205 人の意識と隠密
俺が子供達の面倒を診始めてから、数日が経過した。
リリスのチェックは思ったよりも厳しい。
実際に危ない技は勿論のこと、見た感じだけが危ないという技を教えるのも許してはくれなかった。
本当に子供達のことを思うならそういったことも教えるべきだと思うのだが、過保護なリリスはそれすらも許さなかった。
曰く、危ないことは自分が全部やるから最低限、最大限の自己防衛ができるようにしてくれだと、、、なんだそりゃ。
ともあれ、そんなリリスのせいで俺の指導は難色を示している。
だってそうだろう?『爆速爆来』も、『サクリファステップ』も、果ては『両カタパルト』すらも教えさせてくれなかった。
これらの技はどれも使い所さえ間違えなければ最高の技術で、あまり見た目も悪くないのにだ。
そんなわけで俺1人では教えられることに限界がある。
だから今日は少しだけ方針を変えることにした。
「はい、みんな注目!!今日は特別講師に来てもらっている!!」
朝の庭。そこで大きな声で宣言する俺を子供たちは訝しげな顔で見た。
おそらく俺がまた何か変な技を教えるとか、それでリリスに注意を受けるとか思っているのだろうが今日に限ってそんな心配はない。
「特別講師ですか?・・・・えっと、もしかしてお仲間さんの誰かですか?」
そう予測を立てたのはシャオリだった。
さすがは一番のお姉さん。頭は良く回るみたいだ。
「そうだな。じゃあ紹介するよ。おーい、リアーゼ!!こっちに来てくれ!!」
俺は遠くで農作業に従事しているリアーゼに声をかける。
彼女は俺の声に気づき、すぐにこっちに来てくれる。よかった。なんの話も通さずに呼んだからこない可能性もあったんだけどな。
「呼んだかな?」
彼女は俺のそばまで来ると可愛く首を傾げた。そんな彼女の指先は土で少しだけ汚れており、今、作業組で行われている庭の女装作業の最中だということがわかる。
「えっと、リアーゼ、ちょっとこいつらに教えて欲しいことがあるんだけど、、、今日はこっちを手伝ってもらっていいかな?」
「うん。分かった。・・・で?何を教えたら?」
「あ、ちょっとその前に、みんな今日の特別講師であるリアーゼ先生だ。今日は彼女のいうことは絶対だから留意してくれ。」
「えー!!こんなにちっこいのが先生かよ!」
「こらレオン!不満を言うな!リアーゼは小さくてもすごいんだからな!」
「そんな、タクミお兄ちゃん言い過ぎだよ〜」
実際、リアーゼは凄い。凄い凄いと言っても語彙が疑われるだけだからこれ以上は言わないが、とにかく教える側の人間であることは確かなのだ。
こと、今から教えてもらうことに関してはパーティ随一の実力者だ。
「それでお兄ちゃん?何を教えたら?」
「そうだった。リアーゼには隠密行動を教えてもらいたいんだけど・・・大丈夫かな?」
「はい!大丈夫です!」
よかった、引き受けてくれるみたいだ。これで断られたら明日連れて来るつもりだった特別講師第2号である律識を引きずって来る必要があった。
こうしてリアーゼの授業が始まった。
ちなみに、子供達に混じって俺もその授業を聞くことにした。
「はい、じゃあ隠れる方法を、、、と言ってもそれほど難しくもないですよ。」
リアーゼはそんな前置きを挟んで話し始める。
「まず隠れる側として隠れられていない状況っていうのは相手にバレている状況のことだけを言うんです。それは例えどんなにうまく隠れても相手に気づかれている限り隠れているとは言いません。」
リアーゼは丁寧な口調で話す。そしてその内容は昨日まで俺が教えようとしていた、使えることは確かだが突拍子のない説明のものではなく始めから、丁寧に教えてくれるみたいだ。
「そしてそれは逆に相手にバレていなければ、どんなに堂々としていても『隠れられている』と言うことになるのです。」
リアーゼの話は単純なことだが、それ故にそれを聞いた子供達の頭にはクエスチョンマークが浮かび上がっている。
リアーゼはその空気を鋭く察知した。
「あんまりピンと来てないって感じーーーー、あ、そうだ!みんな、今から隠れんぼしませんか?」
成る程、今説明したことを実現してみせようと言うことだな。
いい案だし子供ならずっと話を聞いているより体を使って遊びたいだろう。
俺もここ数日は模擬戦という形で体を動かさせてはいたが、あれはあれで遊んでいるという感じではないからな。
「ルールは簡単です。今からみんなは目を隠して30秒数える。その間に私はこの孤児院の敷地内のどこかに隠れています。1時間以内に見つければみんなの勝ち。見つけられなければ私の勝ちです!!」
おいおい1時間って、大丈夫なのか?鬼の数は俺を入れたら7人もいて、敷地内といえば確かに広いけど1時間もあったらすぐに見つかると思うぞ?
