219 風の帝王と炎の化身
突如としてシャオリの背中から吹き上がった血液。
それを見て一番驚いていたのはシャオリでもなく、かといってエルザやリタではなく、他でもないデストリアスだった。
彼の放った『天断』は未だにその効果の途中であり、今はまだ剣を振り下ろしている最中だ。
当然、シャオリの体には届いていない。
にもかかわらず突如として噴き出した鮮血は、彼の動揺を誘うのにはちょうどいいものだった。
反面、背中に大きな切り傷を作ったシャオリ自身はというと、その顔に笑みを浮かべている。
デストリアスの『天断』は空を切る。
本来なら外しようのないタイミングだったのだが、突如としてシャオリの速度が急増したのだ。
その光景はまるで血液でできた翼を使って羽ばたいたようにも見える。
だがそれは錯覚だ。実際に翼が生えているわけではないし、血液自体に何か効果があるわけでもない。
しかしそれはここまでの話だ。
次の瞬間、シャオリの背中から噴き出していた鮮血が一気にデストリアスに襲いかかった。
だが、その威力はない。これをもらってもせいぜい頭に水を書けられたくらいにしか感じられないだろう。
それを理解しているデストリアスはそれを甘んじて受ける。
この状態でいちいち威力のないものに構ってられないと判断したためだ。
だが、ただの水と血液とでは決定的な差がある。
それは色だ。
シャオリから出た血液は、『烈風帝』の風に運ばれてデストリアスの目元に直撃した。
「む?目が・・・」
目に張り付く赤い液体。それがデストリアスの視界を塞いだ。
「その首、貰うわよ!!」
そしてそこにシャオリの一撃が向けられる。
彼女は黒牙の剣を腰のあたりから自らの頭上まで一気に振り上げた。
動揺は誘った、視界も奪った、もう片方の手も魔法につきっきりだ。
完璧なタイミングでの一撃。これを受ければ勝負は終わる。
「やあああああああ!!」
早く終わらせる。その思いを込めた雄叫びがシャオリの首から発せられる。
彼女の全力のスイング、黒牙の剣はデストリアスの首元に吸い込まれるようにしていく。
そしてーーーーー硬いものに阻まれるような音が響いた。
「はぁ、危ない危ない。危うく首を落としてしまうところだった。」
デストリアスは自分の首に黒牙の剣が届く直前、『天断』を終えた方の剣を素早く引き戻しそれを首と剣の間に挟み込んだのだ。
だが、それはかろうじて挟み込めただけに過ぎなかった。
「あああああああああっ!!」
シャオリが勢いのまま剣を振り抜かんとすれば、不安定なデストリアスの剣は押されていく。
この勢いのまま行けば、その首を取れる。
そう、シャオリが確信した時だった。
「いやあ、すまんな。正直舐めてた、それに関しては謝罪しよう。爆裂しろ『爆炎刃』」
デストリアスがそう呟くとともに、彼の首とシャオリの剣の間に挟まっていた一振りの剣が突如爆発を巻き起こす。
「きゃああああ!!」
至近距離でその爆発を受けたシャオリは大きく後ろに吹き飛ばされる。
その爆発は炎を撒き散らし、孤児院の床などに引火した。
「シャオリ!!?大丈夫ですの!!?」
自分のもとに飛んでくるシャオリ、それを心配したエルザが彼女の方に意識を向けてしまう。
それがいけなかった。
デストリアスは今、『紫電』の連射攻撃によってその動きを大きく制限されていた。
ただの一瞬だが、それを途切れさせてしまい自由にさせて仕舞えば事態は悪化する。
爆発を受け、吹き飛ばされた先で咳き込んでいたシャオリは突如感じた死の気配を機敏に感じ取り、飛ばされながらも手放すことはなかった黒牙の剣を頭上に掲げた。
すると直後、彼女の腕に凄まじい衝撃が走り剣と剣がぶつかり合う音がした。
ただそれは綺麗なものではなく、何か硬いものが破損するような音。何かに日々でも入ったかのような音だった。
「あっ・・・」
一番近くにいたシャオリはすぐにその音の正体に気がついた。
彼女の持っていた剣には、大きなヒビが入っていた。
あと数度、強く打ち付けたら壊れてしまうだろう。誰が見ても一目瞭然だった。
「あ、、、先生にお借りした武器が。」
そのことに気づいたシャオリはこともあろうことかその場で放心してしまった。
