勝てそうにないしな。」
「あなたでは私に勝てない。ましてやその荷物を持ったままだと、その力関係は理解できているようね。それで?どうやって逃げるつもりなの?」
「そりゃあ、俺がここでお前を食い止めて他の奴に連れて帰ってもらうのが一番だな。というわけでノア!!受け取ってくれ!!」
「あいあいさー!!」
ふわりーーー突然私の体は宙に舞い上がった。
浮遊感が全身を襲う。
しかしそれはほんの少しの間だけだ。私の体を誰かが優しく抱きとめてくれる。
どうやら、投げられていたみたいだ。
「うわっ、すっごい怪我!!タクミ!何か薬ない!!?このままじゃ危ないよ!」
「あー、ちょっと事情があって今持ってない。だからノア、エマネージだ!ちょっと体力分けてやれ!!」
「わかったよ!ところでタクミ。」
「なんだよ!こっちは今魔王と対峙してるんだ!要件があるなら出来るだけ早くな!!」
「この人の血でボクのお洋服ベトベトなんだけど、、、それについてはタクミ?」
「なんだよそれ今じゃなくてもいいじゃねえか!!ああわかったよ!街に戻ったら買うなり作るなりしてやるから早くそいつを連れて帰ってやれ!!」
「うんわかった!!じゃあさタクミ、最後に一つ、言いたいこととかあるんじゃないの?」
「ここは俺に任せて先に行けええええええええ!!」
切羽詰まった状況だっていうのにマイペースな2人だ。
後半のやりとりとかは絶対に入らなかったと思う。
でも、いいんだろうか?あの人は魔王より弱い。
それは自分でも認めていた。
なのにこんなに簡単に放り出してしまって。
私を助けるための捨て石にされたようなものなのに、こんなに簡単にーーーーー
傷だらけ、そして疲れ切った状態の私はそこまでしか思考ができずに意識を手放した。