225 ちっぽけな魔王とちっぽけな勇者
みんなの怪我がある程度治った頃、崩れた孤児院の前にまた新たな来客者が現れた。
こちらに近づいてくる気配を感じ取った時は、もしかしたら新手の敵かと思ったりもしたが、こちらに近づいてくる人物の顔を見てそれはないなと思い直した。
「タクミくん?これはどういうことなんだい?」
やって来たのはライガだった。
彼は王城にいたところ孤児院が燃え上がっているという衛兵の会話を聞き、こちらに急行してくれたみたいだ。
まぁ、出だしが遅かったせいで全く間に合ってないけどな。
「どうもこうも、この前路地裏で叩きのめしたチンピラが助っ人を連れて襲撃に来たんだよ。もう終わったから安心していいぞ。」
「そうかい?それにしても、君が傷を負うなんて、よっぽど相手は強かったんだね。」
ライガは少し感心したようにそう言った。
そういえば、ダミアンとの戦いでも怪我はしなかったしな。
「ちょっと油断しただけだよ。ちなみに敵の名前はデストリアスとか言ってたんだけど、何か知ってる?」
「デストリアス!!?それって確か裏社会の用心棒としで名高い男だよ!『炎王』の名前で知られていたはずだ。」
へぇ、『炎王』ね。大層な名前だな。
言ったら悪いがデストリアスは強かったが、その異名にふさわしいかと言われたら少し微妙に思えてならない。
なんとなくだが、単に炎を使う剣士という感じしかしなかった。
『炎王』を名乗るなら、全身炎にした挙句の果てに周囲数メートルを火の海に変えて巨大な鉈とか振るってほしいものだ。
まぁ、俺の勝手なイメージだからそれを要求するのは筋違いなのだが。
「ちなみに、『炎王』はどこに?」
「デストリアスならそこで黒焦げになってるのがそうだよ。」
俺は瓦礫の上を指差した。
そこでは自らのスキルによって体を燃やした哀れな男の最後の姿が見られる。
「本当、さすがだね。『炎王』は俺も一度剣を交えたことがあるけど、場所によっては負けるほどの強者だ。街中とかいう燃え広がるものがある時は彼はとても強いと思うんだけど。」
そうだな。周りに火がある限り体力供給ができるっていうなら街中はあいつにとって森などに次ぐ最大級の戦場なのかもしれないな。
「まぁ、最初の手合いで炎を出す剣を切り離すことに成功はしていたからなぁ。その場にある炎を消して仕舞えばちょっと特徴的な剣士でしかなかったよ。」
「技量だけでも結構なものだったと思うんだけど、、、まぁ君なら勝てるか。」
ライガは何か納得した風に頷いた。
そしてひとしきり考えがまとまったのか、今度は別の話を持ちかけてくる。
「孤児院、壊れてしまったね。」
「ああ、そうだな。」
「これからどうするつもりかな?」
「そりゃあ、新しい施設を立てるしかないよなあ。」
「ふふっ、お金はあるのかい?王都で家を買うとなると結構な値段がすると思うよ?」
「それって多分ほとんど土地代だろう?土地自体は残っているんだ。その上にちょっと建造物をつけてもらうだけだよ。」
「それでもだよ。お金は足りるのかな?なんなら、俺が払ってやってもいいけど?」
何を思ったのかライガはそんな提案をしてくる。
こいつにとってはこの孤児院なんてほとんどどうでもいいような存在のはずだ。
接点といえば数日に一度顔を出すくらい。
知らない中ではないが、高額である建物なんかの金を簡単に出すのは少しおかしいだろう。
「いや、俺たちがなんとか払うよ。知ってるだろう?魔王の討伐報酬がまだ結構残ってるんだ。」
俺の財布はプレゼントやら借金返済やらで結構軽くなってしまったから心もとない。多分足りないだろうが、頼み込めばリリスも少なからずお金を出してくれるだろう。
本当なら俺1人で払いたいところだが、できないというなら母に甘えることやむなしというやつだ。
「そうだったね。じゃあ、そうだね。腕のいい大工さんでも紹介しようか?」
「お、いいのか?それなら頼みたいな。」
ライガの提案に俺は飛びついた。
瓦礫の撤去諸々、これから少しだけ忙しくなりそうだ。
以外や以外、ともいえないかもしれないが、瓦礫の撤去はリリスが率先して行った。
なんでも、彼女の荷物がまだあの下に埋まっているのだという。
