番外編 信じられない男と拠り所を失った男
この話は閑話、つまり本編とはちょっと違う息抜きに書いたお話ですので、前回のあとがきに書いたあと一話で終わるという話に含まれません。
好きだった子に騙された。気持ちを弄ばれた。深い谷底に叩き落とされた感覚だった。
俺は女の子を信じられなくなった。人間を信じられなくなった。
あいつにとっては、八つ当たりだった。俺にストレスを叩きつけただけだった。
でも、俺はそれで救われた。
匠と俺が出会ったのは中学生の時だった。
当時の俺は引きこもりだった。理由は男女間でのいざこざ・・・でもなんでもないね。あれは単純に俺がバカで、遊ばれていると気づかなかっただけだ。
相手の子は俺を持ち上げて、持ち上げて、持ち上げて、そして俺の気持ちが全てそちらの方に向いた絶好のタイミングで突き落とした。
結果、俺は女性というものを信じられなくなった。
それだけではない。
人間というのを、受け入れられなくなっていた。
俺は家に引きこもった。部屋に引きこもった。
あの場所にいれば誰もこない。
あの場所にいればもう純情を弄ばれることはない。
あの場所にいれば、もう、思い出さなくてもいいんじゃないか。
そう思って。
学校には当然だが行っていなかった。
部屋にこもったからといって特にこれといってやることはなかった。
当時の俺に趣味なんてものはなかった。
携帯電話を使って動画を見るにしても、どうしてもそれが他の人間が関与しているものだと思うと嫌悪感が湧いて出て来た。
俺ができることといえば、寝ることくらいだった。
その日は寒い冬の日で、窓の外を見れば雪が降っている。
確か、休日だった。
どうにも、今日は騒がしいなと、初めはその程度の認識しかなかった。
その音はズカズカと俺の部屋の前まで来て止まる。
そして部屋の扉を軽くノックした。
「婀神くん、出て来てくれるかな?明日から一緒に学校に行こうよ。」
突然入って来て何を言うんだ。
というか、「君は、誰だ?」
こんな声を出す人間、俺の知り合いにいたか?いや、もう知り合いと言える相手なんかいないんだけど。
ただ一つ安心したことは彼の声が男のものだったこと。もし女のものだったら、何かを思い出してしまいそうで嫌だった。
「あ、俺は天川、同じクラスの天川 匠だ。お前を連れ出しに来た。」
天川?あぁ・・・ゲームオタクだっけ?確かそんな奴もいたような気がする。でも同じクラスだったっけな?
そうか、クラス替えか。
確かこいつはオタクながらもそれなりに友達はいたよな?
要するに俺とは違った正しい人間だ。そんなやつがどうしてここに?
「そっか、、またあれか。」
俺がここに引きこもり始めた頃、いろんな人が出てこようみたいなことを言いに来たっけな。
耳当たりのいい言葉ばっかり言って、何も俺の気持ちを考えないくそどもだ。
こっちが一番されてほしくないことが同情だってことすら気づいていない。
前回のと随分間が空いてしまったが、またそれが来たんだろう。
その時の俺は匠の声だけ聞いてそう思った。
「悪いが、帰ってくれないかな?俺は出るつもりなんてないから。」
早く帰ってくれ。そもそも君と俺は接点なんてないだろう?
そう言い捨てて俺は布団を被った。
冬のせいか肌寒い。この季節はベッドの上から動かないに限る。
「そんなこと言うなよー。とりあえず出てこい。」
どんどんと扉を叩く音がする。
急に押しかけてきたことといい、随分と無遠慮な奴だな。
扉の向こうの気配は2つってことは母さんもいるんだろうな。
要するに俺に味方はいないと言うことだ。
ほら、母さんはいつも俺に「いつもあなたの味方だからね。」とか言うくせにこう言う時は簡単に敵に回る。
これだから信用できないんだ。
ガッ、ガッ、とドアノブを回そうとして失敗する音が鳴る。
俺の部屋の扉は鍵がかけられているため開かない。
「ふん、そっちがその気ならこっちだって考えがある。」
ある程度音がした後、ドアの外でそんな声が聞こえた。
そしてそこからは誰も何も喋らなかった。ただただかちゃかちゃという音が聞こえるだけだった。
・・・・ちょっとまて。なんの音だこれ?
