188 家族と安らぎ
ノアが玄関で大声を上げる。
その声にこの家の住人が近づいて来る音が聞こえる。
1つは上、2階から。
もう1つはここと同じ1階からだ。
先に俺たちの前に姿を現したのは、1人の女性であった。
長い髪を左右に震わせ、パタパタと言う足音を鳴らしながら俺たちが目につく位置までやって来る。
その女性は俺たちを視界に入れると、何かを確認するようにまじまじと俺たちを見る。
そして何かを確かめるように「うん、うん。」と首を上下させた。
そしてその表情が柔らかくなった。
「おかえりノア、思ったより早う帰ったみたいやけど、どうしたん?」
そして微笑みながらそう言った。
その表情からは優しさとか、安心とかそう言う言葉が似合うものが感じられた。
「ただいまお母さん!!王都に来る機会があったから帰って来たよ!!」
ノアの返事を聞いて確信した。彼女はノアの母親なのだ。
しかし、それにしても若いな。
ノアの年齢は客観的に見て少し幼めだが、それでも14くらいはあると思われる。
そんな大きな子を持つ母親にしては、年齢を感じさせない。
いや、むしろ今が全盛期と言われても疑う人はいないくらいだ。
だが、その原因はすぐに思い当たった。
「で?ノア、さっきからうちのことジロジロ見ようそっちの子は誰なん?彼氏?」
「む、タクミ!!なんで人のお母さんにいやらしい視線を向けてるの!!?」
「ああ、ごめん。耳が尖ってたからつい。」
彼女が若く見える原因。それは今言った通りにはなるんだが彼女の耳は尖っている。
多分ではあるが、彼女はエルフなのではないだろうか?
エルフ、それはファンタジーの定番中の定番。
ファンタジー作品を作るならヒロインはとりあえずエルフにしとけばいいと言われるくらいには定番だ。
そしてその定番のエルフの定番の設定として、長命というのがある。
多分だが、ノアの母はそれにあたるのではないだろうか?
「あら?ごめんな。見苦しいものを見せて、」
ノアの母は俺の言葉を聞いて服のフードを深めにかぶった。
あれ?どうして?
「あ、お母さん。多分タクミは全く気にしてないから隠さなくても大丈夫だよ。」
「そうなん?じゃあこれでえっか。」
そしてノアの言葉でその耳は再びあらわになった。
あれ?今の会話はなんだったんだ?
「ちょっとノア、解説頼む。」
「本当、君ってばこういうところは疎いよね。」
「まあまあ、いい人連れて来たやないの。説明はうちがさせてもらうね。」
ノアの母は穏やかな声でどうして今のような行動に至ったのかを軽く説明してくれた。
それをざっくりと要約すると、エルフは現在奇異の目を向けられる対象となっているらしい。
なんでも高名な研究家がエルフは人間族ではなく魔族ではないかとかいう説を提唱したとかで、今現在エルフを見ると嫌そうな顔をする人が多いのだそうだ。
なんだそりゃ。
誰だよ貴重なエルフを魔族側に渡そうとしているその研究家とかいうやつ。
「あ、それでな・・・・」
一通り説明が終わったところで、次の話題に行こうとしたのだろう。
だが、ちょうどそのタイミングで俺たちの間に割って入る者がいた。
「おおおおおおお!!!おかえりイリノアちゃん!!」
入って来たのは小柄だが手足が太く、力強い動きを見せるヒゲのおっさんだ。
よく見ると顔が少し赤いのは酒を飲んだからだろうか?心なしか酒臭い気がする。
多分だが、こっちがノアの父親だろう。
ノアは母からはノア、父からはイリノアと呼ばれているらしい・・・・・
いや、そこまでいうなら「エ」も入れてあげようよ。
微妙に言いにくいかもしれないけど、「エ」さんは泣いているよ?