持ち前の馬力でどんどん瓦礫の撤去をしていくリリス。元置いてあった場所から大体の当たりをつけ、彼女は瓦礫を掘り進んでいく。
そしてリリスは数時間をかけてやっと一つの槍とバッグを掘り起こした。
彼女はバッグの中身を確認する。
「はぁ〜、よかったわ。中身もちゃんと無事みたい。」
中を確認して安堵のため息を吐くリリス。そんなリリスのカバンは俺が以前リアーゼにプレゼントした魔法式のやつなので、見た目より中が入っている。
そして外側が破けなければ基本的に中のものは無事であるのだ。
だから発掘した時点で無事は確認できていたのだが、ちゃんとあることを確認しないと安心できなかったみたいだ。
「リリス、そんなに必死に何を探していたんだ?というかそんなに大切なものでも入っているのか?」
「そりゃあ、あなたがプレゼントしてくれたものは大切よ。こんなことでなくしたりしたら嫌だわ。」
そう言ってリリスがカバンの中から取り出したのは一つの服だった。
それは以前、ベイルブレアの街で魔王討伐後に俺がプレゼントした物だ。
彼女はことあるごとにそれに袖を通してきている姿を見せてくれている。
そんなに大切にしてもらえて俺もプレゼントした甲斐があったと思うくらいだ。今もそれをぎゅっと抱きしめて無事でよかったと喜んでいる。
「それに・・・・」
「ん?」
「ここを新しくするためのお金も必要でしょう?この中に入ってるの。」
ああ、そうだな。
俺は頷いた。壊してしまったのだから、詫びの気持ちも考えて建て替えるくらいはしないといけないよな。幸い、ライガが大工は紹介してくれるというらしいし。
そして数日後。
「おう、ここでいいんだな?」
「はい、立派なやつをよろしくお願いします。」
紹介された大工がやってきた。
いかにも職人といった風貌で立っている先頭の男と、それに率いられるように後ろに並ぶ職人たち。
彼らはやってくると次々と俺たちの要望を聞き始めた。
その際、子供達の突拍子のないものや明らかに無理なものもあった。
そんなことに一切嫌な顔を見せずに全ての要望を聞き終えた親方さんは、
「よしわかった。無理なものや明らかに不便になっちまうものは省くが大体要望どうりに作ってやるよ。」
といってくれた。
料金はライガが紹介したということで少し割り引いてもらって3200万Gででっかいのを作ってもらえるらしい。
正直一億以上だったらパーティ会議を開催する羽目になったのだが、ここは俺とリリスだけの出費でなんとかなった。
そのおかげで俺の所持金、ほぼゼロであります。
また今度冒険者業で稼がにゃいかんな。
ちなみになのだが、建物が立つまでどうして過ごしているのかというと子供達とグレースさんには臨時の家ということでシュラウドの持ち運び店を置いてもらっている。
本来なら店をやる用のもののため生活するには少し不便だが、客入りを予想してそこそこ大きめのものを用意していた。
なんとか、生活くらいはできた。
グレースさんなんかはこの数日、ずっと「ありがとう、ありがとう」って頭を下げてばっかりだったよ。
その感謝はありがたく受け取っておく。
彼女も元気になって何よりだ。
また、捕縛した男3人は衛兵に突き出した。
3人、そう、3人だ。
なんと驚いたことに子ダルマのやつが生きていた。しぶといやつだな。
まぁ、死んでしまうよりはいいんじゃないんだろうか?悪いやつだから一概にはいえないけど、死んだらそれで終わりだからそれは最後だ。
そしてそんなこんなで一週間ほど経ちーーーーー
「タクミ先生、行ってしまうんですね?」
俺たちの出発の時がきた。行き先はもちろん戦場だ。
特にどこに行くとかは聞かされていないが、王城に行けばそれ用の馬車が用意されているらしい。
シャオリは悲しそうな目でこちらを見てくる。
「俺も行きたくないんだけどなあ、こればっかりは仕方ないんだ。」
「行きたくないなら行かなきゃいいじゃないですか!!先生以前言ってましたよね!!?ダメそうなら逃げることから考えろって。」
そんなこともいったっけか?正直、シャオリとはここ3ヶ月一番会話をしたと思う。
夜になったら他の子たちに気づかれないようにこっそり起きてきて、俺の話を聞いてくれた。
