163 少ない時間とそれを奪う揺り籠
冒険者達が協力して醜悪な魔王と激闘を繰り広げているその頃、そこから少しだけ離れた場所でもまた、激戦が繰り広げられていた。
「はぁ、これはまた、面倒ですね。」
ベルフェゴールはその戦闘に対してこう述べた。敵はたった2人だけ。
ただその2人だけがベルフェゴールを憂鬱にさせる。
当然、その2人というのはノアとリリスのことだ。
リリスにはベルフェゴール自身の力である毒は作用しない。だが、それだけなら毒を風に乗せて冒険者達が集まっている場所に送ってやればいい。
それができない理由が、ノアの方にあった。
彼女は一羽の梟ーーイドルを従えてその企てを見事に阻止していた。
もし、風の精霊であるシルフが得意とするのが風に鋭さを持たせることを得意とするなら、イドルは風そのものをぶつけるのを得意とする。
ベルフェゴールが自分の体を気化させて体外に出した毒は、イドルの風によって彼自身の方向へと押し戻されている。
「イドルちゃん、毒が絶対にこっちにこないように抑えておいてね!!」
「はい、でもこれ疲れるんでできるだけ早く終わらせてもらえると・・・・」
ぐちぐち言いながらも、与えられた仕事はちゃんとこなすイドル。
疲れるとは言っているがこの状態なら後数時間は続けても大丈夫そうだった。
「さて、もう観念して私の槍に貫かれなさい!!」
リリスが高速で踏み込んで槍を突き出した。
ベルフェゴールはそれを寸でのところで回避し、反撃のために蹴りを繰り出した。
だが、その蹴りは虚しく空を切る。
「はあ、、やっぱりあなた達とは相性が悪いようだ。」
ベルフェゴールはけだろうそうにそう言った。
だが、そんなことを言ったところで状況が変わるわけはない。
リリスの攻撃の手は休まることはなく、ベルフェゴールの攻撃はノアによって封じ込められている。
「そうかもしれないわね。でも、泣き言を言っても始まらないわよ!!」
「それもそうだ。なら、・・・こちらも本気で戦う必要があるみたいですね。丁度、醜悪な魔王が討伐されたみたいですし、このままではいけません。」
そのことについてはベルフェゴール側としては想定外だった。
醜悪な魔王は彼が呼び出せる中では最高の魔物、それがああもあっさり倒されてしまうことはほとんど考えていなかった。
たった2人を倒せていない今、いつまでも出し惜しみしていても仕方はない。
増援が来る前には倒しておきたいところだ。
そう判断したベルフェゴールは、自分の持てる最大の「奥の手」を使用することを決意した。
それを決意した瞬間、彼は無駄のない洗練された動作で懐から1本の短剣を取り出した。
ただの短剣、変わったところはないが強いて言うなら刃がギザギザしておりあれに切り裂かれると傷口がひどいことになりそうだ。
彼はそれを使って迷いなく自分の腕を大きく切り裂いた。
あたりに魔王の血液が飛び散る。
「ちょっ!!イドルちゃん、パワーを上げて!!」
何かを感じ取ったのだろう。ノアは慌ててイドルに指示を出した。
イドルは召喚主の言葉に従うべく、長期戦を想定して抑えていた魔力を放出した。
イドルが起こした風は飛び散った血液を全てベルフェゴールのいる方向に吹き飛ばした。
これで少なくともすぐに何かあると言うわけではないはずだ。
ノアはそう考え、そろそろ自分も攻撃に参加したほうがいいのではないかと準備を始めた。
だが、次の瞬間。
「気化しろ、」
ベルフェゴールがそう呟くと、彼の周りに飛び散っていた血液が全て気体となった。
液体が気体に変わる時、その体積は大幅に増加する。
大量の血液が一気に何の前触れもなく同時に全て気化したことにより、その集合店にあった魔王を中心に巨大な爆風が生み出された。
「ちょっと!!?流石にこれは無理なんですけどぉ!!?」
イドルは必死に抑えたが、自然の力以外の力も働いているのだろう。その爆風はイドルの抑えを振り切って周りに被害を及ぼした。
その風は少し離れた冒険者達にも当然届いている。
戦闘が経て体が興奮状態の冒険者、このままではすぐに毒が回って倒れてしまうと思われた。
「あぁ!!もう!『暴風の息吹!!」
周りを見て危機的状況を察知したイドルは、残ったMPのほとんどを使って持てる最大の魔法を行使した。
彼女が発動した魔法は嵐となって街に吹き込んで来る。
その嵐は、街の外へ外へと向かって行っている毒の風を取り込み、ベルフェゴールの方まで戻って来る。
もう既に毒に侵されてしまった人はどうしようもないが、関係ない市民が大被害を被るのだけは防げたはずだ。
なんとかこの攻撃も耐えきった。
「うぅ、、、毒、もらっちゃったよ・・・・」
だが、イドルの召喚者であるノアには毒に対する完全耐性はない。
また、爆心地の中心近くにいてその毒をより多く浴びたノアにはすぐその症状が現れた。
「ちょっとノア!!?大丈夫なの!!?」
「あーうん、平気平気、気にしないで君はそのまま戦って。」
そういってはいるが、ノアを知っている人間なら、その元気のないノアの姿はあまり平気ではないと言うのはすぐに見て取れた。
「ふふ、みんな毒に侵されましたたか?では、今から死ぬまでの時間をゆっくりと楽しむといいですよ。」
苦しそうにしているノアを見て、嘲るように魔王が嗤う。
「確かにみんなあなたの毒をもらってしまったみたいだけど、でも先にあなたを倒しちゃえば何の問題もないんでしょう?残念ながら、私はまだまだ元気なのよ!!」
勝利を確信したようなベルフェゴールに、リリスが食ってかかる。
あまりもたもとしていられない。時間が経てば経つほど、犠牲者が出る可能性が上がるのだ。
そう思ったリリスは半ば捨て身気味に特攻を仕掛ける。
相手の反撃など御構い無しだ。
リリスは自分の体力の多さと力強さを最大限に活かす為、削り合いを誘った。
だが、ーーー
「そうですね。せいぜい時間内に倒せるように、努力したらいいんじゃないですか?」
ベルフェゴールはその誘いを受けなかった。
それどころか、
「ではみなさん、良き夢を。『堕落を彩る揺り籠』」
魔王は1つのスキルを起動した。
彼がそのスキルを起動した時、先程まで魔王が立っていたその場所には大きな1つの黒い糸繭のような物体が存在した。
ガツッ、、そんな音を立ててリリスの攻撃はその糸繭に弾かれてしまった。
「なんて固さなの!!?」
周知の事実として、リリスの攻撃力は最高クラスだ。そんな彼女の攻撃は当たりさえすれば必殺クラスの一撃、だが、そんな彼女が全力で力を込めたその攻撃は糸眉を貫くことができなかった。
そのことに1番驚いたのはリリス自身だった。
今までなかったことに動揺するリリス。
そんな彼女を挑発するようにーーー
「皆さんが死んでしまわれるまで、あとどれくらい時間があるでしょうか?少なくとも、そっちの彼女はあまり時間がかからずに死んでしまうでしょうね。」
糸眉の中から、魔王の声が届けられた。
長くなりそうなので一度ここで切りましたが、次回は長くなっても戦闘を終わらせるまで書こうかなって思っています。