191 裏の戦いと主導権
匠がノアたちと模擬戦をやっている一方で、リリスたちは王都の観光へ出ていた。
一応、昨日もやったのだがたった半日で王都の全てを見て回れるわけではない。
そんなわけで引き続きいろんなところを見て回っていた。
「そういえばリリスさん。匠はどこに行ったんです?」
律識はそのことに関して何にも聞いていない。
彼はこの街の名物と言われている饅頭を口に運ぶリリスに向かってそんな質問を投げかけた。
「ん?ああ、タクミならちょっとノアの家にお呼ばれしているだけよ。数日ゆっくりしたら合流するわ。」
「そうなんですか。ところで、合流ってどうやって?」
いうまでもないことだが、王都は広い。
そんな状態でお互いの場所もわかっていないのにどうやって合流するつもりだろうか?
そう思って質問した律識だったが、リリスは全くと言っていいほど心配はしていなかった。
「あの子の場所は把握しているから、数日したらこっちから迎えに行くのよ。」
「あ、それなら安心ですね。ところで次は何をしますか?」
律識は深く詮索はしなかった。というか、それが当たり前のことと思って聞くつもりはなかった。
彼は確認も面倒な量のスキルを一度見ているので、そういう能力があってもなんらおかしくはないと思ったからだ。
「う〜ん、それだけど、王都って言っても結構面白いものはないのね。ただのおっきい街って感じしかしないわ。」
リリスの言うことも最もであった。確かに名産品などのものはあるが、ただそれだけだ。
なんの代わり映えのしない街の風景が広がるばかりで、この街にしかないと言うものはほとんどなかったのだ。
「あなたたちはなにか見て見たいものはあるかしら?」
ダメ元で一緒についてきているエレナとリアーゼ、そしてシュラウドに話しかける。
「・・・私はない。」
エレナはほとんど自主的に動かない。今もリリスの膝の上で座っている。
移動の際にはそれを察知して先に降りるが、たまにリリスに抱き上げられて行動するくらいだ。
「私もないかな?道具はまだいっぱいあるし補充の必要はなさそう。」
そしてリアーゼだが、彼女がパーティを離れて行動するときは決まってアイテム補充の時だけだ。
見て見たいものなんて全くなさそうだった。
「あ、それでしたら自分は商業区の方を見て見たいのですが、よろしいでしょうかリリス様。」
そこでシュラウドが手を上げた。
王都は商業区、生産区、居住区などそれぞれ役割をが大まかに分かれている。
別に商業区でないと売り買いができないわけではない。
だが、基本的に売り買いをするなら商業区になるのだ。
リリスたちは現在、居住区の一角にある喫茶店のような店で食事をしていた。
「わかったわ。これを食べ終わったらそちらに行きましょう。」
リリスはそう言って皿の上にあった最後の饅頭を口に入れた。
そして数度噛んで飲み込む。
それを見届けたリリスは近くにいた店員に向けて手を上げて呼びかける。
「すみません。会計をお願いしていいですか?」
「あ、はーい。」
彼の言葉に従い、店員の1人が伝票を確認して食事の代金を計算していく。
「えっと・・・合計で24万Gになります。って24万!!?」
店員は動揺したように声を上げた。
この店のメニューはそこまで高いものはない。高くても精々3000G程度なのだが。そんなメニューしかない中でどうしてこんな値段になるのだろうか?
