224 献上と舞
いいと言われていざ目を開けて見た子供達が見たのは、全身少なくない火傷に見舞われたリリスの姿。
彼女は肩などをむき出しにする露出度の高い服を着ているので、それがよく見える。
子供達はそんなボロボロなリリスを見て、我慢するようなそぶりも見せずに泣き始めた。
「ふえええぇえん!!おかあさん、リリスおかあさんけがしてるー!!」
「だいじょうぶなの?だいじょうぶだよね?」
「うわああん。おかあさんすごい痛そう。」
ポロポロと涙をこぼす子供達。
その反応が予想外だったのか、リリスは困惑した顔を見せてくれた。
「え、ええっと?みんなは大丈夫だった?」
「おかあさんが大丈夫じゃないぃぃ、うわああああん!!」
会話が成立しない。
リリスはあくまで子供の心配しかせず、子供達もリリスの心配しかしない。
互いのことを思っているからこそのすれ違いだった。
当面の脅威が去ったと思ったら収拾のつかない事態に発展し始めようとしている。
まぁでも、子供をなだめるのはリリスがやるだろう。
そんなことを思っていたら、いつのまにか俺の後ろに来ていたノアから声がかけられる。
「おい、タクミ!」
「あ、ノアか。遅かったじゃないか。」
「遅くないよ!!さっきからいたよ!でもリリスが戦ってて出てくるタイミングを逃したんだよ!!」
ノアはリリスの後ろを追いかけるようにこちらに向かって来ていた。
そして彼女がくる前に戦闘が始まってしまったものだから、出る幕がなかったのだ。
それに不満を覚えたのか、ノアが怒ったような態度を見せる。
「それでノア?何か用事が?」
「特にはないけど、ほらあれ。」
ノアはそう言って自分たが来た方向を指差した。
その方向を俺も見てみる。
そこには二つの人影が見えた。
俺は目を凝らしてそれが誰なのかを確認する。そしてその人影が律識とリアーゼのものだと言うことがわかった。
「お、あいつらも到着か。ん?何か引きずってる?」
「そうそう。ここにくる前になんか怪しい人たちがこっち見てたから、やっつけといたんだよね!」
ノアは胸を張って誇らしげにそう言った。
そういえば今更なのだが、この孤児院襲撃に来ていた人はたった2人だった。
1人はデストリアス。そしてもう1人はハイデルとルリアを襲っていたうちの1人の子ダルマだ。
よくよく考えてみれば残り2人がどこかにいてもおかしくなかったのだが、そうか。そこにいたか。
少し待つと律識たちがここに到着した。
「ヤッホー匠。悪そうな奴を見つけたからふんじばって持って来てやったぞ。」
律識は自慢の鎖で見覚えのある2人をぐるぐる巻きにして引きずって来ている。
その2人は気絶していた。
「タクミお兄ちゃん。この人たちどうしますか?っていうか、この状況は何?」
リアーゼは周りを見ながら不思議そうに首をかしげる。
どうして建物が崩れているのか・・・と言うことではないだろう。
確実に泣いている子供達とオロオロしているリリスのことだ。
「最終的に襲撃者はリリスが倒したんだけどさ、その際に見ての通りあいつ怪我したんだよ。それでそれを見た子供が泣き出した。」
「ふ〜ん、、、なら怪我を直せばこの状況は治るんじゃないかな?」
リアーゼは状況の収拾案を出してくれる。
確かに、けが人の治療は最優先だ。
「ちなみに聞くけど、この中で回復魔法が使えるやつってどのくらいいるの?」
俺がの質問にはーーーーー
「あ、はい。私が、使えます。」
ルリアだけが手を上げて主張した。
まぁ、知っていて聞いたから当然なんだけど、この集団回復ができるやつが少なすぎるな。
「ルリアさん。疲れているなら少し休憩したら・・・・」
「なりません!みなさんを治癒しきらない限り、休む暇はありません!」
ルリアが非常に疲れている様子だったので提言したのだが、素気無く断られてしまった。
と言うか本当に見ただけでわかるほど疲れているんだけど、
「じゃあ別の質問、MPってあとどのくらい残っている?」
「ご、ごめんなさい。も、もう残っていません。」
あら?MPはもう切れている?ならどうやって治療を・・・・
そう思ったところで俺は彼女の固有スキルのことを思い出す。
『献上』
自分の命を削って人の命を回復させるスキル。
彼女はそれを使ってけが人の治療にあたっているのだ。
流石に、無茶しているとしかいえないな。
「う〜ん、回復魔法が誰も使えないとなると薬か。リアーゼ、回復薬ってどこくらい買ってたっけ?」
