266 律識無双と危険な香り
男は律識の言葉を一部理解できなかった。だが、その態度から彼がどう思っているのかを知ることはできる。
律識の怒りの感情をぶつけられた男は鬱憤を晴らすべく律識に手を伸ばした。
いや、伸ばそうとした。
「ああ?なんだ、動けねえ。」
戦いは始まる前に終わっていた。男の体には既に鎖が巻き付いていた。
「神に無礼な態度を取ったお前らは許せん。まずはその高い頭を地面に擦り付けろ。」
静かな声の後、律識は腕を振り下ろす。すると男は強い力に引っ張られて地面に叩きつけられた。
「があっ、、お、お前ら!!こいつをなんとかしろ!!」
床に叩きつけられた男は仲間に助けを求める。するとそれまで呆然としているだけだった男の仲間2人は即座に武器を抜いた。
「あ、リツキさん!!逃げて!!」
刃物が律識に向けられたのをみてリアーゼが悲鳴じみた声を上げる。
また、自分のせいで誰かが傷つくのかと、そう思いリアーゼは目に涙をためはじめた。
そんなリアーゼに律識はにっこりと笑ってみせる。
「大丈夫だよリアーゼちゃん。俺がちょちょいと倒してすぐに謝らせるからね。」
「だ、ダメです!!私はいいから、リツキさんは逃げて!!」
「それこそダメだ。」
最後の律識の返答はリアーゼには聞こえなかった。だが、彼女は律識が絶対に惹かないだろうということだけは理解できた。
「へっ、えらく余裕じゃねえか。まさかヒョロヒョロのお前が2対1で勝てるとでも思ってるのか?」
数の有利というものは大きな力である。
ある程度の武を修めたものであっても、素人3人集めれば勝てる可能性はかなり高くなる。
数の不利を覆すのは難しいことなのだ。それこそ、敵と自分に圧倒的な戦力差がなければいけない。
匠やノア、そしてリリスが普段より魔物の大群を簡単に相手取れるのは、彼らの能力が攻撃に特化しているために過ぎないのだ。
数に押しつぶされる前に前線を切り裂き、そして飲まれる前に後退する。それができる攻撃特化型だからこそ匠は数を気にしない戦いができる。
つまり、特化させない限りは数は力なのだ。
「早々に無力化された馬鹿が偉そうに。それにしても、そうだな。数の利は戦場の利だ。1対0数の上ではこちらが有利だけどどうする?あ、もう全滅してるな。それじゃあどうするも何もないや。」
次の瞬間、男の仲間たちも同様に床に叩きつけられた。
その体にはいつの間にか鎖が巻き付いており体を縛り上げている。
「い、いつの間に?」
「俺を怒らせたときにはもう既にこの場の全員に巻きつけてるよ。あ、リアーゼちゃんは除いてね。」
「そ、そんなのハッタリだ!!現にそこにいるやつらは普通に動いてるじゃねえか!!」
床に張り付いている男は目線の動きを利用してそう主張する。
確かに、視線の先にいた2人組の男女の体には鎖は巻き付いていない。
「・・・見間違いじゃないか?」
「きゃあっ、」「うおっ!!?なんだこれ!!」
律識がそちらの方に静かに目を向けると視線の先にいた2人組の体に鎖が巻き付いていた。
それは関節がうまく動かせないような巻き方をしている。
そしてそれを受けている本人たちも今唐突に縛られた自分たちの体に驚愕していた。
鎖はやむなくして消える。
「ほらな?わかったか?今この場は俺に支配されている。諦めてお前の罪を詫びることだな」
律識がそう言って腕を動かすと縛られ、倒れている男たちの鎖の拘束がきつくなる。
男たちはそれに顔をしかめた。
「俺たちの罪だと?俺たちが何したってんだ。」
「あ?もう忘れたのかよ。リアーゼちゃんを怖らがせた。それだけで万死に値する罪だろうが。」
「・・・・」
律識は鎖をさらにきつくする。まるで忘れていたことに怒る律識の心に連動しているかのような動きだった。
そしてリアーゼはその光景を見て少し引いていた。まるで先ほどの男の睨みよりも今の律識の方が怖いとでも言いたげな顔をして事の成り行きを見守っていた。
「わかった。わかった、謝るから!!お嬢ちゃん、さっきはすまなかった!!ほら、これでいいだろ?」
「だってさリアーゼちゃん。一応誤っているみたいだけど、どうする?許す?」
「・・・は、はい!私は大丈夫です!!」
「だってよ。寛大なリアーゼちゃんに感謝する事だな。」
律識は男たちの拘束を解いた。
そしてもう用は済んだとばかりに当初の目的である依頼板を眺めに行く。
拘束を解いてもらった男たちはげほげほと咳をした後、少しずつ息を整えていった。
「リアーゼちゃん、どれかやって見たいお仕事あるかな?」
「えっと、私は弱いので、できれば討伐系は遠慮したいです。」
「じゃあ採取系かな?今魔王がどうとかで街中は荒れているからね。結構怪我人が出そうだし薬草取りに行こっか。それができたらリアーゼちゃんは悪い子じゃなくなるよ。」
別に薬草採取ができたからと言って悪い子いい子という概念に影響するかと問われたら首をひねるとこだが、律識はわかっていながらそう言った。
大切なのはリアーゼ自身が自分を責めないようにする事。
そのためには暗示でもなんでもいいからやってみるつもりであった。
そうして何をするか決めた時、後ろから近づいてくるものの影があった。
「クソが、これでも食らいやがれ!!」
先程解放された男だった。
男はショートソードを抜き、それを律識に向けて上段から振り下ろす。