男はズカズカと俺たちの前までやって来る。
「あーもう!!お父さんお酒くさいよ!!それ以上近づかないで!!」
「うっ、、なんでなんじゃあ・・・ワシだってイリノアちゃんと触れ合いたいんじゃあ。母さんだけずるいぞ!!」
ノア父はノア母に声を飛ばす。
今現在、再会を果たしたノアと母親はその喜びを分かち合うかのようにくっついていた。
だが反面、父からは2メートルほど離れていた。
「それはあんたが酒臭いからやな。普段からやめえいうとるのに、一向にやめんから肝心な時こういうことになるんやよ?」
「うっ・。・・・」
正論を言われたからか、ノア父撃沈。
一度地面に突っ伏した。だが、その不屈の魂はまだ燃え尽きてはいない。
ノア母の正論によるボディーブローに一度は膝をつきながらも、しっかりとその足で立ち上がった。
頑張れ親父さん!!
そう心の中で応援していたのだが、突然ノア父の視線が俺の方に向けられた。
「む?お主・・・・・・」
少し見定めるような目。そしてその直後ーーー
「どりゃああああああああああ!!」
俺は殴られていた。
あまりに突然のことだったため、理解が追いつかない。
だが、俺とて伊達に普段から命の危険がある冒険者をやっているわけではない。
予想外のことが起こっても、すぐに冷静さを取り戻した。
殴られた俺は現在、床に横に倒れている。
とりあえず「何するんだ!!」と叫んで立ち上がろうとした。
その前に俺は今俺を攻撃して来た敵を視界に収めるべく、上を向いた。
「あんたお客さんになにしとるん?」
バシィ!!
俺が何かをするまでもなく、ノア母からの平手打ちが炸裂していた。
その動作は鮮やかというほかないほど綺麗で、ノア父の頬を思いっきり叩く。
「ぐはぁ!!」
綺麗に入ったその一撃、ダメージが少ないわけがなかった。
だが、ノア父は堪え切った・・・・と思ったら次の一撃が飛んで来ていた。
右手による平手打ち、それを無防備に受けてしまったことで視線が右に。
そしてその瞬間に左側から足首を蹴っていた。
視覚から、そして気が緩んでいる時の一撃。
それを受けて立ち続けていられる者少ない。少なくとも、その少数の中にノア父は含まれていなかった。
ノア父は無様にも地面に倒れ臥す。
俺の目の前に、彼の顔が落ちて来た。
その拍子に俺たちの目が合う。
・・・・なんか、気まずい。
「あ、お邪魔してます。」
「イリノアちゃんはお前なんかにはやらんからな。」
なんの話だ。
◇
「それにしてもノア、あんた一人前になるまで帰ってこんいうてなかった?」
俺たちの邂逅がひと段落したところで、俺たちはそれぞれ座って会話をすることになった。
丁寧にお茶付きだ。
ちなみに、反省していろということでノア父は床に正座させられているぞ。
「確かに言ったよ?だからこうして帰って来たんだ。」
「あらあんたもう一人前になったとかほざくつもり?流石に他の冒険者さんたちに失礼やない?まだ一年も経っとらんやろ?」
俺たちをよそに会話は進む。
「でも冒険者の人たちは二次クラスになったら一人前って言ってたよ!!それならボクも当てはまるよね!!?」
「家を出て数ヶ月で二次クラスて、あんたもそんな冗談いうようになったんやな。」
「むー、冗談じゃないって!!ほらこれ見て!!」
ノアはステータスウィンドウを開いて見せる。
そこのクラスの欄には確かに二次クラスである「召喚士」の文字が記載されており、その上でレベルもそこそこ上がっていた。
「えっ、たった数ヶ月でどうしたらこうなるん!!?お母さんの目がおかしいの!!?あ、幻術やな!!そのためにこの子を連れて来たってわけや。」
ノア母は自分の目が信じられないようだ。
何度も確認するようにノアのステータスを見ている。
だが、何度見直してもそこに書いてあることが変わることはない。
「そんなことしてないって!!タクミを連れて来たのはお母さんが信頼できる仲間ができたら1人連れて来いって言ったんじゃん!!」
お、ノアは俺のことを信頼してくれているのか。
それなら今後は期待に答えないといけないな。
「あ、そ、そうやな。えっと、自己紹介がまだやったね。私はエスリシア、見ての通りノアのお母さんや。」
「あ、こちらは天川 匠と言います。匠と呼んでください。ノアさんとは一緒に旅をさせてもらっています。」
やっと俺の方に話が飛んで来た。
正直、このまま俺は完全放置で話が進むものかと思っていた。
俺が自己紹介を軽くすると、ノア母改エスリシアさんがガバッと俺の手を両手で包み込んだ。
「いやあ、ありがとう。うちの子と仲良くしてくれて。本当、うちはノアはみんなに合わせて行動とかずっと無理やと思ってたから、あんたみたいな人がいるってわかって一安心やわ。」
そしてそう感謝の言葉を伝えてくれる。
ノアは集団行動が苦手・・・・思い当たる節はなくはないが、あれだけで誰ともやっていけないことはないと思う。
「あ、いえ。こちらもおかげで朝が早くなったり、大量の魔物に囲まれたりで助かってますから。」
「えっと、それは助かっとるん?」
「はい。」
早起きは三文の徳、大量の魔物は大量の経験値。
ノアと一緒にいるだけでいいことがついてくるのだ。これは嘘ではない。
「よかったわぁ。本当、ノアがこんないい彼氏さん連れてくるなんてなぁ。タクミくん、私の耳を見ても気にせんようやし、助かるわ。」
「わしは認めん。認めんぞおおおお!!」ーーーパシィ!!
