238 誘導と断罪
【ライガ視点】
タクミ達を昼食に誘うことは成功した。
今までの付き合いによって、彼らの自分に対する好感度はそこまで低くなかったらしい。
何の疑いを持つこともなく、一緒に食事を持ちかけることに成功した。
「それにしても珍しいな。ライガが一人でいるなんて。」
「そうかな?俺達にだって自分だけの時間というものは欲しいものだし、普通だと思うけどね。」
そんな会話をしながら、注文した料理が来るのを待った。
いまは昼食どきであるが、ここは割と高級な宿のため喧騒というほどの五月蠅さはない。
精々他の客ーーーー同じく呼ばれた『銀爪』のパーティメンバー等ーーーの話し声くらいだ。
少しすると俺たちの元に飲み物が運ばれて来る。
それを見た俺は息を呑む。ここからが本番だ。作戦内容はいたってシンプル。
俺が他のものの注意を引きつけ、その間にロミオが聖水を飲み水の中に混ぜる。
これだけだ。
本当ならもっと入念に策を練るのだろうけど、ロミオはすぐにでも彼らの正体をはっきりさせておきたいらしかった。
彼曰く、戦争前に不穏分子はできるだけ取り除いておきたいとのことだ。
俺は一度息を深く吐き、呼吸を整えた。
そして何気ない感じを装い作戦を決行する。
「・・・ん、んん?」
俺は遠くを見ながら、何かを見つけたような感じを出す。
それが一目でわかるように、わざと少し露骨にする。
「どうしたライガ?何かあったのか?」
よし、タクミが食いついた。彼が食いつけばーーー
「え?何々?何かあったの!!?」
ノアもつられるように俺に注意を向ける。
「いや、あれは何だろうかって思ってね。」
俺はそう言って少し遠方にある窓を指差した。
タクミ達はそれにつられて俺の指の先を注視し始める。
「・・・あれってなんだよ?」
当然、こんな反応になる。当然だ。何もない場所を指差したのだ。
そこで俺はスキル『紫龍』を発動させる。
すると俺たちが見ている窓とは別の場所から、光の球体がこちらを覗き始めた。
「あ、あれだ!いま移動した!!」
俺は即座にその窓の方向を指差す。
今度はちゃんと不思議なものが彼らの目に入ったことだろう。
「わっ、何か光ってるよ?」
「そうね〜。確かに不思議よね。」
タクミも、リリスも、ノアも。おそろって視線はそちらの方向。
完璧に彼らの手元にあるコップから視線を外すことに成功した。
ロミオならこの小さな隙でもやってくれるだろう。
だが、保険としてもう数秒、机の上にから目を離してもらう。
「お待たせしました。こちら、アードラの照り焼きになります。」
ちょうどその時、ウェイターが料理を運んで来る。すると自然と視線はその方向に流れるはずだ。
そのウェイターにはあらかじめ、テーブルに着く少し手前から大きめの声で呼びかけるようにしてもらっていた。それと、タイミングの指示もだ。
即興で思いついたただの付け焼き刃だ。
だが、少し離れたところから運ばれて来る料理はほんの少しだがそこにいるものの意識を奪う。
そこに向かって、俺は先ほど使用したスキル『紫龍』を嗾ける。
窓の付近でふよふよと浮遊していた光の玉は、料理を運んで来るウェイターに向けて飛来する。
そしてそのまま体当たりをした。
「きゃっ!!?な、何!!?」
料理を運んで来る女性の声が響く。彼女は先程、全身が痺れたような感覚が襲ったはずだ。
それは一瞬で終わるものだが、声を出させて他のものの気をひくのにはもってこいだった。
突然飛び上がり声をあげた彼女に、タクミ達の意識は完璧に向いた。
ロミオ、いまはこれが限界だ。これ以上のことは俺がやっているとバレる可能性がある。
彼ならそのくらいはできると信じて、俺は事の成り行きを見守ることに徹しようとした。
その時
「なあ、お前俺たちの水に勝手に何を入れようとしてるの?」
金属音とともに、そんな声が俺の耳に入ってきた。
咄嗟に俺はロミオを確認した。
するとそこには、聖水の入った瓶を手に持ったまま、両手を鎖で抑えられているロミオの姿があった。
そしてその鎖は、リツキの手から伸びている。
当然、リツキの声にはタクミ達も反応する。
自分たちの飲み水に、何か得体のしれないものを持ちながら手を伸ばすロミオ。
これが親しい仲なら笑ってごまかせたかもしれないが、彼らが出会ったのは一昨日。
何か企んでいると思われるのは確実だった。
「えっと、これは聖水ですね。教会で売っているやつと瓶が一緒です。」
リアーゼがその中身を一瞬で言い当てた。
彼らにとって、これは馴染み深いものなのだろうか?
