179 反復と窮地
『バーサクグリズリー』と呼ばれる魔物がいる。
名は体を表す、と言った通り凶暴なクマ型の魔物だ。
言って仕舞えばそれだけなのだが、そいつを知っている冒険者の中で、そいつを侮る奴なんて1人もいない。
『バーサクグリズリー』はそれくらい危険生物であるのだ。
そいつを安全に倒すには、少なくともレベル30以上、つまりは2次クラスの人間が10人、欲を言うなら15人は欲しいところだ。
通常の冒険者パーティーは多くても8人程度なので、先に見つけたら関わらないように立ち回る相手でもあった。
そんな魔物と今、矛をぶつけ合っている存在がいた。
「はあああああ!!」
男は剣を振り上げる。その一撃は、『バーサクグリズリー』の振り下ろしに直撃した。
大きな衝撃が男の腕を襲い、その腕を痺れさせるが男は剣を握る力を抑える様子はない。
相手の強力な一撃を正面から受けてなお、ある程度の余力を残しているのだ。
そして男が動きを止めている間に少し離れていたところからその仲間が『バーサクグリズリー』に肉薄する。
それを察知したのだろう。
相手はすぐに対処に回ろうとするが、それは目の前の男が許さなかった。
男は魔物の気が自分から逸れそうになっていたところに軽く一撃、その腹を剣で切り裂いた。
剣の切れ味は良好、だからこそ軽く振っただけでその腹からは鮮血が吹き出す。
だが、浅い。
致命傷には程遠い、薄皮一枚分程度の傷だ。
だがそれでいい。
男は狙い通り相手の気を引きつけることに成功した。その一瞬を使いその仲間は力を溜め、そして溜めた力を一気に解放するかのように斧を振り下ろした。
『バーサクグリズリー』枯らしたら一瞬の油断だが、その一瞬は熟練の戦士からしたら致命傷を与えるのには十分すぎるほどだった。
斧が振り下ろされた後、ドサッ、と言う少し重めの音が辺りに響き、そして魔物の体は灰になった。
それを見た者達は安堵のため息をついた。
魔物は死ねば灰になる。
魔物の体が残っている間は警戒を解かずに武器に手をかけていたもの達も、その体が風に吹かれているのを見て警戒を解いた。
「すごいです!!さすがは勇者様ですね!!」
正面から魔物と相対していた男に後ろから声がかけられる。
「そんなでもないさ。それよりも魔王を打倒した君たちの方が圧倒的に凄い。」
『バーサクグリズリー』と真正面から打ち合いをした男ーーー勇者ライガは緊張が解けたようにそう言った。
そう。ここで戦っていたのは勇者パーティ。だからこそ、先の魔物もなんの危なげなくすぐさま処理することに成功したのだ。
そしてそんな彼を褒めるのは、最近ライガと知り合った男、アリオスであった。
彼らは今、港町ルイエに向けて旅をしている最中だ。
ベイルブレアに到着した後、そのまま出発した形にはなるが国王から借り受けた騎士達はもう既に王都に帰還している。
ここには勇者パーティと周辺の案内役のアリオス、そしてヴィクレアしかいなかった。
「いやいや、あの時俺は大してなんの役にも立ってませんでしたからね。そこまで凄くはないですよ。」
へりくだるような態度のアリオスを見たライガ。だが彼はそんなことはないだろうとアリオスの言葉を心の中で一蹴した。
だってライガは一度、魔王ベルフェゴール、および魔王エイジスに出会っているのだ。
魔王エイジスだけが相手なら、相手の手の内も大体わかった今ならなんとか打倒し得よう。だが、魔王ベルフェゴールの方はどう考えても無理なのだ。
最悪、自分たちがその討伐に参加した場合、誰かが死んでしまう可能性もあった。
そんな戦場で生き残ってきた相手を尊敬しないでどうするのか。
それがライガの考えであった。
「そう自分を卑下するこたあねえじゃねえか。あの街にいた冒険者達はお前もかなり頑張ってたって言ってたぜ?」
「またまた、あの時別格の強さの敵が三体、、、いや、四体いましたけどそのうちの三体はタクミさん達が倒してしまいましたからね。それに比べたら俺の頑張りなんて微々たるものですよ。」
