176 鉄板と自己
それでは種明かしをと律識は先ほどのゲームの解説をし始めた。
「といっても、俺が何か特別なことをやったわけではないんだけどね。警戒していたみたいだけど、イカサマしてたってわけではないよ。」
「は?じゃあ何やったんだよ。さっきのゲーム、色々おかしいところがあったけどこの俺が負けるってのはかなりの異常な事態なんだぞ?」
ダルクははじめから自分が負けるなんて一切考えていなかった。
ゲーム中に感じたことなのだが、彼は自分の運を信じきっているのだ。
ダンジョンの中で弾倉に1発しか弾丸を込めなかったのも、自分の運なら確実にその1発を引き当てると考えていたのだろう。
まぁ、俺からすればそれをする理由は一切わからないんだけどな。
「あ!!じゃあボク答えていい!!?あれだよね!!?タクミが何を配るかわかってたんだよね!!?」
そこでノアが手を上げて答えを口にする。
四巡目の最後に彼女が気づいたのはそういうことだ。
律識の方はそれに対して「正解だよ。」と笑いかける。
「はあ?そりゃどういうことだよ。イカサマはしてねえって言ったよな?」
「うん、イカサマはしてない。単純に覚えただけだ。一巡目の使用済み札の積んだ順番、それと匠のシャッフルを見てそれを全部追いかけてたんだ。」
「はああああ!!?」
驚愕の答えに、ダルクは素っ頓狂な声を出した。
律識が何を言っているのかがわからない、そう思った様子だ。
「でもどうやってそれを実現したのかしら?例えカードの初期位置が分かってたとしても、タクミは普通にシャッフルしてたわよね?」
今まで興味がなさそうに結果を見守るだけだったリリスが頭にはてなを浮かべて聞いている。
そうだ。出来るわけがないのだ。
カードの順番を覚える。
字面にすれば少し出来そうな気がしないでもないが、それは普通の人間には、いや、普通でなくても普通は不可能だ。
まず、これをやるにあたって必要な特技が多すぎるからだ。
まずひとつ目は俺のシャッフルを全て見切る能力、この時点で地球にいた全人類の何%まで絞られるだろうか?
多分この時点で全体の1%もいないだろう。
世界中探して、数人、できるか出来ないかだ。
そして次に必要になってくるのは記憶力、当然、シャッフルが見えたとしてもそれがどのカードなのかを覚えられなければ意味がない。
トランプの1デッキ、52枚ものカードの位置を完璧に覚え切る記憶力も普通の人には備わっていない。
俺も記憶力はいい方だと自負しているが、それでも律識の足元にも及ばないだろう。
そして最後は処理能力だ。
当然だがこの情報はゲームに使うために収集してるものだ。
いくらデッキの中身を知っていても、それをうまく使えなければ何の意味もない。
全てを覚え、それをコントロールし切る絶対的な思考力が必要になるのだ。
ここまで挙げれば律識が明らかに普通でないことをやっているとが理解できたであろう。
だが、恐ろしいことに彼はそれを当然のごとくやってのけるのだ。
「まあ、、、どうやるのかって言えば、これは慣れでしかないんだけど、今回の場合1回1回確認の場があったから普通よりはやりやすかったよね。」
彼はさも当然のように答える。
それが通常の人間には絶対にできないことなんて、全く考えていないのだ。
そりゃあ、みんなは出来ないかもしれないが、世界は広いし探せば出来る人もそこそこいるでしょ、そう考えているのだ。
だが俺はそうは思っていない。
だって彼はもう既に世界最強まで登りつめてしまっているのだから。
「うわぁ、カードの位置が分かっているっぽいってのは分かってたんだけど、まさかそんなことをやってたなんて・・・・」
ノアは脱力したように律識の方を見る。
そして何かを思い付いたようだ。
テーブルの上のトランプを全てひとまとめにして繰り始めた。
そしてある程度混ぜ終わった後、律識の方を見る。
「じゃあさ、この一番上のカード、何か分かる!!?」
「ハートの2だね。ちなみにその下はスペードの1だと思うよ。」
即座にノアがトランプを上からめくっていく。
そこには宣言された通りの絵柄が書かれたトランプがあった。
「うわぁ!ほんとだ!!」
「すげえなこりゃあ、俺が負けたのも少しだけ納得しちまうぜ。」
ノアとダルクは感嘆の声をあげる。
ここまで見事に全てを把握されているのだ。そりゃあ、ダルクの勝利なんてものは二巡目からは存在しなかった。
