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272 自己犠牲と影の王

律識はボロボロにされたリアーゼを見て怒り狂い、問答無用で室内に鎖を張り巡らせる。

当然、鎖には『不可知化アンノウン』の効果が乗せられており、3人はそれを認識することはできなかった。


「お前ら覚悟しろよ。」

律識の腹の底から這い出てきたどす黒い音に男たちは一瞬だけ怯む。

そして命の危険を察知した。


だから一番近かったギャオがリアーゼを人質として使い律識の動きを止めようとする。


「動くな小僧!!このガキがどうなってもいいのか!!」

ギャオは咄嗟に腰からナイフを抜き、それをリアーゼの首筋に当てた。

そのナイフには、血液が付着していた。


「、、、つくづく悪党だな。」


それを見た律識が一瞬動きを止めた。

リアーゼの体に残る切り傷、それと付着した血液がその状況を彼の頭に想起させたためだ。次の瞬間にはもう動き出す。


だが、その硬直をギャオは悪い方に受け止めた。

人質が有効に働いているのだと勘違いした。


「へへっ、そうだ。動くんじゃねえぞ。動くとこのガキを殺すからな。」

ギャオはリアーゼを無理やり立たせて盾にするように前に出した。

依然としてその首元にはナイフが突きつけられている。


「よし、お前ら!やっちまえ!!だがまだ殺すんじゃねえぞ、それだけじゃあ足りねえからよ。」

ギャオの指示に残りの二人がジリジリと動き始めた。

このまま放っておけば言葉通り暴行を受けるだろう。その場面を一足先に幻視したリアーゼは人質にされている恐怖に耐えながらも声を上げる。


「り、リツキさん!私のことはいいから、逃げてください!!」

リアーゼの目には涙が溜まったままだった。

律識はさらに怒る。


「逃げてください?私のことはいいから?ふざけんじゃねえ!!絶対俺は逃げてやらねえ!!そこのクソ野郎どもをぶっ倒して無事に二人で一緒に帰るんだ!!」

律識は怒る。リアーゼを誘拐しただけに止まらず暴行まで働いた3人の男に、そして事あるごとに自分を犠牲にしようとするリアーゼに。


律識はその瞬間、会話の途中に部屋に張り巡らせていた鎖の『不可知化アンノウン』の能力を解除した。


律識以外のものの目には、突然大量の鎖が部屋の中に現れたように見えた事だろう。


「がっ、これは、、、おい!!こいつがどうなってもいいって言うのか!!?」

一瞬のうちに縛り上げられたギャオはその締め付けに苦悶の声をあげながらも律識に脅しをかける。

ギャオはナイフを持つ腕に全力を込める事で拘束されている中でも少しだけ腕を動かすことを可能にした。


そしてそれはそもそもが首筋に突きつけられていたナイフだ。

ほんの少し動かすだけで簡単にナイフはリアーゼ体に埋まっていく。


「きゃああっ、、あれ?」

首にナイフを突き立てられ、それによる痛みに悲鳴をあげたリアーゼ。

だが、その痛みはやってこない。

よく見たらナイフはリアーゼの首に刺さっていなかった。



「リアーゼちゃん!!今のうちにこっちに!!」

律識が叫ぶ。

今、男たちは律識の鎖によって雁字搦めにされている。だが、先ほどやったように渾身の力を込めれば少しくらい動くことはできるのだ。


