236 好奇の目と猜疑の目
ノアの何気ない発言によってリリスに俺たちの関係がバレてしまった。
元々、隠しているつもりはなかったのだが、悪戯にバラすつもりもなかった。
律識なんかは自分で気づいたし、他のやつもそのうち気づくだろうなと思ったからだ。
それに進んで話さなかった理由として、人間関係に不和が出る可能性があるかもしれないと考えたからというのもあった。
「ちょっとタクミ、どうしてお母さんじゃなくてノアなの?どうして私よりその子を選んだの?あなた昔言ってたじゃない。「大きくなったらお母さんと結婚する。」って!!それを忘れちゃったの!!?」
「いや、忘れたも何もそんなこと言った記憶はないんだけど・・・」
そもそもリリスと出会ったのは最近であるため、小さい時の思い出ーーーとかあるわけがない。
多分夢で見た光景なんかと勘違いしているのだと思う。
「どうして!!?タクミはそんなにお母さんよりその子と一緒になりたいの!!?」
リリスが必死に俺に縋り付いてくる。先ほどまでのちょっと感動的な雰囲気はもうそこにはなかった。
さて、どうやって鎮めたものか。
俺がそう思案していると、ノアがリリスを鎮めてくれる。
「リリスはお母さんでしょー?母親と子供は結婚できないの!!あくまで君は母なんだから、あんまり無茶なことを言ってタクミを困らせないで!!」」
「私は、、母・・・・そうね。そう、よね?ノアもさっき私の子になったもの。子供達の恋路を母が邪魔したらダメよね?」
リリスは自分に言い聞かせるように小声かつ早口でそう呟く。
そして俺から離れた。
「そうだよ!君はボク達を応援してくれたらいいの!!」
「そうよね!!わかったわ!2人とも、私の子供なんだから不幸になることは許さないわよ?」
「よし、リリスも納得してくれたことだしいい加減戻ろうぜ。ずっとここにいても仕方ないし使いたい奴がいるなら邪魔になるだろうしな。」
朝っぱらからずっとここを占拠して使っていたのだ。
ここは公共施設っぽいし、何時迄もここにいるべきではないと思った。
「そだね。ボク運動して小腹が空いちゃったから何か美味しいものが食べたいな。」
昼時にはまだ早いが、全力で戦ったため腹が減っているのは確かだ。何か適当な場所で軽食を取るのもアリかもしれない。
俺たちは占拠していた訓練場の中央を離れ、助っ人として戦ってくれたヴィクレアやエルネスがいるところに向かう。
「・・・・あれ?そういえば、ノアって私の子になったよね?ということはタクミとノアって兄妹・・・それはそれでダメなんじゃ?」
向かう途中、リリスのそんなつぶやきが聞こえた気がするが無視した。
今はともかく始めは違ったからな。
ヴィクレア達のところまで戻ると、彼女達は俺たちの方に駆け寄ってくる。
「タクミ殿、負けてしまわれたな。」
「だな。もうちょっと戦えると思ったんだけど、無理だった。すまん。」
「何を謝る必要がある?そもそも私は初めにやられた身だ。それにあそこまで奮戦した貴殿を褒めこそすれ貶める言葉は持ち合わせておらんよ。」
助けをもらったのに負けてしまったことを謝ると、ヴィクレアからそんな言葉をもらった。
そしてそれを言い終わると彼女は「それに、私たちはそもそも主役ではないだろう?」と小さく笑った。
そして彼女のパーティのイケメン枠であるロミオという男が突っかかってくる。
「おい、そこのお前。」
その上からの態度は、俺に対してあまりいい思いをしていないのだなと感じさせるのには十分だった。
「はい?どうかしましたか?」
「あれはなんだ?」
「あれ?」
あれってなんだろうか?戦闘中に色々なものを見せてしまったから、その種明かしをしろということかな?