俺の理解が追いつく前にその時は来た。
俺の部屋の扉はさも当然のごとく異物を招き入れた。
「な、何を、、、_?」
「何、ただのピッキングだ。ゲーマーなら必須技能だぞ。」
そんな必須技能聞いたことがない。
たしかに俺のいる部屋は構造上それがやりやすい形をしているらしいが、実際にやる奴がいるとは思えなかった。
俺は驚いて匠の顔を見ていた。
その時の彼はーーーーー怒っていた。
それに、悲しんでもいた。
怒りと悲しみを同時に内包させたなんとも言い難い表情になっていた。
「何を、怒っているの?」
俺はビクビクしながら聞いた。
「いや、俺は学校に行こうと頑張っているのに、なんで引きこもっている奴がいるんだろうなって思ってさ。無理やり引きずり出してやろうと思った。」
俺は黙っていた。何をいうべきかを思いつかなかった。こいつが何を言っているのかを理解できなかった。
お前らは普通に学校に行って、そして弱い奴らを騙して楽しんでいるんだからいいだろ?
俺に構わないでくれ!!
「俺は不幸にあったから別に引きこもっていいだろって顔してるな。ならなおさら一緒に学校に行こう、」
「どうしてそんなことしなくちゃならないんだ!!」
「俺がいきたく無くなるから。だから一緒の不幸仲間でも見つけて安心したいからな。」
不幸ーーー仲間?
「だっておかしいだろう?同じ不幸な目にあった人間、方や引きこもれて方や何事もなかったかのように登校させられる。不公平だ理不尽だ!!俺が頑張ってるんだからお前も頑張れよ!!」
本当にただの八つ当たりだった。
故に、俺には彼の事情がわからなかった。
「何か、あったんですか?」
俺は腫れ物に触れるかのように恐る恐る声を出した。
どこか目の前の男に親近感を抱いていたのかもしれない。
そこで彼は顔を暗くして肉親の1人が死んだことを話してくれた。
事故は事故でも、父は何も悪くないのに一方的な相手の過失で殺されてって言っていた。
俺の両親はいまだに健在だ。
だから親しい人が死ぬ、家族が死ぬという痛みを知ることができない。
だが、なんだか彼の負担を知って少しだけ彼のことを受け入れられる気がした。
仲間を見つけた気がした。
成る程、これが彼の探していた不幸仲間か。最悪だけど、まぁ悪くない。
「じゃあ俺が話したんだからお前も話せよ。」
そして話終わって彼に親近感を得たところで、俺は再び突き放される。
あのことを思い出させられる。
嫌だ。なんで俺にあれを忘れさせてくれないんだよ!!
嫌だ。思い出したくない!!
そう思っても湧き上がる俺の記憶。
振り払っても付いてくる幻影。今でもあの時のあの女の顔が脳裏をよぎってーーー
「うわあっ!!来るな!!来るなよ!!」
俺は手を振り回した。
もうやめてくれと喚いて近づくものを排除しようとした。
だが、匠は引かなかった。
「い・い・か・ら!話せよ!俺だけ話したら仲間でもなんでもないじゃねえか!!」
俺は気づけば押さえつけられていた。多分、手を取られてそのまま押し倒されたんだと思う。
そういえば、ネットの情報に「プロゲーマーには迂闊に手を出すな」っていうのがあったっけ?