「は?聖水?なんでまたそんなものを?」
タクミが不思議そうな顔でその瓶を見る。ロミオの頬には冷や汗が伝っていた。
「う〜ん、、よくわからないけど、そこのロミオって人は悪い人ってことかな?」
ノアは結論を急ぐ。
人の飲み水に勝手に変なものを入れようとしたのだ。たとえそれが人間にはなんら影響のない聖水とは言えども、その事実だけは免れない。
何か良からぬことをしようとしている。
そう捉えられるだろう。
疑いの目がロミオに突き刺さる。
彼の手は拘束されたまま伸ばされ、雰囲気のせいでそれ以上動けないみたいだ。
タクミはその様子を見て少し考えるような仕草を見せる。
「なあノア。ヴィクレアを呼んできてもらえるかな?」
そして彼はそれが一番楽だと言った。
「なっ!!?彼女は関係ない!」
ロミオがその言葉に過剰に反応する。ヴィクレア達ーーーーではなくヴィクレア一人を呼び出したことに、何か思うところがあるのだろうか?
ロミオの顔が青くなる。
「えー、いいだろ。ちょっと判断に困ってるんだ。それならお互いをよく知るあいつにきて貰えばぱぱっとこの場を取りまとめて貰えそうじゃないか。というわけでノア。」
「はいはいさー!シルフちゃん!!ヴィクレアを呼んできて!!」
ノアがそう言って手を振ると、一瞬で20を超える数の風の精霊が現れる。
彼女のクラスは召喚士らしいが、普通は一度に1体ずつしか呼び出せないはずなので、俺はそれに驚いた。
だが、それができた理由は心当たりがあったのでおもてには出さずに済んだ。
呼び出せれた風の精霊は四方に散るように飛んでいく。
どこにいるかわからないヴィクレアをどうやって呼んで来るのだろうかと思っていてが、成る程。
召喚士というのは存外、便利みたいだ。
シルフが飛び立った後、そこには沈黙が走った。
ここで問答しても仕方ないと思ったのだろう。
そこで急におかしな雰囲気になったことで、いつまでも料理を配膳できずにいたウェイターが黙って皿を机の上に置いてそのまま去って行った。
その際、ロミオを捕まえたリツキが彼女の顔をまじまじと見ていた。
色目を使っているーーーというわけではないだろう。
彼女も仕込みに参加している。
それをわかっての目だった。ならばーーー俺も気づかれているのではないだろうか?