「とぼけるなよ。あの突然現れた気味の悪い魔物達のことだ!!」
あー、やっぱりそれ気になります?俺も逆の立場だったら根掘り葉掘り聞くだろう。
でも、あんまり馬鹿正直に答えるのも少し違う気がするよな。
相手の態度に自分でも気づかないうちに苛立ちを覚えていたのか、俺はてきとうな説明を返す。
「あー、召喚獣だから害はないよ。じゃあ、そういうことで俺たちはこの辺りで。」
そう言って俺はその場を離脱しようとした。
これ以上質問攻めにされたら面倒だ。
どうしてほぼ初対面のような相手にそう懇切丁寧に教えてやらんにゃいかんのだ。
「そうか。質問を変える。・・・・お前達は本当に人間か?」
立ち去ろうとしていた俺たちだが、その質問を聞いた時先頭を歩く俺の足が止まった。
俺たちは人間か?その質問、つい20分前なら迷いなくYESと答えられたのだろうが、真実を知ってしまったため一瞬だが躊躇いが生まれてしまった。
「ロミオ!!?貴様黙って聞いていれば、タクミ殿に失礼だと思わんのか!!」
ヴィクレアの怒号が響く。彼女は自分の仲間に心底失望したと言った目を向ける。
ロミオは味方からそんな目を向けられたことにより、一瞬たじろいだがすぐに俺の方に視線を送る。
「ヴィクレア、別に俺はちゃんと人間だから大丈夫だよ。」
半分だけど。
俺はそう言ってそれ以上は話を聞かずにその場を後にした。
あれ以上あそこにいてもやることもないし、またロミオから変なことを言われても面倒だからな。
「タクミ、、、、」
「何心配した顔してるんだよノア、お前にとって種族で色々言われるのは辛いことだろうけど、俺にとってはなんでもないからきにするな。」
そもそもゲームにおいてキャラメイクをする時、割と人間からかけ離れた種族を選ぶこともしばしばなタクミさんだ。
あれくらいの猜疑の目では何も思わない。
「そうなの?ならいいんだけど、、、辛くなったらすぐにボクに言ってね。絶対、力になるから!!」
「そっか。ありがとう。」
俺たちはその日はそれ以上何かするという気持ちになれず、宿屋でのんびり過ごすことにした。
そして夜。今日はリリスとノアが場所を交代して寝ることになっている。
俺と律識が部屋にて寝る準備を整えて待っていると、リリスが着替えなどの荷物を持って部屋に入ってきた。
そして彼女はなんの躊躇いもなく俺のベッドの上に腰かけた。
「リリス、お前のベッドはそっちにあるやつだぞ。」
俺は空のベッドを指差す。
「いいじゃない。今日は私、ここで寝るわ。」
しかしリリスは何事も無いようにそう主張した。こいつ、ノアと行動が一緒だ。
無防備というかなんというか、リリスは自分の魅力というものをわかっているのだろうか?
彼女は割とちんちくりんの領域にあるノアと違いスタイルがいいため、そういった行動によって俺の理性に与えるダメージが地味に大きかった。
彼女はそんな俺の気もしれず、1人素早く寝巻きに着替えている。
そして着替え終わるとすぐに、
「さて、一緒に寝ましょうか。ちょっと詰めて。」
とからだを寄せてきた。
ここは割と高級宿ということもあり、風呂甘美である。
そして今日は時間があったためそれを存分に堪能した。つまり何が言いたいかというとリリスは風呂上がりであり、鼻孔をくすぐる匂いも相待って妖艶さが普段の比ではなかった。
そしてこの無防備な行動ーーーーー
「あの匠、耳栓があったら貸してくれるか?」
昨日も聞いた台詞が律識から飛んでくる。その理由は聞かなくてもわかった。
俺が抑えられないと彼は判断したのだろう。
「心配するな。必要にならないから。」
彼の言葉のおかげで少しだけ冷静になった俺は、意を決してベッドの中で横になる。
「そうか?じゃあもう灯を消すよ。」
「おう、頼んだ。」
「おやすみなさい。」
部屋の灯が落とされる。就寝時間は昨日より少し早いが、馬車に乗っていた昨日より全力で動いた今日の方がぐっすり眠れそうだった。