先ほどのも、今回のもたった僅かな隙だ。だが、そのわずかな隙でさえも戦闘においては致命的すぎる。
彼女が惚けている間に、次の一撃が襲った。
またも強烈な衝撃、だが今回は結果が違っていた。
黒牙の剣はシャオリの身を守るという役目を果たした後、その中程からポッキリと折れて剣先を床に転がらせていた。
「あぁ、、、あぁ、、、ぁ、」
これを見たシャオリはまたも我を忘れてしまう。
緊急事態とはいえ匠という彼女にとって先生であり、憧れの相手である人の愛用の武器。
それを自分が勝手に使って壊してしまったのだという罪悪感が、彼女の動きをまたも止めた。
デストリアスは油断なく3度目の攻撃に移る。
彼は二刀流だ。
それ故に、攻撃のサイクルは早い。
それこそ、その一瞬さえあればシャオリなんて殺すのは容易いほどだ。
もう彼女の身を守るものはない。
とどめの一撃が振り下ろされる。
「やめろおおおおお!!リタ、頼んだ!!」
「お、思いっきり行くから覚悟してね?」
そこに食らいつく者の姿があった。
レオンだ。
彼は先立ってやられてしまったように見えたが、まだ少しだけ休憩すれば立つことくらいはできる程度には体力が残っていた。
通常の子供ならデストリアスの蹴りは一撃食らっただけで立ち上がることはできない。
それどころか、当たりどころによっては内臓が破裂するなどの要因で一撃でお陀仏だ。
だが、レオンには他の誰にも持っていないスキルがある。
『ちっぽけな正義感』
守るべきものがいる時、その防御力を上昇させてくれる能力だ。
ぱっと見は地味に見えるこの能力だが、その実態はそうとも言い切れない。
この能力による防御力上昇はバカにできないレベルにあるからだ。
助けを求められ、その期待を背負っている時のこのスキルは、使用者の防御力を爆発的に引き上げる。
ここにはレオンたち冒険者志望組を信じて祈っている他の子供達がいる。
その要件を満たすことは容易であった。
レオンの背中に爆風が叩きつけられる。
「うおっと、ちょっとビビったけどそれだけだぜ。」
リタのレベルは子供達の中で一番高い19だ。そしてそれ相応の魔力があるため、魔法の威力も上がっている。
だが、そんなリタからの遠慮なしの一撃を怪我をした状態で受けたレオンは全くもって平気だった。
彼の言葉通り、レオンはその一撃を強い風程度にしか感じていない。
それほどまでに防御力が上がっっているのだ。
レオンはリタの魔法に飛ばされ一直線にデストリアスのもとにたどり着き、そのまま組み付いた。
「ちっ、、面倒な。」
振り上げられたことによって開いたわき腹に突き刺さるように飛びついたレオンはそのまま押し倒そうとする。
だが、デストリアスの強靭な足腰はそれを許さない。
レオンがいくら体重をかけて押し倒そうにも、足を踏ん張った状態の彼は動くことはなかった。
「どうした?もう終わりか?終わりだな?」
「へっ、まだ終わってねえぜ!!エルザ!『紫電』だ!」
「ええ、わかってますわよ!!」
合図とともにエルザが『紫電』を再開する。
ただし、これは先ほどまでとは放つ意味合いの違う『紫電』。
先ほどまでのは牽制、シャオリが近づきやすくするためのものだ。さが、今回はなったのは正面から叩きつけてダメージを狙うためのもの。
これを放って仕舞えば密着しているレオンもダメージを受ける。
だが、彼の防御力が大幅に上昇しているのは先ほどのリタとの様子でわかっていたエルザに躊躇いはない。
レオンに当たってもいいという思いでひたすらに『紫電』を打ち付けた。
「自己犠牲の精神か。子供だからって英雄譚に憧れすぎるといつか痛い目見るぜ?」
そんな子供達の決死の一撃をデストリアスはまるでなんの問題もないといったように避けなかった。
『紫電』はそのままレオンとデストリアスの体を同じくらいの割合で捉える。
「・・・ぅ。。。くぅ、、」
「ふん・・・・どうやら貴様がくたばる方が先みたいだな。」
デストリアスに『紫電』が効いていないわけではない。微量ではあるが、その防御を突破してダメージを与えている。
だがそれ以上にレオンの負担がひどかった。
いくら防御力が上がっているからといって、延々と魔法を食らえばそのダメージは蓄積する。
彼らは今、同じ魔法にさらされながらも方や苦しげな、方や涼しげな表情をしていた。
