200 質と量
リリスは建物内に入ってくるや否や、俺に頭からダイブしてくる。
俺は子供たちの相手をするのに気を抜いていたのと、リリスの行動があまりにも唐突だったので避け切ることができずにその突撃を腹で受ける羽目になった。
「タクミ!!あなたの大好きなリリスですよ!!」
「ぐはっ、いきなり何を・・・?」
何やらリリスのテンションが高い。何かあったのだろうか?
いつもこんな感じであることには違いないが、それでも普段は自制ができているみたいだった。
だが、今日のリリスは一切の自重を知らないと言った様子だ。
「律識ぃ!!リリスに何があったか説明を頼むぅ!!」
飛びつかれて動けなくなった俺はとにかくこの状況の原因を律識に説明させる。
なぜかは知らないが、その光景を見て目をそらしているあいつが一番よく知っていそうな気がしたからだ。
「うっ、すまない匠。リリスさんに匠が悪魔が好きっていう話をしてたら段々彼女のテンションが上がって来て、、俺たちといるときは何も問題はなかったんだけど、匠を見て抑えが外れたみたいだ。」
律識はそう説明をくれる。
あいつ、どんな説明の仕方をしたらこうなるんだよ。
確かに、俺は創作作品のなかでは天使系より悪魔系の方が好きだ。
だが、それは種族的な話であって、それ以上ではないのだが、リリスのこの暴れっぷりを見る限りそれを言っただけでは説明がつかない。
「うふふふふ、タクミィ、そんなにお母さんのことが好きだったら言ってくれればよかったのに・・・安心して、お母さんは全てを受け入れるから!!」
う〜む、この暴走したリリスをどうしようか。
リリスは俺に突撃した直後、その腕を俺の腹に回して来ている。
つまり俺は拘束されているわけで、そして俺は腕力という面においてはリリスには勝てない。
力全振りの『白闘気』+『限界到達』を使用してもリリスの素の力に劣っているのだ。
そしてそんな力で締め付けられていれば当然俺にも少なくないダメージがあるわけで・・・・
「痛だだだだ、、、ちょっとリリスストップ!!」
「いやよ!離さない」
ちょっと!!?腹が締め付けられて痛いんだけど!!?あと、肋骨とかミシミシ言い始めているんだけど!!?
「このままだと辛いからちょっと離れろって!!」
「あら?照れてるのね?大丈夫よ、お母さんは気にしてないから。」
うん、無理だこれ。
もはや正攻法では外しようがない。リリスは何をどう言っても笑顔で受け入れそして俺を離さないだろう。
「ノア!!ちょっとヘルプ!!」
俺はノアに助けを求めた。自分1人じゃこれを剥がすことはできない。
だが、ノアならなんとかできるはずだ。
例えば召喚魔法で俺を呼び出せば俺だけがノアの近くに飛ばされるかもしれない。
・・・・これは装備品も一緒に飛ばされるから最悪リリスも付いてくるな。
まあとにかく、彼女ならなんとかしてくれるさ。
「任せて!!」
ノアは俺の機体に応えるべく、行動を開始する。
「リリス!!そんな君にタクミからプレゼントがあるよ!!」
「え?嘘!?どこどこ?」
「ほら!回りを見るんだ!!」
リリスはノアの指示に従い、あたりを確認する。
ここは孤児院の中。そして周りにはそこに保護されている親のない子供達の姿がある。
その子供たちは暴走するリリスを見て俺たちに飛びかかるのをやめていて、どうしていいかわからずに立ち尽くしてこちらを見ているだけだった。
そんな子供達とリリスの目があった。
「ま、まさか?」
「そうだよ!タクミは君が喜ぶかもと思ってここに連れて来たんだ!!」
ノアがそう言うと、リリスの締め付けが弱くなっていって最後には俺は拘束から解放された。
そして自由になったリリスの手は空中でワキワキと動いている。
リリスの攻撃対象が自分たちに移ったことを認識したのだろう。
子供達は不安そうにふるふる震えている。
「やーん、こんなに可愛い子供達がいっぱい。全部私がもらっていいのね!!?」
次の瞬間、リリスが動いた。
あ、リリスさん、グレースさんが怒るかもしれないのでお持ち帰りは勘弁してください。
彼女は俺の一番近くにいた獣人の少年の両脇を持って持ち上げた。
「は、離せ!!」
「ええ、お話ししましょう!!」
今のリリスに冗談は通じない。貰っていいと言われから、好きに愛でるつもりのようだ。
持ち上げられた少年は若干目がイっているリリスを見て震えている。
そんな反応でさえも、リリスには自分を楽しませるためのものでしかない。
「いや〜ん、子犬みたいに震えちゃって可愛いわ!!震えてるってことは不安ってことよね?じゃあ安心させてあげないと!」
リリスはそう言うと少年を自分の体の方に引き寄せ、そのまま抱きしめた。
そうしたリリスは恍惚の表情を浮かべるが、肝心の少年はというと暴れまわって拘束を解除しようとするだけだった。
だが、それはむなしい努力に終わる。
当然だ。だってあれ、俺でさえ力尽くで抜け出すことはできないんだから。
「うわああああああ!!」
そして少年はひととき暴れたと思うと、途中で抵抗をやめて動かなくなってしまった。
あれ?あいつ大丈夫か?