一瞬だけそう思ったが、考えてみればこいつは今までその何倍もの数の魔物からその姿を隠し続けて来たんだった。
そう考えると、ちょっとこっちの戦力の方が心もとないな。
「へっ、俺はこの施設を隅々まで知り尽くしているんだ!!1時間どころか、10分でも余裕だぜ!!」
「そうですわね。私なら、5分もあれば十分すぎますわ!!」
気の強い組がそう息巻いているが、果たして本当に見つけられるのだろうか?
「じゃあ、みんな目を隠してちゃんと30数えてください。えっと、タクミお兄ちゃん、一応構わないんだけどズルとかしないように見張っててね?」
「ああ、そんなことをする奴はいないさ。」
いるとしたら俺だな。俺はそう心の中で苦笑しながら目を隠して30秒を大きな声で数えた。
「「「28ーーー29ーーー30!!」」」
ゆっくりとした30カウントを終えるとすぐに子供たちは一斉に動き出した。
そしてその多くは開け放たれたままの孤児院の中に吸い込まれるように入っていく。
レオンやエルザといった気の強い組もそっちだ。
ここら辺を調べずにどこへいくのだろうか?そう思ったりもしたが、考えてみれば庭には隠れるところなんてないな。
遊具とかはなく、精々木が数本外側に配置されているだけだ。
あ、そういえば1時間経てば終了と言っていたが、正確な時間はどうやって図るのだろうか?
まさかあいつ時計を持っているのか?もしそうならどこで買ったかを教えてもらおう。
時計はいつか欲しいと思っていたのだ。
「さて、シャオリ?お前は探しに行かなくていいのか?」
俺もそろそろ探しに行こう。そう思っていた時、未だにシャオリがスタートをきっていないことに気がついた。
もしかして隠れんぼをするのが嫌なのだろうか?
