161 厄災と嘲
急に参戦したエイジスをタクミが抑えている間、残った冒険者たちは空より降りて来た魔物の相手をしていた。
魔物の姿は例に倣ってつぎはぎだ。耐性がないものが見たらそれだけでそっとしそうだった。
人形なのだが、本来首がある場所にはそれはなくかわりに触手のようなものが6本、それぞれ別の方向を向いて伸びている。
両の腕には鋭利な黒い鎌、あれに斬られたらひとたまりもない。
腰がある部分に肉はなく、見せつけるかのようなむき出しの骨。
さらには立ち上がったときの身長は少なくとも3メートルはあるだろう。
足は何本もの触手をねじって作ったようなものが生えている。そいつは空からゆっくりと降りて来て、もう少しで地面につくというところでその浮力を失ったのか一気に下に落ちて来た。
ベチャ、という音が辺りに響き渡る。
もしかして今ので死んだのでは?そう思いたかったが、魔物はなんの問題もないと言った様子ですぐに行動を開始した。
その魔物の名前は『醜悪な魔王』魔王ベルフェゴールが呼び出す最大の魔物。
その力はそいつ1体だけで先程までに召喚された『醜悪な騎士団』。『醜悪な傭兵団』を同時に相手取っても勝利できるほどである。
伊達に魔王の名を冠しているわけではない。
「みんな!!今のうちに取り囲め!!」
冒険者たちのリーダーであるアリオスはそう叫んだ。数の有利を最大限に活かすためだ。
その指示に従い、冒険者たちをは即座に包囲を完成させる。
相手はでかいが、それは人間から見たときの話だ。
魔物でもっとでかい奴はいるし、そういうやつとも幾度となく戦って来たためこのくらいはお手の物だ。
相手は人形をしている。それならば、こうやって囲んで仕舞えばどこかに隙ができるだろう。
常識を考えて、アリオスはそう判断してしまった。
彼は忘れていたのだ。
醜悪な魔王に首から上はなく、職種はそれぞれ別の方向を向いているということを。
地面に落ち、立ち上がったそいつは首から生えている触手をそれぞれ他の方向に向けて伸ばした。
「うわっ、この野郎!!」
冒険者たちは突然別々の方向を同時に攻撃されて戸惑いはしたものの、なんとか初撃を躱すことに成功する。
彼らの後ろには後衛達ーー魔法使いや神官がいるので武器を使って弾くようにだ。
しかしその一撃は重く、触手をはねのけることには成功したが体勢を崩してしまうものがいた。
それをそいつは見逃さない。
はじめの攻撃が弾かれるとすぐに触手が戻ってくるのだ。
「くそっ、自由自在に動くっていうのかよ!!」
アリオスは愛剣を使い巧みにその攻撃を受ける。その言葉の通り触手は自在に動くため、後ろに流すことすらもできない。
なんとか受け止め、押し返すしかないのだ。
だが、彼は舌打ちしながらもなんとかそれをやり遂げている。
しかし問題は他の冒険者だ。アリオスはこの街一番の冒険者だ。
そんな彼が苦戦する攻撃、それを全員が捌き切れるわけではなかった。
「うわああああ!!だ、誰か!!」
二撃目を受けきれずに、1人その触手によって体を絡め取られてしまった。すぐに近くにいた他の冒険者がカバーに入ろうとする。
触手の攻撃がいかに強力だとは言っても、数は6本しかない。
それならば手が空いているものも確かにいる。
「おい!!クソ野郎!!離しやがれ!!」
そばにいた男が斧を持って接近する。狙いは触手そのもの。
あれを切り裂いて仕舞えば仲間は助けられて敵の戦力は減少する。だからその男は迷わずに触手を攻撃しにいった。
だが、冒険者を1人絡め取った触手は驚くほど素早く本体のある場所へと戻っていく。
男は斧を振り下ろしたが、その一撃は虚しくも地面を叩くだけだった。
「う、うわあああ!!待て、何をする!!」
絡め取られた男が触手のうちで暴れるが、一向に抜け出せる気配はない。
それどころか締め付けが少しずつ強くなっているのだろう。彼の来ている鎧が少しずつ、メキメキという音を大きくしていく。
「魔法使い達!!彼を助けるんだ!!」
アリオスは攻撃を捌きながらそう叫んだ。
今、捕らえられているのはマルコと言い、才能はないが努力家で堅実な仕事をする男だ。彼のことをアリオスは知っていた。
気立てのよく、周りから慕われている男。そんな彼を失うわけにはいかない。
その一心で叫んだ。
「言われなくてもそうするわよ!!・・・『ヴァルブレード』!!」
高熱の炎の刃が、醜悪な魔王の触手を狙う。それだけではない、他にも風や岩などの属性の魔法が次々とそいつに向かって降り注いだ。
捕まった仲間を助けるため、その攻撃はどれも切断力を帯びた形をしていた。
次々と飛び交う魔法の刃、誰もがマルコを助けられると思っていた。
「嘘だろおい。」
そう呟いたの誰だろうか?それはわからないが全員がそう思っていたことは確実だった。
魔法の刃は醜悪な魔王が両手に付けている鎌によって次々と切り落とされていく。通常、物理攻撃で魔法を攻撃することはできない。
しかしタクミが持っているような『魔力切り』などのスキルがあれば可能だ。
醜悪な魔王の鎌にはそれができるだけの力があった。
