241 観戦者と副将戦
えー、こちら現場の匠です。
現在我々はアレスの街の目玉スポットである闘技場のど真ん中に、選手としていさせていただいております。
湧き上がるような開会式を経て行われた戦争ではありましたが、いざ蓋を開けてみれば帝国軍の圧倒的パワーにて王国軍はなすすべもない現状です。
観客は一応、王国の民なのですがどちらが勝ってもいいような顔をしております。確か外では賭けをしていたはずです。
一試合毎の賭けと、全体を通した勝敗を予想するやつです。
オッズとしては帝国:横行=1、4:32、1といった感じでしょうか?
鼻からうちの勝利なんて信じていないご様子。それでも暗い顔をしないのは、観客が基本的に民間のものというからなのでしょう。
正直、下々の者からしたら誰が統治者とか、結構関係なかったりしますからね。
それにしても、今回の戦争には三ヶ国のトップが観戦に来ているのですが、正直こんな戦い見ていて何が楽しいのかよくわかりません。
もう既に勝敗は決したので、自分は開放してもらいたい次第です。
まぁ、いろいろな事情があって自分たちは負けが確定していようが最後まで戦わされるわけですが。
いいでしょう。わたくしも覚悟を決めました。
たとえ一生であろうとも、お世話になっている国に恩返しということでもぎ取ってご覧に入れましょう。
それと、戦いの前に1つ言わせてください。
ーー
「あの、なんで俺たちのところだけ相手もフルメンバーできてるんだよ。」
もはや開始の合図を待つだけになった状態で俺は呟く。
今更愚痴っても仕方がないのだが、言わずにはいられなかった。
勇者パーティにも1人しかぶつけないなら、俺たちのところも1人でよくない?
まぁその時は4人を相手にするよりか厄介な相手をぶつけられるんだろうけど。自分たちだけ全力で叩き潰しに来られているみたいでなんだか納得がいかない。
「それだけボク達を評価しているってことだね?っていうか、相手1人足りなくないかな?」
ノアは遠くに陣取っている敵を見ながらそう述べる。
そういえば、3人しかいない。対戦表的なやつには4人いるって話だったのにな。
案外、俺の願いを少し聞き入れてくれたのかもしれない。
・・・・まぁ、そんなわけないんだけどな。
ーーーーーガラーン、ガラーン・・・
俺たちの会話の進行具合を完全に無視して、試合開始の鐘が鳴り響いた。
それと同時に、俺は虚空に向かって全力で剣を振り抜いた。
◇
【律識視点】
帝国軍の第四試合のメンバーはまだ3人しか登場していなかった。
そのことに観客から訝しむような声が挙げられたりもしたが、今までの三試合を見て必要ないと判断されたという結論が出ていた。
そんな若干の戸惑いの中、観客達の準備などは御構い無しに試合開始の鐘がなる。
と、同時に匠が何もない空間に向かって剣を振り抜いた。
大ぶりの一撃、相手に高速の遠距離攻撃持ちがいることを考えればそんな遊ぶような動作は普通はできないはずだが、匠は迷わずそれを行なった。
直後、匠が攻撃した空間が揺らぐ。
そこには血飛沫を拭きながら後退する、黒い外套の男がいた。
透明化かな?
「対戦表が正しいなら、あれは『隠者』だろうね。」
「知っているんですかリツキさん?」
雷電ともお兄ちゃんとも呼んでもらえないけど、リアーゼちゃんに話しかけられたのは素直に嬉しい。
「さあ?あれが誰かは知らないけど、タロットの性質くらいはね。」
「タロット?ってさっきもタクミお兄ちゃんと一緒に何か言っていましたけど、関係があるんですか?」
う〜ん、リアーゼちゃんは俺に対してちょっとよそよそしいよな。匠のやつはお兄ちゃん呼びだってのに、俺なんかいつの日か忘れられて「リツキさん」まで降格だぞ?