まあ、理由は単純でそれだけ食べたと言うことなのだ。
リリスは基本的に子供を愛でるか食べることにしか興味を持っていない。
冒険者としてダンジョンに潜ったりもするが、それはあくまで一緒に行こうどうする一貫に加えて勝手に自分の子供に加えた匠やエレナの行動を見るためであった。
そんな彼女が羽目を外して食べればそんなことになるのは仕方がなかった。
「あ、キリがいいですね。これでお願いします。」
律識はそんな値段に一切気にする様子はなく、24万Gを机の上に出した。
彼は匠たちが金持ちになった後にこの世界にやってきたため、この金銭感覚がおかしいと言うことに気づかないのだ。
「は、はい。確かに、ではありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」
代金を確認した店員は払い終わってすぐに出て行く者たちの後ろ姿を見ながらお辞儀をした。
そして店の外に出た彼らは商業区の方向を軽く確認する。
「えっと、あっちよね?」
そしてその方向に向き直りそのまま進み始めた。
先頭を歩くリリスにみんながついて行く。
ノアや匠がいないときは基本的に彼女が先導する形になるのだ。
だが、リリスは街中を歩く時危機感を抱かない。
だからこそ普段は倦厭されがちな薄暗く細い道にも迷いなく踏み込んだ。
「あの?リリスさん?」
「どうかしたかしら?」
「もっと明るいところを通りません?」
「どうして?」
「だってなんかここ、治安が悪そうじゃないですか?」
「あら怖いの?でもこっちの道の方が近い気がするのよね。」
律識が人通りの多い道を通ることを提案したが、それは素気無く却下された。
というか、相手にされていない様子だった。
また、他のメンバーもこの道を通ることに対して何も感じていないのもあって律識の意見が通ることはない。
シュラウドはリリスに従うだけだ。
エレナとリリスはそもそもこう言った道に不安を覚えない。
リアーゼはいつも同じような場所を通って買い物に行っていた。
だからこの場所に不安を覚えるのは律識だけだった。
だが、集団の大多数が主張するからと言って、それが正しいわけではない。
律識の不安はすぐに的中することになる。
「お前ら動くんじゃねえ!!」
もう少しでこの薄暗い道を出ることができる。といったところで彼らに声をかけるものが現れた。
それも1人や2人ではなかった。
前と後ろ、合わせて6人の集団だ。
「あら?何かようかしら?」
「はっ、この状況をわかってねえ。頭が幸せな奴がいるぞ。」
リリスの問いに下卑た笑みをうかべる男たち。
律識はそんな彼らを見て顔を少し青くしていた。
(うわあ、やっぱり思った通りこういう奴らに絡まれたよ。俺たちそこまで金を持ってないけど、許してもらえるかな?)
そんなことを思っていた。
ただ、金を持っていないというのは間違いで、襲撃者たちも金を持っていることを先の店で確認してから襲撃を仕掛けている。
「えっと、リリスさん?どうします?」
律識は小声で指示を仰ぐ。
彼とてリリスの強さは知っている。だが今は武器を持っていない。
いつもは槍を持っているが、リリスは今は素手なのだ。これでは戦えないだろう。そう判断したからだ。
ただ、これは間違いだ。
こと、威力だけの話をするならばリリスは殴った方が威力が出る。
下手な武器より、彼女自身の体の方が強いのだ。
「そうねぇ・・・あなたたち。今ならまだ許してあげるから、どいてくれないかしら?」
「へっ、いいねえ。強気だねえ。そういう女は嫌いじゃねえぜ?」
リリスの前を塞ぐ男は邪な目をリリスに向ける。
その視線に不快感を覚えたリリスは苛立ちを見せた。
「そう、どかないんだ。」
次の瞬間、リリスの体がぶれた。
そして次に見えたのは拳を振り切ったリリスの姿だった。
リリスが目の前の男を思いっきり殴ったのだ。
殴られた男は宙を舞い、はるか後方へと飛んでいってしまう。
「はっ?・・・っ、お前らやっちまえ!!」
一瞬あっけにとられたが、男たちのリーダーはすぐに持ち直した。
今現在彼らは前後を挟んでいる状況だ。
挟み撃ちが完成している以上、有利なのは自分たちだと思ったからだ。
それは普通は正しい。だが、彼らとリリスたちでは力の差が開きすぎていた。
「へいへい、ちょっと不覚を取られちまったがお前らはこれでもう終わりよ。」
勝利を確信したリーダーが態度を戻す。
リリスはその言葉に一切耳を貸さず、次の標的を見定めていた。
次の標的、それは指示を出したリーダーだ。
リリスは大きく踏み込み、同じように拳を突き出す。
単調な動き。だがそれ故に対応が難しい。
