24 経験と黒いもの
男が少女を人質にとるとそう叫んだ。その口元は少し上がっており、勝ちを確信しているような顔だ。
いや、実際勝利を確信しているのだろう。そんな男に、俺は話しかける。
「なあ、経験、というのは大切だと思わないか?」
その言葉の意味を理解できなかったのか、それとも別の思いがあるのか男は返事をしようとはしない。
それならば、と思い俺は続ける。
「経験は大切だ。俺はそう思う。過去にその身に起こったことと、同じようなことが起こった時、限りなく正しい選択をすることができるからな。あんたが、そうやって迷いなく人質を取りに行ったのもそれのおかげだろう。」
「あ、ああ!?それがどうしたっていうんだ!?」
「パーティ戦で、一番弱いものを人質にとればその動きが鈍る。切り捨てるにしても、助けるにしても、その戦力を大幅にそげることには変わりがない。」
俺は止めていた足をゆっくりと動かし始める。
「おい、お前、こいつがどうなってもいいのか!?」
動き出した俺を見て、男は手に持っている剣を少女の首に突きつける。それを受けた少女は、今にも泣きだしそうな目をしながら、こちらを見てくる。
「おっと、失礼、ついうっかりと・・」
俺はわざとらしくそう言い、その場で足を止める。そして話の続きを始める。
「まあ、俺が言いたいのは経験が豊富なら先を見通すなんてこと、訳ないということなんだ。確かに、俺はまだ年齢的にはそこまでいっていなくて、人生における経験が足りていないのかもしれない。」
俺は今度は男に背を向け、彼らから離れるように歩く。
先ほどから歩きながら話しているのは、彼の意識をこちらに向けるためだけにあるので、大した意味はない。しいて言うなら、雰囲気作りだ。
そして、さらに続ける。
「ただ、ゲームによって培ってきた経験は、確かに俺に蓄積されている。そのおかげで、色々なことに対策をとれるようになってだな、」
「ああ!?さっきから手前何言ってやがる!?・・・・うっ!?」
その声を聴き、俺が振り返ってみてみると、そこには震えながらその手に骨の魔剣を持ち手を赤く染めている少女の姿があった。
「え、私は・・・・うぅ・・・」
そして先ほどまで目にためていた涙は、それをきっかけにこぼれだした。そのまま、その場にへたり込んでしまう。
「ぐっ!?があああああああああ!!」
骨の魔剣の攻撃力は高い。そりゃあそうだ。素の状態で俺の《斬鉄》付きの攻撃を上回るのだ。
俺はどうせ人を攻撃するために骨の魔剣は使いにくいし、それならばと彼女に渡していたのだ。
たとえ戦闘ができない少女が使ったといえど、無防備な状態でその一撃をもらって無事であるはずがないのだ。
腹部を深く刺された男は、叫び声をあげながら自分を刺してその場に座り込んでいる少女に向かってその手を伸ばす。
しかし、その手は少女に届く前に止まってしまう。
・・・ん?なんだ?
俺は少女に手が届く直前に妨害できるように身構えていたのだが、それは無駄になったみたいだ。
それはよかったのだが、少女のほうの様子がおかしい。目に光がともっていないように見える。
「お頭!?大丈夫ですか!?待ってください、今回復薬を使いやす・・・」
そこに先ほどまでノアを追いかけまわしていた盗賊風の男が駆け寄っていく。その手には、何やら液体の入った瓶、おそらく回復薬だろう。
そしてそれをそのままうめき声を上げている男に向かって振りかけた。
その薬は、男の腹部の傷をいやすことに成功した。
「貴様、奴隷の分際でよくもやってくれたな!!」
体がある程度回復した男は、先ほど自分に対して剣を突き刺した少女に向かって手を伸ばすのを再開する。
先ほどのことをなぞるなら、俺が助けに入る場面ではあるが、今回はそれはしない。
なにやら、いやな予感がしたからだ。
ノアもそれを感じているのだろう。彼女もその光景をどうにかしようとしながらも、その場から動けないでいる。
そして男の手が少女に触れる―――――――――と同時に、その体が黒いものに包まれた。
「うわああああああああ!?なんだ!?おい、やめろ!!くるなあああああああ!!」
男は何かを振り払うように腕を振り回す、がその黒い物体が離れることはない。
「お頭!?大丈夫ですか!?」
盗賊風の男が、すぐさま助けに入ろうとする。
「おい、馬鹿!!それに触るんじゃない!!」
俺はそれを止めようとすぐさま叫んだ、しかし、その声は届かない。彼はそのまま先ほどと同様に黒いものに包まれ、苦しみ始める。
どのくらい時間が経っただろうか?数秒?数分?数時間?いや、最後のはないだろう。
俺とノアはその光景を遠巻きに眺め続けた。
この状況を前に、何もしないことを責められても構わない。今は、あれの正体を突き詰めることが優先だ。
そこで、状況に動きがあった。
先ほどまで座り込んで虚空を眺めているだけだった少女が、ゆっくりと立ち上がったのだ。
そしてもう叫びもしなくなっている男たちに、片手ずつ伸ばし、そのまま触れた。
――――男たちは取り込まれた。
そう感じる光景だった。
少女が触れた瞬間に、男たちが黒いものに押し込められ、そのまま少女のほうに消えたのだ。
そしてその後少女の体が黒いものに包まれた。
あれはおそらく吸収されている。
今まで見てきた似た光景から、俺はそう推測する。そして、ここまで観察してきてあれの正体がなんとなくつかめたような気がした。
あれは――――――――影だ。
根拠も、証拠も不十分だが、あの黒いものは何故か影である。俺はそう感じた。これは先ほど話していた、経験則によるものなのかもしれない。
何故あれが生み出されたのかは不明だ。
少女由来のものなのか?それとも何か別の原因があるのか?
それを今考えている余裕は俺にはなかった。
そして影に染まった男たちを取り込み終わった少女は、こちらを向いて
ニタリ、と笑った。
その表情は、純粋な子供のような、楽しそうで、どこか残酷な笑みだった。
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