252 美しいホンモノと醜いマガイモノ
【リリス視点】
鎖を引きちぎり沼を抜け出した私は悪魔の背中を追いかける。
その速度は今までとは比べ物にならないほど速く、一足跳びで追いつくほどであった。
「があっ!!」
雄叫びとともに私は腕を振る。
槍は置いてきた。
不意打ちのつもりだったけど、直前に私の接近を察知した悪魔が頭を下げて攻撃をかわす。
「あらぁ?沼が聞きませんでしたかぁ、、あなたぁ、もしかして不感症ですかぁ?」
ぬるりと振り返る悪魔は嗤う。本当に不快なやつだ。
さて、いつまでその笑みを続けてられるのかしらね。
「お喋りしている余裕が果たしてあるのかしらね?穿て、『不定の落とし子』!!」
『不定の落とし子』というスキルの読み方は『マガイモノ』。
私はこの読み方が嫌いだった。でも、本物を手にしてしまった今なら、その意味がちゃんとわかる。
私の足元から流動体の生き物ーーースライムが飛び出す。
それは見事に悪魔の太ももを貫いた。
「あぁん、痛いわぁ、、でも、まだまだよぉ。」
まだその笑みは崩れない。だが、慌てる必要はない。
これはまだ小手調べ程度の攻撃だ。
「まだ余裕そうね。でも、いつまでも自分が優位と思わないことね。『不定の落とし子』達よ!!切り裂きなさい。」
私の子供は決まった形のないものとして現れる。
逆に言えば、どんな形にだってなれるしどんなことだってできる。
先程は高圧力の水のように、今度は全てを切り裂く風のように悪魔に襲いかかる。
「ん、、ちょっと刺激的だけど、それじゃあ私をイかせることはできないわねぇ。・・・あら?」
そうやって飛びついてくる子供達に意識を取られすぎた悪魔は何者かに足を取られて首をひねっている。
「こっちは貰い物だけど、貰ったからには有効に使わせて貰うわ。」
『醜悪な兵士団』。
地面を潜行して敵の動きを制限する魔物だ。
「あらぁ、、これは寝坊助さんの悪徳ねぇ。彼氏からのぉ、プレゼントって感じぃ?」
未だ悪魔は余裕を見せ続けている。
「その余裕もここまでよ。その気持ち悪い笑みを顔ごと吹き飛ばしてあげるわ。」
私は手を固く結び地面を蹴る。そしてその勢いを利用して殴り飛ばす。
両足をガッチリと掴まれてるのだ。回避は難しかろう?
私の拳は見事に悪魔の顔を捉えた。
そしてその勢いは拘束された足を離させて少しの距離を吹き飛ばした。
私の視線の先で悪魔があおむけで倒れている。
「あぁ・・・今の、よかった、わぁ。」
口調は殴られる前と変わらない。だが、確かにダメージを負っている者の声色だ。
私はご丁寧に起き上がるのを待つ程外敵に対して優しくはない。
あのまま胸骨を踏み潰させて貰う。
「もぅ、せっかちねぇ、。でも、さすがにちょっとやばいから本気でやらなきゃねぇ。さぁ、狂わせなさい『色欲』。」
悪魔がそう呟くと、突如として私の頭の中に靄がかかったような感覚が起きる。
思考がはっきりしない。何か精神干渉を受けている。それだけは理解できるのだけど、何をされているのかを理解できない。
あ、でもあいつがやっていることは確かなのだ。
それなら、あれを殺せば解決するはずだ。
私は倒れている悪魔を見る。
ーーーーー!!?
そこで私は言い知れぬ感覚に襲われた。
どうして?どうしてあれが愛らしく見えるの?
