217 戦う意思と守るべきもの
その日は最近では考えられないくらい朝が静かであった。
3ヶ月ほど前から滞在している者たちは軒並み勇者によって王城に招かれたからだ。
そのことに関しては何も問題はない。
今日は授業はないのかとか、いつもいる人が急にいない日があると少し寂しいだとかは思うが、ちゃんと帰ってきてくれるとシャオリは信じているから騒いだりはしなかった。
だが、心のうちに溜まったものはまた別の問題だ。
「はぁ、先生・・・いつ帰ってくるかなあ。」
シャオリはため息をつく。
ここ最近では昼夜問わずいつでもくっついていた彼女の先生は、今日は用事でどこかに出かけてしまった。
それも、いつ帰ってくるかわからない。
シュラウドが残っているから帰ってこないということは絶対にない。
ただ、それがいつになるのか検討がつかないためどうしても不安なのだ。
「ふん、シャオリったら何をそんなに沈んでらっしゃいますの?そんなんでは愛しのタクミ先生に嫌われてしまいますわよ?」
そんなシャオリを見かねたエルザが話しかける。
ぱっと見は高圧的な態度だが、そこには確かな優しさが感じられる。
シャオリはこの孤児院にいる子供達の中では最年長者だ。
だからこそ、匠たちがこの場所にいるようになるまでは自分が一番しっかりしていなければならないという責任感からか、少しでも弱っている姿を見せることはなかった。
だが、最近はどうもその箍が緩んでいるみたいだった。
「き、嫌われ・・・タクミ先生に嫌われる?」
「そうですわ。あなたみたいなちょっと会えないだけでため息製造機になる人なんて、きっと先生も嫌いなはずですわよ。」
実際はそうではないのだが、エルザは確信めいたものを感じ取ってそう言った。
匠の好みを感じた、というよりかはどちらかでいうとため息をつき続けるシャオリをこうすれば止められると感じたのだ。
「そう、かな?そうだよね。タクミ先生は元気な私たちの方が好きだよね!!?」
「そ、そうですわね。」
急に顔に花を咲かせたシャオリにエルザは少したじろぐ。
だが直ぐに持ち直した。
「それで今日は何をしますの?あの人たちが夜までに帰ってこない可能性もあるし、ずっとこうして待っているのもどうかと思いますわよ。」
それを聞いたシャオリはそれもそうだと考える。
となると今日は暇な1日になってしまうということだ。
それを認識したシャオリは今日の1日を使ってやることを決めた。
「そうだよね。だったら私は『烈風帝』の練習でもしようかな。まだ使いこなせないし。」
数週間ほど前に彼女に知らされた自分自身の力である『烈風帝』、彼女はまだそれを使いこなせない。
風邪を纏うことは直ぐにできるようになったが、それを自在に動かすとなると話が変わってくるのだ。
自分の体にないものを動かすのはかなり黒しているみたいだった。
「そう、じゃあ私も手伝いますわよ。早速庭に行きましょう。」
相手がいたほうが捗るのではないかと思ったエルザはその手伝いをすることにした。
2人は仲良く並んで庭に出る。
そこで見たのは自分たちと同じく先生がいないながらも自主的にトレーニングに励む冒険者志望の子供達の姿があった。
「あら、みんなも同じ考え見たいね。私たちはあの空いているスペースでやりましょうか
。」
「ええ、わかったわ。」
◇
そうしてみんなが思い思いのことをやり始めて少しした後、事件は起こった。
孤児院の扉を叩く音が聞こえた。
その音を聞いたみんなはハイデルとルリアが来たのかなと考えたが、どうにも扉の叩き方が2人のものではないと思い直した。
いつもその2人が来たときは軽いノックをするくらいだ。
それに最近ではここに来ることも多いため、2人は慣れたように直ぐに中に入って来る。
だが、今回の扉の叩き方はどこか粗暴なところがあり、扉が壊れてしまうのではないのかと思うほどだ。
当然、それに似合った音が聞こえて来る。
ただ、来客というなら対応しないわけにはいかない。
グレースは何の疑問も抱かずに孤児院の扉を開いた。
そこにいたのは2人の男だった。
1人は薄汚れた服を着ているせの低い男で、その額には一度裂けた跡がある。
もう1人は色の抜けたような灰色の長髪を後ろでくくっている。
またその服はもう1人とは違い、歴戦の戦士といったような風貌だ。