そう思ったが、違ったみたいだ。
「一応、この勝負に対する年長者の意見を聞いてからでもいいかなって思いまして。」
「そうか。あ、そうだ。今は俺は教官でもなんでもないから楽に話してくれてもいいぞ。」
今、この場では俺はリアーゼを追いかける子供と成り果てているのだ。
「そうですか?じゃあ、お言葉に甘えて、、、どう考えてる?」
「そうだな。見つけられないに一票かな?」
「理由は?」
「なんというか、リアーゼは普通に探しても見つかるような奴じゃない気がする。」
「じゃあどうやったら見つかりそう?」
ふむ、リアーゼを見つける方法か。
まず大前提として、リアーゼは多分まだそこまでこの施設に詳しくはない。
だから誰も知らない隠れ場所というのは考える必要はない。
そういえばさっきリアーゼはどんな隠れ方をしても、見つからなければ隠れられているということになるって言っていたな。
「普通の場所は他の奴らが探すだろうし、普通は探さないような場所を探していく方がいいのかな?」
「そっか。じゃあ私はそういう感じでやってみる。タクミ先生、貴重な意見ありがとね。」
シャオリはそう言って一足遅れて建物内に入って行った。
今は生徒としてここにいるのだが、彼女の中では俺は先生だという位置付けらしい。
ここ数日、まともなものを教えられなかった自覚のある俺を、建前でも普通の口調で先生と呼んでくれるのは少し嬉しく思えた。
「さて、俺もみんなにいいところを見せられるように頑張って探しますかね。」
俺はそう呟いて周りを見渡した。施設内は子供達がくまなく探すために見に行ったが、今思えばこの庭は誰も調べていなかったな。
もしここにリアーゼがいたらそれこそ笑い物だぜ。
俺は庭を一通り目を通して回った。
人が隠れられそうな場所はほとんどない。彼女の小さな体なら木の裏とかでも普通に隠れられそうだったので、そこらへんをちゃんとみるためにも回り込んだりもしたが無駄足だったみたいだな。
よし、俺も子供達の捜査に協力しに行くとしよう。
俺も建物内に入った。
◇
「・・・・ふふっ、ちょっとだけ惜しかったけど、ハズレだよお兄ちゃん。」
リアーゼは匠が建物内に入ったのを見てそう呟いた。
今の彼女にはこちらに背中を向けて建物内を見る匠の姿がある。
建物に入ったばかりの匠の背中が見える。
それが意味するところは、リアーゼは先ほどまで匠が探していた建物外にいたのだ。
だが、その捜索を彼女は見事にすり抜けた。
それを見た彼女はこれからどうしようかと考える。
「う〜ん、ある意味1時間は長すぎたかな?その半分でも授業の意味はあったかもだよね?・・・まあいいや。」
完全な独り言で、誰もその声に答えるものはいない。
「ふう、本当は隠れる側としてはあんまりいい手じゃないんだけど、さっきまでと同じようにしていようかな?」
1時間は長すぎた。隠れられないからじゃない。隠れ切れるからだ。
リアーゼは今から1時間の間、ずっとやることがないのだ。彼女の心の中には今、その間何をして過ごそうという事くらいしか入っていなかった。
「そうだ、この間は草むしりを手伝いに行っちゃえばいっか。」
かくれんぼをしている最中であるにも関わらず、なんとも大胆な発想を思いつくリアーゼ。
普通はあり得ない発想なのだが、リアーゼはその案を名案としか考えていなかった。
教育の最中に、農業もできる。最高ではないか。
そう思ったリアーゼは即座に木から飛び降りた。
そうだ。リアーゼはずっと木の上にいた。それもただの木の上とは少しだけ違う。
この場所は子供達と匠が一緒になって30秒を数えた場所にあった木だ。
リアーゼはみんなが目をつぶって数を数え始めたことを確認してからすぐに大きな足音を立てながら一度遠くへ行くような動きを見せたことも、彼女が建物内にいるというイメージを子供達に植えつけた。
実際は足音を建物方面に一直線に向けた後に彼女のスキルである『音消し』を使ってこっそり戻ってきて、そしてこっそり木の上に登ったのだが、見事に気づかれなかった。
最悪、気づかれそうになったらリアーゼは次の手を打たなければいけなかったのだが、今回はその必要すらなかったみたいだった。
(わざわざ扉を開けっぱなしにした甲斐があったね。さ〜て、草さんたち〜、私に引っこ抜かれちゃってね。)
リアーゼは畑周りの草をむしり始めた。
今回くらいから少しずつペースをあげようかな〜なんて思ってたりもします。
『サクリファステップ』
相手の攻撃を自分に集中させることができる効果を見込まれた動き。
NPCには基本的に通用せず、対人戦でのみ効果を発揮する。
名前の由来は自分が犠牲になり天国へステップするというところから来た技。
技の名前の由来を説明しただけでリリスに止められたただの気持ち悪い動きである。