273 影の王と影の少女
【リアーゼ視点】
私は気を失ってしまったリツキさんをみてニッコリと笑う。
状況的には笑うなんてことができる場面ではない。もっと皮相的な顔を浮かべるような状況だ。
前には2人、後ろには3人の敵。
後ろに敵はそこまでじゃないように見えるけど、前の2人は結構強そう。
タクミお兄ちゃんやリリスさんならパパッと倒せそうだけど、それでも私にはきつい相手だ。
でもどうしてだろう?
「あぁ、なんか開放的な気分。それにちょっと、嬉しいかな?」
私の声には隠しきれない喜色の感情が現れていた。
何がこんなに嬉しんだろう?
そんなことを自問するのも馬鹿げている。今の私はとっても開放的だ。
だからその気持ちを隠すつもりはない。
そう、私は嬉しいのだ。リツキさんを助けられる、彼の役に立てるということが。
「ああ?ついに追い詰められて狂っちまったか?」
ギャオだっけ?蛮人が何か言ってる。
リツキさんにひどいことをしようとした人、許さない。
私の感情に呼応するかのように、私の手は真っ黒に染まっていた。
だが、暗がりのせいか誰も気づかない。
「まずはぁ、後ろからですね。3人とも、死んじゃってください♪。」
許さない。だから私は手を伸ばす。
握手でも求めるかのように、警戒させないように。
「お、なんだこのガキ。ついに諦めて俺たちに媚び売ろうって気になったか?」
ギャオは無警戒に私の手を取った。
そしてそれがこの男の最後の行動になった。
私の真っ黒な手を取ったギャオはそのまま真っ黒になった。
真っ黒に包まれて、私の中に消えちゃった。
少し、体が軽くなったような気がする?
「ギャオ!!?お前一体っ、、」
「ーーー!」
お仲間さんの2人は驚いていますね。
でも、それまでかなぁ?
私は自分の素早さを最大限に利用してアマールドとユルドルの2人に触れた。
触れるだけでいい。この弱っちい人たちはそれだけで私の中に消えていく。そして私は強くなる。
私に触れられた2人はなすすべもなく真っ黒に取り込まれてしまった。
う〜ん、ちょっとだけ物足りない。
私と、リツキさんに酷目に合わせたこいつらをこんなに簡単に殺してしまって良かったのだろうか?
でも、やらないとリツキさんが助からなくなっちゃうかもしれなかったし。
ま、いっか。
大切なのは無事に2人で戻ることだもんね。
「そのためには、あと2人。待ってねリツキさん。私がすぐに助けてあげるからね。」
私はリツキさんを直接傷つけた2人の方を見る。
あのリツキさんを傷つけられたんだ。きっとすごく強いはず。
なら、全力でやらないと。
もっと、私の全部を出し切らないと!!
私の手の黒いのが体全体に広がり始める。
そしてそれは服のように私の体にまとわりついた。
服が破けてはだけちゃった部分も、黒いのに守られて見えなくなっちゃっている。これで安心だ。
「っ、エイム、こいつは危険だ!ここで始末するぞ!!」
「・・・逃げるというのは?」
「馬鹿野郎!人3人を殺しておいてなお笑っている残忍な奴がやすやすと逃してくれるわけねえだろう!!」
『影の王』とやらが何か相談している。
片方はやる気で、もう片方はあまりやる気が出ない様子だ。
「逃げたいの?そっちの人なら逃げてもいいよ?」
私はエイムと呼ばれた方を指差した。
「へぇ、随分と寛容じゃねえか。ところで、どうしてこいつは良くて俺はダメなんだ?」
「だって、リツキさんを刺したでしょ?悪いことしたら罰を受けないとダメなんだよ?」
罪には罰を、当然のことでしょ?