それは事実だ。
ライガもその辺の話は大まかにだが聞いている。
あの戦いで魔王ベルフェゴール側には魔王エイジス、巨大な魔物、そしてその中から出てきた小さくも手のつけられない魔物、そして魔王ベルフェゴール本人がいたらしい。
一部の者は魔王ベルフェゴール側にはさらに1体、少女のようなものも遠目から見えたという。
そんな強敵達をある集団がほとんど倒してしまった。
魔王エイジスに対しては一対一で、小さな魔物に対しては一瞬で、魔王ベルフェゴールに対しては一槍で、それぞれ倒したというのだ。
アリオスが町の事情に詳しいということと、その人物の特徴を聞いてすぐに誰かとどこにいるかは特定できた。
だからこそ、今自分はこうしてルイエの街に向かっているのだ、と。
ライガはそのことを再確認した。
彼らが前の街を出てから、かなりの時間が経過していた。
そろそろ、街に着く頃だろう。
そう思い遠くを見てみると少し遠いが、建物のようなものが目に写っていることに気がついた。
「みんな。見えてきたみたいだ。」
「本当?結構早かったね。」
退屈そうに馬車の中で座っていたアイナが目を細めて遠方を見ている。
「まあ、ルイエとベイルブレアはそこまで離れているわけではありませんからね。俺も結構行き来しているし、いい距離感ですよここは。」
アリオスは言葉の通り、結構な頻度で隣町まで赴いている。
理由は意外なことにタクミと同じ、たまには魚介料理が食べたくなるというものだった。
アリオスは冒険者という職業ではあるが、結構味にうるさい男だったりする。
そんな街と街の間を往復するアリオスを連れているからこそ、安全な道を遠回りすることなく最短かつ最速の道を突き進むことができたのだ。
まぁ、その道中で『バーサクグリズリー』とか言うそこそこ危険生物に出会ったのだが、その程度の相手なら実はアリオスが1人でも簡単に逃げるくらいのことはできるから大丈夫だった。
「・・・ん?ねえ、ライガ。あれ何かしら?」
街までの距離をズイズイと詰めていると、リオーラが何かを発見した。
街のある方向とは少し違う。
リオーラが見ている場所からではさほど街から距離の内容には見える。
だが、実際にはかなりの距離があるようだ。
「なんだろうね?アリオス、わかるかい?」
「いやぁ?でも、街の何かっていうことはないはずだ。」
「ちょっとここからじゃあよく見えねえな。流石にもうちょっと近づかねえと・・・・」
「ふむ、すまない。私も目はあまり良くないのだ。」
「アイナ、見えるかい?」
ライガはアイナに声をかける。
実はアイナ、勇者パーティの中で一番遠距離を見ることが得意なのだ。
理由としては自分だけにしか使えない『感覚鋭敏化』という補助魔法によるものだ。
アイナはそれを発動させ、話題の渦中にあるものをじっと見つめた。
だが、その魔法を使っても流石に距離が遠すぎたみたいだ。
その詳細まではわからない。だが、大まかにどんなことが繰り広げられているのかは理解したみたいだ。
「人が数人、魔物が・・・・大体80〜90くらい?もっといるかも。戦ってる。」
彼女は読み取った内容を簡潔に仲間に伝えた。
それを聞いたみんなが少しだけ表情を険しくした。
「数人って、何人ぐらい居るんだ?」
「大体・・・・5人?」
「それはまずい!!早く助太刀に行かないと!!」
そう一番に声をあげたのはヴィクレアだった。
彼女は誰かが危なくなって居ると知って放って置けない質の人間だ。
たった5人で100に近い魔物に囲まれるという状況を見過ごすことができなかったのだ。
「そうだね。すぐにでも行ったほうがいいだろう。全員は無理かもしれないが、1人だけでも助けるべきだ。」
ライガーーー勇者もそれに賛同する。
彼の号令で、馬車は速度を上げる。それに伴って馬車内の揺れがかなり激しいことになり、乗っている人間にもダメージを与えそうになっているが、そこは旅慣れた冒険者。