それを理解したリアーゼはほとんど動くことのできなくなったギャオの腕を押しのけて脱出をする。

そして律識の下まで走りよった。


そして自分のところにきたリアーゼを見て律識は満足そうにひとつ首を縦に振った。


「よしっ、おかえりリアーゼちゃん。怖かったね。」

戻ってきたリアーゼに律識は笑顔を浮かべて声を掛ける。

その声にリアーゼは顔を上げて嬉しそうにしたが、その顔は一瞬しか続かなかった。


リアーゼは見つけてしまった。


律識の首が真っ赤に染まっているのを。


「り、リツキさん!!?その首・・・」


「あ、あぁこれ?さっきドアを押し壊した時に擦りむいただけだから気にしないでいいよ。これは自業自得さ。」


そんなはずはない。リアーゼはそう確信していた。

何せその血液は1つの傷から溢れ出てきていたからだ。

その傷跡は何か鋭利なものを突き立てた後のようになっている。


リアーゼは嫌でも理解ができた。

先程、どうして自分の体にナイフが刺さらなかったのか。

その答えはそこにあった。


彼女の手首にはひとつだけ鎖が巻き付けられていた。

拘束の意味合いのない鎖、だがそれがただの鎖であるはずはない。


貴族の鎖ギャザーリング

律識の固有スキルである『鎖』がLV3になった時に使用可能になるスキルだ。

この一月、常に能力を発動していたためすでに律識はこの能力を使用可能になっていた。


貴族の鎖ギャザーリング』の本質は奪うこと。

その鎖に触れた対象から何か一つを奪うことができるスキル。

この際、奪うのはものでなくてもいい。

流石に臓器などは奪えないが、やろうと思えばスキルでも奪える非常に強力な能力なのだ。


律識はこの能力でリアーゼから傷を奪った。


リアーゼはまだ気づいていない。

自分の体の傷が全て消え去っている事に。



「さて、当面の脅威は去ったところで、、、お前らもう一度聞くが、覚悟はできているんだろうな?」

底冷えする声だったが、リアーゼはそれを怖いと感じなかった。

どこまでも自分を守ってくれるような、そんな感じがしたのだ。


気づけばリアーゼは律識に抱きつくようにしていた。

戦いの中で邪魔にしかならないとわかってはいたが、想いを抑えきれずにリアーゼは抱きついていた。


「ちょっ、リアーゼちゃん!!?」

律識もこれには動揺した。だがそれは一瞬、すぐに持ち直して作業を開始した。


作業


そう、作業だ。もう既に鎖に絡め取られた男たちを殺すことなど作業でしかない。

律識の意思に従って鎖たちは強く締まり始めた。


「ぐっ、、、」

ギャオのうめき声が聞こえる。苦しさ故に漏れ出てしまった声だった。

だが、そんな音を聞いたからとて何が変わるわけでもない。


律識には同情なんてことをするつもりは一切なかった。

寧ろ一瞬で首の骨を捻り折らなかったのが不思議なくらいだ。

そこにはほんの少しでもリアーゼの味わった苦しみを味わわせたいという思いもあったのだろう。



少しずつ確実に締まっていく鎖。

ギャオ、アマールド、ユルドルの限界は近い。


(クソが、また俺はこいつにやられるっていうのかよ。何か、こいつにひと泡ふかせられるような・・・!)