腰には二本の細剣を下げている。
「今日はどうかなさいましたか?」
扉を開き、そこから来客者の容姿を見て見覚えのないものだと判断したグレースはいつものように対応をする。
それに対して相手は何か要件を言うーーーーーのではなく、強引に建物内に足を踏み入れる。
「お邪魔しまーす。」
どこか気の抜けたような声が建物内に響く。
男はグレースを押しのけ、何かを確かめるように辺りを見渡した。
だが、そこには誰もいない。
現在、全ての子供は庭にいるからだ。
それを見た男は小柄な方の男に声をかけた。
「なあ、本当にここであってるのか?」
「は、はい!!確かに、居住区南の孤児院って言っていました!その条件に合うのはこの場所しかありません!」
どうやらこの2人は上下関係にあるみたいだ。
グレースはそこまで読み取り、再び要件を尋ねる。
「あの、御用件は・・・」
「うるせえよ。ちょっと黙っていろ。」
質問の最中、グレースの体に激痛が走った。
とっさに自分の体を確認した彼女が見たのは、でかでかと切り裂かれ血液を流す自分の体。
再び顔を上に上げると、そこには抜刀した状態の男の姿があった。
何をされたか一目瞭然だった。
いや、実はグレース、かろうじてその動きを捉えることくらいはできていた。
だが、一切の反応も許さずにその身を切り裂かれたのだ。
「あ、、、げほっ、ごほっ、、」
喉の奥から血が上って来くる。体はそれを排出しようと咳を出す。
ただその時の圧迫感が体を刺激し、痛みを加速させた。
結果、グレースはそれ以上その場に立っていることが出来ずになすすべもなく床に倒れ伏した。
「はぁ、ここにはいないってことは別の部屋か?」
男はそんなグレースを一切気にも止めず歩き出した。
そんな男に対し飛びかかる一つの影があった。
「おらあああああ!!お前グレース先生になにやってんだよおおお!!」
レオンであった。
彼は基本的にこの孤児院にいる子供と、グレースしか信用していない。
だからこそ、今回の来客にも常に警戒をしており、誰よりも早く異変に気づくことが出来た。
彼は訓練用の木剣を大きく振りかぶり、跳躍の勢いを使ってそれを男にたたきつけようとする。
「うん、こいつも違うよな?」
男はそんなレオンを軽くいなし、すれ違いざまに腹部を蹴り飛ばした。
何も体を支えるもののない空中、それに加えて小さくて軽いレオンの体は、その蹴りを受けて吹き飛ばされる。
「ぎゃん!!」
レオンはそのまま壁に激突した。
「は、はい。若い男と子供といいやしたが、男は成人していて子供は女でした。」
小柄な男が腰を低くして発言をする。
「はぁ、どうせなら全員ここにいろよな。めんどくせえ。」
男は剣を鞘に収めて再び歩き始める。
目標は近くにあった扉だ。
「くそおおお、俺たちの家を荒らすんじゃねえ!」
そこにレオンが食らいつく。
先ほどの蹴りと壁との激突でダメージは受けているが、まだ動けないわけではないと判断したレオンはすぐに動き出した
「む?思ったより頑丈なんだな。」
振り返った男は左手で剣を抜刀し、その勢いのままレオンに向けて振り抜いた。
それを事前に察知したレオンは下がって回避する。
そしてその攻撃を避け切ったことを確認して、突撃を再開した。
「うおおおおおおぉぉ!!」
姿勢を低くして一足に男に肉薄する。
彼が今警戒しているのは蹴りだ。
子供のレオンがそこまで姿勢を低くして仕舞えば、その位置から腕は届かない。
剣も今しがた振り切らせたばっかりだ。
この状態なら蹴りだけを警戒していればいい、それだけを避ければいい。
レオンはそう考えていた。だが、彼は忘れている。
男は剣を二本持っているといことを。
男は右の手で剣を引き抜き、それをレオンの突撃に合わせて振り下ろした。
完璧なタイミング。その軌道は一瞬後にレオンの体を切り裂くことだろうと予想できた。
「ーーーーっ!!?くそっ!!」
レオンはとっさの判断で攻撃用に準備していた木剣を上にかざした。
いきなりの行動だったが、なんとか剣と体の間に剣を割り込ませることが出来たレオン。
だが、それはたいした意味を持たなかった。
「があああ、、チッ、、、まだまd、、、ガハッ!」
レオンが持っているのは訓練用の木剣で、男が持っているのは明らかに相手を殺すことを考えられた金属の剣だ。
