167 宴と行き違い
タクミ達が爽快な気分で馬車に揺られているとき、王国の勇者ライガは憂鬱な気分で馬車に揺られていた。
目的地は言うまでもなく、ベイルブレアの街。
確認された2人の魔王を討伐するべく、今回は精鋭部隊を率いての行軍だった。
「はぁ・・・」
「ライガ、さっきからため息ばっかり。」
この馬車に乗ってから何度目かわからないため息にいい加減うんざりしたのか、アイナがそれを指摘する。
だが、そうは言っても仕方のないことなのかもしれない。
魔王討伐の命を受けて借り受けた王国騎士の精鋭、その数総勢18名。少し少ないかと思うかもしれないが、何せ普段は王城などの主要な場所を護衛している人間達だ。
これ以上の数を期待するのは無理がある。
それに、それだけ重要なことを任されている彼らの戦闘能力は高い。ライガでも3人までなら勝利できるだろうが、それ以上の数をぶつけられたら敗北の可能性が高いほどだ。
だが、それだけの部隊を率いていても、自分の中の不安が拭えないでいた。
それは実際に討伐対象を一度見て、そしてその攻撃をその身をもって味わったからこその不安だった。
(あれに数をぶつけるのは果たして正解なのだろうか?)
ものすごい速度で伝染して行く毒。それに対して数をぶつけるのはただの愚策に見える。
それに、そんな考え抜きにしてもライガには魔王ベルフェゴールを打ち倒すイメージが浮かばないのだ。
何をやっても、最後には負けてしまいそうな・・・・そんなイメージばかりが自分の中をめぐり、それがため息となって外に出て行っているのだ。
「でも確かにライガの思いもわからなくはねえよ。一度俺たちはあいつに殺されかけているんだ。今回も生きて帰れる保証はねえ。」
「そうね。でも私たちはこんなところで死ぬわけにはいかないわ。最悪、彼らを盾にしてでも生き残らなくてはいけない。」
ダミアンの言葉を受けたリオーラは切羽詰まった表情でそう言った。
自分たちは王国最強の冒険者パーティ。勇者の称号を得たライガが所属するパーティだ。
自分たちがいるからこそ、民は安心して眠ることができる。そのことは国王から度々聞かされていた。
だからこそ、必ず生き残らなければいけないのだ。
「ああ、そうだな。なんとしてでも勝利を収めて生きて帰るんだ。」
魔王討伐は人類の悲願。今回は今まで倒してきたものとは違い、本物の魔王だ。
それを再確認しながら勇者ライガは馬車の外を眺めていた。
それから数刻後、勇者一行はついにベイルブレアの街に到着した。
みんなの表情がより一層引き締まる。
彼らはまず冒険者ギルドに向かうことにした。理由は戦力増強だ。
相手が強大だとわかっている今、少しでも戦力が欲しかった。
「これは・・・ひどいわね。」
歩いている途中、リオーラがそれを見てそう口にした。
彼女の視線の先には、以前活気溢れる大通りが存在した場所。そこに現在、ほとんど人影はない。
代わりにいるのは何人かの技術者のような格好をした人間だ。
その大通りは大きく破壊されていた。
そこを中心として周りの建物には亀裂が入ったり壁に穴が空いたりしている。また、もっと遠くを見てみると石畳が剥がれて瓦礫が積み上げられている。
建物の屋根は強烈な嵐の後のようにめくれ上げっていて、その残骸が大通りに散乱している。
「何者がやったのかは大体想像がつく。でもどうして?」
「まさかとは思うが、もう相手さんが暴れまわった後だとかじゃないだろうな?人がいないのはみんな殺されちまったとか・・・・」
「かもしれない、地面、いくつか血痕が見られる。」
それを見た各々が見解を言い合う。
その可能性は大きい。自分たちは遅すぎたのかもしれない。
「いこう。冒険者ギルドはこの先だ。」
勇者一行は瓦礫の山を調査している人を素通りしてその先にある冒険者ギルドに向かう。
その足は少しだけ早まっている。
◇
「頼もう!!」
勇者は冒険者ギルドの扉を勢いよく開いた。もしかしたら誰もいないかもしれない、と思ってきたのだが、ギルドに近づくにつれて喧騒が聞こえてきたのでその可能性は捨てた。
そしてギルドの扉をあけ放ち、勇者たちが見たものはーーーーーー
「よっしゃおら!!酒だ!!もっと高いやつもってこい!!』
「あはははははは!こっちには樽でおねがーい!」
「ちょっと流石にお前ら飲み過ぎだって!!少しは自制しろよ!」
「ははは、硬いぞアリオス!こういう日くらいいいじゃねえか!!」
