193 1人と1人
匠と目を合わせてしまったエスリシアがまずはじめに考えたことは、どこから聞かれていたかということだ。
何も聞かれていないならいい。だが、自分が匠のことをよく思っていないという発言、彼に不信感を抱いているという発言を聞かれていた場合、どう取り繕っていいかがわからなかったからだ。
「えっと、おはよう?体は大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。」
「あ、タクミ!!やっと起きたんだね!!」
とりあえず声をかける。そしてその返答からエスリシアが読み取ったのは、昨日見たときとなんら変わりない匠だった。
よし、これなら聞かれていなかったみたいだ。そう思い彼女雨はそっと胸をなでおろした。
「それでタクミ?ええっと、どこから起きてたのかな?」
ノアが興味本位で聞いてみる。
「ん?えっと確か・・・「おーい、起きるんだー」の所から意識はあったぞ。」
エスリシアは一瞬卒倒しそうになった。
◇
いやね?俺だってバカじゃないし鈍感でもない。だからさ、少しだけこの世界の常識には疎いと思ってたよ?
でもその件に関しては図書館でこの世界の常識を学ぶことによってだいぶ改善できたと思う。
だけどさ、それでも深く根付いたものっていうのは簡単には抜けないんだよ。
いや、逆だ。
単なる知識が身に染み込んだものと同じわけがないというのがこの場合正しい。
俺かて、ノアの父親のカンヘルがドワーフとノームの両方の特徴を持って少しは驚いた。
そしてその意味もちゃんと本を読んで知ってたさ。
でもさ、俺からしたら「それが何?」って感じしかしなかった。
いろんな設定を見てきた。だからドワーフとノームが仲が悪いというのもあっさり受けいれることができた。
しかしそれだけだった。
現地人であるこの世界の人間がそれをどのように思っているか。そんなことは本で知識を手に入れたところで分かることではない。
それはこの世界の歴史だ。俺がやすやすと浸透できるようなものではない。
だから、カンヘルさんには特に興味は湧かなかった。
だが、それが今現在マイナスに働いているみたいだ。
俺が気絶から目を冷ましてるのをしってか知らずか、エスリシアさんが俺は不気味だと言った。
そうか・・・俺はそう思われているのか。としか思わなかった。
俺はそもそも別の常識に生きた人間。そこに齟齬が発生するのは仕方なかったからだ。
その点ノアは俺のことを結構受け入れてくれているみたいで、嬉しかった。
だから意を決して聞くことにする。
「で?ノア。お前はエスリシアさんの意見を聞いて俺と別れて行動する?それとも、今までと同じように?」
正直に言おう。前者は選んで欲しくはない。だが、聞かないわけにはいかなかった。
俺は意見を、考えを聞かないまま強制するのは好きじゃないからだ。
「何言ってるの?敵を引きつけてくれる君がいなくなったらみんなが困るって。タクミはさっきのボク達の会話を聞いて身を引こうとしているんだけど、そんなことボクが許さないからね!!」
彼女は強く言い放ち、そして俺の手を取り引っ張った。
そして大切なものでも抱え込むかのように俺を包む。
昨日と同じように・・・・
「あんたはそいつのこと、信じとるんやね?」
「そりゃあ、ボクの初めての友達だよ?突っぱねることなんてできないよ。」
そう言われて気づいた。
ノアと俺が出会ったのはここから移動に半月ほど掛かる街。
王都に家族が待っている彼女がどうしてそんな場所で冒険者を始めたのか?
おそらく、先ほどの会話。彼女の父親への非難の目、ひいては彼女の母親への奇異の目のことがあるのかもしれない。
異端と魔族の子供。
それがエイリノアという少女だ。
それがどれほどの意味を持つのかは俺にはわからない。だが、他の人が簡単に受け入れてくれるほど甘いものではなかったのだろう。
だからこそ、自分の生まれ育った場所から離れて、自分の出自について知っている人がいない場所まで離れたのだ。
彼女は俺を最初の友達といった。
その言葉に、嘘はないのだろう。
ノアはいつも本当に楽しそうに冒険をする。それは単純に冒険が好きということもあっただろう。
だが、それ以上に他人と一緒にいるというのが楽しかったのではないか?
誰かに求められるというのが、嬉しかったのではないのか?
思い出してみれば、俺がノアの仲間に、ノアが俺の仲間になったのは彼女がお詫びだなんだといって誘ってくれたからだ。
俺は異世界で1人。
彼女は知らない土地で1人。
互いに求めあっていたのではないか?ノアの境遇を考え始めると止まらない。
そうだ。
リリスと出会った時もそうだった。
彼女は俺がリリスと一緒に冒険者に向かった時、リリスが、悪魔が認められないと言って俺を取り返そうとしてきた。
今思えば、前半分は建前だったのだろう。
そういう理由をつけ、リリスと敵対していたのだ。そう考えれば、あの街にいた他の冒険者達よりリリスのことを受け入れるのが早かったのも合点がいく。
種族で蔑まれる。疎まれるのは覚えがあったからだ。
ノアが1人でて言った時もそうだ。
彼女は俺がリリスにかまけていると怒っていた。自分を見なくなったと、もっと構えと、もっと自分を見ろと言った。
少し口論になった。だが、彼女は「仲間だから必要。」そんな簡単な言葉であっけなく引き下がった。
あの時は少し拍子抜けだった。
俺はあのまま水掛け論を続けてでも納得させるつもりだった。だが、ノアはすぐに引いた。
満足した。
他にもいくつも思い当たる節はあった。
自分を一番見て欲しい。そんな彼女の心の叫びが聞こえるような行動が・・・・
それに気づいた俺は、一方的に包み込まれるのではなく、逆にこっちからノアに手を回した。
「えっ!!?ちょっと!!?タクミ!!?」
突然回された手に、動揺しているみたいだ。身じろぎしているのが体を通して伝わってくる。
「ごめんなノア。」
俺は何に謝ったのだろうか?