レオンをカードの上から叩き斬るのに支障はない。
多少は威力を散らされてしまうが、その刃はレオンの体を切り裂く。
だが、不屈のレオンはその一撃を受けはしたものの歯を食いしばり耐えた。
耐えて、前に進もうとした。だが、切られたことによって出来た大きな隙を完璧に突かれ、警戒していたはずの蹴撃を綺麗に受けてしまう。
再びレオンの体は吹き飛ばされ、そして少し離れたところで落ちた。
今回はレオンの足がちゃんと地面を踏みしめていたこと、それに加えて男の蹴りが突き刺すようなものであったためそこまで飛距離が出なかったのだ。
だが、そのことに楽観はできないどころか最悪の状況だった。
今、レオンが倒れている位置は男が少し前に出れば剣が届く位置でしかないのだ。
「は〜、ちょいと面倒だが、また起き上がられてもあれだしな。近くに落ちてくれたし確実にとどめを刺しておこう。」
その距離関係が、男にとどめをさすことを決定させた。
「ぐっ、、」
背中を切られ、腹部を強く蹴られたレオンは立ち上がれない。
何も抵抗が出来ない、絶体絶命の状況だった。
「待ちなさい!!」
そんな中、男の注意を引くようにはっきりと通る声で発言するもの。
なんとなくそちらに顔を向けた男が見たのはシャオリの姿だった。
レオンの壁への激突音を聞きつけ、いち早くやってきたのだ。
そしてそれは小柄な男も見ておりーーーー
「あ、兄貴!あいつです。子供の方!!」
と慌てて主張した。
「は?お前あんなのにやられたの?すげえつええやつにやられたって言ったから来てやったのに、本当に言葉通り子供じゃねえか。」
男は仲間を見て落胆したような言葉をかけた。
彼がここに連れてこられた理由、ここに来る気になった理由はかなりの強者がいるという報告を部下から受けたからだ。
だが、実際来て見てみればその片割れはどう見てもただの子供。
強さのかけらも感じられない。
そう思った男は念のため『看破』のスキルをシャオリに向けて発動させた。
『看破』とはノービスや一部の魔法使い系のクラスが使える『解析』の戦士版だ。
戦士も覚えることができるが、劣化版といっても差し支えない。
何せこの『看破』のスキルは対象のレベルとクラス以外の数値は一切見えないのだ
ただ、それさえわかって仕舞えば大抵のステータスは想像が容易い。
経験豊富なもの程活用できるスキルなのだ。
そしてその結果はクラスは戦士でレベルが7、雑魚もいいところだった。
さっきの男もレベルは6しかなかった。
2人とも子供にしてはかなり鍛えているのだろうが、雑魚の域を出ない。そう判断した。
「あ、あっちは子供ですがもう1人はちゃんと大人です!」
小柄な男はそう弁明する。
そこは問題ではないのだが、男はそいつがただ報復するためだけに自分を利用したいのではないかと考える。
彼を連れて来た小柄な男のレベルは立った10だ。
普段から魔物の相手をしてるバウ犬舎相手なら大概負ける。
(はぁ、こいつの強いを信じた俺がバカだったな)
故に目の前の男からしたら大概の相手は強者に当たるのだ。
そう判断した男はもはやこの場所に興味をなくし始めていた。
だが、一応もう1人の方を見るくらいはしておいてもいいかと思い直した。
「なあ、そこのお前、、この前一緒にノッシュ・・・あー、こいつとその他2人をのしただろう?その時にもう1人いたはずなんだが、そいつはどこにいる?」
男はシャオリに視線をやる。
そこから見えるのは怯えなどの感情もあったが、何より大きいのは怒りの感情だった。
「先生になんの用事ですか?」
シャオリは怒りを抑えて質問する。
レオン見たくすぐに飛びかからないのは話し合いで引いてもらえる可能性を考慮したからだ。
「ちょっとそいつと戦って見たくてよ。呼んできてくれねえか?」
「お断りします。先生の手を煩わせるまでもありません。」
シャオリはそうきっぱりと言い放った。タクミは現在王城にいる。
彼に助けを求めることはできないと判断した結果、選択肢がもう戦うしかなかったのだ。
「はあ〜、、、仕方ねえか。お前らを全員嬲ってその悲鳴で呼び出すとしようか。」
シャオリの言葉を聞いた男は剣を構えて彼女に向き直った。
少し間が空いてしまいすみませんでした。
理由としましては、夏ホラーのことについて考えていたらこっちを書く時間がががががが。。。