できればノアちゃん相手の時くらいまで親しくしてほしいものだ。
っと、と今はそうじゃなかったっけ。
「説明が難しいんだけどさ、帝国の人たちの能力ってある概念から来ているみたいなんだ。俺はその大まかな意味を知っているに過ぎないから、詳しいことを言えって言われても困るんだけどね。」
知っているのは正位置の意味と逆位置の意味、あと番号くらいだ。この世界でどういう力を働かせるのかを問われても答えることはできない。
「大まかな意味って、例えばどんなのですか?」
「例えば、今匠に先制攻撃を食らったやつは多分『隠者』意味は沈黙、静隠、内省って感じだったかな?まぁ、今出ている4つで隠れられそうな意味を持ってたからあれが『隠者』ってわかったわけだね。」
「そういえば、あの人は姿を消していたわけですよね?どうしてタクミお兄ちゃんはわかったの?」
むしろ姿が見えないだけでどうして場所がわからないのかはちょっと理解に苦しみかねないが、視覚情報は大事だ。
それがあるのとないのでは、展開に大きく関わる。
リアーゼちゃんは今も匠から逃れるために姿を消して下がる『隠者』を見ながら首を傾げた。
「さあ?音とか、足跡でも見えたんじゃないの?俺があの場所にいるわけじゃないから正確なことはわからない。案外、探知に簡単に引っかかったりしてね。」
匠なら姿が見えない程度の敵を見落とすわけはないし、何かわかる要因があったんだろう。
俺は適当に答えた。
「タクミお兄ちゃんは探知系は持ってなかったから・・・音?でもあの歓声の中、聞こえるの?」
リアーゼちゃんはまたこてんと首を傾げた。その動作が小動物みたいで可愛い。
あ、獣人で子供だから一応小動物なのかな?
「まあ、あれだね。FPSランカーの聴力を舐めるなってことなんじゃないかな?」
かつて匠は家庭用のFPSゲームで激しい銃撃戦を繰りひりげている最中、ふと戦線を離脱して下がったことがあった。
そしておもむろに後ろにあった通路にズドドドド・・・
直後角を曲がって現れた裏取り勢は蜂の巣にーーーなんてことがあった。
その時俺が「どうしてわかったのか?」と聞いたら、「足音が聞こえたから」と何もないように答えた。
静かな状態なら俺も納得できたであろうけど、あの騒音の中小さな足音を聞き分ける匠。
その時正直廃人だと苦笑いになった。そのくらい匠の聞き分ける力というのは強いのだ。
「あー、逃げ切られちゃったか。」
そんなことを考えているうちに『隠者』が仲間の元に到達した。
まぁ、姿を消された時に場所がわかっていても見えているのとは少し違うから、ある程度の実力を持ったやつなら逃げるくらいはなんとかできるだろう。
匠も突出は悪手と思って深追いはしなかったのも要因か。
「あの、リツキさんはお兄ちゃんたち、勝てると思いますか?」
リアーゼちゃんは不安そうだ。これの勝敗なんて、そんなに気にしなくていいと思うけどな。
「匠が全力でやるなら多分勝てるだろう。あいつ、実は魔物相手より人間相手の方が強いんだぜ?」
この世界に来てから匠が何をしたのかを大雑把だけどノアちゃんから聞いた(本人はあまり話したがらなかったからな。)
あいつは数々の魔物の大群を軽くいなして戦って来たらしい。それ故に、レベルも高かったりするのだと。
だからなのか知らないが、彼のパーティメンバー達は知性のない魔物の相手に長けている人間と匠を認識している節があった。
多分だけど、ずっと前にやったと言っていたドラゴン討伐とかもその要因に入っているのだろう。
だが、俺は知っている。
匠は対人戦でこそ輝く人材だということを。だから俺は自信を持ってそう答えられた。
「そうですか?」
「そうですよ。」
そうこうしている間に戦場が動いた。
帝国軍の1人が少しだけ前に出て、その背後に大量の武器を出現させる。そしてそれを少し後に匠達に向けて射出した。
「おぉ!!◯ートオブバビロン!!」
どこかで見たことある光景に俺は心を躍らせたりした。
俺が見たそれは、かつてアニメで見た光景そっくりだったからだ。
それに対して匠は両の手と、彼の周りを円の軌道で回転する剣で弾きながら回避をしている。
あの匠の技もとある創作物のものそっくりだ。残念ながらこっちは完全な劣化だけど・・・
「ということはあれが『魔術師』か。で、あっちでブンブンよくわからない変形武器を振り回しているやつは『死』かな?」
早々に『隠者』が大ダメージを食らってしまったから戦況が匠側に傾くかな?
とか思ったけどそんなことはなかったみたいだ。
なんというか、第四試合の敵は連携があまり取れていない、、、というか仲がそこまで良くないのかな?
個人プレーばっかりに見えた。
第三試合の3人はどこかわかり合っているような気がしたんだけど、同じ騎士団でも仲不仲くらいはあるみたいだ。
さて、匠はあの4人をどうやって崩すのか。
ちょっとだけ楽しみだな。
言い忘れていましたが、ここまで随分と無駄な描写が多く予定より多くの話数を使っているので、戦争の戦闘描写は割と巻いていきます。