261 最後の壁と資格
「さあさあ座ってくれ。遠慮なんかする必要はないさ。なんて行ったって僕たちは同士なんだからね。」
あの後、ノアとソーカだけ退出させられて俺は弘人ーーーこの世界の神と一対一で会話をさせてもらえることになった。
出て行く少し前までソーカが俺と2人きりにすることを反対したが、主の言葉には逆らえないらしく渋々退出を受け入れた。
俺は部屋の端に無造作に積まれている紫色の座布団を置いてその上に座った。
「さて、じゃあ色々話そうか。」
神様は俺たちの間にどこからともなく現れたちゃぶ台を設置してこれまたどこから現れたかわからない湯飲みに入っているお茶をすすり始めた。
「話すって言っても、いざそう言われると何から話したらいいか・・・・」
「そうだろうか?君たちみたいにあの世界から来た人は僕の存在を正しく認識すると大きく2パターンの行動をするんだけどね。」
「その2パターンとは?」
「元の世界に変える方法を聞くか、それとも有無も言わずに僕に襲いかかってくるかだね。」
ズズっ、とお茶をすする音がする。熱々に熱せられたお茶を神様は少しずつ確かめるように啜っていった。
「元の世界に戻る方法、、、あるのか?」
もう俺は帰れないと思っていた。律識も帰してやることはできないと思っていた。
だが、まだ可能性は残っているのだろうか?
「まだないね。『渡り人』を読んだんだろう?ならこの世界のクリアが帰還条件に入っており、それが何か定かではないっていうことは知っているはずだ。」
俺は神様のその言葉に少しだけうなだれる。だが、聞き流すことはしない。
「まだ、っていうことは将来的には戻れるようになると?というかひとついいか?この世界は一体なんなんだ?」
俺の質問に神様はどう答えるかを考える動作を見せる。そして湯飲みから一度口を話して少し真面目な空気をまとった。
「ああ、帰る道はまだ開かれていないだけで存在する。僕も君達と同様にこの世界に1人放り出されたといっても創造主だ。君がここにくるまでにはゲームクリアのイベントのひとつくらいは後付けでくっつけることには成功したよ。」
彼は少しだけ誇らしげにそう言った。その目は何かを懐かしむかのようであり、その表情は彼もまた元の世界に帰れず足掻いたのだと悟らされた。
「へぇ、、、それで、どうすればクリア扱いになる?どうすれば俺たちは帰ることができるんだ?」
「それはまだ教えられない。」
神様はきっぱりとした声でそう答えた。そこには確かに信念といったものが感じられ、食い下がることを許さない迫力があった。
だが、俺もここで引くわけにはいかない。
もしこの世界に降りたのが俺1人であるならば、元の世界に心残りがないわけではないが受け入れてこのままここに骨を埋める気はあった。
だが、状況は変わった。
俺を追って、俺のせいでこの世界に来た男が1人いるのだ。律識、彼がこの世界にいるのは俺の責任だ。彼だけでも、元の世界に送り届けなければならない。
だから俺は聞く。
「どうして?まだってことはいつかは教える気はあるんだろう?」
「そうだね。君がそれを成し遂げられると僕が感じたなら、教えてあげてもいい。だが現状はダメだ。」
「俺じゃあ成し遂げられない?ちょっと待て、それはどういうことだ?」
お前はゲームクリアーーー帰還条件をこの世界に来てから作り上げたはずだ。それなら、難易度の高いものにする理由がない。
それこそそこらへんのゴブリンにフラグでも持たせておけばいい。
そのはずなのに、俺にはできないだと?