つまるところ彼はそれなりに強いのだ。
「うっ、、」
俺の目には涙が浮かび始める。
こんな無理やりあれを呼び起こされて吐き気さえして来る。
「ほら、話してみろって。俺もさっき嫌嫌ながら話してみて結構楽になったからさ。」
匠は俺の上から一歩も毒気配がなかった。
そしてその表情は真剣そのものだった。始めの時の怒りやら、悲しみはどこに言ったのかと問いたくなるほどだった。
そして根負けした俺はこれが最後になればいいなと思いながらポツポツと何があったのかを話した。
話してみると本当に少しだけ楽になった。まぁ、心は晴れなかったけど。
こうして俺たちは不幸を共有し合う不幸仲間になった。
そして俺が全て話終わった時、匠は俺の上からどいて後ろを向いた。
俺が起き上がって彼の方を見ると、彼は一度だけ目の当たりを腕でこすってこちらを向き直る。
「ひでえ話だ。もうちょっとソフトな奴かと思ったけど、お前もひどいの抱えているんだな。」
「うん・・・そうだね。」
「ところでえっと、、婀神、外に出る気にはなったか?」
「まだ、無理かな?どうしてもまだ人間が、特に女性が信じられないんだ。何を言っても、腹の中では他のことを思っていそうで。」
「話を聞く前なら笑い飛ばせたかもしれねえけどなぁ。う〜ん。」
匠は俺の問題について本当に真剣に考えてくれている様子だった。
そんな彼の行動は少なからず俺の心を打った。
だって今まで来た人たちはみんな俺の抱えたものを知らずに上辺だけで慰めようとしたから。
「そういえば、婀神、ちょっと外見てみろよ。」
「外?」
俺は促されて窓から正面の道を見下ろした。そこにはまだ小学生にもなっているか怪しい小さな女の子が雪合戦をしていた。
「雪合戦してるな。」
「そう、だね。あれがどうしたの?」
「あの子達、何か企んでそうかな?」
そう言われて俺は少女たちを観察した。少女たちは一心不乱に雪玉を手で丸めて向かい側の子に投げつけている。
当てられても無邪気に笑う。みんなが雪を被り、とっても楽しそうに遊ぶ女の子の姿。
「俺には何も考えずに遊んでいるようにしか見えないんだけど、婀神にはどうだ?」
「そう、かも。」
「まあ、実際企んでないんだろうな。だってあんなに小さな子供だ。えっと、無邪気って言うんだよああいうのは。邪な気持ちがないっていう、子供によく使われる形容詞だ。」
邪な気持ちがないーーーー
「初めはさ、ああいう小さい子を信じることから始めたらどうかな?それとか身内とかな。」
「でも、俺そういうの判断できないし。」
相手が実際どう思っているかなんて俺には想像つかない。だからこそ騙されたんだ。
そう思うと、あの小さな子供達でも少し怖く感じ始めた。
「そっか。思ったんだけど婀神はもうちょっと人をちゃんと見る能力が必要だよな。じゃあちょっとテーブル使うぞ。」
匠は窓から目を離して今度は部屋の真ん中に鎮座されているちゃぶ台に目をつけた。
そしてポーチから何をを取り出し二つ、ちゃぶ台に乗せた。
「えっと、それは?」
「カードゲームのカードだな。」
「カードゲーム?」
「うん、カードゲーム。」
「それをどうして今?」
「いや、今から2人でやろうぜ。一対一の対人戦、よく相手を見るだろうと思って。」
「というかどうしてそんなもの今持っているの?」
「決闘者は常に一つはデッキを持ち歩くものなんだよ。」
そうなんだ。決闘者怖い。
俺はそのまま匠に促されるままにカードゲームをやる羽目になった。
彼は案外押しが強い。ここぞという時はぐっと強く押してくるのだ。
だからこそ、俺もああして会話ができた。
そしてその時のゲームの結果だが、当然ながら惨敗した。
相手は経験者
こっちはルールの覚えたての初心者。勝てるはずはない。
でも
「結構惜しいところまで行ってなかった?」
「そうだな。ちょっと初めてとは思えない順応性だったな。」
相手の体力を残りあと少しまで削れたのだ。そこは初心者相手という匠の油断もあったんだろう。
というか完璧にあいつ油断してやがった。
そこに漬け込んだからこその善戦だった。
「でもほら、カードゲームしてるとさ、相手と自分をちゃんと意識するから結構相手のことがわかるんだよ。よくアニメとかで決闘すれば相手がどんなやつかわかるっていうけど、それって案外本当だったりするんだよな。」
匠はそう言って締めくくった。
俺はその時はっとして再び窓から外を見た。
カードゲームは思ったより時間がかかったみたいで、そこにはもう誰もいなかった。
空も薄暗くなってきている。
「あ、もうこんな時間か。俺、今日は帰るわ。」
匠はそう言って立ち上がる。
そして入ってきた時は強引だったのに帰る時はあっさりだった。
「えっ、、」
もう帰ってしまうの?