ーーーギルド内を貸し切ってどんちゃん騒ぎをする冒険者たちの姿だった。
「ちょっとエリックぅ、こっちきなさいよ〜。」
「ちょっ!!?オリビア、止めるんだ!誰か!僕を助けてくれ!!」
当然その中にはエリックたちの姿もあった。彼らは魔王討伐に参加しておらず、その報酬を手にしていないから他の冒険者たちよりは箍が外れすぎてはいないようだ。
「・・・えっとライガ?どういうことだこれ?」
目の前の光景が信じられないダミアンが思考を放棄してライガに問いかける。
「・・・俺にはわからない。」
だが、その状況を理解できていないのはライガも同様だった。だがなんとなく、自分たちはこの場所にふさわしくない雰囲気をまとっているような気がした。
「ちょっと私が愚弟に状況の説明を求めます。」
そこでヴィクレアが動いた。彼女は一直線にエリックのもとに近寄り、その襟首を引き勇者たちの元へ戻ってくる。
そして状況の説明を促した。
「姉上!!助けてもらったのは嬉しいんだが、その怖い顔をやめてくれないだろうか!?」
「いいから!どうしてこんな状況になっているのか説明しろ!!」
「むぅ、どうしてと言われても、魔王討伐が成功したからみんなその報酬を使って宴をやっているとしか言えないのだ。」
その言葉に、勇者たちは目を丸くした。
即座にヴィクレアが確認するために問いかける。
「魔王が討伐された?それは一体どういうことだ?」
「言葉の通りだ。討伐隊が組まれて、そして討伐に成功したということだな。」
正直な話、その時エリックは眠っていたのでこれ以上の説明はできないのだ。だが、勇者たちからすればその説明で十分衝撃的だった
自分たちが意を決して討伐に来た魔王がすでに倒されているというのだ。
「えっと、エリックさんだよね?詳しい話を聞きたいんだけど、いいかな?」
リオーラはさらに詳しいことを聞こうとする。
だが、エリックにはそれはできない。だから彼はおそらく今一番、説明向きな人物を連れて来た。
酒があまり回っていなくて、かつその討伐に参加していた人物。
そう、アリオスだ。
「えっと俺に何か・・・って勇者様!!?どうしてここに・・・というかどうして俺が?」
ここに呼ばれたのか。その言葉を口にする前に、アイナが先に用件を伝える。
「魔王討伐の話、聞かせてもらえる?」
それを聞いたアリオスは一度周りを見渡し、そしてなぜ自分が呼ばれたのかを理解した。
「ええ。わかりました。ここで立ち話もなんですので、座って話すことにしましょう。」
アリオスはギルドの机の1つを勇者パーティと一緒に使う。
一緒にきていた騎士たちは待機だ。
流石に、彼らが全員座れるほど場所が余っているわけではなかった。
「それでは、何から話したもんですかね。」
アリオスは事の顛末を1つ1つ話していった。彼はあの場を指揮していただけあって、その時のことをよく覚えており、勇者たちが欲しい情報を提供することができた。
そして話はひと段落ついた。
どうしてここで宴が催されているかまでは必要なかった気がしたのだが、アリオスは興が乗ってしまったのかそこまで話すことにした。
「タクミ殿、あなたは・・・」
話し手がアリオスだったため、匠のことは少しだけ強調して話されている。
だからこそ、話を終えて1番初めに口を開いたのは彼と1番付き合いが長いヴィクレアだった。また、匠の話が出てきたため、彼女は久々に彼に会いたくなってくる。
少ししか時間が経っていないが、あの『店員』と書かれたプレートが懐かしい。
「でも、話を聞いた限り1番活躍している彼がこの祝勝会に出てないというのはどういうことだ?・・・・はっ!!」
「まさかタクミ殿は先の戦いで・・・」
「いやいやいや、違いますよ?単純に不参加らしいです。なんでも、旅行に行くから来れないんだとか。」
勇者たちが誤解をしてしまう前にアリオスが訂正する。
そもそも、話の中でちゃんと生き残ったと話しはずなのだが、内容の壮絶さにそこらへんは忘れてしまったみたいだ。
「では、情報感謝する。楽しい時間を邪魔して悪かった。」
ライガはアリオスにそういうと、先ほど聞いたことを待機している騎士に伝えに行くことにした。
報告は彼らにやってもらうことにしよう。
自分は少しーーー疲れた。
ここ数日、張り詰めていたものがなくなり疲れがどっと出たライガの足取りは少しだけ重かった。
書き忘れていましたが、第5章は基本毎日投稿、というのはしないつもりです。
休み休み、マイペースに書いていく感じですね。