221 炎と風
黒牙の剣は残念ながら折れてしまっていたということなので、俺は仕方なく魔剣ティルフィングをシュラウドに持って来てもらう。
デストリアスはその間ちゃんと待ってくれた。
俺なら相手が武器を装備する前に攻撃するところなのだが、彼はそんな卑怯なことはしないらしい。
まぁ、卑怯ではないが大人気なくはあると思うけどな。
「さて、悪いな待たせてしまって。」
「気にするな。だが、せっかく待ってやったんだからつまらん思いをさせてくれるなよ。」
「それは承諾しかねるかも知れねえな。おい、お前ら何そこでじっとしてるんだ。この建物内にはもう火の手が回ってるから早く避難しろ!」
俺はいつまでたっても避難を開始しない子供達に向かって叫ぶ。
彼らは戦いの行方が気になるのか、ずっと俺たちの方を見ているのだ。
「せ、先生!大丈夫なんですか!!?」
シャオリが心配そうに声をあげる。
あれと一度戦っているからだろう。戦うべき相手の強さをわかっているのだ。
「いや、逃げてくれないと大丈夫じゃないから早くしてくれないか?後、庭側にいるだろう子供達がまた人質を取られるとかないように保護してやってくれ。」
「は、はい!!わかりました、みんな、行くよ!!」
シャオリが先導するような形でぞろぞろと外に出て行く子供達。
よし、これで俺も万が一の時は逃げることができる。
それにしても、みんな出て行く瞬間こっちを申し訳なさそうな顔をして見ていたけど、なんだよ。そんなに俺に勝ち目がないと思ってるのか?
「・・・・追わないんだな。」
「ああ、今日はここに強者と戦いに来たのだ。小物は放置でかまわんよ。」
俺の質問に相手も軽く答える。
肉を食べる腹できているから、野菜は口に入らないということだな。
「よし、じゃあ始めようか!!」
「来い!!失望させてくれるなよ!!」
そしてその言葉がきっかけとなって俺たちの戦いが始まった。
始めに仕掛けたのは俺の方だ。
相手の体は炎そのもののようになっている。
これだけみれば物理攻撃なんて効果がなさそうだが、よくよく考えてみれば相手はずっと人型を撮り続けているのだ。
それは少なからず形を維持するだけの何かがあること。
人型を取るのが趣味なのか、それとも必要があるのかはわからないが試してみる価値はある。
そう思った俺はまずは手始めにその胴体を切ってみることにした。
相手とて油断はしていないだろう。
だが、俺の能力は初見殺しが得意だ。
俺は魔剣ティルフィングを大上段に構えて、それを前進して振り下ろす。
当然今は速度重視だ。俺の速度に慣れていない奴が一度で避けられるほど遅くはない。
デストリアスはさすがというべきか、俺の剣を両方の剣を交差させて受けようとすることには成功した。
だが、それもまだ予想の範疇でしかない。
俺は武器と武器が接触する瞬間、『斬鉄』を発動させた。
武器攻撃力を0、1秒間だけ9、9倍にするスキル。
魔剣ティルフィングの攻撃力は素の状態で3桁を超える。
『純闘気』を回さなくてもそれだけで武器攻撃力が一瞬4桁を超えるのだ。
それは鋼鉄製の武器で言えば100本分以上の火力。
いくらその剣が業物とはいえ、耐えられるわけがない。
俺の剣は重ねられた二本の剣を同時に切り裂く。
「な、何っ!!?」
「その体もらっていくぞ。」
残念ながら『斬鉄』の効果は相手の体に着弾する前にギリギリ効果切れになってしまったが、そもそもダメージが入るならオーバーキルもいいところだからそれはいいだろう。
ティルフィングはデストリアスの左肩から入り、そして右の脇腹まで抜ける。
当然、そこにあったデストリアスの体は真っ二つーーーーだったのだが、一瞬燃え上がったかと思うとすぐにくっついてしまった。
「なるほど、見た目だけじゃなくって普通に炎なのか。」
ダメージは入ってるのかも知れないが、少なくとも、切断した部位は簡単にくっついてしまう。
「まさか、驚いたよ。今も手が痺れている。」
俺と同様に、相手も驚いたような顔をしていた。
まさか剣が二つとも一瞬で使い物にならなくなるとは思っていなかったのだろう。
だが、それでもなお相手の闘争心のようなものには欠けが見られない。
諦めるつもりはないようだ。
その様子を見て俺はそれもそうだなと思う。
相手の体は今現在炎。
全身が武器といっても差し支えないし、そもそも剣だけが人間の武器ではない。
その体も、使いようによっては立派な凶器。
以前誰かに言ったように、人間は相手の武器を奪った瞬間に隙ができる。
意識はしていても、どうしても少し油断してしまうのだろう。
今回はそれを突かれてどうこうということ花kったが、十分に注意したほうがよさそうだ。
「さて、その再生能力って永遠に続くの?それとも時間経過?いや、多分だけど時間じゃなくて再生したHPの値とかで解除の方が現実的か?」
なんにせよあの状態をどうにかしないと話にならない。
物理攻撃が効果が薄いとなると、俺の勝ち目も同様に薄くなるのだ。
「さて、どうだろうな!!」
次はデストリアスの方が動いた。
その身の能力を全力で行使するために近づいてくる。
その間も思考は止めない。
俺は先ほど口に出して言ったことを一つずつ確認する。
まずはーーーー永遠?