部屋の灯が落ちると俺の体に圧迫感が訪れる。
何か締め付けるような、そんな感じだ。
(これは・・・抱き枕にされてるな。)
現状を理解した俺は柔らかな感触を意識しないように全力を注いだ。
◇
【ロミオ視点】
そいつを初めてみたのは王城で、そいつと初めて顔を合わせたのはアレスに向かう途中の馬車の中だった。
そいつは俺のことを当然知っていると思っていた。
何せ俺たちは国内でも珍しい国王直轄の冒険者パーティだからだ。
国王直轄の冒険者パーティ、といいうのは騎士団などを動かせない時や、すぐに対処するべき自体が発生した時に直々に命を賜り行動するパーティのことだ。
まぁ、ぶっちゃけてしまえば現国王であるディオニス様がフットワークが軽くて自由に動く戦力を必要として構成されたパーティなのだ。
それ故、他の冒険者たちとは違った破格の待遇を得られている。
そして、当然俺たちに渡されるのは高難易度の依頼が多いため、それを達成していけば自ずと有名になっていくのだ。
そんな俺を、やつは全く知らんと言った様子で見ていた。
聞けば俺たちのことはヴィクレア嬢を除き誰も知らない様子だった。
世間知らずにもほどがあるだろう。
しかし、向こうは知らずとも俺は奴のことを少しは知っていた。
ある時、俺たちのパーティに王都を襲ったブラックドラゴンの討伐任務が課せられた時があった。
本来ならば俺たちが急行し、すぐにその依頼を達成するべきなのだが、その時はもう既に別の任務の最中だった。
国側もそれがわかっていたのだが、切羽詰まった状況で王都にいた直轄冒険者が俺たちだけなので仕方なく依頼した形だ。
国からの命があったからには、動かないわけにはいかないが、その時に行っていた仕事も一筋縄ではいかない。
王都近郊に出没する、『デスシルバーエイプキング』という、ユニークモンスターの討伐だ。
そいつは巧妙に自分の存在を隠し、森の中で着々と力を蓄え続けていた。
配下として『シルバーエイプ』と『デスエイプ』という猿の魔物を多数引き連れるというだけでも異常だったのだが、ボスである『デスシルバーエイプキング』自体の戦闘力もかなりのもので、我々でも一対一なら確実に敗北するだろうほどのものだった。
だが、3人いれば時間をかければ確実に殲滅できるだろうという確信はあった為、ブラックドラゴン側には1人で様子見をしてもらうことにした。
別に倒せというわけではなく、行動パターンを掴んで欲しかったのだ。
その任務にはヴィクレア嬢が志願した。
人を襲う竜を見失わないように、というのが本来の目的であるのだが、彼女はどうにもあれを打倒する気しかなかったらしいことは俺たちが『デスシルバーエイプキング』を討伐し終えてから知った。
なんと驚いたことに、ヴィクレア嬢の方が早く帰ってきていたのだ。
そして知らされる勇者ライガの案内についたという話と、ブラックドラゴンが打倒されたという話。
少しして戻ってきた彼女の話を聞けば、なんでも現地の冒険者に頼んで打倒してもらったらしい。
そのため報酬のほとんどは俺たちの手元に残らなかった。
まぁ、それはいいんだけど。
その際、俺はその男の話を聞いた。タクミ、とか言ったか。
彼女は帰ってくるなりその男の、ひいてはその仲間の話をし続けた。
曰く、常識はずれに安価な武器が売ってあるとか、アースドラゴンは鴨だと言っていたとか、ブラックドラゴンの翼を一撃で粉砕する魔法を放つとか。
どれも妄言のようなものだったが、彼女のいうことだ。本当なのだろうと思った、、、が、少し気にくわない。
その時はそんな気分になった。
アレスの街について初めての朝、そいつは仲間を引き連れて食堂に入ってきた。
彼の仲間は二十代にも満たなそうな若者ばかり。
俺もまだ23のためあまり人のことを言えないが、戦争というのを舐めているのではないかと思った。
ディオニス様も、何を思ってこんな奴を選出したのだろうか?
