235 半魔と人間卒業式
エレナ対リアーゼの出場枠を賭けた戦いはエレナの勝利に終わった。
リアーゼは非常によく頑張ってくれたのだが、それでも一歩及ばなかった。
俺にも至らないところがあっただろうし、少し心苦しいな。
そのことを謝ったらリアーゼは、
「あはは・・・気にしないで。あそこまで戦えただけでタクミお兄ちゃんはすごいから。」
と励ましてくれたものだ。
正直、途中からエレナとリアーゼの戦いというより、俺とノア対リリスの軍勢になってたんだよな。
俺が◯ルガノンで次々リリスの呼び出す魔物を斬って捨てて、リリスがすかさず新しいやつを供給する。
俺の魔力はノアが補充する。
本当、リアーゼ関係ないなこの戦い。
一応、途中こっそりと敵陣に忍び込んだリアーゼが律識を不意打ちで仕留めて戦線離脱させてくれたということはあった。
ちなみに、ヴィクレアとエルネスを安全な場所に運んだのも彼女だ。
彼女の頑張りはかなりのものだったが、結局のところ俺たちが押し切られてしまったのだ。
不甲斐ない。
「はぁ〜、あんまりぐちぐち行ってても仕方ねえし、そろそろ戻るか。」
訓練場の真ん中で大の字になって倒れていた俺は体を起こす。
「そうだね〜、久し振りにこんなに本気で戦って、ボクは楽しかったよ!!」
ついでに、俺に魔力供給をするためにぴったりくっついて戦い、そして同時に倒されたノアも起き上がる。
「そうだな。思えば全力で戦ったのって3ヶ月ぶりだな。」
魔王戦以来、俺たちが全力で戦う機会はなかった。他の奴らは知らないが、俺なんか知らないうちにやろうと思えばステータスだけでゴリ押しのボスキャラプレイができるようになってたからな。
俺は自分の体がそうなってしまった原因であるリリスに目を向けた。
彼女は少し離れた場所でエレナを抱きしめて幸せそうな顔をしている。
そしてすぐに俺の視線に気がつくと、優しげな目で微笑みを見せた。
「はぁ・・・まぁ、悪いことじゃないしあんな顔されたらなぁ。」
「どうしたの?」
「いや、そういえばリリスの血液って俺以外に飲んでないよなって思ってさ。」
みんな一緒なら少しは気が晴れるのだが、リリスは俺以外にはそういう話を持ちかけなかった。
というか、俺が飲まされたのも不意打ちだったな。
「そういえばそうだね〜。なんでだろう?」
「何か理由があるか、それとも本人が嫌なのかって感じだろうな。まぁ、気にしても仕方ないさ。」
別に力には困っていないし、力が欲しいからといって大切な仲間の血を啜るという行為は忌むべきことだ。
今後一切、この話題は口にしないほうがいいな。
ここまで話してしまってなんだが、俺はそう決意した。
だがノアはーーーーー
「う〜ん、考えても仕方ないね!!すぐに聞いてくるよ!!」「えっ!!?ちょっとまっ、、」
と言って俺の制止を聞くこともなくリリスの方へ駆け出して行った。
これはまずいと思った俺はすぐにノアの後を追う。
だが、一足遅かった。
「ねえねえリリス、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「ん?何かしら?なんでも聞いてちょうだい。」
「ならえっとね、さっき話してて疑問に思ったんだけど、どうしてリリスってタクミにだけ血を飲ませたのかなーって。」
「ノア、ストップ、ストーップ!!一回口を噤んで!!」
これがもし聞いて気まずくなるような重いエピソードとかを聞かされたらどうするつもりだ!!
考えなしにそんな話をし始めた俺も悪いけど、こいつも大概無遠慮すぎるだろう。
「ああ、そのこと?」
だが俺の心配もよそにリリスはことも無さげに答える。
「まあ二つくらい理由があるわ。一つは気分の問題ね。」
「気分?」
「そう、私の血液を与える行為って眷属化・・・まあ事実上の私の子供になるっていうことなんだけど、、、血を飲まれるって怪しい香りがするでしょう?なんというか、、淫猥な感じに。だから本当に気に入った子にしかやったことはないの。実はタクミ、まだ3人目なのよ?」
リリスは所々目をそらしながらそう言った。後半を口にする最中は俺とは目を合わせず、足を内股にしてもじもじしている。
そしてチラチラとこちらを見ていた。
恥ずかしいのだろう。
「へぇ〜、そうだったんだね!!それで?二つ目の理由は?」
ノアは何か納得した風に二つ目の理由を聞き出し始める。
「あ?ああ、それは人間が私の血を飲むと半魔化するっぽいの。要するに、半分人間を辞めちゃうってことね。」
彼女は少し言いづらそうにしていたが、それでもリリスはそれも隠さずに教えてくれた。
ーーーーーえっ?リリス?今お前なんて言った?