「レオン、これ以上は無理だわ。一度離れなさい!」
そこで我に帰ったシャオリがそう叫ぶ。
「はっ、ここで逃げたら男が廃るぜ!!」
「そんなプライド捨てて!このままじゃあレオンが死んじゃうよ!!」
「だが、ここで離れたら多分もう懐には入らせてもらえない。ここでやるしか、俺たちが助かる道はないんだよ!」
レオンの言葉も最もだ。
デストリアスからしたら油断はしていものの2度も至近距離に接近されいいようにされているのだ。
3度目はないだろう。
「ぐっ、、が、、、」
苦しそうにうめき声をあげるレオン。それを見たシャオリとリタは目を背けそうになり、エルザは攻撃の手を緩めてしまう。
そこでデストリアスはニヤリと笑った。
次の瞬間、レオンは体からひっぺがされ投げ飛ばされていた。
レオンの体が向かう方向はリタの場所だ。
デストリアスはレオンを射出してきたリタに丁寧に球を返却したのだ。
リタはとっさにそれを受け止めた。
「れ、レオン?大丈夫?」
「ああ、ちっときついけどまだいけるぜ。」
それを効いたリタは嘘だと言いたくなった。レオンの体はもう既にボロボロだ。
背中は切り裂かれ、腹部には大きな痣。その皮膚も先ほどの電撃でいくらか火傷をしている。
満身創痍だ。
だがそんな状態になってもなお、レオンは立ち上がろうとした。
何故?決まっている。
自分の後ろには守るべき弟分、妹分がいるのだ。
ここで自分が引くわけにはいかない。その思いがひとえにレオンを奮い立たせる。
だが、それでデストリアスを倒せるかというとまた別の話だった。
「さて、そろそろお前はうざいな。」
「ーーーーっ!!?」
デストリアスは今度は自ら動いた。狙う先はエルザ。
永遠と高レートで飛んでくる魔法の雷をいい加減煩わしいと感じてきた彼は一直線にエルザとの距離を詰める。
そして右の剣でエルザの体を袈裟斬りにする。
「エルザッ!!」
それを近くで見ているしかなかったリタが叫ぶ。
どうか無事であってくれと願う。また、彼女のもとに進ませてしまった無力な自分を嘆く。そんな思いが詰まった叫びだ。
エルザの体は深々と切り裂かれ、その肉だけではなく内側の骨も切られているようだった。
傷口からは黒みがかった血液が飛び出してくる。
「がはっ、、え、『炎環』!!」
エルザは即座に『炎環』を発動させる。
すると先ほどの傷が嘘であったかのように、まるでビデオの巻き戻し機能を使ったかのように完治する。
それを見た一同はホッとするーーーーー間もなくデストリアスの左手から次の斬撃が加えられた。
またも深い傷を負ってしまうエルザ。
即死しなかったのは僥倖、また『炎環』のスキルで自分の身を治癒するエルザ。
そして彼女は必死に後ろに飛び、デストリアスから距離をとった。
「確かに切り裂いたはずだが・・・一瞬で治りやがった。」
「ふ、ふふん。と、と、当然ですのよ!私は不死身なんですから!」
面白いものを見たといった風に目を大きめに開くデストリアスと、見栄を張るエルザ。
不死身というのはもちろん嘘だ。否、少し違う。
嘘ではないが、本当でもない。
確かにエルザは長期戦、削りあいにおいては不死身といって差し支えないほどの生命力を持っている。
だが、それはあくまで『炎環』による体力回復と『魔力炉』による魔力回復のおかげに他ならない。
そしてそのどちらにも欠点はあった。
『炎環』はフルにMPをためていても短時間に3度しか発動できない。
また、『魔力炉』も献上から供給までに時間がかかる。
つまり短時間に致死量のダメージを何度も受ければすぐにガス欠になるのだ。
それに、『炎環』はスキルだ。発動する隙さえ与えない、即死させられれば意味がないのだ。
「はっ、不死身だって?言ってろよ。そしてずっと信じてろよ。俺が身をもって教えてやるよ。壊れないものなんてないってことをな。」
デストリアスは再び踏み込む。
武器をなくしたシャオリなど放置でいい。今はエルザを倒す。彼の中での優先順位がそっちの方が上だった。
だが、今度はシャオリの妨害が入る。
別にシャオリは剣士というわけではない。
基本的に剣を使って学ぶことが多いが、剣術を習ったわけではなく、生き残るための戦い方を習ったのだ。