多分これは違う。もしずっとこの状態でいられるなら、勘弁してくれというところだが一応違うという根拠はある。
それは先ほどの相手の行動だ。
じゃあ時間経過で解けるのかというのだが、こっちも違うと思う。
時間経過系なら悠長に子供達が逃げたり俺が剣を装備するのを待つのはおかしい。
少なくとも、急がせるくらいのことはしてくるはずだ。
だから違うと推測。
ならば一定以上のダメージで解けるのか?
ありそうなのはこれだな。
先程デストリアスは俺の剣を防御しようとした。
もしダメージを受けないなら、そんなことはしないだろう。
それよりかはカウンターを狙ってきたはずだ。
何か、ダメージを受けることで失うものはあるはずだ。
「それと他にあるとするなら、周りの炎とかも関係しているかも知れねえよな・・・・」
炎の体を持っている相手なので、炎のフィールドは相手のとって有利なのでは?
そんな考えも浮かんでくる。
「ふっ、戦いの中で無駄な思考をするとはよっぽど余裕なのだな。」
「いや、考えなしに突破できるとは思ってねえからよ。」
デストリアスがもうそこまで攻めってきている。
彼は右腕を突き出してきた。
俺はそれにあわせ、伸ばしてきた腕を思いっきり払いのける。
俺の剣がデストリアスの右肘あたりを通過する。
例のごとくそれは一瞬だけ切り離され、すぐに接着してそのまま突っ込んできた。
炎の腕が俺に押し当てられる。
「ああああ、熱っ!!熱!!」
生きたまま身を焼かれるってこんな感じなのかな?そう思うような痛みが襲ってくる。
ジリジリと体が削られていく感覚だ。
これを長く続けているとこっちが力尽きてしまう。
俺は足に力を込め、大きく後ろに飛んで無理やりにでも距離を取る。
俺の跳躍に床が耐えきれずに爆ぜる。
デストリアスは距離をとった俺に再度近づいてくる。
俺はまた迎撃をしようとするが、持ち前の再生能力でごり押ししてくる相手に少し身を焼かれて距離を取る。
これを数度繰り返した。
一度にもらうダメージは少ない。だが、それを何度も繰り返せば積もり積もって大ダメージだ。
『HP自動回復』があるからそこまで悲壮感はないが、結構絶望的状況だ。
だが、その間に少し収穫があった。
俺が相手を切るたび、少しずつであるがデストリアスの体の炎が勢いをなくしているような気がした。
まぁ、その次の瞬間には元どおりなのだが、俺は見逃していない。
あいつが体を補填する度、少しではあるが周りの火の手が弱まっているのを。
「ちょこまかと逃げ回っていて勝てるのか?」
デストリアスは挑発的なことを言ってくる。
何度も逃げられてイライラしてきているのかも知れない。だが、安心しろ。
「とりあえず逃げるのはこれで最後にしたいな。それも、お前からじゃねえよ?」
「何?」
俺は剣を構えて大きく振り払った。
そこには誰もいない。何もないが、俺の剣には『風闘気』の力が乗っている。
それに加えて『斬鉄』のスキルも一緒だ。
俺が剣を振り切ると、その軌道を拡張するかのように風が飛ぶ。
そしてそれは、孤児院の壁を大きく切り裂く結果となった。
まるで建物自体を輪切りにするかのような一撃。
それを受けた孤児院は、そもそも炎でもろくなっていたこともあって崩壊を始める。
よし、これはサービスだ。
まだ冷却時間を過ぎてはいないから『斬鉄』の効果は乗せられないが、『風闘気』の時間は残っている。
俺は適当に剣を振るい、建物へのダメージを大きくしていった。
「こ、これは?」
「ああ、多分予想通りだと思うけど、この建物を倒壊させる。グレースさんと子供たちにはわるけど、放っておいてもどんどんも燃え上がるだけだろうからな。じゃ、俺は先に外に出ているから。」
俺は最後の『風闘気』の時間を使いデストリアスに斬撃をプレゼントする。
彼には今防御手段はない。
再生できるから必要ないといえばないのだが、一応その体を傷つけることはできるのだ。
そしてほぼ一瞬で終わるとはいえ再生には時間がかかる。
建物の倒壊もこれだけやれば一瞬だ。
俺はギリギリを見計らって後ろの扉から身を投げ出すような形で外に出た。
そして、その次の瞬間。
孤児院はけたたましい音とともに崩れ落ちた。
最近少しだけ忙しくて更新が遅れてしまいました。
申し訳ない・・・