175 |賭け(gamble)?と異常(irregular)
今回はギャンブル回、ですがギャンブル的な描写は思ったより少ないかも?
知らない人の為に、ブラックジャックとはどういうゲームなのかを軽く確認していこう。
まず、大前提としてこれはディーラー対プレイヤーのゲームだ。
ディーラーは手持ちのカードをそれぞれに2枚ずつ配る。
そして自分の二枚のうち一枚を表向きでテーブルに置く。
プレイヤー側は自分の手とディーラーのオープンカードを見て次にどうするかを決めることができるのだ。
そして肝心の勝利条件だが、手に持っているカードの数字の合計が21により近いほうが勝利となる。
ただし、21を超えてしまった場合はその時点で敗北になる。
また、10以上のカードは全て10として、1のカードは1、または11として扱われるのも特徴的だ。
プレイヤー側は自分の手を見てカードを一枚引くヒット、もしくはこのまま勝負するスタンドを選ぶ。
全てのプレイヤーがその処理を終えたら今度は俺、ディーラーの行動だ。
といっても、ディーラー側には駆け引きなんてものは一切存在しない。
手持ちのカードの合計が17を下回っていれば強制的に引かなければいけないのだ。
他にもこれを執り行うカジノなんかによってルールに少し差異があったりするのだが、基本は今のことを覚えておけば楽しむことはできるだろう。
また、今回はこの動作をトランプデッキを5回分使い切るまで繰り返すことになっている。
そして今ちょうど、その1回目が終わったところだった。
律識の手元には先ほどよりは多いが、誤差の範囲としか言いようのないチップが積まれている。
対してダルクだが、この一巡目でわかりやすくチップの数を増やしていた。
ギャンブルを好むだけあって、こういう勝負には強いのだろう。
「ねえ、大丈夫なの!!?タクミが連れてきた人、調子悪そうだけど・・・」
一巡目が終わり、使用済みカードを集めてシャッフルしている時、横合いからノアが話しかけてきた。
心配しているのだろう。
いや、信用していないのだ。
「あはは、手厳しいね。でもまだ勝負は始まったばっかりだからね。何とかなるようになるさ。」
俺に対しての質問だったのだが、それに答えたのは律識本人だった。
彼は軽口を叩きながらも、その目は真剣に俺の手元を捉えている。俺の手の動作を一挙手一投足見逃さないつもりだ。
「確かにあんたはそこそこ勝負強いけど、それでもこういう勝負に関しては俺の方が強いってことだな。」
自分の手元と律識の手元を見比べたダルクが言う。
先ほどの自分だけ負かすと言ったことに対して何か思うところがあったのだろうか?少し挑発的だ。
「あはは、確かに、すごい豪運ですね。俺も運は悪くない方だと思うんですが、それ以上でしょうね。」
「じゃあ、次始めるぞ。」
シャッフルがある程度完了したと見て、俺はカードを配り始めた。
まずは律識、そしてダルクの順だ。これは別に意図したわけではないが、座席順の問題でこうなった。
カードを配り終えた時、俺は律識の方をチラッと見て見た。
彼はチップを一枚だけ前に放り出し、自分のカードを確認している。そして息を吐いた。
「なんだあんちゃん、そんなにいい手でも引いたのか?」
「いや?これ自体は悪い手だけど、でも、、最高の手だよ。このままスタンドで、」
「・・・?そうかい?じゃあ俺は一枚だけもらおうか。」
ダルクの要求に従い、俺は山札の一番上からダルクの方にカードを渡す。
渡されたダルクは非常に満足そうな表情を見せた。
「俺はこれでいい。スタンドだ。」
そして一言そういった。
これからは俺の処理だ。
俺の場には8と6のカード、まだ17には到達していないからカードを継ぎ足す。
ここで俺が引いたのはJのカード、21をオーバーしてしまった。
この場合は21を超えるしなかったプレイヤーの勝利、初期手札の律識はその時点で勝利が確定だ。
そしてダルクの手は見事に21、確かに、最高の手だ。
その後もゲームは続く。
二巡目も終盤だ。
ここに来てダルクが何か異変を感じ取ったみたいだ。
その様子が俺の方からでも見て取れる。
だが、その感覚は直感的なものなのだろう。
何をされているのか、何が起こっているのかを理解した様子ではない。
結局、彼は二巡目が終わるまで律識が仕掛けている『それ』に気がつくことがなかった。
そして三巡目中盤。
大体ここが折り返し地点だ。そこまで来るとただ周りで見ていただけだったリアーゼやリリス、そしてノアまでもが何かがおかしいと気付き始めた。
「え・・・どういうことなの?・・・いつの間にこんなに?」