何か起死回生の案をと思考を巡らせたギャオ、そんな彼の頭にひとつだけ案が浮かんだ。


ギャオはまだ口がきけるうちにそれを実行する。


「おい!!『影の王』!さっきの倍、いや、3倍出す!!だからこいつをなんとかしてくれ!!がはっ、、」

『影の王』それは2人の請負人の名前だ。リアーゼ誘拐の実行犯でもある。

金によって動く彼らがまだ近くにいるならば、この願いを聞き入れてくれると思った。


『影の王』が出て行ってから少し時間が経ってしまっているが、そもそもこの場所はその2人が提供してくれた場所。

近くにいる可能性は十分にあった。



「ふむ、その言葉、違えないだろうな?」

そしてギャオは賭けに勝った。

彼の叫びは近くにいたそいつにバッチリ届いていた。

直後、律識の腹部から剣が生えてきた。





「えっ、、、がはっ、、」

律識は無防備な背中に向かって剣を突き立てられていた。

彼は突然の出来事に対処できずにそのまま前のめりに倒れそうになる。


「り、リツキさん!!?」

だが、リアーゼが抱きついていたためそれはなんとか免れた。

だが、律識はダメージを受けすぎた。

意識が朦朧としており、それ故に彼のスキルによって生み出されている鎖がもろくなっていく。


ギャオたちはそれに気がつき力尽くでまとわりつくそれを引きちぎった。


「あぁ、、やらかしちまったか。リアーゼちゃん、これ、持ってきておいたから。使って、逃げて。」

リアーゼにもたれかかるようになりながらも律識はひとつの鞄をリアーゼに渡す。

それは彼女愛用の魔法の小鞄。匠にもらった大量のアイテムが入っている鞄だ。


そしてそれはリアーゼの私物ということもあって彼女が使うアイテムがたんまり入っていた。

これだけのアイテムがあれば、かくれんぼのうまいリアーゼならこの状況からでもなんとか逃げられるかもしれない。


律識はその希望を託すようにリアーゼに鞄を渡した。

「だ、だめ!!私が逃げたら、リツキさん、死んじゃう!!」


「大丈夫、だって、リアーゼちゃん。」


「大丈夫じゃないです!!リツキさんこんなに血を流して、今だって私が支えてないと立てないじゃないですか!!」


「気のせいだ。ほら、リアーゼちゃん。一瞬だけ前の道を切り開いてあげるからその好きに逃げて。」

律識は自分が助からないだろう。そう思いながらリアーゼをあやす。

自分が助からなくても、リアーゼが逃げのびてくれるならそれでいいという思いで。


「へっ、感動的だな。お別れの挨拶は終わったかい?」


「げほっ、別れをちゃんとさせてくれるなんて、案外優しいんだな。その優しさ、少しでもリアーゼちゃんに、向けていれば、変わったかもしれない、のになぁ。」

話がひと段落したと思ったのかギャオが律識に話しかける。

もう既に室内に鎖は残っておらず、不自由している人間は傷まみれの律識だけだった。



「正面は俺たち、後ろには『影の王』。もう諦めることだな。」


「あぁ、こいつら、『影の王』っていうのか。げほっ、じゃあこいつらの相手は、『陰の王』と言われていた俺が適任だな。」

陰キャの王、略して陰の王。それは律識がゲームをやっている時に付けられた字名だ。


敵の足を引っ張る、死に際にお土産、意識の外側をつく戦い方、一方的な攻撃。

数々の陰の技を使用する律識を恐れた匠が付けた名前でもある。


律識はその技をリアーゼを逃がすために使うつもりだった。


「さ、リアーゼちゃん。俺が合図したらまっすぐ走るんだよ。ぜったに振り返っちゃだめだからね。」


律識は今、覚悟を決めた男の顔をしていた。

ここで見られるのは彼の人生を体現した技の数々、みっともなくても笑うことの許されない技。

それが予想された。


だが、その技が見られることはなかった。



「だ〜か〜ら〜、リツキさんはもう休んでください!!これ以上は死んじゃいます!!」

次の瞬間、リアーゼは律識の支えをやめた。支えを失った律識は前につんのめるように倒れる。


「えっ?」

律識は裏切られたみたいな顔をして地面に倒れた際の衝撃で意識を失った。

腹部を刺されたダメージ、それとリアーゼの傷を奪ったことによるダメージは彼の想像以上に深刻なダメージになっていたのだ。



律識の意識がなくなったことを確認したリアーゼ、彼女は動きの止まった律識を静かに横たえさせて魔法鞄の中から武器をいくつか取り出してから向き直った。


「ちゃんと一緒に生きて帰るんですよ、リツキさん。じゃないとタクミお兄ちゃんが悲しんじゃうじゃないですか。」


武器を構えたリアーゼの体はみるみるうちに黒く染まっていっていたのだが、夜と廃屋の暗がりのせいで誰も気づいていなかった。



後1、2話くらいでリアーゼ&律識編は一度終了します。

次回投稿は案外早くなるかも?

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