久しぶりに友達のような、仲間のような相手ができたのにもう帰ってしまうの?
俺はそう思い呆然としていた。
みるみるうちに足音が遠ざかっていく。まっすぐと玄関に向かっているみたいだった。
待って!!まだ、ひとつだけ聞いてないことがある!!
俺は気づけば匠を追いかけて部屋を出ていた。
いや、そんなことはどうでもいい。
とにかく聞かせてくれ!!
「天川!!」
「ん、どうした婀神?」
「えっと、、、また、来てくれるかな?カードゲーム、ちょっと楽しかったし、、、、」
帰る時にはここに来た当初と違って匠の顔はすっきりしていたように思える。
それは抱えていた怒りや悲しみを俺に対する八つ当たりで結構発散させてしまったからだろう。
そんな彼が、次も来てくれるのだろうか?否
来て欲しい。
おこがましいかもしれないけど、俺は心の底でそう願っていた。
なぜなら彼は俺が引きこもりを始めてから、あのことがあってから始めてできた仲間なんだから。
俺の思いを感じ取ってくれたのか走らないが匠は俺の質問を聞いて笑った。
「当たり前だろう?今度は油断せず全力で潰しに行くから覚悟してろよ。俺、ゲームとつくものに関しては厳しいからな?」
匠はこちらに何やら黒くて四角い箱のようなものを二つ投げてよこした。
俺はたどたどしい動きながらも空中でそれをキャッチする。
「これは?」
「デッキだ。中身はさっき使ったものだな。次来るまで家から出てこないなら一週間くらい空くんだ。その間に暇だったら特訓でもしてろ。」
匠はそのまま玄関の扉をくぐり外の世界に帰ってしまった。
俺は手元に残された二つのデッキの入った箱を見る。
俺にとってこれは今日この家で起こったことが夢ではなく現実と確かめさせてくれる物だった。
それは手元のそれを少しの間じっと見つめたあとーーーーーありがとう、天川、いや、匠。
と心の中で感謝を述べた。
、、、と、同時に玄関のドアが開いた。
もしかして匠が帰ってきた?ともったりもしたが帰ってきたのは匠ではなく姉だった。
「あれ?りーくん!!?部屋から出てきたの!?というかどうしてここに、、、ってああ!!お姉ちゃんを出迎えてくれたのね!!きゃーっ、、ありがとうりーくん!君の大好きなお姉ちゃんが帰ってきたよ!!お姉ちゃんもりーくんのこと、だーいすきだからね!!」
矢継ぎ早に繰り出される言葉に訂正その他諸々を挟み込む余裕もなく姉に圧倒された俺。
そのままにしていると姉は俺に抱擁をした。
俺はびっくりしてそのまま引き剥がそうとした。
ある程度心が軽くなったと言っても姉は女性だった。だから少し嫌悪感があったのだ。
「ね、姉ちゃんはな「よかった・・・・」れ、て?」
気づけば姉の目からは涙が流れていた。
そして俺を抱きしめる力も強くなっている。
「姉ちゃん?」
「りーくん、部屋から出てこないから、、私が、ちゃんと守ってあげなかったのが悪かったのかと、思って、、、りーくん、ずっとあのまま、だったら、どうしよう、って、私、心配、で、、、ぐすっ、、」
姉の言葉と態度から、俺はそれが本心であると読み取っていた。
そして別にこれが何かを企んでの行動であっても、突き放すことなんで俺にはできなかった。
「姉ちゃん、、」
俺は姉の後頭部をそっと撫でながら思った。
あぁ・・・本当に信頼できそうな女性は、割と身近にいたよ。
その日から婀神 律識は少しだけ生まれ変わった。
具体的にはカードゲームレイヤー、通称決闘者になり、幼女をめでるようになり、姉を敬うようになった。
この日以降、律識は姉の命令には出来るだけ服従することにしようと誓いーーーーー後に微妙に後悔した。
どうでもいいけど、この作品 『姉、弟』が多くない?
すでに3組出てるんだけど・・・まぁ、これ以上出ないから安心して大丈夫ですよ。
というか、ヴィクレアとソーカはキャラまで被ってないかな?大丈夫かな?