私がそういうとチッ、と軽く舌打ちする音が聞こえる。
自分のしたことを思い返したのかな?だとしてもやったことには変わりないからもう遅いけど。
「ということで、そっちの人は逃げるなら早くして、あと5秒以内に逃げないと一緒に攻撃するからね。」
「り、リーダー・・・」
「エイム、何ビビってんだ。変な能力を持っていると言っても相手は女の、しかも子供1人だ。俺たちがビビる必要はねえだろう?」
そう言われて覚悟が決まったみたい。2人とも臨戦態勢だ。
腰から剣を抜きはなちいまにも切り掛かってきそうだ。
「逃げる気は無いんだね?じゃあ、倒すよ。」
私は前に出た。
部屋の入り口を塞ぐようにしている2人だ。
成人した男ならドア枠の幅が狭くて思うように攻撃できない筈だ。
「来たぞ!!絶対に体に直接触るんじゃねえぞ!!」
「分かってるって。」
男たちは私の攻撃に体を一歩引いてまずは建物内から引きずり出すことを優先した。
あの場所では戦いにくいと判断したのだろう。
それに気づいた私は通常なら引くべきだと思ったが、今回はこの誘いに乗った。
なぜなら入り口付近には倒れたリツキさんがいるのだ。
あの場所でそのまま戦って巻き添えを受けさせたりしちゃったらいけないからね。
「あはっ、いくよ。」
私は魔法鞄から持ち出した武器を構える。それは持ち手に穴が開けられて紐が通された短剣。
エレナちゃんが使っているものの予備だ。
私の手に持たれたそれは瞬く間に真っ黒に染まっていく
私は速度を落とさないように短剣を振り切った。
金属がぶつかり合う音がする。
「エイムゥ!!いまだ!!」
そして私の攻撃が止められたところにもう1人が合わせるように攻撃を仕掛ける。
さっきの口と態度だけは高い3人とは違ってこっちは連携をしてくるみたいだ。
でも、相手はたった2人。
みんなと一緒に行動してた日はもっと大量の敵を相手にしていた。
私は隠れていただけだけど、多対一ではどうやって立ち回ればいいかみんなの動きを見て少しは勉強している。
「横合いからの攻撃、2対1でタクミお兄ちゃんなら、、、こうだね!」
私は横に飛んだ。
方向は迫り来る剣と逆方向ーーーーなどではなく剣に突っ込む形だ。
私は攻撃に使わなかった腕で肩をガードして速度が乗り切る前に剣に自分から突っ込んだ。
一応、念のため黒いのを使って肌も保護する。
あんまり怪我するとリツキさんが心配するからね
これがどれだけ防御力を持っているかは知らないけど、何もしないよりはマシだろうとの判断の元だ。
「何っ、こいつ自分から。」
予想通り、というかいつも通り?相手は驚いている。
さっきの剣、後ろに飛べばなんとか避けられる攻撃だったのにそれをせずに飛び込んだ理由がこれだ。
タクミお兄ちゃん曰く、知性のない魔物と違い知性ある生物は自分の想定外のことがおこるとフリーズするらしい。
リツキさんにもこの話を聞いてみたらこの現象をFCFと呼ぶらしい。
略称らしいが何の略称かはわからない。
私の肩は多重の防御により何とノーダメージでやり過ごすことができた。
そして驚いているところ悪いけど、一気に攻めさせてもらうよ。
私は攻撃に使った側の短剣を手放した。
そして防御の短剣で止められている相手の剣を触る。
相手の剣はみるみるうちに黒いのが伝播していく。
「エイム!!その剣を早く捨てろ!!」
指示をされて男は即座に剣を捨てた。そのため黒いのは相手の体には届かない。
でも、その代わりにーーーーーー
「私の手があなたの体に届いた。」
無様に慌てて剣を捨てる動作など、ただの隙でしかない。
これで4人、処理完了だ。
「あとはあなただけ、リツキさんを傷つけたあなただけ。」
「くそっ、エイムっ、、化け物が。だが、お前のその力のタネはやっと見えたぜ。」
あれ?私の黒いのの正体バレちゃった?
私にもよく分かってないのに?
「はっ、とぼけたって無駄だぜ。お前の力の正体はこれと同じようなものだろう?」
男がそういうと男の体が薄くなった。
「何?それ?」
「驚いたか?これが俺たちが、いや、俺が『影の王』と呼ばれていた所以だ。俺の今の体は霊体。もう触ることはできねえぜ。」
・・・?これと私のが一緒?