そう思ってそいつらを観察していると、ヴィクレア嬢が話に参加し始めた。
そして何やら話し合っていると思うと、突然こちらに戻ってきてエルネスリーダーに
「すまないけど、彼らの模擬戦の助っ人を頼まれた。戦争ルールと同じく4対4の試合をするらしいので手を貸したいのだけど、いいだろうか?」
と嘆願した。
その表情はどこか期待に満ちたものだったように思える。
リーダーは少し思案した後、
「ふむ、まあいいだろう。4対4ということはもう1人必要だろう?それは私が請け負うとしよう。」
と了承の合図を出した。
そして食事を終え、俺たちは冒険者ギルドの裏の訓練場に向かう。
まだ朝早いということもあり、人はほとんどいない。
ヴィクレア嬢とリーダーは別々のチームになった。
これは最終的に2人の一騎打ちになるだろう。
ここにいる以上最低限は戦えるのだろうが、俺たちの足元にも及ばない。
そう考えていた。
だが、その予測は裏切られる。
まさか逆に2人が先に落とされるなどとは思ってもいなかった。
それに、ヴィクレア嬢とリーダーが戦闘不能になり運ばれてきた後異常が起こった。
まるで邪魔者はいなくなったと言わんばかりに、戦闘の様相が一変したのだ。
そこには一種の地獄が現れていた。
その魔物を一言で表すなら「醜い」だ。
ツギハギのアンデッドのような魔物が次々と出現し、一方に襲いかかった。
もう片方も次々と精霊などを出現させて対抗する。
次々と魔物で埋まっていく視界。
よもやこれまでだろうと思われたところで、あの野郎が動いた。
突然、虚空に半透明の剣が出現した。
俺はその正体をすぐに見破った。
あれは結晶剣系統のスキルによって生み出されるものだ。
それは剣を生み出すだけのスキルであり、それ以上の挙動を見せないはずだ。
だが、おかしなことに生み出された剣は突然あいつの周りを回りながら円を描き始める。
そしてその剣が次々と魔物を切り裂いていった。
ありえない。
俺は目を開いてそれを見た。何度見てもありえない光景だ。
隣にいるヴィル爺を見る。
うちのパーティで一番経験が豊富な彼だ。何か俺とは別の視点で物事を見ており、あれについても何かもう既に結論を見出しているかもしれない。
そう思って見たのだが、その顔は抑えてはあるが驚愕が隠しきれていなかった。
そこで、ヴィクレア嬢が目を覚ました。
麻痺していただけのエルネスは隣にいる彼女に話しかける。
「あれはなんだ?」と。
それに対してヴィクレア嬢は苦笑しながら答える。「あれがタクミ殿たちのパーティだ。」と。
何の説明にもなっていない。
やがて戦いは終わる。
戦いが終わった後は訓練場の真ん中で寝そべるあいつ。
少しして起き上がったかと思うと、仲間の方に行って何か揉めているようだ。
ここからではよく見えない。
そいつらはすぐに戻ってきた。
なんとも、やりきったという顔が腹立たしい。
戻ってきたそいつに、俺はあの気持ち悪い魔物どもの正体を尋ねた。
他にも色々あるが、これだけははっきりさせておきたかった。
そいつはあれをただの召喚された魔物と称し、それ以上は何も言わなかった。
どうやら、俺たちに流す情報はないらしい。
彼らはもうここには用はないという風に出て行こうとする。
そんな後ろ姿を見て、俺はとっさに心の中で密かに思っていた質問を言った。
質問の内容は「お前ら人間か?実は人間に化けた悪魔とか、そんなんじゃないのか?」という内容だった。
俺がそれを言うと、ヴィクレア嬢が声を荒げて突っかかってきた。
君にそんな目で見られるのも、全てあいつらのせいだ。
俺の心がささくれ立つ。
俺の問いにそいつは迷いなさげに答える。
「人間です。」とーーーーー
だが、俺は見逃さなかった。
俺の質問に足を止めたのと、その答えを言う前に一瞬だけ迷いがあったのを。
そして俺は確信した。あいつらは人間ではない。化け物ーーーー魔族が化けているのだと。
おそらく、ヴィクレア嬢はあいつらに騙されているのだろう。
でなければ彼女のような高貴な人間があんな平民どもに好意にするわけはない。
待っていてくれ。すぐに洗脳を解いてやる。
そうは思ったものの、すぐに行動に移すことはできない。
少なくとも、戦争が終わるまでは難しそうだ。
しかし最低限の手は打っておくべきだろう。
幸い、ここには勇者殿が居る。
彼らも個人的にあいつらと関係があると言うのは少し怪しいが、それは逆に言えばあいつらの情報を多く持っているだろうということだ。
それに彼らはこの国最強の者達。
魔物なんぞに遅れをとるとは思えん。さて、勇者殿はまだ宿にいるだろうか?
魔物紹介『デスシルバーエイプキング』
『シルバーエイプキング』と『デスエイプクイーン』が番うことによって生まれた変異種。
知能が人間並みに高く、こと狡猾さにおいては人間を凌ぐ。
身体能力もかなり高く、森の中で縦横無尽に動き回るこいつを仕留めるのは困難を極める。
『シルバーエイプ』と『デスエイプ』種の両方を従えるのも特徴。
単体の強さ的には竜種に劣るが、それでも大半の冒険者には勝てないレベル。