悪魔は倒れたまま起き上がらない。あんなに弱っているのだ。
あとひと押しで簡単に殺せる。
なのに、私の頭はアレを求め始めてしまっている。
意味がわからない。
ちゃんと鮮明な思考ができているからこそ、自分がアレを求めているという自覚があることに混乱する。
私の足は少しずつ悪魔に近づいて行く。
「ん、きてぇ・・・」
弱って立ち上がれない、というよりはそれを見せつけることで誘っているようだ。
だが、それがわかっていても私の頭はアレを欲している。
私の足はそのまま前に進み、とうとう倒れる悪魔の前にたどり着いた。
そしてその大きな胸に手を伸ばしーーー触れてーーーーー
ーーーそのまま貫いた。
あー、気持ち悪い。
「ぇ・・・?」
「やっと、驚いたような顔を見せたわね。」
少しだけ肩で息をしながら、信じられないことが起こったという顔をしている悪魔を見て私は微笑む。
「一体、何が?私の『色欲』はたしかにあなたを?」
私が腕を引き抜くと悪魔の胸部から血液がどくどくと溢れ出す。
悪魔は私と傷口を交互に見比べる。そして最後に私の方を見た。
「どうして、、どうしてあなたは?」
「あなた、『醜悪』を持っていたベルフェゴールより醜かったわ。もうそれは誰もが拒絶するレベルでね。」
「わ、私が美しい私に、そんな、ことーーーがふっ、」
あるはずない。と言いたいであろう悪魔。だがその言葉は喉から上がってきた血液のためうまく言えていない。
「まぁ、彼は彼で最後はそれなりに美しかったから、あなたなんかと比べたら彼がかわいそうね。」
私は彼の死に様を思い出した。
生に疲れた彼は最後の役目としてエレナを守れる人を探していた。
そしてその役目を全うして、私に預けてくれたのだ。
エレナちゃんを1人残して行くことは許さないが、自分の代わりをちゃんと用意して行くあたり、彼はやっぱり「醜い悪魔」とは少し違う。
ただ、担当がそうだっただけという話だ。
それに比べれば、目の前の悪魔は醜すぎた。
それこそ『色欲』の精神干渉の能力を『醜悪』の印象操作の能力で上書きする必要すらないと思えるほどに。
「さて、もう辛いだけだろうし、せめてもの慈悲として私が優しく葬ってあげるわね。」
「まって、あ、謝るからぁ、命だけは助けてぇ。」
「悪魔に命乞いなんて、あなたもユーモアに溢れることをするのね。」
私は悪魔の傷口を踏みつけた。
さっきは精神への攻撃に抵抗していたというのもあってはずれちゃったけど、今度はちゃんと悪魔の命の源であるその核を砕くことができた。
パキン、という音ともに悪魔の死が確定する。
「じゃあ、消えゆくまでの間、私の子供に手を出そうとした事を悔やむといいわ。」
私は悪魔を放り出して背を向ける。
もうこれ以上は見ていても仕方ない。見たくもない。
それより倒れていたエレナちゃんが心配だ。
あ、いた!!
悪魔が負けたことによって重力の檻から解放されて自分の手足を確認している最中だ。
そしてその周りには例のごとく白い人形。襲われる一歩手前といった状況だが、エレナちゃんに近づく人形は悉く燃え上がっている。
見ると『世界』がエレナちゃんと人形の間に挟まって守ってくれていた。
「これは、お礼の1つでもしないといけないわね。それより今は私も行かなきゃいけないわ。」
私はエレナちゃんを回収する。
「ただいまエレナちゃん。ごめんなさいね?お母さんが弱っちいからあんな目に合わせちゃって。」
「・・・ん、大丈夫。お母さん頑張った。」
「それよりエレナちゃん、お母さんが怖いとか、そういうのはないかしら?」
「・・・お母さん。優しい。怖くない。」
私の言葉の意味がちゃんと読み取れていたとは思えないけど、エレナちゃんは純粋な感想を言ってくれる。
その言葉が今の私には一番嬉しかった。
だから私はエレナちゃんに向かって笑いかける。
「ありがとうエレナちゃん。大好きよ。」
「んっ、わたしもすきー。」
やっぱり、子供っていいものだわ。