というか、もうそれは結果として目に見えるようになっていた。
それはチップの数だった。
当然のことながら、プレイヤーである律識とダルク、そしてディーラーの俺の前にはそれぞれ自分の資産とも言えるチップが積まれている。
その場だけ見ると何の変哲もないただのチップだが、始めから見ていたみんなはいい加減気づいたみたいだ。
ダルクのチップだけが減り始めていることを・・・・
対して、律識のチップは淡々と増えていっている。
一気に増えることはない。少しずつだが、確実に増え続けてそれがもう隠し通せないところまで来ているのだ。
そしてこのテーブルでの一番の異常事態、それは俺の前に置いてあるチップの山だ。
このチップの山がほぼ初期値をキープし続けているのだ。
その時の勝敗によって瞬間的に増減はするものの、気づいたら元どおり。
つまり何が起こっているのかと言うと、
ダルクのチップが律識の方へと流れているのだ。
ブラックジャックというゲームで、この光景は異常でしかなかった。
ダルクは何が起こっているのかは理解した、だが、何をされているのかを理解することはできない。
それ故に、対策を立てることができないのだ。
特に特別なことをしているわけでもない。律識が勝ちまくっているわけでもない、確かに自分の勝率は初めに比べて落ちたかもしれないが、勝負は時の運。
それについてはおかしいところはない。
そうだ、律識だって負けているのだ。
それもそこそこの頻度で。だが、自分の目の前のチップだけが減り続ける現状に納得がいかない。
そんな感情がダルクから見て取れた。
ダルクはギャンブルが好きだが、結構熱くなるタイプなのだろう。
冷静になればそれに気づけたかもしれない。
律識が負けた時、それと同時に自分も負けているということを・・・・・
俺だってあの場所に座ったら結構気づかないものだろう。
だってブラックジャックは隣のプレイヤーは意味をなさないのだから、いちいち結果なんて覚えているはずがない。
「さて匠、早く次を配ってよ。」
「おお、わかった。」
俺は淡々と作業を繰り返す。
ディーラーは決められたことをやるだけ、だからこそ、近い位置でより冷静に律識の動きを観察することができた。
そして四巡目終盤、、、ついにダルクのチップが律識の三分の一になった。おそらくここが開始地点だ。
その間、俺のチップはほとんど変動なしだ。
「ああくそ!!どうなってんだこれ!!?」
いい加減、わけがわからなくてイライラしているのだろう。ダルクは吐き出すように言った。
「もうわからん!!だがお前が何かやってることは明白なんだ!!いや、そういえばお前たち知り合いだったよな?ってことはディーラー側のイカサマか?」
怒りで頭に血が上って、間違った推論を述べ始める。
俺たちが何もしていないということは、この三巡目と四巡目を使って自分で確認しただろうに、まだ疑っている様子だ。
いまにも手を出しそうな雰囲気だが、流石にそこまではしないみたいだ。
彼は一度、コップの水を飲み干して深呼吸をした。
「・・・落ち着いたか?」
俺は静かにそう問いかける。
「ああ。あと一巡、それで絶対にギャフンと言わせてやるぜ。」
落ち着いたみたいだ。
一瞬激昂したダルクだったが、ゲーム自体は普通にできているので文句はないのだろう。
ダルクも普通に勝ってはいるのだ。
俺はカードを配る。これで四巡目も終わりだ。
俺は自分の手元にあるカードを一枚表にした。見えた数は2だ。
律識は自分の手元のカードを確認している。
そして少し考えるような動作を見せたあと、高らかに宣言した。
「うん、よし、ヒット!!匠、一枚ちょうだい。」
彼は俺から一枚だけカードを受け取ると、「もういいよ。」といって手番をダルクに回した。
「よし!俺はこのままスタンドだ!!」
ダルクの手はそこそこ良かったみたいだ。そのまま勝負に来るらしい。
開かれた2人のカードの合計は、律識が29、ダルクの方はKと10で20だ。
この時点で律識の勝ちはなくなった。
だが同時に疑問に思うはずだ。
どうして律識は19という強い手で、バーストする確率が高い状態で勝負に出たのかと。
通常ならこう思うはずだが、勝負に熱くなっているダルクは律識よりも俺の手元の方が気になるらしい。
俺はちゃっちゃか処理を開始する。
まずは伏せられていた一枚を開く。
そこに書いてあったのは9これで合計は11、まだ17に満たしていないため追加で一枚、これでちょうど四巡目終了だ。
そしてそこに書いてあったのはJの絵札。つまりは10だ。
これでおれの合計は21となり一人勝ちになった。
場のチップは全ておれが回収する。