「はい。みんな結構怪我するからたくさんありますよ。」
それなら良かった。
それを聞いた俺がじゃあそれをみんなに配ってくれないかと頼もうとしたところで、ノアから待ったがかかった。
「待った!!魔力不足はボクが解決できるよ!!」
自信満々に手をあげるノア。
一足遅れた到着のせいでなんの活躍もできなかったことを未だに根に持っているのかもしれない。
「そうか?じゃあルリアのMPの回復とかって」
「うん!できるね!!」
「じゃあそれをやってもらえるか?」
「了解だよ!!」
別に回復薬でけが人を薬漬けにしてもいいのだが、あれはあくまで自然治癒だ。
怪我がひどい、状態が悪いとという人に関してはすぐに効果が見られる回復魔法の方が効果的だ。
ノアは一つの魔法を発動させる。
「ふっふっふ、じゃあ行くよ?さあ、精霊界の配達人よ!契約に従って、ボクの力を、みんなに!!来て!『エマネージ』!!」
聞き覚えのない詠唱。聞き覚えのない召喚獣の名前だ。
彼女の新しい魔法なのだろう。
ノアがその魔法を唱えると、俺たちの間にハリネズミのような見た目の何かが召喚された。
大きさは大体両手のひらにギリギリ収まらない程度だ。
それは召喚されるとすぐに両手を上に上げてワタワタと振り始めた。
「ノア、これは?」
「新しいお友達のエマネージくんだね。いろんなものを運ぶのに役に立ってくれるよ。今回はボクの魔力だね。」
ノアはなんでもないようにそう言った。
しかしそれ、結構すごいことなんじゃないだろうか?その口ぶりだったらそこにあればなんでも運んでくれる気がするのだが・・・
「こ、これはーーーー!!?いけます。全員直すことができます!」
ルリアのMPが戻り通常の回復魔法が唱えられる。
彼女のレベルでは大怪我している人は全部のMPをつぎ込んでも完治とはいかない。
なんとか放置してもかなりの長時間持つ程度になるだけだ。
だから彼女は先ほどまで四苦八苦しながら頑張っていたわけなのだが、その問題をノアが解決した。
ノアはレベルが高いだけあってそこそこのMP最大値を持つ。
その量はルリアとは比べるまでもなく多い。そんなノアのMPを自由に使えるなら、全員の完治も夢じゃないかもしれない。
ルリアはまず、死ななくなった程度の治療しかできていなかったグレースさんを完治させた。
聞いた話によると、彼女が一番長い間怪我を負っていたらしく、かなり危ない状態だったみたいだ。
そして彼女は次に取り掛かる。
そんなルリアを見たリリスが一つ思いついたかのように手を叩く。
「わかったわ。おかあさんがみんなの痛いのを飛んでいかせて上げちゃうわ。」
突然リリスがそんなことを言い出した。
はて?脳筋リリスさんに何か治療の手段があったかな?
いつもの彼女の行いを見て俺はそんなことを疑問に思う。
そんな俺の疑問もつゆ知らず、リリスはそれを行動に移した。
リリスは踊り始めた。
優雅に、美しく、舞い始めたのだ。
緩やかに、時に激しく動くそれはそうあるのが一番美しい形だと錯覚させられるほど見事なものだった。
「・・・リリスってそういえばクラス踊り子だったな。」
今更ながらに俺はそれを思い出した。
今までの彼女を振り返り、彼女のクラスが踊り子であったことが影響したことはほとんどない。
下手な戦士より戦士の動きをしていたし、回復魔法の一つも使えないと言った。
よくそんなんでやってこれたな。
だから舞の一つも舞えないと勝手に思っていたのだが、そうではなかった。
あんなに立派な舞を舞うことができたのだ。
気づけば俺の体についた傷がふさがるのが速くなっていくのが分かる。
もともと『HP自然回復』のおかげでじわじわふさがっていたのだが、ここに来て一気にふさがった感じだ。
多分だけどあの舞には周囲に対して回復の効果があるんだろう。
みればリリス自身についた火傷の跡も見る見るうちに消えていく。
そして一通り舞終えたリリスに、もう傷は残っていなかった。
それを見た子供達は安心し切った顔をリリスに見せてあげる。
「おかーさん。もう痛くないー?」
「もうだいじょうぶ?」
「すごいきれーだった!」「もう一回、もう一回みせてー!」
先ほどまで泣いていたとは思えない、眩しいくらいの笑顔だ。
そんな子供達に対してリリスも笑顔で答えた。
「ええ、おかあさんはもう大丈夫よ。だから安心していいからね。」
とても安らかな笑顔だった。
次回、第5章最終話です。
第6章からはメインストーリーをザクザク進めていきたいと思います。