リーダーは剣を盾にしてその攻撃を防いだ・・・が、その一撃で剣が折れてしまって自衛手段をなくしてしまった。
「な、なんで・・・がはっ!!」
何が起こったかを理解する前に殴り飛ばされ、今度は近くにあった壁に叩きつけられる。
そしてそのまま気絶してしまった。
相手の頭は倒した。だが、それだけでは止まらなかった。
指示を出された部下たちはリリスは無理だと早急に判断して後ろに控えている小さな子供たちを狙うことにする。
エレナの後ろから一際大きな男が襲いかかる。
体で押しつぶさんとする攻撃、エレナはそれに対して前に出てあわや密着するという位置まで接近する。
そしてそのまま、姿勢を低くし膝を蹴った。
避けることはできないが、少女の蹴り。気にすることはないと思った男は後悔した。
エレナの蹴りを受けた膝、それが無惨に砕かれたからだ。
バランスを崩して倒れる男の後ろに一度抜けるエレナ。彼女はそのまま振り向き、短剣を背中から突き刺した。
一切の躊躇いもなく刃物を人に突き立てる少女の動作は、犯罪行為に手を染めている襲撃者にさえも恐怖を与える。
だが、所詮は少女。
先程1人やられたというのにその認識がまだ抜けない別の男が後ろを晒し無防備なエレナに向かって剣を振り上げた。
「・・・みえみえ。」
エレナはすでに倒した男から短剣を引き抜き、そのまま後ろに投げた。
「チッ、どうなってやがんだよ!!」
無防備だと思っていた少女からの反撃。それに対応することができなかった男の肩から短剣が生えている。
エレナの攻撃は見事に当たったみたいだ。
動揺したところを、いつのまにか近づいていたエレナが近づき、その首を掴む。
確かにベルフェゴールが死んでからエレナの力は弱くなった。
だが、それは同じく強大な力を持つリリスからしたらの話だ。まだ人間離れしていることには変わりがない。
ありえないほどの力で首を掴まれ、そして地面に叩きつけられた男はそのまま意識を失った。
幸運だったのは、意識を失って動かなくなったからかエレナがそれ以上興味を示さなかったことだろう。
「くっ、あいつら女子供に負けやがって。」
そう悪態を吐く男が次に狙ったのは律識だった。
リリスやエレナとは違い、律識はそこまで強くなかった。
だからまだその男は健在であった。
接近して剣を振り回す。
だが、律識はそんな男からは冷静に距離をとった。
自分の攻撃範囲内かつ、相手の攻撃範囲外の時のみ攻撃をするのだ。
律識は自分の能力によって鎖を生み出し、そしてそれを叩きつけた。
ここは狭い道。大きく横に飛んで避けるなどはできない。
だからそれを防ぐ手段といえばーーーー
男は剣を前に出して鎖を受け止めた。
そして好機と見て剣を持つ手に力を込め、そして腕を引き始めた。
「それ、匠もやってたなあ・・・」
律識はその鎖に電流を流す。
「うぎゃああああ!!」
さほど強い電流ではないが、油断しているやつには想像以上のダメージが見込めるのだ。
そしてそうして動きを止めてしまうと・・・・
「はやく倒れなさい。」
リリスが近づいてきて容赦なく叩き潰した。
そうこうしているうちに最後の1人になった。
最後の男はもう勝ち目はないと悟っていた。だから逃げ出すことを考えた。
(なんだよあいつら。どうやっても勝ち目がねえじゃねえか。)
少し離れた場所で自分たちの仲間を倒されるのを見た男にもう戦意は残っていなかった。
拳の一撃で剣を叩き壊す女。
素早い動きで容赦なく敵を排除する少女。
どこからともなく触れるだけでダメージ入る鎖を取り出す男。
そしてまだ戦闘に参加していないが、男が1人残っている。
もう勝てるわけがない。男は一目散に逃げーーーーーようとした。
「逃がさないよ。そして、逃げられないよ!!」
突如、軽快な声とともに後ろから1本の矢が飛んできて逃げようとした男の足を貫いた。
矢には麻痺毒が塗られており、足を射抜かれたこともあって男はその場に崩れ落ちる。
男はそこで気づいた。
戦闘が始まってから、敵の数が1人減っていたことに。
そうだ。リアーゼは戦闘開始直後。
リリスが1人目の男を殴り飛ばしみんなの意識がそこに向いた瞬間に潜伏をした。
誰にも気づかれることなく、すでに敵の後ろをとっていたのだ。
そしていつでも撃てるように準備をした。
すぐに撃たなかったのは流石に一度攻撃したらバレる可能性が高かったからだ。
だがそれも2人以上敵がいる時の話。
確実に一撃で仕留められるなら、そして相手が1人になったならもう隠れる必要はない。
リアーゼは躊躇なく毒付きの矢を放った。
倒れ伏した男、その体はもはや動かすことができない。
自分は、自分たちはこれからどうなるのか?
