202 不信と自衛
母の会とやらに参加ささせられた次の朝、俺は律識を引き連れて商業区にお邪魔していた。
その目的は昨日話し合った通り農業用の土を購入することだ。
2日ほど前、ノアと一緒にここら辺を歩いた時、結構いろんなものがあったからな。
農業用の土くらい普通に入手できるだろう。
そう思って歩いていたのだが、少し見通しが甘かったみたいだ。
「案外売ってないものだな。」
ホームセンター的な場所を数件回ってみたがこれと言った収穫はなし。
そもそも、園芸用の道具ですら置いてある場所が少ない。
一応、雑貨屋などに行けば小さな植木鉢くらいは置いてあることがあるが、今欲しいのはそれではなかった。
「そうだね。思ったんだけど、そもそもこの世界には土を売るという発想があるんだろうか?」
律識の言葉を聞いて、土なんてそもそもどこにも売っていない可能性があることに思い至った。
食料的な面だけをみたら前の世界と遜色ないが、文明レベルが中世で止まっているのだ。
そういうことがあっても一切おかしくはない。
「でもだとすると困るな。土がなきゃ農業ができん。」
「ていうかさっきから土土言ってるけど、そこらへんのでやったらダメなの?」
律識は農業的なことには詳しくない。いや、俺もそこまで詳しくないのだが、俺は一応、父さんが死んで母さんが働き始めた時、少しの田舎の祖父母の家にいたことがある。
農業の知識や、動物の解体方法を一般人よりは知っているのだ。
「やってできないことはない、、、かもしれないが、正直それならその労働力を別のところに回したほうがいいだろうな。」
グレースさんが孤児院の庭で栽培を始めたこともあると言った。
だが、現在は何もやっていないというのがその答えだ。
「じゃあ、動物の糞尿をまくとか・・・・」
「堆肥を作るのにも結構時間がかかるしなあ・・・」
確かいろいろなものを埋めて数ヶ月放置・・・とかそんな手順で作るものだった気がする。
俺たちがそんなに長い期間あそこに滞在するとも思えないので、こうやって土を買いにきているということを忘れてはいけない。
っていうかそもそも、馬糞なんて今まで見て回った中でも見つからなかった。
・・・それに、作り方はうろ覚えだしな。
俺たちがそんな風に悩んでいると・・・・
「ちょっとそこのお兄さん。」
後ろから声をかけられる。
何か聞き覚えのある声だ。だが、それが誰だったのかがわからない。
あ、でも確かこんなセリフ以前にも聞いたような気がする。
そう思い至った俺は声がした方向、つまりは後ろを向いた。
「お金持ちのお兄さん。どうやらお困りのようですね。」
やっぱり、以前レアアイテムということで説明書を俺に売ってくれた商人の青年だった。
彼は以前のように大量の荷物は持っておらず、大きめのカバンを1つ背負っているだけだった。
彼はニコニコと笑みを浮かべてこちらをみている。
「えっと、何か用かな?」
律識が困惑したような顔で話しかける。
対する青年は笑みを全く動かさずに、爽やかな声で答えた。
「何かうちの商品を買ってもらえないかと思いましてね。どうやらお困りのようでしたし、何か力になれるかもしれませんよ?」
青年は自信満々にそう言った。ふむ、そういえば以前見たときこいつはジャンルを問わないラインナップを見せてくれたな。
もしかしたら、持っているかもしれない。
「えっとじゃあ、農業用の土とか持ってないかな?」
「もちろん。用意してありますよ。」
駄目元で聞いて見たが、どうやらあるみたいだ。
「え?あるの?」
「はい。勿論です。お客様の要望に応えてこその商人ですからね。」
彼はそう言って背中のリュックから大きな袋をいくつか取り出した。
1つ1つはリュックに入っていてもおかしくはないが、総量的にはおかしい。
明らかにリュックより大きくなっているのだ。
だとするなら、彼のリュックは俺がリアーゼにプレゼントしたみたいなアイテムなんだろう。
「どうです?購入されますか?」
袋の口を開いて、中の土を見せる青年。俺は軽く土に触ってみる。
ふむ、ちょっとネバネバしている、良さげな土だ。
確かこういう土には微生物がいっぱいいたり、このネバネバが小さい粒を搦め捕ったりしてくれて根を伸ばしやすくなるんだったっけ?
俺がそうやって確認作業をしていると、律識が訝しげな声を上げる。
「流石にポッと出てきて俺たちの欲しいものをちょうど持っているなんて虫のいい話がある?なあ匠、ちょっとおかしくないか?」
え?土の状態は別におかしくないように思えるけど?