いや、むしろ終了タイミングが五巡したところとなった瞬間に彼の負けは決まっていたのだ。
確かにダルクの運はいい。
だが、俺たちの言う運というのはそれがかくていしていないときに使う言葉だ。
いくらカードが52種類あろうとも、何を引くか分かっているなら運に左右されないのだ。
「流石、タクミが連れてきただけのことはあるわね。えっと、、、彼は・・・・・」
リリスがそこまで言ったところで、俺は何をしていたかを思い出した。
俺は彼の紹介をしようとしてたのだ。
「ああそうだった。紹介するよ。彼の名前は婀神 律識今日から彼も一緒に行動を共にしてもらうつもりなんだけど、、、、いいかな?」
「そうだったのね。私は別にいいわよ?だってタクミのお友達なんでしょ?1人にしたらかわいそうじゃない。」
「ボクも賛成だよ!!こんなにすごい人を野放しになんてボクは出来ないよ!!」
ノアとリリスはオッケーみたいだ。
あとはエレナとリアーゼなのだが、、、、
「私も、大丈夫です。」
「・・・ん、よろしく。」
こっちも受け入れてはくれるみたいだ。
だが、問題はここからだ。
俺はゆっくりと律識の方を見る。
すると彼は何かを抑えるようにして肩を震わせていた。
そして突然、堰を切ったように俺の方に顔を向けて掴みかかってくる。
「おいいいいいいいい!!匠、お前これはどういうことだ!!!」
「ちょっと急に掴むなよ律識、何かあったんなら謝るからさ。」
「いや、謝る必要はない!!むしろナイスだ!!よくやった!!」
彼は俺の方を前後に揺らして感謝の言葉を伝えてくる。
さて、彼がこうなっている理由だが、彼の性格と発症のタイミングを考えたら予想は簡単だ。
問題というのはこれをどう収めようということなのだが・・・・
俺がそう考えている間に、律識は俺から手を離してリアーゼの方に向き直った。
「君、名前は?」
少しいい声を投げかける律識。
ここまでくればもう察しのいい方なら気づいているかもしれない。
そう、律識は最強のカードゲームプレイヤーだ。
そして割と重度の小児女愛者でもある。
「えっと、、、フェプリアーゼです。皆さんからはリアーゼと呼ばれています。」
抑えているようだがそれでも迫力のある律識にリアーゼは少し引き気味だ。
「リアーゼ、いい響きだ。」
「ありがとうございます。この名前、タクミお兄ちゃんがつけてくれたんですよ。」
リアーゼがその言葉を口にした瞬間、律識は一瞬で俺の方に向かって体を反転してくる。
「おいいいいいい!!匠、お前どういうことだこれは!!」
「ちょっと急に掴むなよ律識、何かあったら謝るからさ。」
さっきも見たようなやりとりだ。
だが、ここから先は先ほどとは違っていた。
「ああ、大いに謝ってもらおうか!!お前、俺を差し置いてお兄ちゃんと呼ばれてるだと!!?それも見てみろ、あのケモミミ!!ふざけてるのか!!?」
先ほど、ブラックジャックをしている最中にカードの配置を全て把握するということを成し遂げていたやつと同じとは思えない、そのくらいに今の律識は知能的ではなかった。
「お兄ちゃん云々はお前もそう読んで貰えばいいだけの話じゃねえか。そもそも、俺の方から呼んでくれなんて要望を出したわけでもない。」
この呼び方に関してはリアーゼがはじめにやり始めたことだ。
骨の魔剣を手にして、何か開放的になったリアーゼがそう読んでいたのが始まりだ。
「お、おうそうだな。ちょっとリアーゼちゃん、俺の方もお兄ちゃんって呼んでくれるかな?」
律識は再び体を反転、リアーゼに頼み込む。
「えっと、、はい。リツキお兄さん。」
「う〜ん。少し違うような気がするけど大丈夫、ここで欲張ったらいけない。これでも大きな前進なのだ。」
何か思うところがあるようだが、とりあえずは収束したらしい。
「というか、さっきは聞き流したけど匠の奴が名前を付けたってどういうことだ?」
「えっと、私は奴隷で、その時呼び名が思い出せなかったので、呼びやすいようにとつけてもらい・・・・」
「おいいいいいいい!!匠、お前これはどういうことだこれは!!」
「ちょっと急に掴むなよ律識、そしていい加減しつこいぞ?」
これで同じやりとりを短期間に3回だ。
俺としてはしつこいと思っても仕方のないことだと思う。