彼女がいたから、俺はこの3ヶ月を楽しく過ごせたのだろう。
そうじゃなかったらそれなりの生活で終わったはずだ。
「今回は王様直々のお達しだからな。行かなかったら行かなかったでここに人がきそうだし、それに死にに行くわけでもないからな。だから行くよ。」
「うぅ・・・うぅぅぅぅ、、」
シャオリの目に涙がたまり始める。しっかりもので、1番の年長者である彼女は普段は弱いところを見せない。
涙を見るのは、これが初めてだった。
そんな反応に俺は一瞬どうしていいかたじろいだ。
だが、すぐに持ち直して声をかける。
「安心しろって。用事が終わったら戻ってきてやるからさ。」
そういって俺はシャオリの頭を撫でた。
優しく、壊してしまわないように。
彼女は俺の方に顔を上げる。
そこには依然として涙が溜まったままであったが、少しだけ前を向こうという意思が見られた。
「本当ですか?」
「ああ、本当だよ。特にやることもないし、リリスも来たがるだろうしな。」
そう言って俺は少し離れた場所で子供達との別れを惜しんでいるリリスの姿を見る。
「うわーーん、お母さん行きたくないよー。ずっとみんなと一緒にいたいよー。」
「だめだよおかあさん。」「そうだよ。ちゃんとお仕事はしないと!」
「がんばってねおかあさん。」「早く帰って来てね。」
俺はその光景を見て苦笑した。
・・・あれじゃどっちが子供かわからないな。
「タクミ様。この度は本当に、ありがとうございました。このご恩はいつか、いつか絶対お返しします。」
視線を戻すとグレースさんがこちらに近寄り、俺に頭を下げる。
ここ数日で見慣れてしまった光景だ。
まるで初めてあった時みたいだな。
「そう思うならこの子たちをちゃんと頼むよ。次来た時、またはじめの頃のようになってたらそれこそ悲しいからな。」
「そ、それはお任せください!!必ずややり遂げて見せます!!」
彼女がこういうんだ。安心していいだろう。
少なくとも、今度来るときまでは体裁を整えてくれるはずだ。
「それじゃあシュラウド、お前も頼んだよ。」
「はい。自分もここで精一杯頑張らせていただきます。」
そしてシュラウドのなのだが、彼はここ王都に一度置いて行くことになった。
驚いたことにこの申し出は彼自身がしたことだ。
シュラウドはここで商売を始めるのだと、そしてその従業員として子供達を雇い給料をあげるらしい。
彼曰く、少し早くに立ちたいのだと。
シュラウドの意思だ。
俺に断る理由はなかった。
今度来たとき、黒牙の剣に変わる武器を取り扱ってるといいな。彼がこの話を持ちかけて来たとき、俺はそんな冗談を口にしたものだ。
そして時間が経ち、そろそろ俺たちも出発しないといけない頃になった。
「じゃあ、また今度。ほらお前たち、いつまでもそうしてないで早く行くぞ!」
俺はまだ離れない仲間たちと子供たちに声をかける。
リリスは嫌々ながらもちゃんと離れてくれた。
何気に人気のあったリアーゼやノアもちゃんと解放された。
そして一番ごねたのは律識だった。
空気の読めないあいつは「いやだあああ!!俺は一生この理想郷にて生きていくんだああああ」と言ってギリギリまでごねて居た。
そんな律識を見てみんなで笑ったものだ。
そして俺たちがいざ背を向けたとき、
「おい!!」
後ろから声がかけられた。
もう時間はあんまりないんだけどな。
そう思いながら俺が後ろを向くとそこにはレオンの姿があった。
戦いの傷跡は見られない綺麗な体だ。
「どうしたレオン?もう行かなきゃいけないから、手短にな。」
「あ、あんたはどうして俺たちを助けてくれたんだ!!?何が狙いだ!!?」
初めてここに来た時も同じセリフを聞いたような気がするな。
たった3ヶ月弱ほど前の話だが、俺はそれに懐かしさを覚える。
「グレースさんの手料理がたらふく食べたかったから。」
それを思い出した俺は微笑みながら以前と同じ答えを返した。
レオンはそれに憤りを感じたのか、顔を赤くして言葉を続ける。
「ふざけるなよ!そんな理由でここまでしてくれるわけがないだろ!!絶対、絶対何か企んでるんだ!」
「こらレオン!!あんな先生に何言ってるの!!先生たちが居なかったらわたし達は今頃死んでるのよ?それをあなたと言ったら・・・」