否、気づかれているだろう。状況的に俺が変に気を引いた瞬間に起こった出来事。
疑われないはずはない。
それから、タクミ達は食事を始めた。
「よくこの空気で食べられるね。」
と言ってみたら。
「食べ物ってものはな、腹さえ減っていればどんな状況でもうまいんだ。」
と言いながらそのまま肉を頬張った。俺には、テーブルの上の食事に手をつける気分は湧かなかった。
そして料理が半分ほど減った頃、ドタドタと音を立ててこちらに近づいて来るものの気配があった。
一つではなく、三つだった。
「タクミ殿、何かあったのか?」
ヴィクレアの登場だ。どうやら、先ほどの精霊は職務を全うしたらしい。
ただ、別の者も連れてきてしまったらしいが。
「おー、ヴィクレア。ちょっと困った状況になってさ、手伝ってくれると助かる。」
「それはいいのだが・・・・どうしてロミオは両手を縛られているのだ?」
「そのことだ。」
「そうか。」
短めのやり取りの後、彼女は俺たちの方に近づいて来る。
その後ろから、ロミオの残りのパーティメンバーであるエルネスとヴィルが付いて来る。
流石に彼女達が座る椅子はないので、立ったままだ。
「それで、何があったのだ?」
「それはかくかくしかじか・・・」
近くに来て、改めて詳細説明を求めるヴィクレアに、タクミは簡潔に今の状況を伝える。
その内容は何故かロミオが俺たちの飲み水に勝手に聖水を混ぜようとする不審な動きを見つけてしまい、処分に困っているとう話だった。
それを聞いたヴィクレアは顔を赤くした。
彼女が来てから一掃と青くなっているロミオとは真逆だ。
「ロミオ!!君は一体何をしているんだ!!今日はどうしても一人になりたい気分だからと言うから一人にしたのに、そうしてやったことがこれか!!」
ヴィクレアの声は食堂中によく響いた。
その声は全く関係のない『銀爪』が酒を煽る手を止めてこちらに視線を向けるほどのものだった。
「君は!!自分が何をしたのかわかっているのか!!?」
そんな周囲の視線は気にしないヴィクレアは続ける。
「ち、違う。俺はただ・・・」
「何が違うというのだ?」
一応ながら、彼女達のパーティリーダーはヴィクレアではなくエルネスだ。
つまり2人は対等な間柄にあるはずなのだが、どうしてもロミオが一つ下のような扱いになってしまう。
「まあまあヴィクレア。ロミオにも何か考えがあったのかもしれない。状況だけ見て悪と判断するのは早計かもしれないぞ?まずは話を聞くことから始めた方がいいんじゃないか?先の話では、捕縛した後会話もなしに私たちを待っていた様だぞ?」
ヴィクレアに付いて来てしまったエルネスがロミオに助け舟を出す。
「確かに。それもそうだな。ロミオ、何故こんなことをした?」
少しだけ優しくなった様にも思えなくもないが、未だ強く当たるヴィクレアの言葉。
しかし起死回生のチャンスだ。ロミオはこれを逃す手はなかった。
「そ、そいつらが悪いんだ!!そいつらが人間じゃないから、その証拠を得るためにやったんだ!!」
それは先ほど、俺の部屋にきたときに主張した意見。
タクミ達が人間ではないと確信したロミオは、聖水を飲ますことでそれを露呈させようとした。
そのことを彼は捲し立てる様に主張する。
だがそれは、火に油を注ぐ行為になった。
「馬鹿者!!失礼にもほどがあるだろうが!!そもそも昨日の質問も何だ!!「お前達は人間か?」などと、愚かしいにもほどがあるだろうが!!」
同じパーティに所属する仲間に対するものとは思えないほど強烈な怒声がロミオに向かって投げかけられる。
それを受けたロミオは一瞬目を丸くしたが、すぐに立て直して言い返す。
「だけどその時、こいつは一瞬言い淀んだんだ!!きっと自分が本当に魔のものだからすぐに答えられなかったんだ。」
「それがどうした!!一瞬いい淀んだ?たったそれだけ、それも貴様の勘違いかもしれない理由で我らは信頼を失うところだったのだぞ!!?そもそも、タクミ殿が仮に悪魔だとして、何か悪いことをしたという証拠でもあるのか!!?」
「そ、それを今回突きつけてやろうとーーーー」
「それは悪事の証拠ではないだろうが!!」
鬼気迫るヴィクレアに必死に食らいつこうとするロミオ。