なんか違う気がする。まぁいいや。処理しちゃおう。
私は黒いのを伸ばす。
4人も人を取り込んだおかげか黒いのは私の意思にしたがってある程度動かせるようになった。
黒いのはどんどん男に近づいていってーーーそのまますり抜けてしまった。
「あれ?」
「はっ、やっぱりそいつは触れないと効果を発揮しねえみたいだな。」
「そっかー、でもそれでどうやってそっちは攻撃するの?」
さわれないと攻撃できないんじゃないの?
「何、安心しろって。この姿でもやれることはあるさ。」
男は何かをぶつぶつ言い始めた。
えっとあれは詠唱かな?ノアお姉ちゃんがたまにやっているやつだ。
う〜ん、、どんな魔法が飛び出すのかちょっとだけきになるけど、そんな場合じゃないよね?
でもどうやって攻撃しようか?
えっと、、相手は物理攻撃が効かない霊体で、、、魔法攻撃なら効果がある?でも私は魔法使えないしなぁ・・・
「あ、霊体?」
いいこと思いついた!!
私は鞄の中からあるアイテムを探し始める。
え〜っと確かこの辺りに・・・むぅ、最近はあんまり使わなかったからどこにあるかうろ覚えーーーあ、あった!!
「はっ、その黒いのは光の魔法に弱いと見たぜ!食らいやがれ化け物!!『シャインスラスト』!!」
私がアイテムを探している間に詠唱が終わったらしい。
随分と長い詠唱だったけどそれはどうなんだろう?
使いにくそうだけど、やっぱり物理攻撃が効かなくなるとそうやった詠唱の長いのでも安心なのかな?
ただ、長い詠唱時間をかけただけあってかなりの高威力の魔法らしい。
あれに当たったら少なくないダメージを受ける。私の勘がそう告げている。
「黒いの!!私を守って!!」
私は黒いのを前に固めて防御をした。男の光魔法と私の黒いのが激突する。
夜にふさわしくない光の奔流が暗い道を照らす。
だが、そんな強力な一撃からも黒いのは私を守ってくれた。
でも、なんかボロボロな感じがする。
具体的に言えば攻撃を受けたあと黒いのはすんごい薄くなっている。
これじゃあ黒いのじゃなくって灰色のだよ。
「やっぱりこれは効いたみたいだな。そのきみ悪い奴を全て削り取ってやるぜ!!」
男は再び詠唱に入った。
思ったんだけど、この間に逃げちゃえばよくない?
相手は逃げられるということを考えなかったのだろうか?
「ま、いっか。霊体ならこれが効くだろうし、効かなかったらそのまま逃げちゃおう!!」
私は鞄から取り出したアイテムーーー『聖水』を霊体になった男の方に投げつけた。
タクミお兄ちゃんがこれの有用性に気づいた時にある程度は常備しておくように言われていたアイテムだ。
霊体ってことはおばけだよね?
なら、これが効くんじゃないかな?
「ぎゃああああああ!!こいつ、なんてもの投げやがる!!」
「やった、大当たり!!」
私の予想は大当たり。薄くなった男の人は元に戻ってしかも何か苦しそうにしている。
よし、苦しんでいる今のうちに終わらせちゃおう!!
「ちょっと待て、、来るな!!」
男の人は私が近づいていることに気がつくといつのまにか取り落としていた剣を拾い上げてブンブンと振り回した。
それは剣術というのは烏滸がましい、そんな無様なもの。
誰かが言ってた。
強いスキル持っている人ほどそれが通用しなくなったら弱いって。
スキルが強いと初めから勝てるから技を磨かないし、窮地に陥ることもない。
だから崖っぷちの場面で全く役に立たない。だから技を鍛える必要があるって。
言ったのは誰だったっけ?すんごい信頼できる、そんな人だった気がする。
ただああやって振り回されているだけでも私には面倒はある。
エレナちゃんとかタクミお兄ちゃんだったらあんなもの当たらずに触れるんだろうけど・・・私にはちょっと無理かなぁ?
