171 さいこうと運命
領域守護者と言うのはその名の通り、と言っていいかはわからないがダンジョン内の決められた区間のボスのようなものだ。
超低確率でポップし、そして同時に存在できるのはそのエリア内で一体だけというルールのあるモンスターでもある。
ただ、そんな確率で生み出されるそいつは当然のことながら他の魔物より圧倒的に強く、故に領域守護者なんていう呼び名がついてしまっているわけだ。
と、ここまではこの世界の常識らしい。魔物についての文献を適当に漁ったらだいたいの本には書いてあったことだ。
領域守護者は特別だが、それほど特別な魔物というわけでもないため外見などの情報は確認されたら共有される。
俺がここにくる前にした下調べ時に、今俺たちが対峙している魔物のことは書いてあった。
その名を【深海の守護者シェルタートル】というらしい。
兎に角、硬いのだと。
目撃情報は多々あるが、その能力についてはあまり記載はされていなかった。
理由としては、その硬さから誰もが戦うことを拒むからだそうだ。
だから俺も逃げようかな?と思ったが、よくよく考えて見たら俺の武器は相手の防御力とかあんまり関係ないんだったな。
「タクミ!どこから攻める!!?」
ノアも逃げるつもりは一切ないみたいだし、危なくならない程度に戦うことにしよう。
「そうだな・・・何を決めるにしても情報が少ない!まずは安全に遠くから攻撃してくれ!」
「分かったよ!来て、イドルちゃん!!そして一発つよいのお願い!!」
ノアがイドルという召喚獣を呼び出す。
聞いた話によるとイドルはリリスの元部下的な存在らしい。それを聞いて俺はイドル=リリがモチーフかな?と思ったりもしたがあれは男だったはずだし、確認をとることのできる相手はいないので黙っている。
そんなイドルは呼び出されてすぐに空気を圧縮して作った弾丸をシェルタートルに向かって叩きつけた。
その一撃はコントロールが効くほど生易しいものではないらしい。
相手に反応を許す間も無く、体にヒットさせることに成功した。
「うそぉ!!?結構本気でやったんですけど!!?」
だが、そんな一撃を受けてシェルタートルの体には全く傷がついていない。
その大きな甲羅によって衝撃が受け止められてしまったのだ。もし仮に、今の攻撃がむき出しになっている頭なんかに当たれば結果は変わったのだろうか?
「もっとつよい攻撃はないの!!?」
「あるけど・・・・外じゃないと使えないよ。」
ノアの質問にイドルが少し言いにくそうに答える。
彼女は風の精霊だ。ダンジョンの中みたいに閉塞感がある空間だと戦いにくいのかもしれない。
「そっかー・・・なら君はみんなの補助をお願い!!」
ノアのはそう言って次の手を考え始めた。
「じゃあ次は私が言ってみるわね!」
その間に動いたのリリスだ。
彼女は手に目一杯の力を込めて、シェルタートルの頭に向かって槍を突き立てることを試みた。
しかし、これもーーーーガキン!!という音とともに弾かれしまった。
「えぇ〜、ちょっとショックだわ・・・・」
全力の一撃が弾かれ、崩れた体勢のまま軽口を叩くリリス。
そんな彼女は次の瞬間、大きく横に吹き飛ばされた。
そして爆音とともに壁に叩きつけられる。
「リリス!!大丈夫か!!?」
とっさにそう声をかけた。
「ええ、ちょっとびっくりしたけど大丈夫よ。すぐに動けるわ。」
彼女は俺の心配をよそに言葉の通りにすぐに立ち上がった。
誰がこんなことをしたのか。それは言わなくてもわかる、シェルタートルだ。
あいつはリリスが体勢を崩したのを見て、その巨大な手でビンタをするように攻撃したのだ。
直接的なダメージもさることながら、吹き飛ばされた後の激突ダメージもそこそ大きそうだ。
あれは迂闊につか付いていいことはないだろうな。
「よし、じゃあ順番的に俺の番だな。」
飛ばされたリリスと交代するように俺はシェルタートルに近づいた。
そして俺は真正面からではなく、横に回るようにした。
相手は亀だ。
正面からよりは側面からの方が安全に攻撃できそうな気がしたからそうしたのだ。
どうせ防御無視をあてにした攻撃だ。
甲羅と頭、どっちを攻撃してもさほど変わらないだろう。
俺は『斬鉄』『純闘気』を両方発動させ、シェルタートルの体を真一文字に切り裂いた。
やはりここは防御無視が効いているのだろう。
イドルの一撃をくらいビクともしなかったその甲羅には1つの大きな傷がついた。
「うわっ、これだけやってこれしか傷がつかないのかよ。これは結構骨が折れる作業になりそうだ。」
だが、致命傷には程遠い。遠いなんて話じゃないような気がする。
今のレベルの攻撃を数十発単位で入れなきゃいけない。
今ついた傷を見た俺はそう結論付ける。
そして俺によって傷をつけられたシェルタートルは苛立ちを覚えたようだ。
腕を大きく振り上げ、それを地面に叩きつけた。
俺の足元に地響きが起こる。
だが、それ以上は特に何かあるわけではないので俺は一度その場を離脱した。
「お疲れタクミ、何かいい作戦、思いついた?」
ノア達の元まで下がって来た俺に彼女がそんな声をかける。
だが、残念ながらまだいい手は思いつかない。
俺は軽く首を横に振った。
「いや、あれの強さが単純に硬いだけってのが厄介でな。正直、弱点とかが見つからない限りは正面から行くしかないかもしれない。」
シェルタートルは素早くはない、攻撃力もそこまで高くないらしい、だが、硬い。
硬いせいで情報が集まらない、本で見たとき少し呆れたが、実際に前にして見てその理由がよく分かった。
俺がそんなことを考えながらそいつの方を見ていると動きがあった。
今までカウンター的な攻撃しかしてこなかったシェルタートルが、攻撃に転じたのだ。
といっても、近づいて来て殴るとかいう攻撃方法はとらない。
むしろ逆にその体を甲羅の中に一度隠したのだ。
そのまま回転してこっちに滑ってくるのか?