「ごめんなさい先生!!」
シャオリは手元に残った黒牙の剣の半分を思いっきり投げつけた。
後ろからかなりの速度で飛んでくる物体。
流石のデストリアスもそれは無視できない。彼は剣の片方を後ろ向きに降ってそれを弾き落とした。
「リタ、外してもいいから一発強いのお願い!!」
「は、はい!!」
デストリアスが剣を弾き落とすのが早いか否か、シャオリの指示が飛ぶ。
リタは一番の攻撃力だ。それを遊ばせておく手はない。
リタの全力の魔法、先ほどレオンに当てたただの空気の塊とは比べ物にならない殺傷能力を秘めた風の刃がデストリアスを襲う。
「ちっ、小癪な。」
太腿の高さほどで直進してくるそれを跳躍で回避する。
リタの放った風の刃は対象に当たらなかったが、その勢いを衰えさせることはない。
彼女の魔法は今度はそのまま後方にいるシャオリの元へ届けられる。
「シャオリさん!!避けて!!」
リタは必死になって叫んだ。これでシャオリン体が真っ二つにでもなったりしたら、目も当てられない。
相手に外すことは想定していた、だが子供であるリタの頭ではそのあとどうなるかまでは考えていなかった。
だが、聡明なシャオリはそれも織り込み済みだ。
むしろ、それを待っていたと言わんばかりに、まるで策が嵌ったと言わんばかりに笑みをこぼす。
それは前しか見ていないデストリアスには見えない。
故に、危険察知能力が高くとも反応がワンテンポ遅れる。
ましてや今は空中、そもそも身動きなんて取れるはずもない。
「ちゃんと私のいうことを聞きなさい『烈風帝』!!」
リタの魔法がシャオリに着弾する直前、シャオリはそう叫んだ。
彼女の一番の強みである固有スキル『烈風帝』
その能力の本質は風の制御にある。
彼女はまだ慣れないそのスキルを全力で行使して、リタの起こした風を自分の周りで捻じ曲げ後ろからデストリアスにお見舞いした。
その瞬間、デストリアスの警笛が全力で危険を知らせた。
彼はとっさに量の剣を背後で交差して風の刃を防ぐ。
だが、空中であることと後ろ向きであることが相成ってうまく防ぎきれない。
シャオリたちはついにその体に傷らしい傷をつけることに成功した。
そして少ししてから彼の体は地面に降り立つ。
「はぁ、はぁ、、、まずは、一発。」
慣れないスキル行使に息を切らすシャオリ。
体は軋み悲鳴を上げている。だが、目に見える傷をつけることに成功したことで僅かながら希望を見出していた。
だが、それはすぐに絶望に塗り替えられる。
「ちっ、、、流石にガキ相手とはいえ4体1は面倒だな。ったく、誰だよこんながきに戦闘技能を叩き込んだやつはよ・・・」
デストリアスがそういった次の瞬間、彼の体は一瞬だけまばゆい光に包まれる。
そして気づいた時にはその体は炎そのものになっていた。
『炎身化』
他でもないデストリアスの固有スキル。
その身を炎そのものに変える超絶スキルだ。
先ほどまで生命を感じられた姿はもうそこにはなかった。あるのはただただ轟々と佇む力のみ。
それと対峙している4人は、それを見た途端勝てるという考えを捨てていた。
本能が告げている。
あれには勝てない。
先ほどまでにも圧倒的な力の差があった。だが、今はそれ以上だと、肌から感じる感覚がそれを知らせていた。
ただ、悪い知らせばかりではない。
「ごめんなさい、遅くなりました!!」
「エルザ様、ルリア姉様を連れてきました!!」
「遅くなってすみません、助太刀いたします。」
「俺もいる、力になれるかわからないが助けに来たぜ。」
先んじて人を呼びにいってもらっていた奴らが帰って来た。
これで戦力の増強は完了だ。
回復魔法の使えるルリアもいる。彼女の足元には血だらけで倒れるグレースがおり、それを見た瞬間ルリアは『ヒール』の魔法を即座に唱えた。
また、その間彼女の兄であるハイデルは邪魔が入らないようにデストリアスとルリアの間に立つ。
シャオリも下がりこれに合流。
リタやエルザ、そしてレオンもなんとかデストリアスがそちらに気を取られた隙に入口側へと移動した。
「ふー、この姿になるのも久しぶりだぜ。さて、第2ラウンドといこうか。」
炎の化身と化した男は両の手にそれぞれを収まっている剣を構えて笑った。
孤児院内にはすでに炎がまわっていた。