そしてそれを見ていたノアがある可能性に行き着いたみたいだ。
「あ!!もしかして君!!」
ノアがそこまでいったところで、律識が彼女の方を向いて口の前で指を立てた。
「しー、種明かしは勝負が全て終わってから。」
「う、うん!!」
確認は取れないが、ノアの考えは多分正解だ。
律識はこのブラックジャックが始まってからあることを一貫してやっている。
ただ、それは見た目的には一切判断がつかないためタチが悪い。それに、それをどうこう言われたところでイカサマというわけではないのだ。
咎めることはできない。
そしてそのままゲームは続く。
律識が勝ち、ダルクが負け、
続いて、続いて、、、、、
そして最終局面になった。
ここまでくればもう言わなくてもわかるだろうが、ダルクのチップはもうほとんど残っていなかった。
「えっと、多分だけど今回で最後かな?」
律識が確認をとるように呟いた。だが、周りから見たらそうは思えない。
俺の手元にはまだ2ゲーム分のカードが残っているからだ。
だが彼のセリフはそれを確信したものだった。
「さあ?どうだろうか。とりあえず始めるぞ。」
俺はカードを配った。
ディーラー側のオープンカードは5、微妙な数だ。
正直、これは山の中に残っていた方がディーラー側としてありがたいような気がしないでもないが、これは必然的なことなのでいっても仕方ない。
律識がカードを確認している。
そして手持ちのカードを見たあと軽く頷いて宣言した。
「匠、スプリットお願い!!」
彼は手持ちのカードで有るJとQを見せてきた。
「はぁ?スプリットぉ?ほらよ。」
スプリットというのは初めに配られたカードが同じだった場合、それを二つに分裂させて使うことができる方法だ。
その場合掛け金は分裂させた数だけ賭けなければいけない。
要するに、条件を満たせば一度で2ゲーム分の賭けができるのだ。
ただ、これをやったからといって勝つとも限らないし、そもそもこのルールを導入しない場合だってある。
元の世界にいた時、たまに律識とブラックジャックをした時なんかには、彼はよくやっていたが、今日は一度もやらなかったからてっきりそのルールはないものだと思った。
やっぱり、思い込みってよくないよね。
俺は言われたことをやるだけだからいいんだけど。
「あんた、ここで勝負に出たな。知らないぜ?別れたやつ両方負けちまっても。」
「大丈夫ですよ。まあ見ててください。匠!もう一回だ!!」
彼はもう一度、手の中を全て確認してもらう。
持っているカードはJ、10、Q、10、、条件は満たしているみたいだ。
10以上の数は全て一様に10として扱うため、こういうこともままある。
何せ13分の4、つまりは全体の約三分の一が10という数なのだ。
「へいへい、これでいいんだろ?」
俺は再び律識にカードを渡した。
ああ確かに、今回で五巡目も終了しそうだな。
「うん、もういいよ。」
ここで律識のターンは終了。
次はダルクの番だ。
彼は少しだけ考えたが、一度だけヒットすることを宣言した。
だが結果が芳しくなかったみたいだ。
それが表情に出ている。
そして俺の番、5の隣にあった数字を開いて見てみると2、次の数は6、そしてその次は1、そして最後にKのカードを引いた。
つまりはバーストだ。
「ってことは最後の最後は律識の一人勝ちだな。1回で4ゲーム分のチップ持って行くとか、流石だな。」
「当然、これくらいはできないとね。」
「うわあ!!本当におじさんだけを負かして勝っちゃったよ!!すごーい!!」
ゲームが終わり、ノアが興味深そうに律識の方をジロジロと眺める。
そしてそのあとすぐにテーブルの上に積み上げられたチップを見て大喜びだ。
「そういえば匠、このチップって1枚どのくらいなの?」
「さあ?おいノア、そこらへんはどうなってるんだ?」
「1枚1000Gだね!パッと見ただけでも200枚はあるから、これだけで20万だね!!」
一枚一枚はそれほど高くないが、これだけ積もればかなりの額になるな。
大喜びのノア、そんな彼女を尻目にしながら今、負けたばっかりのダルクが律識に向かって話しかける。
「で?結局おじさんはは何をされたんだ?あんなことがあるなんて普通じゃあり得ないと思うんだけど?」
どうした負けたのか、いやどっちかというとどうしてあんなことが起こったのかを知りたいらしい。
本来、こういったことは隠すべきだ。
何故なら次があるかもしれないから。
「ああ、それはですね。」
だが律識は、教えて何の問題があるのか?といった様子でさっきのゲーム、自分が何をしていたかの説明を始めた。
ということで次回は説明回です。