たまにゲームをしている時に見る光景を想像したが、そうではなかったらしい。
次の瞬間、シェルタートルの甲羅が光った。
そしてその甲羅から、いくつもの光線が吐き出されたのだ。
「っと!!?みんな、気をつけろ!!」
その光線は四方八方に拡散させるように発射されたため、自分に当たりそうなものにだけ注意を向ければ回避はなんとかなる。
俺は自分の方向を向いている光線を回避して周りを確認した。
「うわぁ。すっごい攻撃だったね。」
「ええ、でも派手なのは見た目だけね。威力はそこまでもなかったわ。」
ノアはその光線を伏せて回避し、リリスは正面から受けたみたいだ。
いや、正確には彼女はエレナの盾になっていた。
エレナなら回避もできただろうが、そこは確実に安全な方法をとったみたいだ。
そこらへんは彼女がいう通り、母親なのだろう。
しかしそのおかげで今の攻撃、威力はあまり高くないことがわかった。
場合によってはわざと受けることも視野に入れていいかもしれない。
攻撃が終わったシェルタートルは再び顔を外に出している。
「・・・じゃあ、次は私。」
別に順番とか、そういうものはないのだがやっぱりそう見えたのだろう。
俺との交代と言わんばかりにエレナが突撃していった。
姿勢を低くして、真正面からシェルタートルに肉薄する。そしてその勢いを殺さないまま、エレナは相手の頭に飛びつき短剣を突き刺す。
しかし相手は頭まで硬い。
普通に刺してたらさっきのリリスの二の舞だろう。
だが、エレナの短剣は見事にシェルタートルを傷つけた。
見てみると彼女の短剣は眼球に向かって突き立てられていたのだ。
「なるほど、どれだけ皮が固かろうがむき出しのーーー守っていないものは簡単に貫けるってことか。」
それを実践してのけたエレナはもう片方の目も潰しにかかる。
だが、片目を潰されたことで暴れ始めたシェルタートルがそれを許さなかった。
エレナの小さな体はその振り回しに耐えきれずに遠くに飛ばされる。
また、その勢いは凄まじく、このままでは確実に壁に激突指定しまうことも予想できた。
「エレナちゃん!!?大丈夫!!?」
その光景を見たリリスが助けに入ろうと走り出している。
だが、その心配は杞憂に終わった。
エレナが壁に激突する直前、なんらかしらの力が働いてエレナはゆっくりと地面に落とされたのだ。
今、この場でそんな芸当ができるのは1人しかいない。
「リリスさん、これはかしだからね?」
先程サポートに入るように言われたイドルだ。
彼女はその役目をきっちりと果たしてくれているらしい。・・・・それならさっきリリスが飛ばされてる時に助けなかったのはなんでだろうな?
「ええ。ありがとう。今度あれをあげるから楽しみにしておきなさい。」
「わーい。」
さて、どうしたものか。
目の前のシェルタートル、正直倒すのが面倒になって来た。
近づけば反撃するし、たまに全方向の攻撃もするし、硬いし。
もうこのまま逃げたほうがいいんじゃないかと思うくらいには面倒だ。別にこれの討伐依頼を受けているわけでもないから、逃げても別にいいんだよな?
あ、でもここダンジョンの入り口か。
こいつをこのまま放置すると他の冒険者に迷惑がかかるのか。じゃあできることなら倒さないといけないな。
「ーーーはぁ、まさか、ダンジョン入ってサハギンの大群・・・そしてその直後に領域守護者とか。今日はなんてーーーー」
ついていないんだ。
そう言いかけたところで、俺の言葉を引き継ぐかのような声が後ろからかけられる。
「ついてるんだろうな?ああ、別に俺は今日に限った話じゃねえか。」
俺はとっさに後ろを振り返った。思えば、確実な敵が目の前にいるからこの行為はいけないのだが、そう言ってはいられなかった。
その声には聞き覚えがあった。
どこで?
聞くまでもない。昨日の酒場だ。
俺は振り返ってその声の主の正体を確認した。
そこには西部劇にでも出て来そうな1人の男がいた。
「さて、大人気ないにいちゃん。あれ、貰ってもいいか?」
その男ーーー『運命』のダルクと呼ばれた男は俺たちの前に佇む領域守護者を前にして、期待に満ちた目で俺たちに聞いてきたのだった。
ちなみに、シェルタートル→シェルター、防壁、宝石の意味を込めて書いた今回ですが、構想段階ではジェリーという意味も混ぜて自動再生能力持ちを考えていました。
この案は描くのが面倒だという理由で没になりました。
・・・再生能力持ちで硬いのはベルフェゴールでやったからね。