「シャオリ、いいんだ。」
レオンの失礼な物言いに、シャオリが憤慨して食らいつく。
俺はそんなシャオリをなだめる。
俺が声をかけても、シャオリは「でもっ、」といって納得のいかないような顔をしていた。
「レオン、そんなに大人が信じられないか?」
「ああそうだよ!大人達なんて俺たちから奪うことしかしない。一度優しい声をかけて来ても、最後にはそれ以上のものを奪っていくんだ!」
彼の過去に何があったのかはしらない。
ただ、その言葉を吐くだけのことはあったのだろう。幼少時代、俺は平和な世界で過ごして来た。だからこそ、同情はできても共感はできない。
「はーっはっはっは!!よくぞ見破ったな!!褒めてやろう!!」
だからこそ、俺は彼に対しての魔王『ちっぽけな魔王』を演じることにした。
敵を敵だと思ったなら、それに突き進めばいい。
変に諭して迷って立ち止まるくらいなら、何も知らずに走り続ける方がいい。
例えそれが間違った道でも、その人なりの正義を見ることができるはずだ。
そこにきっと後悔はないーーーー知らない限りは。
「だがまだ甘い!お前が俺を倒し安寧を手に入れたければーーーー、もっと大きくなって、強くなれ。今度はみんなをちゃんと守れるようにな。」
俺はそう言って振り返り歩き出した。
ったく、道化を演じるのも楽じゃない。最後にちょっとだけ手を緩めてしまったし、何よりすごく恥ずかしい。
隣を歩くノアがすんごいニヤニヤした顔でこっちを見てくる。
俺はそんなノアを肘で軽く小突いた。
これでいい。もしレオンが成長して、まだ俺を倒したいと思っているならその時は相手してやろう。
ただし、殴り合いとは別の場所で・・・・
◇
「レオン、本当はあなた先生のこと認めてるんじゃないの?」
シャオリは匠たちが見えなくなってから、隣で泣き崩れるレオンに向かってそう問いかける。
彼女の問いに、レオンは嗚咽を混じらせた声で答える。
「だ、誰が、あんなやつ、認めてなんか。」
「嘘言いなさい。あんた今、すごい後悔したって顔をしていらっしゃいますわよ?別れの挨拶、というか言いたいこと、言えてないんじゃないですの?」
「私たちはリアーゼちゃんといっぱいお話ししたから大丈夫だけど、レオンは影に隠れてたよね?」
否定の言葉を寄って来たエルザとリリカが遮る。
そこにビビも近づいて来た。
「あの、その、、、」
何か言いたいことがあるが、臆病ゆえに言えないようだ。
だが、何が言いたいのかは伝わったのだろう。レオンの目から溢れる涙は止まらない。
「お、俺、、、まだ感謝の、言葉。ありがとうって、言えてない。」
そしてレオンはポツポツと本音をこぼし始めた。
「そうね。最後の最後まで悪態ついてたわね。」
シャオリは容赦なく避難するような言葉を与える。それがさらに彼の本音を引き出し始める。
「俺、ひどいこと言ってた。、ごめんなさいも言えてないし、、、最後も、あんな。」
涙の勢いが激しくなり、レオンはそれ以上は話さずしゃくりあげるような呼吸をするだけだった。
「先生も先生よね。何もあんなにバカな演技をしなくたっていいのに・・・まぁ、そういうちょっと子供っぽいところとかも大好きなんだけどさ。」
シャオリは遠くを見つめながらそう言い、そして。
「レオン、先生たちはまた来るって言ってたわよ。今度は後悔しないために、胸張って言えるように私たちも強くなりましょう。」
「・・・・うん。俺、頑張る。次はちゃんとみんなを守りきれるように、頑張るよ。」
「うんうん、レオンもやる気になったことだし、今度グレース先生に冒険者登録しに行っていいか聞いてみようよ。教えてくれる人がいなくなったし、自分たちで強くならないとね。」
この後、必死に説得した末に行くつかの条件とともに冒険者になる許可をもらったレオンたちは、やたらと動きのいい子供の六人組冒険者として有名になるのだが、それは少し後のお話。
これにて第5章は終わりです。
次回からは第6章。シナリオは第4章終了時からできているーーーーというか孤児院の話がそもそも予定になかったーーーーのですぐに取りかかれますよ。
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