「なら、いつも通りやるだけだね!!」
私は鞄の中からひとつの瓶を取り出した。そしてそれを剣を振り回す男に向かって投げつける。
我武者羅振られた剣はその瓶を難なくたたき壊した。
中身が男にふりかかる。
すると少しだけ男の動きが鈍くなった。ありゃ?思ったより効果が出ない?
「チッ、これは、、麻痺毒かよ。」
「よく分かったね〜。にしてもこの効き方、、耐性持ち?」
「当たり前だ!自分が使うものの備えくらいはしている。」
「ふ〜ん。」
なら薬系はやめたほうがいいかな?
なら別の何かあったかな?
「あ、これ以外に楽そうなのって言ったら弓矢しかないや。ま、これでいっか。」
私は弓を引きしぼり矢を放つ。
ここまでくると男むやみやたらと剣を振り回すのではなく私に対応するように振る程度には冷静になっている。
一射目ーーーー弾かれた。
二射目ーーーーも、弾かれた。
三射目もだ。
う〜ん、、、これこのまま普通にやってもダメだね。
途中で切り払われちゃう。
矢の強度が足りないよ。
「強度が足りないなら強化しちゃおう!!」
私は矢を放つ前に矢をしっかりと持つことにする。
すると矢は真っ黒になる。これで大丈夫。
そして四射目はーーーあれ、これも防がれちゃった。
今回は切り落とされることはなかったけど剣で軌道をそらされちゃった。
「ありゃりゃ、、防がれちゃった。」
「・・・」
あれ?矢を防げたのにあいつあんまり嬉しそうじゃない?どうしてだろう?
私は聖水のダメージが抜けきっていないのかその場から動かず必死に剣を構えている男を見る。
体はーーー辛そうにしているけどまだ大丈夫そうだね。じゃあ剣の方に異常?
、、、あ!!ちょっとだけ黒くなってる!!
矢の黒いのが移ったんだ!!
「そっか!黒いの使った攻撃なら防がれても黒いのを相手に送りつけられるんだ!!」
そうと決まればやることは決まっている。
私の体の黒いのは大半をさっきの光の魔法で削られて服に使っている部分しか残っていない。
放っておけばまた増えそうな気がするけど、そんなに時間をかけていられない。
でも敵もあれ1人しか残っていないし、ここは出し惜しみする必要はないだろう。
私は服に使っている黒いのを攻撃に回す。
「チッ、来やがったか!!」
男は私から伸びてくる黒いのを必死に切り続ける。
一瞬はそれでいい。
でも次々とくるのを切るのは骨が折れるみたいだ。
それに、剣もどんどん黒くなる。
後数秒で使えなくなるんじゃないかな?
「ち、ちくしょう。こんなところで、終わってたまるかよ!」
男は黒くなった剣を私の方に投擲して来た、それと同時に後ろを向いて逃げ出した。
だがその速度は端的にって遅い。
私を誘拐した時はもっと機敏な動き気がするけど、やっぱりあの聖水はかなり効いたらしい。
そういえば下級の吸血鬼はあれ一つで消滅したっけ?
「逃がさないよ!」
私に飛んでくる剣は私を傷つけることはなかった。
どうやら黒くなった武器は私には傷をつけないらしい。
私は弓を引きしぼり矢を放つ。
武器を失い、動きが鈍っているあいつにこれはもう防げない。
私の矢は男の腰を撃ち抜いた。
そして男はガクガクと膝を揺らしそのまま前に倒れる。
「あがっ、、、おれ、は、、、ここでは、、」
「リツキさんを傷つけなかったら、あそこで入ってこなかったらこんなことにならなかったのに。お金に目が眩んだのがいけなかったね。」
「ま、、て、く、、、れ、、、」
「待ちません。リツキさんを問答無用で突き刺した時同様、私も問答無用であなたを殺します。」
それでなくてもこの人はいっぱいの人を殺している気配がします。
私も大概罪深い存在だと思いますが、この人はそれ以上です。
多分、大量の人をコロロして来ています。
そんな人が命乞いなんて、みっともないです。
「それに、そんなの聞いてたらリツキさんを待たせちゃって悪いですからね。」
私は男に手を触れる。
それだけで一つの存在がこの世から姿を消した。
次回、律識リアーゼ編が終わってその次から神国編に戻ります。