今まで気づいてやれなかったこと?
ぞんざいに扱ってしまったことがあったこと?
彼女に甘えてしまったこと?
わからない。が、謝った。誤った。
「急にどうしたのさ!!むぅ、、、ちょっと、はーなーしーてー!」
「なあノア。」
「な、何さ。」
「今から一緒に2人で街を見に行こうぜ。いい場所、教えてくれよ。」
「し、しょうがないなあ・・・・ってことでお母さん。ボクはタクミと離れないからね!!後、タクミに街を案内してくるから!!よろしく!!」
半ば抱き合うようになっていた俺たちは一度離れてエスリシアさんから逃げるように立ち去った。
その際、ノアが嬉しそうに俺の手を取り握ってくる。
小さな手だ。だが、それ以上に暖かく感じられた。
俺はその手に惹かれるまま、街の中に戻って行った。
◇
エスリシアは少し驚いていた。
今日は自分の娘の成長を見る。そういった名目で外に連れ出して実力を見た。
ノアは彼女が想像もつかないような速度でレベルを上げ、冒険者で言うところの一人前になって戻ってきた。
だが、それは腕っ節の話だ。
確かに、殴り合いには強くなっただろう。だが、戦って見て圧倒的に経験が足りない。そう思った。
このままではただの力が強い子供でしかない。
そう説教をしようと思った。
その前段階として、彼女が連れてきた男の話をした。
あれは普通じゃないから、やめておいたほうがいい。
常識を盾に、娘にそう意見した。
それを事もあろうことか、本人にがっつり聞かれていたと知った時には冷や汗が止まらなかった。
だが、それすらも彼は気にしていない様子だった。
彼はノアに1つの質問をした。
それは自分とくるか、それとも別れるかの二択だった。
ノアは即座に匠の手を取った。迷いなんて一切ない様子だった。
彼女はそうした後、「彼は初めての友達だから」と言った。
その意味は誰よりも、エスリシアに突き刺さっていた。
自分の娘は親の事情で同年代の人と仲良くできないでいた。いや、むしろいじめられていた。
腕が立つエスリシアはそれに対して強く出ることができたし、いじめを抑制することができた。
だが、できるのは抑えることだけ。解決はできない。
何せ彼女自身、その状況を生み出した原因だったからだ。
自分を恨んだ。どうして自分はエルフなのかと。いや、正確には、どうしてエルフが世間から悪い目を向けられているのかと言うことだ。
彼女の夫であるカンヘルも、同じ気持ちだった。
その思いはエスリシアの数倍は強かった。
周りの人間が強く当たる分、親である2人は存分にノアを甘やかした。
家に帰れば安らぎがある。休まる場所がある。そう、教えて上げたかった。
その甲斐もあってか、ノアはよく育ってくれた。
彼女は冒険譚が好きだった。
それに憧れたノアは2人に「冒険者になりたい」と相談に来た。
初めは悩んだ。外に出しても大丈夫なのだろうか?と。
だがずっとこのまま過保護でいるわけにもいかない。外に出れば、きっと娘に優しくしてくれる人がいるはずだと思い、送り出した。
そうだった、とエスリシアはこのことを思い出した。
ずっと虐げられて来た娘が、手を引いて連れてきた念願の友達ーー仲間。
それをどうして自分が感じただけの『不気味』と言う感情だけで引き剥がすことができようか?
思えば、自分が夫と結婚した時も、同じようなことを言われた気がした。
自分はそれを振り切ってカンヘルと結ばれた。それを思い出したエスリシアは、何も言えなくなっていた。
エスリシアは自分の発言の浅ましさを呪った。もしあれで、2人が離れ離れになることになったら・・・娘が手にした希望を、捨てさせるような結末になったら。
そう思うと、悔やんでも悔やみきれなかっただろう。
だが、ノアは絶対に一緒にいると言った。親の圧力を無視して、そう言ってくれた。
エスリシアは、胸をなでおろした。そして落ち着いて2人の様子を観察した。
彼女は匠も何かを感じ取ったことに気づいた。
そしてノアに手を回した。
ノアは心底驚いていた。
それを見たエスリシアは心に余裕ができた気がした。
ノアと匠は逃げるように街に戻った。
その最中、手を繋いだままの2人を見てエスリシアの顔に笑みがこぼれた。
「ひゅーひゅー、お熱いなぁ・・・」
彼女は自分の不甲斐なさを誤魔化すように、その後ろ姿に届かない声をかけた。
どうでもいいと話と思わせておいてからの急なシリアス展開・・・・
次回は前半少しだけ暗めの話をするかも?