「あら?安心して寝ちゃったのね?仕方ないわ。」
動かなくなった少年をリリスはそっと横たえた。
悪夢にうなされるような表情で横たえられる少年。
心底恐ろしい体験をしたといった感じだろうか?
「それじゃあ、えっと次は〜・」
少年を横たえた後、リリスは次の獲物を見定め始めた。
あれ?もしかしてこれ、全員が気絶するまで続くの?そう思われたが、ここで子供陣営に強力な盾が投下される。
「・・・・お母さん、次は私!!」
少し期待したような目で両手を上に上げるエレナだ。
それを見たリリスはまたも暴走気味に
「よしよし、お母さんが恋しくなったのね。ごめんね、気の利かないお母さんで。」
と言ってエレナを抱き上げた。
先ほどの少年と同じようにリリスの胸の中に抱かれる形になるが、結果は同じではなかった。
エレナはリリスの抱擁を受けても平然とした様子で、むしろ勝ち誇った顔で他の子供達を見ている。
「・・・これは、私のお母さん。」
そしてエレナはふふんと鼻を鳴らした。
エレナはいつもリリスに抱っこされている。それはリリスがそうしたいからと言うのもあるだろうが、エレナ自身もそこが心地よいと思っていたのだろう。
双方同意の美しい関係だ。
そんな2人を見ていると、
「みなさん、ご飯ができましたよ。おや?人数が増えていますね。」
グレースさんが昼食の準備を済ませて戻ってきた。
その手には大きな寸胴鍋が担がれており、彼女はそれを中央の机に置いた。
「「わーー、ごはんだー!」」
先ほどまでリリスに怯えて動くことができなかった子供達は、すぐにそこに向かって並び始めた。
グレースさんはそうやって並んでいる人一人一人にご飯を渡している。
ここから見た限りだと、今日の昼食は一切れのパンと野菜スープみたいだ。
「おや?レオンはどうして横になっているのですか?」
「この子ならさっきちょうど寝ちゃったわ。よっぽど疲れてたに違いないわ。」
グレースさんの疑問に、リリスがそう答えるがそれは事実ではない。
正確にはリリスに絞め落とされたのだ。
だが、そのことを訂正する子供はいない。
リリスが怖いのかもしれない。
少し時間が経ち、子供達は全員パンとスープを受け取り終えた。
するとグレースさんが食器を持って俺の方に向かってくる。
「こんなもので申し訳ございませんが・・・」
そしてそう前置きをして、俺の前にパンとスープを1つづつ配置した。
「こんなものなんかではないんですよ。結構美味しそうです。」
「そうですか?そう言ってもらえると大変助かるのですが・・・あ、そちらの方々にもお配りしなければなりませんね。みなさん、どうぞお座りください。」
グレースは立ったままこっちを見つめるノアたちを見てそう言った。
そして一度寸胴鍋の方に戻っていった。
「じゃあボクはここに座るね!!」
ノアは左俺の隣。
「じゃあ、私はここに・・・」
リアーゼはさらにその隣に座った。
そしてそれを見計らい律識がさらっとリアーゼの隣の席を占拠する。
リリスは俺の目の前に座り、その隣にシュラウドが座った。
グレースさんは俺たち一人一人に丁寧に食事を運び終わった後、彼女自身もシュラウドの隣に座った。
「みなさん、特にそっちのお二方は、この度は本当にありがとうございました。今の私たちはこんなものしかお出しすることはできませんが、それでもよかったらどうぞごゆっくりとしてください。」
そしてグレースさんはもう一度大きく頭を下げた。
「そんなことないよ!!このスープ、すんごい美味しい!!」
するともう既に食事に手をつけていたノアからフォローが入る。
いつもなら話の途中に何食ってんだと思うところだが、今回はナイスプレイだ。
「そうですか?えっと・・・・」
「あ、ボクの名前はノアだよ。」
「ノアさんほどの富豪的には非常に不愉快と思われるでしょう。しかし、そんなおやさしいことばをかけてくださり、本当に感謝しかありません。」
どこまでも卑屈なグレースさんだ。
こんな貧乏人が食べるような食事で、俺たちが満足するはずがないと思っているのだろう。
特に俺とノアに対しては一度大金を持っていることを見せてしまったため、その反応は顕著だ。
俺はそんなグレースさんを気にせずにスープに口をつける。
・・・・・うん、普通に美味い。というか結構美味い。
「そんなことないですよ。今俺も食べて見たけど、これは誇っていいくらいの味です。」
「そ、そうですか?そういってもらえると・・・」
「やっぱりそうだよね!!?グレースせんせいの料理は美味しいよね!!?」
俺たちの会話は聞こえていたのだろう。
俺が料理を褒めると、先ほどまでの警戒心はどこへいったのやらというほどに笑顔を咲かせて喜んでいる。
リアーゼやエレナも食べてみて満足はしているみたいだ。
シュラウドは表情からは読み取れないが、不味いと思っていないのだろう。
黙々と食べている。
そういえば、シュラウドの味覚ってどうなっているんだろうか?