男は考えたくはなかった。
ただ、目が見えており、意識があるのが彼をより一層恐怖させた。
「さて、こいつらどうしようかしら?」
「リリス様の好きにしてよろしいのではないでしょうか?」
「そうねえ。私はともかくエレナちゃんを襲おうとしたし足元から輪切りにしていくって言うのはどうかしら?」
冗談に聞こえない一言。
それを聞いた男は残っている力を振り絞り声をあげた。
「や、やめろお!!この、悪魔!!」
後半の言葉はただの比喩のつもりだった。だが、そこに現実が突きつけられる。
「あら、よくわかったわね。そうよ。私は悪魔なの。」
言い当てられて心底びっくりといった様子だ
男はこれ以上声を出せなかった。
だそうとしても「ぁ、」とか「ぇ。」とかだけだ。
男は何かから逃げるように、そのまま意識を手放した。
そして男が気絶して少しして、
「いや、リリスさん。こいつはこのまま警察ーーーじゃなかった衛兵に突き出しましょう。」
律識がそう提案する。
「どうして?警告したのに襲ってきたこいつらは許す気はないし、エレナちゃんを襲ったのは許せないわよ?」
「それでもです。勝手に殺すと厄介ごとに巻き込まれたりして次があるかもしれませんし、次も無傷で終われるとも思えません。ここは正当に裁いて貰った方が後々いいんです。」
「ふぅん・・・何人来ても私なら倒せると思うけど、それでも殺すなって言うつもりなの?」
「はい。」
「それはどうして?」
「俺が人を殺したくありませんし、匠も多分そうすると思ったからです。」
「確かに、タクミならそうするかもしれないわね。わかったわ。今回だけはその意見を聞いてあげるわ。」
その言葉にホッとした律識は少し力が抜けた。そして固有スキルによる鎖を使い。
倒れている男たちを一人一人縛り上げていった。
その作業を無言でやるのが退屈だったのだ。律識は、作業中思ったことを口にした。
「そういえばリリスさん。さっき悪魔ってーーーー」
「そうよ。私の種族は悪魔なの・・・言ってなくてごめんなさいね。それで?私が悪魔だったらなんなの?どうする?倒す?それとも逃げる?」
律識の質問にリリスは投げやりに答えた
タクミは自分のことを悪魔でもいいと言ってくれた。彼女にとってはそれだけで、他の人にどう言われても気にするつもりはなかったからだ。
「いや、それなら匠が一緒に来ないかって誘ったのかなって思っただけです。ちなみに、俺は悪魔だからとか言って「浄化だ!!」とか言う人間じゃないです。」
「確かに、一緒に来るように誘ってきたのはタクミからだったかしら?どうしてわかったの?」
「いや、単純にタクミは天使とかより悪魔が好きだったから、もしかしたらと思っただけで特に理由はないんですけどね?」
律識がそう言ったところで、作業は恙無く終了した。
それぞれが鎖で縛られ、たとえ暴れてもすぐには脱出できない。
「よし、持って行きましょうか。」
その言葉とともに、男たちが引きずられ始めた。
かくして、この戦闘は幕を下ろし襲撃者たちは連行されることになった。
また、そこからしばらくの間、リリスの顔が少しだけ朱に染まっていたのに気づいた人はいなかった。
ちなみに、みんなが引きずっている人の数は以下の通りです。
リリス 3
エレナ 1
律識 1
リアーゼ 1
作者「おーい、律識。お前幼女の荷物を持ってやる甲斐性はないのか?」
律識「無茶言うなよ。1人運ぶだけで精一杯ですって!!!」
リリス「そうなの?エレナちゃん、重いならお母さんが持ってあげるからね。遠慮なく渡していいのよ?」
エレナ「・・・別にいい。重くない。」
リアーゼ「えっと、律識さん?持ってあげましょうか?ちょっと重いですけど、私大丈夫ですよ?」
・・・哀れ律識。