会話に割り込んだノア父は一瞬でK、Oされた。先ほどは一撃耐えたが、今度は無理だったみたいだ。
「だからタクミは彼氏じゃないって!!一緒に旅する仲間!!」
「あらノア、そんなに照れんでええのに。」
「照れてない!!」
ノアとエスリシアさんの話はどんどんと熱くなっていく。
少し危険な気がするが、なんというかこのままでも全く問題ないような気もする。なんというか、不思議な気持ちだ。
「じゃあこの子はうちが貰ってもいいんやな?いい人そうやしそこに倒れているやつよりも誠実そうや。」
おやおやエスリシアさん?夫が聞いていないからって堂々と浮気宣言ですか?
「あー!!ダメダメ!!ダメなの!!タクミはボクのなの!!!」
ノアが俺の服を掴みグイッと引っ張った。
そして彼女は大切なものでも抱えるかのように俺を胸の中に抱きとめた。
俺はされるがままにそれを受け入れる。
俺の頭はノアの方を向いている。それ故に、密着してしまうと彼女の匂いが鼻孔をつく。
日頃旅をしているからだろう。彼女はそこまで容姿に気を使わない。
そうでなくても素材はいいから気にする必要はないのだが・・・ともあれノアはそんなこんなでも女の子だ。
優しげないい香りが感じられる。
いつも運動量が大きい彼女からは汗の匂いもするがそれは決して不快とは思わなかった。
「あらあら。そんなに密着して、やっぱり彼氏やったんやないの。」
「っ、、、!!?違うから!!」
俺はノアに突き飛ばすように遠ざけられた。
・・・・なんだろう。もう少しああして痛かったような気がする。
いや、正直にいうならもう少しああしていたかった。
ノアに抱きとめられていたのは少しの間だったが、なんというかリラックスできるのだ。
こういった機会でもないと今みたいな状況にはならないと思われるので、突き飛ばされた時には少し名残惜しいものを感じた。
だが、俺はそれを外には出さないようにする。
これは、、閉まっておこう。
「ところであんたたち、夕飯、食べてくやろ?」
エスリシアさんは満足そうに立ち上がり、エプロンを巻きながらそう言った。
「うん!!お母さんのご飯は久しぶりだね!!」
「あ、ノア。俺は別に構わないぞ。今日は家族水入らずで楽しんでください。」
「ええってええって。あんたも食べて行き。ノアもそのつもりでつれてきたんやろ?」
「そうだね!!タクミも食べて行って!!お母さんのご飯はすっごいおいしんだから絶対食べなきゃ損だよ!!」
「えっとじゃあ、そこまで言うんだったら。」
お呼ばれするとしようかな。
どんな料理が出てくるのだろうか?
今から少し楽しみだ。
だらだら書いていたら第5章も結構な長さになり始めている。
だが、安心してほしい!!最低限の下準備だけは出来ている!!ということで、話は次回くらいから少しずつ進みます。
感想、意見をお待ちしております。