「うぅ、、みんなありがとうございます。」
そんな俺たちの様子に、グレースさんは感涙を見せ始める。
だが、
「うん、ダメね。これはダメよ。」
意外なところからダメ出しが入った。
リリスは一足先に全て完食し、感想を述べる。その結果が「ダメ」というものだった
その表情は不満げだ。
「ちょっとリリス?その言い方は良くないんじゃないか?」
「だってダメダメなんだもの。仕方ないでしょ?」
「そう、ですよね。みなさんがお優しいので少々、舞い上がっているみたいでした。反省いたします。」
「リリス、グレースさんが落ち込んでしまってるんだけど?後子供達が敵意むき出しでお前の方を見てるんだけど?」
「前者はともかく、後者は由々しき事態ね。でも意見を撤回することはないわ。」
「ちなみに、どこがダメなのか聞いて見ても?」
あのリリスが子供達が悲しむようなことを面と向かって言うはずはない。
何か考えがあるはずだと思い俺はそう聞いた。
「そうね。まずは味、これは結構よかったわ。使った食材は全部安値で買えるものっぽいけど、工夫いっぱいで食べてて楽しいもの。」
うん、確かに味は結構いい。そこらへんの店で出されてても違和感なく食べられるくらいだ。
でも、味が悪くなかったのなら何が不安なのだろう?
「でも圧倒的に量が少ないわ。」
「申し訳ござません。ですが、うちの孤児院は金銭的に追い詰められていまして、先ほどその大きな部分を解決していただきましたが、それでも大量に食材を買うお金もなく・・・・」
「あなた、そんな理由で成長期の子供たちにこんな量しか食べさせないつもりなの?」
「はっ!!?」
リリスの言葉は、そこにいる誰よりも子供達を考えている言葉であり、グレースさんはとっさに息を呑んだ。
確かに、そう言われてみると少ないな。
全部食べ終わっても全く満腹にはならないし、これしか普段食べられていないなら満足に体も作れないかもしれない。
「で、ですがどうすれば・・・」
そのことはわかった。だが、どうしたら解決できるかわからないグレースさんは混乱している。
俺とノア、そしてリリスの顔を交互に見合わせた。
「そうねえ・・・当面はこれでしのぎましょう。その間に根本的な解決を図る必要があるわ。」
そんな不安そうなグレースさんの目の前に、リリスがお金を落とした。
俺が先ほど支払ったものと同じ、1000万Gの束だ。
「そんな!!?これはしまってください!!これは受け取れません!!」
「どうして受け取れないのかしら?」
リリスが怒気を孕んだ声でそう問いかける。一瞬だけ、底冷えするような感覚が俺たちを襲った
「もうあなた方には返しきれないほど頂いています。これ以上、他人である貴方方に負担をかけるわけにはいきません!!」
「私のことは構わないわ。早く受け取りなさい。それとも何?あなたのくだらない意地であの幼気な子供たちに負担をかけるって言うの?」
リリスの言葉に、グレースさんは後ろを振り返る。
その方向には、心配そうな目で彼女を見守る子供達の姿があった。
中には必死に涙をこらえる者もいる。
それを見た彼女は、一度深呼吸をした。
「確かに、私はこれ以上彼らに負担をかけたくはありません。たとえ赤の他人である貴方達が苦しい思いをしても、子供達が元気ならそれでいいとも思っています。」
「覚悟は決まったみたいね。じゃあ、」
「ええ、ありがたく受け取らせていただきます。ですが、このご恩は一生かけてでも返すつもりなので、その辺りはご了承ください。」
「それでいいわ。でも、子供たちに負担をかけてまで返す必要はないわよ。子供は全種族の宝ですもの・・・・でもそうねえ、ちょっとお願いしていいかしら?」
「は、私にできることなら何なりと。」
「そう身構えなくてもいいわ。ただ、少しの間ここに住まわせてほしいだけよ。」
「そう言うことなら、好きなだけ泊まっていってください。私たち一同、歓迎いたしますよ。」
グレースさんはそういって笑顔を見せた。
どうやら、話は纏まったみたいだな。リリスが食事に対してダメ出しを始めた時にはどうなるかと思ったが、誰よりも子供のことを考える彼女の心配をするなんて不必要なことだったな。
安心しきったグレースさんと、やりきったリリスの顔を見ながら俺はそう思った。
キャラ紹介その3『エレナ』
宿った人のスキルによって生み出される少女。宿主が死なない限り何度でも復活でき、スキル自体も譲渡可能。
ただ、その能力は呼び出す際に使用した媒体に大きく作用される。
ベルフェゴールの毒を媒体として呼び出したエレナはその毒が消滅することによって弱体化したままである。
一応、一度殺した後、いい素材を使って再度呼び出せば強いエレナを作ることもできるが、それはリリスが許さない。
最近、リリスに甘えることが好きになったみたいだ。