「奴隷って、奴隷ってなんだよ!!?買ったのか!!?お前はそんな奴じゃないと思ってたのに・・・こんなに可愛い女の子を買って毎晩あんなことやこんなことを・・・・」
「いや、やってないからな?あとリアーゼは奴隷じゃなくて普通に仲間だから、、、奴隷だったのは俺たちのパーティに入る前の話だから。」
「お、おおそうか。信じていいんだな?」
「そこらへんは、そもそもリアーゼをどうこうしようとしたらまずノアがうるさいと思うしな。」
「む?なにをー!!確かにリアーゼちゃんは大切だけど、相手が釣り合っていればボクだって笑顔で送り出すよ。」
ノアが俺の前に出てくる。
彼女は常日頃、リアーゼに「お姉ちゃん」と呼ばれているため姉としての意識が芽生え始めているのだ。
リアーゼは自分が守る。
その思いがまずはじめに出てきている。
「ちなみにノア、どのくらいだったらリアーゼに釣り合うんだ?」
「そりゃあもちろん貴族の、、、伯爵くらいは欲しいかな?あ、ちゃんと人間性がいい人っていう条件は外しちゃダメだよ?」
そりゃあまた、非常に難しい条件ですこと。
俺はそう思ったが、これを聞いた律識はまた別のことを考えたみたいだ。
「じゃあ性格のいい俺は伯爵にさえなればリアーゼちゃんをさらいにきてもいいってわけか・・・よし、」
小声での呟きだったが、至近距離にいる俺にまでは隠し通せていない。
欲望丸出しの呟きだな。
「ってことで、みんなも何か、自分の特徴がわかるように律識に自己紹介してくれないか?」
「了解だよ!まずはボクからね。ボクの名前はエイリノア、ノアって呼んで。あとクラスは召喚士、いろんなお友達が呼べるよ!!これからよろしくね!!」
ノアは無難に自己紹介を終えた。
彼女はこういう時何かをぶっ込んできそうな雰囲気があるので、少し意外といえば意外だ。
「えっと、先ほども言いましたが私はリアーゼです。いつもは主にみなさんの荷物を預からせてもらっています。よろしくお願いします。」
「うんうん、俺という名の荷物も一緒に預かってもらうことにしよう。」
リアーゼの自己紹介自体は何も悪いところがなかったが、それを受けた律識の反応、お前少し危ないやつになってるからな?
初対面でこういうのはどうなんだろうか?
最悪、やっぱりダメでしたーとか言われそうで怖い。
「・・・私はエレナ。よろしく。」
「うんうん、無口な子も大好きだよ。」
その反応を受けた子はお前を嫌いになりそうだけどな。
「えっと、最後になっちゃったわね。私はリリスよ。エレナとタクミのお母さんってところね。あ、先に言っておくけど、エレナちゃんにへんなことしたら悪魔も真っ青なことするから気をつけてね?」
そして最後はリリスだ。
いや、宿にはシュラウドがいるからまだ最後ではないんだけど、一応今は最後だ。
そしてリリスなのだが、また何か揉めそうな内容 (自分が母であるということ)をぶち込んできた。
これは予想はできたが、誰がなんと言っても言ったであろうので回避は不可能だった。
「えっと匠?お前ってそういう趣味があったっけ?」
「いや?ちょっと色々あってリリスがこう思い込んでいるだけであって、俺の希望ではないよ。言っても治らないから放置しているだけだ。」
「またまた、タクミったら。恥ずかしがらずに私に甘えてもいいのに。」
「ほらな?」
「そうみたいだね。」
この一瞬でリリスの立ち位置を大方把握したみたいだ。
やっぱり律識、小さい女の子が絡まなければ頭は回るらしい。
「・・・・・・ってあれ?これで最後?そっちのおじさんは?」
リリスの後に誰も続くことがないことを不思議に思った律識はダルクを指差しそう言った。
さっきまで一緒に遊んでいた人は誰なのか。
それが気になったのだろう。
「あ、そのおじさんは昨日からよく見かける変な人だから気にしないでいいよ!!」
その質問にはノアが答えた。
変な人と言われると可愛そうだが、実際少し変な人だから否定はできないな。
「おいおいそりゃあひどくねえか?一応、俺も自己紹介を、俺はダルク。見ての通りギャンブル大好きおじさんだ。よろしくな。」
「そうですか。それではみなさん、今日からよろしくお願いします。」
全員の自己紹介を聴き終わった後、律識はこれから一緒に行動する仲間たちに向かって丁寧に頭を下げた。
今回のテーマは天丼か何かだったのだろうか?
書き終わって、確認してみてそう思います。
次回は律識くん、初冒険回です。