「おやおや?酷い言われようですね。こちらはあなた方が欲しいというから出したのですが・・・」
「それがおかしいと思うんだよ。だってどの店に行っても売っていなかったものを、ただの商人がちょうど持っているっていうのはおかしくないか?」
「いや、おかしいと言いますけど割と需要はあるんですよ?流石に、農村では誰も買いませんけどね。後、強いて言うなら商人の勘が働いたんですよ。これを仕入れておけば大きな稼ぎが生まれると!!」
相変わらず、この青年はお金に関する嗅覚が効くみたいだ。
農業用土の買い手があると言うのはまあ、本当なのだろう。
現状、この街では彼に頼まないと買えないというほどに売っているのを見ない。
そんな街で、家庭菜園に手を出したい人の前に土を持っていけば売れそうだ。
「う〜ん、、、そうかなあ?」
「律識、そんなに気になるなら解析してみればいいんじゃないか?」
『精密解析』という別の視点、主観以外の視点から見たら何かわかるかもしれない。
そう思い俺は律識に提案した。
彼はその提案に飛びつき、本人の許可を得るより早く『精密解析』を発動させた。
「・・・・ふむふむ、。これは!!?」
そして何かわかったらしい。
解析結果を見て何か納得したように頷いていた。
「・・・なあ、勝手に解析されているけど黙っていていいのか?」
「ええ、大丈夫です。私の勘が告げています。ここで受け入れればこの商談は成立すると。」
青年は自信満々にそう言い放つ。そしてそれは事実正しかったみたいだ。
「えっと律識?何かわかったのか?」
「すげえ、この人固有スキルに『黄金色の嗅覚』とかいうとんでもスキル持っているぞ。」
律識が簡単の声をあげた。なんでも、そのスキルを持っているとなんとなくどう動けば金を手に入れられるかがわかるようになるみたいだ。
商人としては破格のスキルだな。
そしてそのスキルの能力を見たから、律識は先ほどまでの言葉を信じたのだろう。
それ以上疑うようなそぶりは見せなかった。
「それで?ご購入はされるんですか?」
「あ、うん。とりあえず5袋、、いや、念のため10袋もらっていい?」
「一袋1万Gになります。」
ぐっ、結構高い。だが、これは飯の種の一部だ。俺は10万Gを支払う。
「まいどあり〜・・・ところで、こんな道具もあるんですけど・・・」
俺が金を支払うと、気を良くした青年が次なるアイテムを取り出した。
当然、彼には俺たちが今どんなものが欲しいのかがわかっているのだろう。
彼が次に取り出したのはいくつかの農具だった。
土を購入した、だから無理に土を耕す必要はない。だが、畝を作ったり手入れをしたりで農具は必要だ。
と、するとこれも購入しなければいけないわけで・・・・
結局、合計で20万Gも持っていかれてしまった。
あと、大量の土を運ぶのが少しだけきつかった。
◇
農業セットを購入後、俺たちは速やかに孤児院に戻った。
するとそこには疲れ果てた子供の姿。
激しい運動をした後みたいだ。
「あ、お帰りなさいタクミ。首尾は上々みたいね。」
「ああ、目当てのものが見つからない時一時はどうなることかと思ったが、なんとかなったよ。」
「そう。よかったわ。」
「それでそっちはどんな感じだ?」
俺たちが買い物に行っている間、リリスは冒険者になる予定の子供達の手ほどきをするという感じだったが、それはどうなったのだろうか?
こうやってへたり込んでいる子供の姿を見ると、何もやっていないということはないだろう。
むしろ、激しく動き回るくらいには何かやったはずだ。
「それがあんまりうまくいってないのよね。」
「へえ、ちなみにどんなことをしたんだ?」
「鍛えるなら実践あるのみだと思って、みんなに私に攻撃するようにってやったんだけど、何を指導していいかわからなかったのよね・・・」
リリスは悲しげな顔でそう言う。
冒険者予定の子供は6人だ。昨日のうちに子供達の数を数えて見たところ、現在13人の子供がこの施設で暮らしていることを考えると、ギリギリ半分満たない数だ。
リリスはその6人に掛かってくるようにと言ったみたいだ。
そしてそれを見てどうするべきが決めるつもりだったらしいのだが、そもそも高いステータスを売りにしてるリリスがそんな子器用なことができるわけがなかった。
結果、何をすればいいかわからないまま子供達の体力が尽きてしまって今に至るらしい。
「まあ、事実実践あるのみは間違ってないんだし、これを続けるだけでも少しは変わってくるんじゃないか?」
少なくとも、体を動かす感覚はつかめそうだし、そこまで悪いことでもない。そう思って言ったのだが、リリスは納得してないみたいだ。
身を守る術を教えるからには、徹底してやりたいのだと。
「それでなんだけど、タクミ、あなたこの子達に戦い方を教えてあげてくれないかしら?」
「なんで俺が?」
「だって私に教えてくれたのもあなたでしょう?その時と同じ要領でやって欲しいのよ。」
確かに、リリスの戦い方に少し指摘を入れはしたが、そもそもリリスはある程度戦えてた上に体を動かすのは上手かった。
だからああも簡単に悪いところを改善していけたのだが、完璧な素人に教えるとなるとどうなんだろうか?
「俺にできるとは思えなんだけど・・・?」
「そんなことないわよ。ちゃんとできるはずよ。」
「そうか?」
そう言われてもあんまりピンとこないな。そう思って俺が唸っていると、今度は律識から声がかかる。
「そもそも、これって身を守るための特訓だよね?」
「そうだな。簡単な採取依頼をこなす間に襲われてもなんとか死なないようにするための訓練だな。」
確か昨日の話し合いで最低限自衛できるように鍛えるとか話した気がする。
「だったら気楽にやってみればいいんじゃないかな?ほら、匠ってそう言う戦い方も結構得意だったよね?それを教えるのは?」
成る程。それならできるかもしれない。
「わかったよリリス。期待に答えられるかはわからないけど、とりあえずできるだけはやって見る。」
リリスの頼みはあんまり無下にできないし、俺にできることがあるかもしれないならとりあえずやるだけやってみよう。
それでダメだったら別のやつに頼もう。
俺はそう決心してリリスからの要請を受けた。
スキル紹介その3 『黄金色の嗅覚』
そのものが自分にとって利益につながるか否かが判別できるようになるスキル。
また、どっちの方向に行けば儲けられそうかという直感も働くようになる。