それはどういうことだと少しの怒りを覚えながら俺は主張した。
「・・・そういえばさっきの質問、まだ半分しか答えてなかったね。あと半分の質問、この世界の正体についてまだ語っていなかった。」
彼は神妙な面持ちでこちらを見た。ここから彼しか知らない、この世界の真実がその口から語れれるのだ。
そう確信した俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
そしてその真実を聞く心の準備を整える。
「この世界の正体はーーーーーそうだな、詳細はまた今度話すとしよう。今はただこの世界は君たちが認識しているようなゲームのようであり、実は別物だということだけは教えてあげよう。」
彼の周りの重い空気がその言葉とともに霧散した。それを認識した俺はそれ以上何も聞けないんだなと悟った。
「教えてはくれないっていうのか?」
「いいや?また今度、帰還条件とともに教えてあげるよ。」
「それはいつ?」
「そうだなぁ、、、ま、ひとつ試練を与えてそれをクリアしたら教えるっていうのはどうかな?」
彼は悪戯をする子供のような顔をして笑った。ただ、顔自体は笑っていたのだが目は笑っていなかった。
「試練?」
「そう、試練。僕が君を信じて送り出すことを決意するための試練だ。」
試練、それを越えればもはや半ば諦めかけていた元の世界に変えるという希望に手がかかるのだ。
「それで?試練の内容っていうのは?」
「まだ未定だ。でもまぁ試練の目的は僕に力を見せつけることだ。それができたなら別にこちらで用意した試練を突破しなくとも君の知りたいことを教えてあげよう。」
彼はそういってから再び湯飲みに口をつけた。会話の途中で少し冷めてしまったのかさっきより一口が大きかった。
「そうか。力を見せればいいんだな?」
「そうだね。といっても生半可なものじゃダメだよ?少なくとも僕よりは強くないとダメだね。」
ふむ、そうかそうか。
俺は神様の言葉を頭の中で反芻してその意味を考えた。
要するに、試練なんぞはいらないからこの目の前の男より強いことを見せつければいいんだろう?
「なら今から俺と戦ってくれないか?それで勝ったら強さを見せれたってことになるし、あんたより強いって証明にもなるだろう?」
俺がすっと立ち上がってそういったら、神様の目が細められた。
「、、、ソーカと同程度の実力じゃあ勝負にもならないよ?」
「やって見ないとわからないだろう?」
目の前の男はかなり余裕をかましているが俺には彼が強そうには見えなかった。
真正面からぶつかり合えば確実に自分が勝つ、そう確信するくらいには常世 弘人ーーーこの世界の神は貧弱そうに見えたのだ。
「いいや、わかるよ。だって君、もう既に負けてるんだもの。」
俺が一歩前に出ようとしたその瞬間、俺は地面に叩きつけられた。
何をされたかわからなかったが、地面にへばりついたことを自覚した俺は即座に体を起こそうとするが抑え込められているようで体がうまく動かせない。
俺はその抑圧を無理やり引き剥がそうと『白闘気』を使用した。
先程封印の祠で使用した膂力重視だ。
俺はなんとか重圧を押しのけ立ち上がる。
「おっ、力は強いみたいだね。正直立ち上がるまで行くとは思わなかったよ。」
俺が必死に立ち上がった時、彼は変わらず座って湯飲みに口をつけている最中だった。
そして立ち上がった俺を見てちょっとだけ驚いた顔をしている。
だが、その余裕自体はどこにも消え失せていなかった。
「ま、動きづらそうだし僕が外まで案内してあげるよ。」
彼は右手を軽く振った。
それだけで俺に突風が吹き付けられる。その威力たるや、イドルが全力で行なったそれと同等レベルであった。
俺は襖を突き破って部屋の外まで吹き飛ばされた。
部屋の外ではノアとソーカが2人で待っており、飛ばされて出てきた俺をびっくりした顔で見ている。
「っ、ヒロト様!!?大丈夫でしょうか!!?」
そして何かがあったことを察したのだろう。ソーカが歩いて部屋から出てきた弘人に声をかける。そしてその無事を確認してから倒れている俺に槍を向けた。
「貴様!ヒロト様に何をするつもりだったのだ!!」
「むっ、ダメ!!」
ソーカと俺の間にノアが両手を開いて立ちふさがった。
何が起こったかはわからないが、とりあえず倒れている俺を心配してくれている。
「あー、、ソーカ。大丈夫だから槍を納めて。」
「しかしっ!!」
「いいから。」
少し強めの神様の言葉にソーカは渋々槍を下げた。
ノアは少し安堵した表情になる。
俺も体を起こした。まだ体は重いままだ。
「わかっただろう?今のままではまだ足りない。僕が相手でもこのザマだ。その僕が立ち往生している最期の壁に、君はまだ挑む資格はない。精々強くなって出直してくるんだね。君なら後5年くらい修行、、、もといレベル上げをすれば資格を手にすることはできるだろう。じゃあソーカ、客人を外に案内してやってくれ。あ、後、封印の祠の件は不問にするよ。彼の言っていたことの裏がちゃんと取れたからね。」
神はそう言ってから部屋に戻ってしまった。それと同時に俺に襲いかかってきていた重みは全て消え去っていた。
「ヒロト様からの命令だ。お前らを外に連れて行く。」
そう言ったソーカの視線はどこか厳しく貫くようなものだった。