218 格上と戦い方
「じゃあ、一応矛を交える仲だ。お前を殺す男の名前くらいは教えてやるよ。俺の名はデストリアスだ。まぁ、覚えてもらう意味はないんだけどな。」
やる気がなさそうに名乗る男を見たシャオリは顔を強張らせた。
その物言いに苛立っているわけではない。事実、今の自分と相手とでは圧倒的な力量差があるからだ。
圧倒的格上。
彼女はそれに勝つための手段を探しはじめる。
なんの策もなしに飛び込んでいい相手ではない。そうして仕舞えば先ほどのレオンのように能力差だけで手も足も出ない。
だが、何も考えずにやるべきこともある。
「リタ!お願い!」
「は、はいぃ。」
リタが風の魔法『ウィンドブラスト』を発動させる。
対象はデストリアス・・・・ではなくその足元に倒れているレオンだ。
レオンは無抵抗のままその魔法を受け、そして地面を滑りリタの手元まで運ばれる。
多少は魔法のダメージが入って辛いだろう。
だが、それ以上にあの場所に放置していたら戦闘の巻き添えやデストリアスからのとどめの一撃が加えられてそれ以上に危険だ。
リタは自分の手元まで飛ばされたレオンを回収して安全な場所まで下がる。
そしてレオンの容体を確認し始めた。
「だ、大丈夫です。息はあります。」
「そう、よかったわ。でもこのままじゃあグレース先生共々危険だわ。ビビ、リリカ、2人はルリア姉さんを呼びに行って!」
「了解です。」「わ、わかった。」
途中でまた何かトラブルがあるかもしれないから1人ではなく、2人で回復役を呼びに行かせる。
ビビのスキルには『臆病者』がある。
彼ならば、確実にここまでルリアを連れてこれるだろうとシャオリはそう考えての人選だ。
「シャオリ、私は一緒に戦いますわよ!」
エルザはシャオリとともにデストリアスと戦うことにする。
シャオリとしては危険にさらされる人数はできるだけ少ないほうがいい。
だが、少しでも勝率が上がるならそれに越したことはない。
1人で戦って自分が殺されるより、2人で怪我して勝利せよ。
ここ数ヶ月、匠が彼女に教えたことの一つだった。
そしてここまできて、シャオリはデストリアスを倒すための具体的な方法を考える。
一から考えてもいい案はすぐには出ないだろう。
だから彼女は今まで教えてもらったことーーーー主に匠からーーーを思い出す。
(タクミ先生は格上との戦い方も一応教えてくれた。私だって、やってやれないことはないはず。)
シャオリは思い出す。
あの日の夜の会話を
◆
「ん?自分より強い相手と出会った時どうすればいいかって?」
「はい!先生ならどうしますか?」
「そりゃあ逃げるのが一番じゃないか?普通に戦って勝てないから、『自分より強い』ということだろう?戦って勝てるなら前提が崩れるだろうしな。」
「そうですか。ちなみに、どうしても戦わなければならなかったら、先生ならどうしますか?」
「それはつまり格上との戦い方を教えて欲しいってことか?」
「ぶっちゃけて言えばそうです。」
「そっか。まあ色々あるけど全部に共通して言えるのが、徹底してやるってことじゃないか?」
「徹底してやる?」
「そうだ。一瞬で戦闘を終わらせる、何時間も戦い続けるくらいの持久戦に持ち込む、攻撃しない、防御しない、なんでもいいから振りきっちまうことが格上と戦う上で役に立つことだろうな。」
「そうですか。ちなみに先生ならどうやって戦うんですか?」
「俺か?俺ならいつものように超短期決戦だな。一撃で敵を倒す。」
「格上相手にそれができるんですか?」
「出来るし、もしそういう状況ならなんでもやるしかないんじゃないか?躊躇ってたらそれこそ振りきれなくて負けちまうぞ。」
「そうですね。もしそんな機会があったら、参考にさせていただきますね。」
「いや、基本的には逃げてくれよ?」
◆
「タクミ先生は徹底しろと言ってたよね。確かに、中途半端に戦って勝てる相手じゃなさそう。」
そう確認の言葉をつぶやいて、シャオリは自分のとるべき行動を整理する。
短期決戦?持久戦?