そいつの鎌には『|全てを切り裂く厄災の刃』という能力がある。醜悪な魔王に、切り裂けないものはないのだ。
「あ、。ぐ、、ごふっ、」
魔法の刃を次々と切り裂いている間も、触手の締め付けはどんどん強くなっていく。
やがてマルコは口から血を吐き始めた。だが、そこで締め付けが終わる様子はない。
このまま放っておけば、彼が死ぬまであれは続くであろう。
「ちくしょう!マルコを離しやがれ!!」
先程助け損ねたが、今度はどうにかしてやろう。その気持ちを持って斧を持ち急接近する男がいた。
「待て!ベイア!!止まるんだ!!」
この男のこともアリオスは知っている。
普段は気性が荒いが、仲間想いのいいやつだ。そんな彼は1人、醜悪な魔王に向けて突撃をしてしまう。
それがやばいのは誰にでもわかった。当然、ベイア自身もわかっていた。
だが、動かずにはいられなかったのだ。
「おおおおおおおお!!」
彼は斧を大きく振りかぶった。
しかし、その斧が振り下ろされることはなかった。
当たり前の話だが、同じ形をしている場合は基本的に体がでかい方がリーチも長い。
巨人とも言える醜悪な魔王の間合いは、人間のそれよりは圧倒的に長いのだ。
その優位を使い、そいつは鎌を一度ベイアがいる方向に振った。それだで振り上げていたベイアの両手はその場に落ちてしまう。
彼は手を守るために籠手を装備していたが、そんなものは毛ほどの役に立たない。
胴体や首が斬られずに済んだのは、醜悪な魔王の体が高く、上から下に振り下ろすような攻撃だったからだろう。
だが、この一撃で死んでしまった方がある意味幸せだったかもしれない。
「うぎゃああぁ、、」
両手が切断された痛みに悶えるベイアはその場にうずくまってしまう。
だが、忘れてはいけない。
その場所はもう既に、醜悪な魔王のリーチ内だということを。
醜悪な魔王はその鎌をベイアに片口に突き刺し、そのまま持ち上げる。
「ひっ、、」
両手を失い、絶望した彼はなんの抵抗もできない。
やがて彼はそいつの首もの近くまで持ち上げられることになる。
「くそっ、マルコに続けてベイアまで・・・・」
助けに行きたいが自分がこの場を離れることはできない。
触手の対処に追われる者たちは歯がゆい気持ちでいっぱいだった。
高く持ち上げられたベイア。そいつには顔はない。だがしかし、彼にはそいつが醜く笑っているような顔をしている錯覚を覚えた。
そこには存在しない顔を、彼の心ははっきりと捉えていた。そして同時に理解した。
(あぁ、俺たちは遊ばれていて、そして俺はこのまま助からないんだな。)
抵抗の意思はなくなった。
恐怖も痛みも、死ぬとわかってからは一切感じられなかった。その様子を見た誰もが、彼の最後を確信していた。
いや、1名だけ、まだ何かをしようと考えている人物がいる。
リアーゼだ。
彼女は最後まで、なんとかならないかと頭を働かせた。
自分が近づいてなんとか・・・・はできない。どこに感覚器官があるかわからない以上、下手に近づくとすぐにバレてしまう。
意識の外側にその身を置いて隠れることが得意なリアーゼだが、相手の意識がどこを向いているかわからない今、その特技は無意味なものとなっている。
なら、投擲物で・・・・これも無理だろう。
自分が投げるより圧倒的に速い魔法の刃がなんの意味もなさずに切り落とされているのだ。
今何かを投げたところで意味はない。
何か他に、もっといい手はないのか?
そう必死に考えているリアーゼに神様が助けを差し伸べてくれたのだろうか?
ちょうどその時、彼女のいた場所に向かって1本の杖が転がってくる。
「えっと、これは確か・・・・ノアお姉ちゃんがタクミお兄ちゃんに・・・・」
リアーゼがタクミがいる方向を向いてみると、今まさに戦闘を繰り広げている最中だった。その状況で、自分のことまで気にかけてくれたのだろうか?
そう思いリアーゼは心の中で感謝を述べた。
実際は杖を警戒するように誘導されたエイジスが回収不可能になるように蹴り飛ばしたものなのだが、それを知る由はない。
この杖があれば、あるいは助けることもできるかもしれない。
ベイアとマルコは今にも死にそうだ。早くなんとかしなければならない。
リアーゼは託された杖を握りしめ、まずは一度、マルコが捉えられている触手を見た。
ーーお願いします、爆発してください!!
その思いに応えるように、魔法の杖は力を発揮する。
マルコを捉えていた触手の根元が破裂した。触手の先にいたマルコは地面に落ちる。
突然の出来事に、醜悪な魔王は流石にうろたえた。
その隙に、今度はその鎌だ。
2度目の破裂・・・・だが流石にその一撃で鎌が壊れることはなかった。少し揺れただけで壊れる気配は全くない。
杖の効果は1日3回まで、次が最後の攻撃だ。
これで確実に決めなければならない。
だが、だからと言ってリアーゼは焦らなかった。
彼女は冷静に、最後の一撃をそいつの肩口に叩き込んだ。
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本日先に1話投稿していますので、よろしかったらそちらもご覧ください。