何気なく放たれた言葉であったが、軽く聞き流せるようなものでなかったのだけは確かだ。
半魔になる?半分、人間をやめる?えっ?俺人間辞めてるの?石製の仮面を被った記憶ないんだけど?
「ちょっとリリス?何を言って!!?」
「ごめんなさいタクミ。そういうことなの・・・」
リリスは目を伏せた。
「どういうことだよ!!何勝手に人の種族を書き換えてるんだよ!!」
そういうことはまず少し相談してくれ!!俺は少し強めにそう言った。
「ごめんなさい。悪気はなかったの。というか、人間に使うとこういうことになるなんて知らなかったのよ。」
「知らなかったで済む問題かこれ?」
「ごめんなさい。まさかこんなことになるなんて、思ってなくて、私、あなたが初めてで・・・」
リリスの目尻に涙が溜まり始めた。本当に、悪気はなかったのだろう。その目には悲しみと罪悪感に似た感情しか読み取れるものはない。
本当に申し訳ないと思い、罪を受け入れようとする者の目だった。
そんな目をするなよ。怒りにくいだろう?
「・・・・タクミ、お母さんをあまり責めないであげて。」
真実を知った俺がリリスに当たり散らすと思ったのだろうか?エレナがリリスをかばう盾になるように俺の前でた。
俺は腰を落としてエレナの視線に自分の視線を合わせて「大丈夫だ」と頭を撫でた。
「リリス。聞きたいことがある。」
「な、何かしら?」
「いつ気づいた?」
「えっと、この前孤児院で怪我をした時よ。怪我の治り方が普通の人と違ってたわ。」
「そうか。それで、俺の体が勝手に半魔になってるんだけど、、、これって害はあるのか?というか普通と何が違うの?」
「害はないはずよ。大まかに言えば身体能力ね。ステータスが大幅に上がってると思うわ。あと自然治癒力が上がってる、体力、魔力双方ね。それと、寿命がかなり長くなってるわ。」
「そうか。かなりって、どれくらい?」
「えっと?ハイエルフくらい?」
「具体的には?」
「一万二千年以上は軽く生きるわ。それ以上は誤差ね。」
「そうか。それだけならまあいいや。わかったよ。」
「えっと、タクミ?許して、くれるのかしら?」
「許すも何も、リリスは何も悪くなかったんだからな。それに、」
「それに?」
「さっきのノアの質問に答えないって選択肢もあったんだ。「理由はひとつだけ」とか言ってな。でも隠すことなく話してくれたし、いいじゃないか。」
聞いた話、別に悪いことがあるっていうわけではなさそうだし、むしろ体としては高性能になっているらしいしな。
それに、半魔と言っても見た目は完璧に人間だ。俺のものと一切変わっていない。
ならばモーマンタイ。
それに、この話を聞いた瞬間も実はそこまで気にしてなかった。
ただ少しは反省して欲しくて強く言っただけなのだ。
そう言って俺は話を切り上げようとした。
「ありがとうタクミ!!私、あなたが、これを聞いちゃったら嫌うんじゃないかと、でも、隠しておくこともできなくて、いつ話すか悩んでて、ノアが、聞いてくれた時チャンスだって思って言ったけど、口に出した後はタクミがちょっとだけ怖くてっ、、それで、それで!!」
そこに小さく涙を流すリリスが俺に抱きついてきた。
おもてには出さないようにしてたけど、ずっと不安だったみたいだな。
いつも感情がすぐに態度に現れるリリスにしては、頑張った方じゃないだろうか?
俺はそっとリリスの後頭部を摩る。
ふぅ、何気ない俺の発言のせいで一瞬だけどうなるかと思ったけど、これなら大丈夫そうだな。
「さて、そろそろーーー」
戻ろうか。そう言おうとした時、俺たちの結論に異議を申し立てる者がいた。
「ちょっと待って!!!リリス、タクミが赦しても、このボクが赦さないんだからね!」
俺、リリス、リアーゼ、エレナの視線が一斉にノアの方向に向いた。
「ノア!?ちょっと今綺麗に話がまとまりかけてたんだけど?何が納得いかないんだよ。」
ちょっとだけ良くなった雰囲気ぶち壊しなんだけど。
「そう、よね。タクミは優しいから赦してくれたけど、普通はダメよね。」
「そうだよ!ということでリリス、ボクの分も用意して!!」
「え?」
「え?」
俺とリリスの声が重なった。ノア?今お前なんて言った?