大声をあげながらの一撃だったため奇襲性は薄いが、それでも律識が視認したときには対応が難しい状態になっているはずだった。
「許されたからって同じことをするのは何事にも変えがたい愚行だぞ。」
だが、次の瞬間には男の体は再び鎖に絡め取られていた。
それどころか体に巻き付いている鎖は先ほどより多い。
遠目から見たらまるでそれはフルプレートメイルを着用しているかのようであった。
男の動きは剣を振り下ろしている途中で止まっていた。
「・・・何か言い訳は?」
「が、、ぐっ、、」
男は何かを言おうとしたが、口がうまく動かせなかった。
「ぐっ、、、誰、、、か、、たす、け、、ろ。」
だが、男はなんとか助けを求める声を上げることができた。
苦しみに耐えるような男の声を聞き、知り合いの1人が動いた。
そいつは律識の近くまで来てなんとか言葉で解決できないか試みる。
「俺はアルスだ。すまないけど、そこのギャオ、アマールド、ユルドルの3人をはなしてはくれないだろうか?」
3人、そう、3人だ。律識は初めに切りかかってきた男ギャオを拘束すると同時、仲間の2人も再拘束していたのだ。
アルスは友好的に接しようとしていたが、その手は腰の剣に伸びていた。
「あのなぁ、さっきの見てたか?後ろから切り掛かってきたこいつの方が明らかに悪いだろう?」
「でもその前に最初に手を出したのは君だ。ここは互いに痛み分けというのはどうだろうか?」
「アホ言え。こいつらはこっちにいるリアーゼちゃんを睨みつけて怖らがせたんだぞ?俺はそれに対して謝罪を強要しただけじゃないか。」
「でも、それはやりすぎだったんじゃないか?」
「どこがだよ。言っておくけど、あのまま鎖に電流ながしても良かったんだぞ?それを形だけでも謝罪したから許してやってんだよこっちは。それに対してどうこう言われる筋合いはないと思わないか?」
「・・・・」
アルスは言葉に詰まった。確かに、律識は男たちを無力化しはしたが傷を与えるようなことをしたわけではなかった。
それに対してギャオは剣を抜いていた。それに、それより前にアマールドとユルドルも剣を律識に向けていた。
それを正しく認識してしまったからには、これ以上口で勝てると思わなくなった。
「どうしても、こいつらを放すつもりはないのかい?」
「そうだな。またどっかで斬りかかられても面倒だし、このまま首をねじり切ろうかなって思っているよ。」
「り、リツキさん!!それは、、、死んじゃいます。ダメですよ!!」
「前言撤回。そんなことはしません。」
見知らぬ男たちには反発的な律識だが、リアーゼには異常に従順だった。
「そうか。安心した。ならはなしてくれないか?」
意外なところからの援護でまた会話ができると思ったのかアルスは安心したような声で話しかける。
だが、律識の怒りはまだ治りきっていなかった。
「いやだよ。ねじり切りはしないけどだからと言って解放したらまた切り掛かってくるだろう?そいつら。」
律識の言い分も最もだ。一度許しているのにこの態度、どうせ改善されることはない都立式は踏んだのだ。
だからこのまま放置する。今回の拘束はかなり強めにしている。
それ故気道などが結構しまっており今はまだなんともなくとも放置し続ければ呼吸困難で死んでしまうだろう。
律識はリアーゼに直接手を下すことをやめさせられたが、目の前の男たちを殺すことをやめるわけではなかった。
このままギルドを出て、薬草採取中にしたいにするつもりだったのだ。
「き、君!なんとか言ってやってくれ!!」
アルスは律識に何を言っても無駄だと思い、リアーゼに取り入ることにした。
リアーゼに対しての律識の思い、それは今までのやりとりを見ていたら一目瞭然だったからだ。
「えっと、リツキさん?」
「何かな?」
「その人たち、助けて上げることは、ダメ、ですか?」
リアーゼはアルスに言われて律識に進言したが、内心とても恐怖していた。
自分のためにといとも容易く人を殺そうとした律識に対して。
「わかった。リアーゼちゃんはこんな人たちにも優しくして上げるとってもいい子だな〜。」
律識は再び鎖の拘束を解いた。
立ったまま彫像のように放置されていた男たちは突然支えを失って床に倒れ臥す。
意識はなくなっていたが、命に別状はなさそうだった。
「助けてくれてありがとう。こいつらには君たちに手出ししないようによく言っておくから。」
「俺はともかく、リアーゼちゃんには絶対手を出させるなよ?」
「わかっているよ。」
律識はそれだけ聞いてリアーゼを引き連れて受付に向かった。
「じゃあ、この薬草採取を受けますので手続きお願いします。」
そこにいた青年の顔は先ほどまで命のやりとりをしていたとは思えないほど、穏やかな顔だった。
それに対して受付嬢は少なからず恐怖を覚えた。
だが職務を放棄するわけにはいかなかった。
書類を黙々と書き上げそして依頼受注の手続きの完了を律識に告げる。
「ありがとうございます。では、行ってきます。」
「あ、はい。」
受付嬢からしたらそんな爽やかな挨拶が帰ってくるとは思っていなかった。
だから少しだけあっけにとられて気の抜けた声を出した。
彼女が我に帰ったときにはもう既に律識はギルドの入り口付近まで移動しており、その後ろにはリアーゼがついて行っていた。
少し危険な匂いのする青年にその受付嬢は少なからず気を惹かれた。
アレが危ないものであることは頭以上に心が理解していた。だが、それ以上に、惹かれていたのだ。