口では強気になっているが、その顔はすぐれない。
「ヴィ、ヴィクレアは俺よりそいつらを信じるっていうのか?たった少しの間仕事で一緒になっただけだろう?」
「それはお前も一緒だ!!そもそも我らは国からの命令でパーティを組んだ。故に仕事以外の付き合いなんてないだろうが!」
「お、お前は悪魔を赦さないって日々言っていただろうが!!どうして悪魔の疑いがある奴らを庇おうとするんだ!!」
「私が許せないのは徒らに人の命を奪う害獣である魔物とそれを率いる魔王だけだ!!タクミ殿が仮に悪魔だとして、人々を惨殺した等の罪がない限り、刃を向ける相手にはなり得ない!」
ロミオは様々な角度からなんとかきりひらける道はないかと模索する。
しかしその全ては一刀の下に切って落とされる。
どこにも逃げ場はない様な気がした。
「あー、ヴィクレア?ちょっと落ち着いて。」
そこに場違いに軽く気の抜けた声が響く。
「タクミ殿。ちょっと待っていてくれ、直ぐにこいつに謝らせるから。」
「いや。別に謝って欲しいわけじゃないから無理しなくていいって。それより、今はこの場の収集が先だ。俺が呼んでおいてなんだけど、ちょっと騒ぎすぎた。」
タクミがそう言って周りを見ると、いつの間にやら野次馬が集まってきている。
この宿に泊まっている他の客だ。
食堂が何やら騒がしくて見にきたらしい。普段娯楽に飢えていると、こう言ったことに敏感になるのだ。
「・・・タクミ殿はこいつに何を望んでいるのだ?」
「いや、別にもういいかなって思っただけだ。それに、俺たちが普通に人だってわかればいいんだろう?ちょっと律識、それを飲んでやってくれないか?」
「ん?あぁ、そういうこと。わかったよ。」
一番近くにたリツキが聖水の便を手に取ると、それを口に運んだ。
そして中身を一気に飲み干した。
「んー。水、だね。」
そして何事もなかったの様に感想を述べた。
それを見たタクミが満足そうにロミオに話しかける。
「よし、これで満足か?」
笑顔ではあったが、そこには『ここで引いておけ』という威圧が込められていた様に俺は感じた。
「・・・・チッ、仕方ない。いいだろう。満足だよ。」
ロミオは自分の不利は察していた。だからこそ、ここで首を横に振ることはできなかった。
辺りが冷めていく。
集まっていた人だかりも、ことが終わったのかと思い散り始める。
「・・・ご馳走さま。お母さん、部屋に戻る。」
「そうね。お部屋で何しよっか?」
「・・・今日は、タクミにぃが、おりがみ?を教えてくれる約束。」
「おー、そうだったな。すんごいの折ってやるって約束だったわ。俺も上がることにしよう。」
驚いたことに、エレナとリリスはあの状況でも食事を続行していたらしい。
いくら図太い人間でも、簡単にできるものではない。
少女故に難しい話は無視しただけかもしれないが、それでもあの剣幕で迫るヴィクレアを無視できたというのは快挙だ。
タクミ達は部屋に戻るべく立ち上がる。
「ヴィクレア、すまないな急に呼び出してしまて。」
「いや、こちらこそすまない。うちのパーティメンバーがとんだ無礼を。この埋め合わせは絶対にする。」
「いいって。迷惑をかけたのは俺の方だしな。」
「そういうわけにはいかない。押し付けてでも借りは返すからな。
「そうか。じゃあ期待しているよ。」
タクミはそう言って食堂を出た。
彼が立ち上がり背中を向けると、空気が少し柔らかくなった様な気がした。
俺もそろそろこの場を離脱したほうがいいだろう。
今を逃すとまた当分離脱のタイミングがなさそうなので、俺も彼らについていく様に部屋に戻ろうとした。
その時、ーーーーーー〜
「ああ、一応言っておいてあげるけどあれじゃあ視線誘導にならないから、次やるときはもっと上手くやるといいよ。」
リツキの囁き声が耳元で聞こえた。
彼はそれだけ言ってタクミ達を追いかけた。
「はあ、やっぱり俺がやってたことも全部バレていたんだな。リツキくんは普通の人だと思ってたんだけどなぁ・・・・」
食堂から出て、一人なった俺はため息混じりにそう呟いた。
後にタクミに聞いた話によると、自分が一番普通だと思っていたリツキは、実は一番異常な技能を持っているらしい。