(ここは短期決戦一択だね。待ってても意味はないし、グレース先生も心配だから)
ただ、そうなってくると問題がある。
そう、攻撃力不足だ。
匠が短期決戦をやるならなんの問題もない。彼には『斬鉄』をはじめとする攻撃の威力を一瞬だけ素の状態の数十倍にするスキルコンボがある。
だが、シャオリにはそれがない。
彼女が持っている一番のスキルは言うまでもないが『烈風帝』しかしこれは威力面で言えば強力なスキルとは言い難い。
『烈風帝』によって生み出される風の刃を数発当てた程度では、デストリアスを倒すことはできないとシャオリは感じていた。
それに、武器も問題だった。
彼女が持っているのは訓練用の木剣。全力で振り抜いても、その身を切り裂くことはできない。
どうするべきか、とシャオリが考えていたところで救いの手が差し伸べられた。
「シャオリさん。」
「えっと確かシュラウドくんだったよね?何かあったの?」
「これを。」
シュラウドがそう言ってシャオリに差し出したのは匠が置いていった黒牙の剣だった。
ブラックドラゴンの素材をふんだんに使った最高クラスの武器。
これで先ほど考えられた攻撃力不足を補うことができる。
「これは!!先生の!!?」
シャオリは差し出されたそれを見て驚愕する。
彼女が尊敬する匠の武器。勝手に使ってしまっていいのだろうかと思いながら、状況を見れば助かることは間違いないので木剣を手放しそれを受け取った。
「大丈夫です。匠様はもし万が一何かがあった時、手を貸すようにと言っておられました。武器に関しても有事であれば黒牙の剣なら貸し出しても大丈夫だとおっしゃいました。」
魔剣ティルフィングはその特殊能力を使用するのに魂を要求されてしまうと言う情報があるため、貸出不可として扱われているのだが、ただの武器である黒牙の剣はもし何かあった時はすぐに貸し出すようにと匠はシュラウドに言っていた。
この場面を想定したわけではないが、もし万が一というのがないわけではないと考えたからだ。
「そうですか。先生・・・ありがとうございます!!使わせてもらいますね!!」
シャオリは剣を構える。
剣から伝わってくる感触は木剣なんかとは大違いで、ずっしりと重い。
また、これを人間に向けて振るえば即座にその命を刈り取るであろうことも容易に想像できた。
「へぇ、ガキのくせに武器ばっかりはいっちょまえなんだな。背伸びしたいお年頃ってやつか?」
男の挑発的な言葉、だがそれにはシャオリは乗らない。
「先生は言っていたよ!達人は武器を選ばないっていうんなら、武器の性能差で勝ってもそれは実力で勝ったって誇っていいんだって!!」
「その先生とやらは随分と卑怯なやつなんだな。さて、準備もできたみたいだしそろそろやろうか。」
デストリアスが動くーーーーより先にエルザが動いた。
「勝手に動かないでくださいますか?」
エルザは次々と魔法を発動させる。使用しているのは雷魔法の『紫電』だ。
彼女の固有スキル『魔力の泉』と『魔力炉』が判明してから律識に勧められて取得したスキルだ。
消費MPは大きめだが、その分詠唱もなく再使用に必要な時間もない。
また人体にぶつければ少なからず麻痺の効果も見込めるため、こう言った場所では最適なスキルだと言えた。
エルザは戦闘が始まる前から『魔力炉』に魔力を焼べる。
そして帰ってきたらはじめと同じだけーーーという感じにどんどんMPのストックを増やしていっている。
そんな彼女だからこそ、『紫電』は非常に相性がいい。
エルザは出し惜しみなく全力で『紫電』を放った。
「おうおう、随分と大盤振る舞いだねえ。」
デストリアスは飛んでくる雷を剣で払いのける。
魔法の速度が全属性中最速である雷魔法である『紫電』を、二本の剣を器用に使って自分に当たるやつだけを切り払っているのだ。
そこには匠が習得しているものと同じ『魔力切り』の力も働いている。
また、魔法を切れるということはそのくらい実力差があることは明白だった。
だが、シャオリはその動作を見逃さない。
魔法を切る、ということをするのに両手を使っているデストリアスは大きく隙を晒しているのとおなじだ。
シャオリはそこに向かって飛び込んだ。
いつでもつき出せるように剣を前に構え疾走する。
このままいけばデストリアスの前まで到達し、その体を貫くだろう。
だが、それは許されない。
「ふんっ、『天断』!」
デストリアスは一つのスキルを発動させた。どのスキルの効果は受けから下に向けて剣を振り下ろすというもの。
シンプルではあるが威力は高い。
しかし普通なら『紫電』の嵐の中、自分の体の動きが制限されるアクティブスキルを発動するのは自殺行為だろう。だが、彼にはそれは当てはまらなかった。
彼は左の手で『天断』を発動させながらも、右の手で『紫電』に対抗している。
武器を二つ持っているからこそ、二つの動作を一度にできるということだ。
次の瞬間ーーーーーーーーシャオリの背中から鮮血が噴き出した。
スキル紹介『天断』
作中の記述通り武器を持っている腕を上から下へと振り下ろす。
威力は大体スキルなしでやった時の倍くらい。
MP消費はないが、一度使ったら1分の冷却時間が必要。