「えっとノア?話は聞いてたかしら?私の血を飲むとあなたも人をやめることになるのよ?」
「そんなことどうでもいいの!!そんなことよりボクはタクミと一緒がいいの!!タクミの苦しみはボクも一緒に背負ってあげるの!!」
別に苦しみというわけではないが、ノアの決意は固いようだ。
俺と同じ境遇になることで寄り添おうとしてくる。
「・・・私は、あなたになら血を飲まれてもいいわ。あなたは、、、その、いいのね?」
「大丈夫だよ!!タクミが一緒にいてくれるなら、ボクは人じゃなくなっても!!」
うっ、今の台詞ちょっと涙腺にきたな。それにしてもリリス、一度はノアと仲違いしたように思えたけど、「あなたにならいい」と言ってもらえるとは案外気に入られているんだな。
「決意は、固いのね。いいわ。」
リリスはそう言って手刀を作り自分の手首を切った。
彼女の手首に切れ込みが入り、そこから並々と血液が流れ出してくる。
「、、ん、よし!飲むよ。」
「ええ、頭がポーッとし始めたら口を離すのよ。」
ノアの口がリリスの手首に近づく。リリスは手を胸の高さまで上げてノアが飲みやすいようにしてあげていた。
ノアはそのまま血が溢れてくる手首に口をつけた。
傷口に直接口腔を当てられたからだろうか?リリスは一瞬「あっ」という艶かしい声を出す。
そしてその後はノアの血を吸う動きに連動してリリスは少し我慢するようなそぶりを見せる。
それがまた非常に色っぽくて目に毒だ。とてもエレナやリアーゼに見せられる光景ではない、、ようないけないものを見ている気分だ。
そして程なくして・・・
「うっ、ちょっとクラクラとしてきた。」
ノアはリリスの手首から口を離した。
離された手首からはまだ少し血が流れ出している。
「・・・おかあさん。私も。」
そしてそこにエレナが口をつける。
「エレナちゃん・・・はそうよね。あなたも私の子だものね。」
エレナに関しては別に懸念するようなことはないのだろう。
元より人間ではない身体、スキル所有者的にリリスの子のカテゴリだ。これで名実ともに、ということだろう。
それより今はノアだ。
彼女は具合が悪そうに膝をついて四つん這いになり、下を向いている。
「ぅううううう、、ぅぇええええ・・・」
とても気持ち悪そうだ。俺は少しでも楽になるように彼女のそばに寄って背中をさする。
「大丈夫かノア?」
「だいじょーぶ。へへっ、ありがと、タクミ。」
ノアは心配させないためかいつものように笑って答える。
その状態は少しの間続いた。
そして数分が経過しーーー
「・・・おかあさん。ちょっと具合が悪いから抱っこして。」
「わかったわ。」
「ボク、復活!!」
ノアがエレナと入れ替わるように復活した。
具合の悪そうなエレナはそれを緩和するための方策かリリスの腕の中で目を閉じている。
「ノア、どんな感じだ?」
「体が動かしやすくなったって感じかな?特に問題はないよ!!」
どうやら無事に終わってくれたらしい。
「そうか。よかった。」
「それよりタクミ!!」
「うおっ!!?どうしたノア!!?」
ノアは突然俺に飛びついてきた。
彼女の背をさすっているため近くにいた俺はそれを回避することができない。
俺はノアにしがみつかれ、危うくバランスを崩して倒れそうになるが、なんとか持ちこたえた。
彼女はそんな俺にぶら下がり、その手で俺を強く抱きしめている。
「これで一万年と二千年くらいは愛していられるね!!」
そして俺の顔を見てそうはにかんだ。
そんなノアはとても愛おしくーーーーそして先ほどの台詞にはどこか聞き覚えがあったような気がした。
偶然なんだろうけど、ちょっと苦笑いだ。
そしてーーーーー
「ちょっと!!?貴方達、愛し合うってどういうこと!!?お母さんまだ何も聞いてないんだけど!!?」
今度は話がいい感じに纏まって本調子になったリリスが俺たちの関係にツッコミを入れ始めた。
また一悶着あるのかな?でもなんだろうか?
なんとなく、ちゃんといい結末で終わりそうな気がする。
いつのまにか人間を辞めていた俺についてくるように人間をやめたノア、それでもいつもと変わらず元気に騒ぐ彼女を見ていたら、なんとなくそんな思いが浮かんできた。
これでパーティメンバー6人中4人が人間と呼べなくなりました。
その割合、なんと66%です!ここにシュラウドを入れるとーーーー驚異の7割越え。
・・・考えてみたら、戦争パーティもう全員人間じゃねえじゃねえか。