なんとか転倒などはしないでグイグイと速度を上げていく。
「アイナ!今どんな感じ!!?」
リオーラは射程内に入ったらいつでも攻撃できるようにと魔法の準備をしながら尋ねる。
「状況に大きな変化はない。あ、ちなみに魔物の種類は『毒蛇の魔術師』が少なくとも3体、それに伴った蛇がいっぱい。」
「何ですって!!?なんでそんなに集まってるのよ!!?」
『毒蛇の魔術師』は一種の災害とされ得る魔物だ。
と言っても、そいつ自体はそれほど強い魔物ではない。
オークと正面切って殴りあえる冒険者なら、さほど苦労することなく倒せる相手だ。
だが、そいつん真価はそこにはない。
『毒蛇の魔術師』は毒蛇を使役する、それが厄介なのだ。
そいつらがどこからくるかはわからないが、『毒蛇の魔術師』が敵を見つけている限り、毒蛇が無限に湧き出し続けるのだ。
普段は人里近くに現れるような魔物ではない。
それどころか、探しても見つからないほど生息数は少ない。
『毒蛇の魔術師』は1体現れただけでも災害と指定され、冒険者ギルドに緊急指令が下るほどの魔物だ。
それが3体。
勇者達からすれば苦しくてもなんとか勝利は収めることができるだろう。
だが、他の冒険者にそれを押し付けるのは酷というものだ。早く駆けつけて助けてやらなければいけない。
そんな空気が馬車の中に漂っていた。
そしてようやく手の届く位置まで近づくことができた。
アイナはずっと魔物達の状況を逐一報告してくれていたが、自分たちが見つけた時と何も状況は変わっていないということを聞いてみんなホッとしていた。
ここから先は馬車よりは徒歩の方がいい。
そう思える距離まで近づいて、ライガとダミアン、ヴィクレアそしてアリオスが馬車から飛び降りる。
遠距離攻撃手段を持つリオーラはそのまま馬車で待っていた。
戦士職の奴らが敵との距離を詰めている最中、リオーラは魔物の群れの後ろからこの騒ぎの元凶になっている魔物ーーー『毒蛇の魔術師』の1体に向かって『炎魔法;暴発』を繰り出した。
いい出目だったのだろう。
かなりの威力の炎が魔物の群れを包む。
それだけで『毒蛇の魔術師』の1体は絶命して灰をその場に残した。
リオーラはこの攻撃で自分たちの方に魔物の気がむいてくれると思っていた。
そうすれば、今必死に戦っている誰かは助かるはずだとも。
だが、そうはならなかった。
確かに、残り2体の『毒蛇の魔術師』は後ろから迫っている勇者達を見た。
だが、それに使役されている毒蛇達は勇者達のことを完全に無視した様子だった。
だが、それならそれで好都合だった。
邪魔されることなく、敵の指揮官を叩くことができるのだ。
馬車から飛び降りた者たちはこちらに注意を向けながらも、ほぼ無防備な『毒蛇の魔術師』をやすやすと斬り伏せた。
すると供給が断たれたからだろう。
びっくりするほど早く蛇たちも討伐されていく。
そしてそいつらがあらかた討伐された時、ライガはずっと必死の抵抗をしていた者たちに話しかけるべく近づいて、その顔を見て驚いた。
「大丈夫で・・・す・・・・か?」
「ああ。大丈夫だよ。」
そのパーティのリーダーは少しだけ不貞腐れているように返事をした。
その顔は見ようによっては少し、起こっているようにも見える。
ライガは思っていたのと違った対応に少し面食らった。だが、めげずに話しかける。
「えっとタクミさん?お久しぶりです。」
「えっと、、確か勇者様だったっけ?お久しぶりです。」
タクミもライガのことを思い出したのだろう。
口調が少し丁寧なものになった。
だけどその機嫌少しの間治ることはなく、ずっと悪いままだった。
うう〜、頭が痛い。
風邪が治ったと思ったらこれですよ。あ、投稿はいつもの調子で続けますんで、どうぞよろしくお願いします。
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